従軍記者の日記 60
「同志伊藤隼中尉!貴様、このことは党に報告させてもらうからな!」
激高する少尉を押しとどめる政治局員。伊藤も彼の部下の政治局員に囲まれる。彼らは全員腰のホルスターに手をかけて、いつでも北天の兵士とやりあう覚悟は出来ていた。伊藤は部下の肩を叩き、にんまりと笑みを浮かべていた。
「おう、やれるもんならやってみろ!人のふんどしで相撲を取るしかとりえの無い餓鬼に俺の首が取れるのならな!」
眼鏡の少尉はそのまま彼の部下に連れられて車に連れて行かれた。取り囲む兵士達は伊藤に歓声を上げる。そんなところにいつの間にかシャムが現れていた。
「隼、かっこいい!」
「ありがとうな。あとでアンパンもらってきてやるよ」
懲罰兵は歓喜の声をあげ、そのまま伊藤を胴上げしかねない勢いだった。
「やる時はやるんだねえ」
本部から出てきた嵯峨が伊藤の肩に手を伸ばした。
「あいつ等は誰と戦争してるかわかっちゃいないんですよ。では!同志諸君!整列したまえ!」
片腕だけで心を動かされた懲罰兵が整列を始めた。彼らを運んできたトラックから降りるときの動きとはまるで違う俊敏な反応だった。
「では、隊長。訓示を」
伊藤はすばやく身を引いて嵯峨にその場を任せた。
「俺は貴様等が何のために階級を剥奪されたかは問わない。問うつもりも無い。また、もし共に戦うつもりが無いのなら西モスレム経路で東和に亡命する手段も整えてある。戦う気の無いものを引きとどめるほど俺は酔狂じゃない」
亡命と言う言葉を聞くと何人かの兵士が少しばかり顔をこわばらせているのをクリスは見逃さなかった。
「我等の目的は一つだ。地球諸国の傀儡であり、民衆に恐怖を与え今のこの国の状況を作り出したゴンザレス政権の打倒である。私はそのために人民政府に協力することを決意した。しかし、これは俺の勝手な決意だ。志が違うものならば、去ってくれても俺はそいつを咎めることもしない。それも一つの生き方だ」
そう言うと再び嵯峨は懲罰兵を眺めた。黙って彼らは嵯峨の言葉を聞いていた。
「もし、この中に俺と目的を同じくしているものがいたら残れ。その命、俺は無駄には使わん!」
その言葉に部隊員が歓声を上げる。懲罰兵の中、先頭に立っていた先ほど伊藤に石を投げた将校が敬礼を返した。次々と懲罰兵達は嵯峨に敬礼を送った。嵯峨はそれに返すように敬礼をすると本部へと消えていった。
「各員以前の階級を申告しろ!直ちに被服の支給を始める!」
伊藤はそう叫ぶと部下達に指示を与え始めた。




