プロ野球選手との淡い恋20
そよがいつも通り出勤すると、バックルームは異様な興奮に包まれていた。
何事かとその興奮を意味もわからず眺めていると、看護師の竹村と真山が雑誌を片手に駆け寄ってきた。
「これ見た?やっぱり、病室に来てたのは内田菜々だったのよ!」
押し付けられた写真週刊誌のトップには見慣れた病院の出入り口に、美女が入って行く姿が写っていた。
見出しには「内田菜々の献身愛を撮った!光田悠也を支える」とあった。
ケガにより戦線離脱をしている光田悠也選手。
実力は今さら説明する必要もないだろうが、甘いマスクで球界でも一、ニを争う人気者だ。
そんな光田が入院する病院に、美女が出入りしていると情報を得た。
向かってみると、目深にかぶる帽子やマスクをつけていても漏れるオーラ。
よく見てみれば女優の内田菜々である。
内田は病院内へ入り1時間ほどすると出てきた。
我々が取材する限り、何度か内田の姿を目撃した。
数年前から交際の噂が囁かれていたビッグカップル。
内田の事務所に確認したところ、プライベートは本人に任せていますとの返答だった。
光田の球団事務所は否定したが、今後の二人を見守りたい。
雑誌を読み終えたそよに竹村は目を輝かせた。
「ガセネタじゃないかと不安に思ってたこともあったのに、本当だったのよ!嘘つきじゃなくてよかった」
竹村は雑誌のページを頷きながら幸せそうに眺めていた。
「生で内田菜々さんに会えるなんて、竹村さんが羨ましいです」
そよの相槌に竹村が何度も頷いた。
その日の昼の配膳時、稲村がそよに嬉しそうに声をかけた。
「いゆいよ退院が決まったよ」
そよは嬉しくなり、思わず食事の盆を手放しそうになった。
「おめでとうございます!いつですか?」
「明日の検査を受けて、問題がなければ明後日には退院さ」
「そうですか。無事に治って本当によかったです」
「ありがとう。でも、問題がある」
急にため息をついた稲村に、そよは優しくたずねた。
「どうしたのですか?何かあるようでしたら、ケースワーカーに声をかけますよ」
稲村がチラリとそよを見た。
「そよちゃんに会えなくなるのが寂しいのじゃよ」
稲村はにんまりと笑うと、快活な笑い声を上げた。
そよもつられて笑った。
すると稲村は「おっと、そう言えばすっかり忘れていた」と独り言を呟くと、ポケットから小さな紙を出してきて、そよに差し出した。
不思議そうに紙を見つめたそよに「この間退院した野球小僧から頼まれたんだ」と、手渡した。
「光田さん、ですか?」
「そんな名前だったな」
稲村はつまらなそうな顔をして答えると、新聞を読みながら昼食を食べ始めた。
全ての配膳を終えたそよは、稲村から渡された紙をポケットから取り出した。
誰もいないロッカー室に駆け込むと、紙を開いてみた。
携帯の電話番号が書かれていた。
そよにはよく分からなかった。
光田が何をしたいのか理解出来なかった。
彼女がいる人が、どうして電話番号を渡してくるのだろうか。
単純に、入院中のお礼を言いたいのか。
自分は遊ばれているのだろうか。
誰にでも電話番号を渡す人なのか。
なぜ稲村に託したのか。
謎だらけだし、怖くなった。
そよは家に帰るなりその紙を光田の雑誌を入れていた引き出しにしまった。
それからしばらく、引き出しを開けることが出来なかった。




