4月3日 その③
課題を終え、俺はやるべきことを終えた。それは、稜も同じであった。
俺と稜は、ダイニングテーブルに座りながら、冷蔵庫から取り出したカップのバニラアイスを口に運ぶ。純介は風呂に入っている。
「明日───って言うか今日だな。今日は土曜日か...課題ももう終わってるし暇だな...」
「そうだね」
ヒンヤリと冷たいバニラアイスを深夜に食べるのは格別の味だ。
「今日明日とどうする?皆の課題を手伝ったりするか?」
「うーん...でも、課題を手伝うってどんな感じに?内容は見せちゃいけないって言う指定があるものもあるんだよ?」
「え、そうなの?」
稜の課題の内容は「栄の課題達成の手伝いをしろ。 なお、栄の課題は純介の夜の騎士に健吾の名前を書かせろ、と言うものだ。このメッセージは見せてもいい」というものだった。
俺は内容を伝えられないが、稜は内容を伝えられる。稜は故に、課題の内容を見せていけないという内容があったことを知らなかったのだ。
「うん、だから手伝おうとしても断られるかも」
「そうかぁ...」
稜はバニラアイスを食べ終えていた。そして、木のスプーンを咥えている。
「栄、稜。お風呂出たよ」
純介が風呂から上がった。首からはタオルをかけている。
「あ、じゃあ...俺が入ろうかな。栄、いい?」
「あぁ、いいよ」
稜が許可を求めてきたので、俺はすんなり承諾した。別に、そんな急いでるわけでもないし。稜はそのまま、風呂に向かっていった。
「そうだ、純介の課題は何なの?」
「え、あ、話せない」
「そうか、純介も話したりしちゃいけない内容なのか」
純介はそう言うと静かに頷く。
「ね、ねぇ、栄。僕も質問していい?」
「あ?あぁ。いいよ?何?」
「どうして...あんなに体を張れるの?」
「どういう事?」
「クエスチョンジェンガの時だって死んでたかもしれないんだよ?それなのに、どうしてジェンガタワーを倒したの?死んじゃうかもしれないんだよ?」
「どうしてって...」
俺は、答えに迷ってしまう。死ぬかもしれない状況の中、生き残れるかもしれない道を見つけて、それを試してみない価値はない。
「どちらにせよ、ジェンガタワーは倒れていただろ?」
「そう...だけど...あのグラグラな状況でパーフェクトジェンガは無理だったと思う!けど...わざわざ自分で倒す必要はなかったんじゃない?」
「───なら、俺以外の誰か...純介や稜・健吾に倒させるの?」
「うん、そうすれば栄が死ぬ可能性はまず無いよ?」
「でも、そしたら俺以外の誰かが死んじゃうかもしれないじゃないか」
そう発言する。純介からの返事が返ってこない。俺は、驚いて純介の方を見た。
純介は、物凄く驚いていた。
「どうしたんだよ、そんな驚いて。俺、変なこと言ったか?」
「変なことも何も、死ぬんだよ?怖くないの?」
「そりゃ、死ぬのは怖いよ」
「じゃあ、なんで!なんで、死ぬかもしれない確率に賭けるの?倒したら死ぬ可能性は十分にあった。でも、誰かに任せれば死ぬ可能性は無かったはずだよ!」
「だから、言っただろ?俺以外の誰かが死んじゃってたかもしれないって」
「優しい....優しすぎる...違う、甘い。甘いんだ!栄、そんな甘いんじゃデスゲームは生きていけない!もっと、下衆くないと!」
「じゃあ、見殺しにしろって言うのか?」
「───そう...だけど、違う...そうじゃないんだ...」
「純介が、俺を心配してくれてるのはわかってる。結果的に誰も死ななかった。それでいいじゃんか?」
純介は、小さくため息をつく。そして、俺の斜め前の椅子に座った。
「栄、きっと君はその甘さに首を絞められる日が来る!僕はそう予想する。死にたくないなら甘さを捨てろ...これが、僕からの親切な助言だよ。ゲームの最中、栄みたいな自己犠牲精神で他の皆を助けようなんて勇気はない...」
純介はそんなことを言う。
「わかってる、死ぬのは怖いよな。純介、お前は優しいな。俺の命も大切に思ってくれてる。もちろん、皆を庇うのは勇気がいる。でも、その勇気は、純介じゃなくて俺が振り絞るから。純介は俺の代わりに、思慮深く考察してくれ」
「───違う...そうじゃない...そうじゃないんだ、栄」
「大丈夫、大丈夫だから。心配してくれてるのはありがとう。純介、君は優しいよ」
「───優しくなんか...ないよ」
純介はそう呟いた。
「栄、命は大切にしなよ。たった一度きりの人生。後戻りはできないんだから...」
そんな事を言って、純介は立ち上がる。そして、リビングから出ていってしまった。
「純介は優しいな...俺の心配なんかしてくれて」
突如、俺に眠気が襲う。5時間ほど寝たが、俺の健全な体はこんな真夜中には眠りにつけと命令してくる。
俺は、自分の個室にまで移動して眠りについた。
***
───。
俺の瞳の中に光が差し込む。はめ殺しの窓から、朝日が入り込んでいたのであった。
「結局...また5時間ほど寝てたのか...」
時刻は4月3日の午前7時。昨日の放課後と今日はまだ風呂に入っていなかった。
「風呂でも入るか...」
そう言って、俺は大きなあくびをしながら階段を下る。昨日の朝感じた、どこか憂鬱な気持ちはなかった。
まだ、デスゲームに慣れたなんては言えないだろう。だが、どこか清々しい朝だったのだ。
昨日は夜に風呂に入っていなかったので、体だけでなく髪も洗った。
風呂に入りサッパリして私服に着替える。これは、自宅から持ってきた3セットの服の内1セットだった。
3セットあれば、3日は耐えられる。洗濯にも対応できるのだ。
俺は、上半身裸でリビングに向かおうとする。髪はまだ若干濡れている。
その時だった。
”コンコンコンコンコンコン”
部屋の扉が、かなりのスピードでノックされる。
「うん、誰だ?」
俺は、玄関のドアを開ける。そこにいたのは菊池梨央だった。
「あ、栄!───って、上裸?」
梨央は頬を赤らめる。俺は、俯き自分の体を確認する。6つに割れた腹筋が、朝日に輝いていた。
「すまん、朝風呂浴びたばかりなんだ。それで、何か用事か?」
「あ、えっと、大変なの!」
「え、何が?」
「平塚さんが、何者かに殺されたの!」
突如として伝えられた、平塚ここあの訃報。彼女とは、これまで関わりが無かったが「死」の報告を聞いて少し哀しいという感情が湧き上がってきた。





