もう一つの呪い
あれからどれ程時間が経過しただろう。
ノアスは光の無い瞳で鏡を視界に入れる。
ゲッソリと窶れて、まるで人形のような魂の無い入れ物みたいだ。
――この人殺し。
そんな言葉をあの優しいエリィが声を荒げて叫んだ。
それもそうだ。ノアスは自分で考えて納得してしまう。
何しろずっと一緒にいた奴こそ、両親を見殺しにした張本人なのだから。
そしてあんな優しく明るい少女に言わせてしまった自分がとても愚かで醜い。
「何をそんなに落ち込んでるんだ、俺は」
ノアスは鏡を見て自嘲した。
「分かってたことだろ。それを覚悟で探して来たはずだろ。命を差し出す覚悟で俺は探してた……だろ?」ノアスは手を握りしめる。「なんで、何であいつなんだよ。何でこうなるんだよ。クソっ!」
※
正真正銘の最低な人間となってしまった。
「何であんなことを……」
エリィは自分が言ってしまった事を思い出して吐きそうになる。
頭では解っている。その時の現場に居なくても話を聞く限りで仕方が無かったことだって。けど、
「どうしたらよかったのさ」
エリィは身体を縮め込める。
「おはよう、エリィ」
「……!?」
背中から、扉越しに一つの声が聴こえた。
「私よ」
リーリスは扉に手を置いて口を開く。
「昨日、ノアスは会いに来たかしら? あいつとは仲直り出来た?」
「……」
「そっか。まだ時間かかりそう?」
リーリスの言葉にエリィは沈黙で返す。
「まだ、無理そうね。また来るわ」
そう言ったリーリスの言葉はどこか切なげであった。
もう嫌だ。
エリィは静かに涙を流す。
※
結局元通りの生活に戻ったはずなのに、何故こんなにも独りが辛く寂しいと感じてしまうのか。ずっと独りで潜って来たダンジョンこそ自分の居場所だった。それは今も変わらない。だからこんな心境でもノアスはダンジョンに潜っていた。
戦えば忘れられる気がしたけど、そんな上手くは行かない。戦えば戦う程、ダンジョンに踏み込めば踏み込む程、気持ちはより鮮明に、より鋭くノアスの心を傷つけた。
普段の半分も潜らずノアスは早々にダンジョンを後にした。
心に大きな穴が開いた虚無感を抱えたノアスに一つの声がかかる。
「おい、白狼」
「……?」ノアスは抜け殻の瞳で声がした方向に視線を合わせる。「ジョイ・ジョイ?」
「やっと見つけた。お前がそんな顔をしてるのは、エリィたそと関係があるんだろ?」
ジョイ・ジョイはどこかイラついている風に見えた。
沈黙のノアスを悟ったジョイ・ジョイは、
「お前に大事な話がある。エリィたそを救えるかもしれないことだ」
ジョイ・ジョイの言葉に少しの希望を抱いて二人は路地裏に移動する。
光の入らない路地裏でジョイ・ジョイとノアスは向かい合うように壁に背を預けていた。
「最近、エリィたそが顔を出さないのはお前の仕業か」
ノアスはコクリと頷く。
ジョイ・ジョイはため息をついて首元を掻いた。「一ついいか。お前はエリィたそが好きか?」
「は?」
唐突の事でノアスは理解出来ず眉を顰めた。
「いいから答えろ」
「別に。好きとか――」
「――チッ。だったら、だったら二度と!」鼻息を荒くしたジョイ・ジョイは鬼のような面でノアスの胸倉を掴む。「エリィたそがこうなったのも、全部、全部お前の呪いのせいなんだぞ!?」
「……は?」ノアスは顔を曇らせた。「今なんて言った、お前」
ノアスのきょとんとした顔にジョイ・ジョイは胸を痛めると同時に怒りを覚える。
「いいか、よく聞け。お前、お前は――呪児なんだ!」
「俺が……呪児?」
「よく聞け。最初にお前が俺の家に来た時、呪児か判断する器具が反応した。あの時の反応はエリィたそじゃない。お前だ」
ジョイ・ジョイは辛い気持ちになるが、その言葉を止めない。
「お前の呪いは――絶望」
「……絶望?」
「ああ。お前も含めて関わる奴に不幸が降り注ぐ呪いだ。心当たりがあるはずだろ!」
ノアスは後ろが壁な事を忘れて一歩下がろうとする。眼球を震わせてノアスはどこを見ていいのか判らなくなる。
――俺が呪児? その呪いが絶望だって?
否定したくてもノアスの脳では点と点が一本の線になるように繋がって行く。
――生まれた時から両親が居なかった事。
――異種族というだけで知り合いが出来なかった境遇。
――ラリムとイースの死。
――そしてエリィが二人の子で酷く彼女を傷つけてしまった事。
もし、これらが呪児である自分の呪いの影響だったら。
考えたくもない。
「……嘘だ」
「嘘じゃない。認めろ。リーリスから聞いた。お前は二つのエレメンタルを使えるんだろ? 普通エルフは一属性しか使えない。エリィたそがとんでもない才能があるように、お前が受けた恩恵がそれだ」
「俺が呪児。絶望の呪いだって」
ノアスは震える手を見つめながら顔を沈める。
「そうだ。だから、だからこそ、好きでもないならエリィたそに近寄るなッ! お前が彼女を不幸にしてるんだ!!」
「俺の存在が……あいつを?」
「俺もこんなことは言いたくなかった。でも、俺は彼女が好きだ。不幸になる存在を知ってて無視することは出来ない。命は取らない、きっとそうしたらエリィたそが悲しむから。だから、せめてお前から姿を消してくれ。彼女が求めていないのなら尚更」
ジョイ・ジョイの声音は決してノアスを嫌うモノではなかった。けれど、ジョイ・ジョイはそう言うしかなかった。
「……わかった」ノアスは抜け殻の言葉を口にして、「なあ、最後に頼む。これをあいつに渡してくれないか。預かってたんだ」
ノアスは首元に眠るペンダントを外してジョイ・ジョイに渡した。
「あいつによろしくな」
そう告げたノアスは静かに去って行く。
ジョイ・ジョイは絶望に染まったノアスの背中を見ながら胸を押さえる。
一日一話投稿です。
短くてごめんなさい




