白英
あれから数日が経過し、欠片持ち階層主討伐の噂はあっという間にモグラたちに伝わった。それだけではなく、五階層に眠る幻の水発見や、今まで見つけられていなかった未知のルート。それらの発見はモグラたちに大きな行動力を与えた。さらにそれらの功績は大いに称えられ、ノアスとエリィは一躍時の人となった。
街を歩くたび声をかけられ、一つ一つの行動を注目されるようになりノアスは嫌がったが、なってしまった物は仕方ないと自分なりに妥協した。
既にノアスとエリィをソロで潜る変わり者と呼ぶ者は居なくなっていて、代わりに白狼と孤独姫の最強コンビが結成されたと変な噂が流れ、白い髪の英雄ということで二人を『白英』と呼ぶ者まで現れる始末。
もう収拾がつかないのでノリノリのエリィを置いてノアスは諦めた。
ノアスのケガも完治し、エリィの体調も元通りになったので、二人はとある路地裏にいた。
「で、ノアス君。ここに何の用?」
「えー、ゴホン。エリィ仮面を外して」
「なんで」
「いいから!」
ノアスは喜びの声音を悟られないように少しイラついてる様子を匂わせて言葉を発する。
エリィは隠しきれていないノアスの声音に従い仮面を取った。
初めて見るエリィの素顔。呪いで瞼付近は真っ黒になっていて、とても残酷な傷が刻まれている。
「えっと。これでいいのかな? あんまり仮面外しているの見られたく――」
ノアスは指でエリィの口を結ぶ。
「黙ってろ」
「……ん」
エリィはそれに頷く。
「欠片よ。この者に呪いを解く治癒の力を」
「え!? ちょっと。欠片は自分で使ったって言ったじゃん!?」
ノアスは先日欠片について尋ねられたので、エリィに言われた通り自分の呪いに対して使ったと嘘をついたのだ。
なので目の前でノアスが口にした言葉にエリィは酷く驚いた。
エリィの言葉とは裏腹にノアスの言葉に反応して欠片は美しい輝きを見せる。
エメラルド色の輝きは路地裏を覆ってやがて欠片に収束する。役目を終えたように欠片の光は失われ一つの石となる。
「終わった。エリィ、目を開けていいぞ」
エリィは言われるがまま今まで味わった事の無い『瞼をあげる』という事をした。
くっついた瞼はとてもゆっくりと剥がれて行き、やがて上に登り切る。
「うぅ……」
眩しい。エリィが最初に感じた感想だ。
眩しいとはこういうことを言うのか。と戸惑いと喜びの波がエリィを襲う。
最初に視界に入ったのは自分の腕だった。雪のように真っ白で自分が思っていたよりもずっと華奢な腕。手を開いて、閉じて。それをすると視界の先で思い通りに手が動く。
感動。
地面は表情を変えずにエリィを支えている。この街の地面はこんな感じなんだ。
次に空に視線を向けた。
初めての空。話で聞いた通り無限に続く青い空は見ているだけで気持ちが良くなる。所々に見える白いのは雲だろうか。のんびり流されるまま進むさまは見ていて眠くなる。
自然と目を瞑ってしまった。
あれが太陽か。本当に眩しくて人の暗い気持ちすらもかき消してしまう程眩しくて愛おしい。
エリィは外の世界を見渡した。もっと、もっと沢山の景色を見たい。その想いに言葉など要らない。視界に入れるだけで充分。
――外の世界はこんなにも美しくて素晴らしいんだ。
「どうだい、外の世界は。お姫様」
背後で聴こえた声に耳が反応した。
いつも側で聞いていた声。たまに冷たい態度を取るけれど本当は優しい心の持ち主。一緒に居ればどんな窮地をも乗り越えられると思える人。
耳が反応するよりも早くエリィは振り向いた。
――はやくみたい。
エリィが振り向いた先に見えたのは中々にゴツイ身体だ。死線を乗り越えてきた身体には消えぬ傷が沢山あった。エリィの身体とはとても似つかない。
徐々に視線をあげて行くと、綺麗な白髪が目に入る。これは自分と同じ毛色だ。
顔は凛々しく太陽のように眩しい眼差しでエリィをまっすぐ見つめていた。
彼を見ても不思議と驚きは無かった。
よく考えてみるとここが最初に彼と会った場所だ。その時は多分、こんな眩しい表情はしてなかったと思う。
彼はエリィの表情を見るとニシッと笑みを零した。
そんな笑みがとても愛おしい。色々な事があって、色々な間違いがあって、けれど今エリィは彼と一緒に居る。
――大好きなノアスと。
「やっぱり、わたしの思った通りの人だ。初めましてノアス君。わたしはエリィ。どうぞ、よろしく」
エリィはノアスの差し出された手を握った。
「初めまして。俺はノアス。どうしようもなくて情けなく弱い男だ。どうかこれからも一緒に居てください」
路地裏で二人は初めての対面をする。
これにて一章完結です。
次回は終末のダンジョン一章を軽くまとめてみました。
読者参加型企画もやっておりますので、その部分だけでも目を通して参加して頂けると幸いです!




