斧×斧 その⑤
『十戒破り』vs『暴若武人』。
斧使い同士の対決は、『剣聖』がニーブル帝国から持ち出した秘宝によって形勢が大きく傾く。
「今の僕って、負ける気がしないピョン」
そう意気込んで手の中にある斧をペンのように軽々と回してみる蒼。
だが実際彼の心の中には焦燥があった。というのも、蒼は自分の向上しすぎた運動神経を調整できていないのだ。
ジャンプをすれば天井に頭をぶつけるし、一歩踏み出しただけでも壁にぶつかりそうになる。
現在、蒼の手元に斧があるのだが、本来であればこれも偶然の産物に過ぎない。
蒼の想定では、斧を掴んでそのままタビオスの真後ろに立っているつもりだった。背中合わせという至近距離で斧使いが2人。顔を合わせず睨みあう。
そんな空間を演出したら面白いかなぁ~なんて思って踏み出して斧を取ったところまではいいものの、思ったより進み過ぎてしまって距離を取った形になってしまった。
内心冷や汗ダラダラの蒼だが、それを晒すということは相手に弱みを見せることだ。
人の心を折るのを仕事とする魔法使いが天職のはずなのに、銀行強盗のようにロマンを求めて大振りの重量武器である斧を選んだ蒼は弱みを見せて敗けることなど許されない。
──誰が許さないのか?そんなの決まっている、蒼自身だ。
最古級布団に潜って戦闘を回避するのはモットーに反しないが、弱みを見せて敗けるのはモットーに反する。
ウサギではなくウナギのように、掴みどころのない飄々とした存在でありたい──そう思う蒼は、弱みという掴みどころを見せるわけにはいかないのだ。
「タビオスきゅんは、僕のスピードに付いてこれるピョン?」
そう口にして、蒼は動き出す。移動するスピードが速くて、目を開けていると乾いて涙が出てきそうだ。
「──ッ!」
技名もなくただ斧を一振りする蒼の攻撃を、タビオスは斧で必死に受け止める。金属同士が擦れあうような音と大きな火花が散り、部屋の空気を揺らす。
「──流石はタビオスきゅんだピョン。このくらいは余裕というわけでピョンね」
「速いのには慣れてんだ。こちとら『神速』に稽古を付けてもらったこともあっからな」
タビオスは『神速』の名前を出すけれども、この世界のことに疎い蒼はその名前にピンとこない。
『神速』も、『剣聖』と同じ『死に損ないの6人』に数えられるドラコル王国の誇る猛者であり様々な伝説を打ち立てて来たナルシストだが、山形までその偉業が轟くことはないので知る由もなかった。
「──じゃ、これはどうだピョン?」
そう口にして、蒼は後ろに大きく飛ぶ。いつも以上の力が出るので、蒼は部屋の壁に激突しそうになるけれど、両足で着地し、そのまま壁を蹴ってタビオスの方へ音のようなスピードで迫る。
「──〈亜回転〉!」
そう口にして、蒼は回転しながら大きく斧を振るう。
「うお、なんだそりゃ!?」
タビオスは、蒼のトリッキーな技を見て驚きを隠せない。
いや、タビオスも〈亜回転〉という技は知っているし、使用するだけの技量も持ち合わせている。
では、何故驚いているのかと言うと、タビオスは本来上空へジャンプする際に使う技なのだ。
回転しながら斧を振るい、そのまま空中へ飛びあがる──それが従来の〈亜回転〉であって、斧を振るいながら弾丸のように飛んでくる技ではない。
「──〈登竜斧〉ァァァ!」
タビオスは、なんとか対処しようと斧を振り上げる。音速に近い速度で迫り来る蒼を切ることはできなかったが、それでも斧と斧がぶつかり、踏ん張りの効かない蒼を空中へ打ち上げる。
「──すごいピョン!」
蒼は、先程落下してきた第四層から繋がっている穴に吸い込まれるようにして上階へ体を打ち上げ、また重力に従って落下してくる。
──その重量落下に『剣聖』からの秘薬のスピードは適用されないため、これまでと同じ落下速度になる。
「──これは、チャンス!」
タビオスは、蒼を充分に狙える速度で落下してきてくれることに感謝する。
が、蒼だってそれはわかっていた。だからこそ蒼だって、攻撃を放ちカウンターを期待する。
「──〈上草薙ぎ〉!」
「──二度見する重力だピョン!」
2人の攻撃が衝突し、小規模の爆発と錯覚するような轟音と火花が散る。そして、両者が数歩分吹き飛ばされる。
「──」
「どうしたよ、黙りこんで。回復しようが俺様を倒せないことに驚いてんのか?随分とめでたい頭をした野郎だぜ」
そう口にしながら、首の骨を鳴らす。
「──別に倒せないとは言ってないピョン」
「じゃあ、やってみろや。単純な特攻だけじゃ、俺様を倒すことはできねぇぜ?バカなお前に頭なんざ使えるかな?」
貧民街育ちのタビオスと天才に選ばれた蒼であったらどちらの方が賢いかと聴かれれば、確実に後者であるものの、タビオスの軽口に根拠などは必要としていない。
蒼の余裕を崩すことができればいいのだから、根拠のない罵倒の方が心傷が大きい可能性だってある。
「──僕が馬鹿。そっちの方が随分とおめでたい頭してるピョン。僕は勇者の中でも一番の天才だピョン」
嘘である。
「ほう。じゃあ、天才らしく頭を捻って俺様に一撃を加えて見ろや。できるもんならな」
「やってやるピョン」
そう口にして、蒼は動き始める。タビオスの方へと走り出し、その斧を構える。
「馬鹿め!頭のいいやつは特攻なんてしない──」
「──〈登竜斧〉」
蒼の繰り出す攻撃が速い。
もっと接近しなければタビオスに当たらないのに、蒼は〈登竜斧〉を使用して高く跳ぶ。
タビオスに当たるはずもない攻撃は、ただ虚空を切り裂きそのまま天井に激突して、ただひび割れを起こすだけ──のはずだった。
「〈震撼核〉!」
「──ッ!」
タビオスは虚空を切り裂いた蒼の方へと接近する足を止めて、蒼の奇天烈な攻撃を見守る。
蒼は、天井に斧を突き立てた後、〈震撼核〉で天井を破壊したのだ。
「──お前、瓦礫を降らせて俺の攻撃を止める算段か!?」
タビオスがそう口にすると同時、第四層の一室の床が崩れて、タビオスの方へと降り注ぐ。
「──が、こんな瓦礫。屁でもねぇ!〈斧塵爆──ッ!」
瓦礫と共にタビオスの元へと降り注いできたのは、1つの布団。それが目隠しとなり、緩衝材となり、タビオスの斧を止めて視界を塞ぐ。
──先程蒼は、第四層に打ち上げられた時にタビオスによって投げ捨てられた布団が落ちているのを確認していた。そして、天井ごと壊すことでタビオスの視界を塞ぐことを狙ったのだ。
「──ッチ、邪魔くせぇ!」
そう口にして、タビオスは布団を剥ごうとするがもう遅い。
「──頭脳戦は僕の勝ちだピョン」
そう口にして、蒼は斧を振るう。布団ごしに放たれたその無慈悲な一閃は、的確にタビオスの首を斬って──
「──〈上草薙ぎ〉」
布団に包まれた生首が、静かに地面に落ちる。
首の無くなったタビオスの胴体が、生首の落ちた側とは逆向きに倒れた。
「あーあ、僕のお布団が汚れちゃったピョン。別に布団を探さないといけないピョンね」
蒼はそう口にして、右肩に斧を担ぐ。
そして、タビオスの亡骸に背を向けて第三層の一室を後にしたのだった。





