プロ野球選手との淡い恋71
内田菜々は、念書に何の迷いもなくサインをする。
稲村部長はただ静かにその様子を見つめていた。
会長が案じていたのは、光田につきまとう内田菜々の行動だった。
それらにより、会長が愛でて止まない佐野そよが傷つくことを案じていた。
内田菜々を取り込むのが一番話が早いと言い出し、三年契約中だった女優との違約金を払って二年で契約を終了させた。
さらに、念には念を入れたいと、ギリギリに追加事項を言い出したのだった。
会長の行動力には毎回驚かされるが、父から聞いていたとは言え、目の前で見る内田菜々の肝のすわりかたも只者ではない。
経済界も芸能界も、凡人が一番でいられるような世界ではない。
そこで名を馳せる父も内田菜々も、想像を越えた才気を持つ者なのだ。
菜々はサインを書き終えるなり、稲村部長に告げた。
「継続して契約して頂けるよう、全霊でこのお仕事を受けさせて頂きます。それから」
菜々は満面の笑みで言葉を続けた。
「周りが騒ぎ立てている最近のゴシップ記事に関すること、稲村会長がご心配されている件は全て杞憂ですのでご安心くださいと、お伝えください」
稲村部長は黙って頷いた。
再び退室していたプロジェクトメンバーが集まり、契約を祝った。
そして、今後のプロモーション方法についてプレゼンが行われた。
イナケンが今まで培ってきたイメージをそのままに、菜々の愛らしさを全面に押し出して展開していく。
50周年を記念して作られたモニュメントの除幕式、特別番組の放送に際するナレーション担当など、様々な議題が進められていく。
今まで感じたことの無い高揚感に、菜々は溢れていた。
会議が終わると、稲村部長は内田菜々へ歩み寄り握手を求めた。
握手を交わした稲村部長は小さく呟いた。
「私は、父とはだいぶ視点が違うようです。あなたのような切れ者、尊敬しています」
優しい顔をした稲村部長がニヤリと笑う。
「それは、嬉しいことです。お言葉、ありがたく頂きます。でも、敬意ではお腹が満たされませんわ」
菜々は小首を傾げて応酬する。
「それでは、満たされる物をご一緒にいかがですか?この近くに、美味しい刺身が食べられる店があります。よろしければ、この後いかがですか?」
「私は和食が大好きです。それに、稲村部長に誘われて、断ることなんてありえませんわ」
「そんなことを言いながら、来なさそうなあなたが、何だか面白い」
「あら、どんな女だと思われてるのかしら。ひどい言われようですわ」
菜々の困った風を装った顔を見て、稲村は思わず笑った。




