従軍記者の日記 59
「じゃあお先失礼しますよ。その件での書類のチェックがあるもんでね」
そう言うと嵯峨はトレーを持って立ち上がった。クリスはまだ半分くらいしか食べていなかったので、そそくさと立ち去る嵯峨を追うことが出来なかった。無理に味噌汁でコメを流し込みようやく食事を終えると、クリスは立ち上がった。
そのままトレーを戻してエレベータから吐き出された工兵の群れに逆流して下の階を目指す。扉が開くと本部の前に人だかりが出来ていた。クリスはそのままその集団に吸い込まれた。
「まるで囚人護送車だぜ」
人だかりの中の一人がそんな言葉を吐き捨てた。目の前に止まったトラックには厳重に外から鍵が掛けられている。政治部局の兵員がその鍵を一つ一つ開けて回る。
そこから降りてきたのはぼろぼろの軍服に身を包んだ兵士達だった。着ている軍服はまちまちで、あるものは夏用の半袖を着ていたり、あるものは冬物の耐寒コートに身を包んでいた。政治局の兵士達はそれを馬かヤギでも追い立てるように一所に集めた。
そこに現れたのは伊藤だった。彼は懲罰部隊を運んできた少尉から書類を受け取ると静かにそれに目を通す。眼鏡をかけた若い政治局員の腕章をつけた少尉は、時々ぼろ雑巾のような懲罰兵達にさげすむような視線を投げていた。
「同志伊藤!以上二百三十六名。お引渡しします」
「そうか、ご苦労さん」
そう言うと隼はそのまま懲罰兵の固まっているところまで歩き始めた。
「同志、それ以上近づくと危険ですよ」
「危険?何でそんなことが言えるんだ?」
一人の兵士が落ちていた石を拾うと伊藤に投げつけた。伊藤は避けることもなくそれを額に受けた。額から一筋の赤い線が口元まで走る。眼鏡の少尉はそれを見ると拳銃を取り出し、その石を投げた階級章を剥ぎ取られた将校服の兵士に銃口を向けようとした。
次の瞬間、政治将校の眼鏡が飛んでいた。それが伊藤の右ストレートによるものだとわかるには少し時間が必要だった。
「こいつ等はうちの部隊の隊員だ!勝手に殺すんじゃねえ!」
眼鏡の少尉は伊藤の啖呵を聞いてもいまひとつ理解が出来ていないようだった。周りの兵士達は伊藤の行動にやんやの喝采を浴びせている。懲罰部隊の隊員も、それを真似て周りの政治局員に罵声を浴びせかけ始めた。
「同志!これは一体どういうことだ!」
「おう、若いの。俺はな、十四の時から人民党員なんだ!お前みたいな『にわか』に指図されるいわれはねえんだよ!」
その言葉に少尉は口から流れる血を拭って伊藤をにらみつけながら立ち上がった。