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にやりと笑う男を睨みつけるけれど、相手は動じる様子も無い。
まあ、そんなタマでは無いよな。
間に挟まれた彼女は困った顔をしているかと思いきや、結構肝が据わっているようで飄々とした表情を浮かべている。
さすがに助け舟を出さなくとも、さっきのうざい遣り取りを切り抜けただけの事はある。
結構見た目や氏素性で騙されやすいけれど、彼女の本質は非常に芯の通った強心臓というのが正解だと思う。
でなくては、彼女は誰も持たない二つ名で呼ばれることは無かっただろう。
いざという時の身の処し方などは、誰が教えたわけでもないだろうに、こちらが見事だと感服する事もある。
しかしこの場合は、俺は俺なりに動くべきであろう。
さっと彼女の肩に掛かる手を払いのけ、彼女の肩を抱きしめる。
「失礼な方ですね。妻にあなたの妃になれと? 正気の沙汰とは思えません」
彼女の真の価値を知っているわけではなかろう。
そして、本気で妃にしたいなどと思っているわけではないだろう。戯言を本気で捕らえてもこちらが痛手をくらうだけだ。
恐らく何かしらを計ろうとしているだけだ。
腕の中に閉じ込めた彼女が、ほっとした様子で俺を見上げる。
うん、大丈夫だ。
そういう気持ちを籠めて、彼女に頷き返す。
「確かに公にはしておりませんが、彼女は私の妻です。お譲りする気はありませんよ」
より優雅に見えるように笑みを男に向けると、男の顔はにやりと歪んだ笑みを浮かべる。
「貴殿ほどの立場におられる方が、遊び女に熱を燃やしているとは。正妃にはなりえない女性だからこそ、公にお出来にならないのでしょう」
結構えぐい、面倒な男だとは常々思っていたが、本当に面倒くさい奴だな。
相手にするのも馬鹿馬鹿しい。
鼻で笑って返すと、男は少し目元を歪める。
案外大したことないかもしれないな。
溜息を一つ。そしてそれから彼女の髪を撫でる。
「仮にそうであったとしても、あなたにお渡しする事はありませんよ。さあ、行こうか」
彼女の背に手を回し、男に背を向ける。
それ以上言葉を掛けてこなかったところをみると、鎌をかけた程度だったようだ。
さーて、どう対処すべきかな。
また篭りきりになっても、却って怪しまれる。
差し当たって数日の間は彼女の体調不良を理由に篭れるが。
ちょっと待て。
俺は休暇に来たはずじゃなかったか。
何でいつの間にやら謀略の真っ只中にいるんだ。これじゃ王城にいるのと変わらないじゃないか。畜生。
あんな奴と鉢合わせたばかりに。
といっても、どうやらこの船は奴の手の中と考えていいようだ。
客船として経営母体は隣国の商家ということになっているが、裏に隣国の王族が関わっている。
そこまで事前に調べがついていなかったのは迂闊だったな。
いくら和平条約を締結しているとはいえ、敵国と考えておくべきだった。俺も甘いな。
自国の船に乗れば必然的に俺の事が漏れると思って、敢えて隣国の船に乗ったのが失敗だった。
帰りの便は諦めて自国の船に乗るか。
こんな始終監視されている状態というのも、堪らないしな。
唯一部屋の中に篭っている時だけが、他者の目も耳も無い。もしかしたら耳はあるかもしれないな。
だから彼女の事を勘繰ってきたのか。
それとも耳は無くとも、彼女を俺の弱点として抉るつもりなのか。
どちらにしても、用心しておくに越したことは無い。
「ねえ」
彼女がアップにまとめていた髪を下ろしながら問いかけてくる。
曰く、思いっきり引っ張り続けていると頭が痛くなるんだもん。だそうだ。
そういうものなのだろうか。俺にはさっぱりわからないが。
下ろした髪をブラシで撫でつけ、それからまた違う形にまとめる。女って器用だな。
「何でいきなりあんな事言ってきたんだろう」
彼女もあの発言を全く本気にしていないようで、溜息交じりに問いかけてくる。
裏があると思ったという事だな。
「あの王子の妃に私がなったとしても、メリットが全く見出せないじゃない。それに本気でそう思っているような目もしていなかったもの」
「さあな。あいつ性格悪そうだから、なんか企んでるんじゃないか」
言いながら彼女が俺の横に腰を下ろす。まだ慣れないようで、距離感はかなりあるが。
「なんか嫌な目なのよね、あの人」
「嫌な目?」
「うん。最初に会った時から感じたんだけれど、あからさまに値踏みしているような目をするでしょ」
性格の悪さを隠そうともしていないという事だな。普通そのような不躾な事はしないように上流の人間なら躾けられる筈だが、奴には教育の効果が出ていないのか、それともそれをしても構わない相手として彼女が侮られているのか。
「今まであんな目で人に見られたこと無いわ。すっごく失礼よね」
「ああ、そうだな」
同意すると、そうでしょとかなりが勢いづく。
「それなのに妃になれとか、絶対に本気で思っているわけないじゃない。それとも私が簡単にOKするとでも思ったのかしら。だとしたら脳みそ湧いてるわ」
「毒舌過ぎ」
俺の悪影響か、彼女はたまにこのように身も蓋もない言い方をする事がある。
苦笑して彼女を見ると、彼女は天井を見上げるようにし、何か物思いに耽っている。
しばらく何やら考えているようなので、その横顔を見つめる。
ものすごく恥ずかしがり屋かと思いきや、肝が据わると想像も出来ないような、とんでもないことをやらかす。
控え目というよりも自己評価が低すぎて気後れしているかと思いきや、やたらと思い切った事を言い出したりする。
頭の回転も速い。
俺の教える事も、まるで水を吸うように吸収していく。
意外な収穫というのはおかしいかもしれないが、彼女がここまで良い意味で切れる人物だとは思っていなかった。
さっきの俺と奴との一触即発状態での機転も、なかなかだった。
ああいう対応はやろうと思って出来るものではない。
間の取り方、それから双方を気遣う発言。広い視野。なかなか大したものだ。
もしかしたら、彼女がひた隠しにしている過去が見えない部分で自信に繋がっているのかもしれない。
正直仕事に就いた時には、周囲の評価はかなり低かった。
それがいつの間にか、人心を掴み、味方を増やしていた。
彼女のすごいところは、努力を怠らない事でも、過去の仕事でも無い。
人の心を掴みとる何かを持っているところだろうと思う。それは天から与えられた才能だろう。
本人がどう思っているかはわからないが。
「もう会いたくないなぁ」
ポツリと彼女が呟く。
どうしてと聞くより先に、彼女が話し出す。
「あの人といると楽しくないんだもの」
「そうか。なら篭りっきりでも構わないよ。余計な事に気を煩わせる事は無い」
にっこりと彼女が笑う。
「うん。ありがとう」
彼女の自然な笑顔。それは俺だけが見られる特権であるといいなと思う。
きっとこの先、彼女は俺が見出した別の側面を多くの人の前で披露していく事になるだろう。
だけどそれは本来の彼女の持ち味とは違う。
俺が好きだなって思ったのは、そういうある種の知略に長けている部分では無い。
むしろいつでも直球勝負の彼女だから、俺にはない魅力を彼女が持っているから惹かれたんだ。
離れた場所に座る彼女の手を掴むと、一瞬にして彼女の仮面が剥がれて頬を真っ赤に染める。
俺だけが見られる、彼女の表情。
作り物じゃない、本当の彼女の素顔。
何故か急に愛おしさがこみ上げてくる。気が付くと俺は微笑んでいた。
「今日の晩御飯、何食べたい?」
ぷっと彼女が噴き出す。
「どうしたの。そんなにお腹空いてたの?」
「いや、お前の顔見てたら、そんな事思い出しただけ」
言うと、彼女がさーっと青褪める。
「もしかして、私太った? 船の中ではあまり動かないし食べてお茶するくらいしかしてないから、太った?」
何でそうなる。
「俺が悪かった。別にお前が太ったとかそういうんじゃなくて」
「じゃあ何よ」
どうやら地雷を踏んだらしい。思いっきり睨まれた。
「なんかそういうのんびりとした時間が幸せだなと思ったんだ。一緒にいるってこういう事だよなって」
「何それ」
「ん。他愛のない幸せってやつが本当の幸せなのかもしれないな」
首を傾げる彼女の頬に手を伸ばすと、俺の手に彼女が手を重ねる。
「手が温かかったり、目が優しかったり、鼓動の音が聞こえるのが嬉しかったり?」
「そうだね」
ふふっと微笑む彼女は、一緒にいるようになった当初のような、はにかんだ笑みを浮かべる事は少ない。
俺の手から逃げたりもしない。
新鮮な反応は少なくなったけれど、それと入れ替わった安心感を表すような笑みを俺は守りたい。
手の中に閉じ込めてしまいたいという切羽詰った俺の思いも少し様変わりして、並んで歩いていけたらいいなと思うようになった。
同じ距離を同じ歩調で。
俺が欲しかったのは、帰る場所であり、安心できる心の基地だったのかもしれない。
別にわざわざ自分から災難に飛び込んだわけじゃないわ。
どうして彼がいないのに、隣国の王子と話す羽目になったかって。それはどうでもいいような事が発端だったの。
すぐに急がなければいけないような事ではなかったんだから、今思えば部屋に篭ったままでいれば良かった。
部屋から少し離れた場所で鉢合わせしちゃって、挨拶なんかされたら気付かなかったフリも出来ない。
あまり遅くなると彼が心配するだろうな。早く戻りたいのにな。
だって私、この人のことあんまり好きじゃないんだもの。
嫌い筆頭は、彼の一番上のお兄さんなんだけれど、その次くらいに嫌いかも。嫌いっていうのは言い過ぎかな。苦手が正しいかな。
「廊下で立ち話というのもあれですので、もし宜しければお茶でもいかがでしょうか」
そんな誘いに乗るかー。
「いいえ、結構です。あまり戻りませんと、彼が心配しますから」
とびっきりの笑顔を付け加えて辞退するものの、全く聞こえなかったかのような顔をしている。
「先日の話、考えていただけましたか」
先日のというのは、あの妃になれとかっていう発言の事よね。
「それはお断りしたはずですわ。もう一度お答えしましょうか」
あの嫌な笑みを隣国の王子が浮かべる。
思わず眉をひそめそうになったけれど、辛うじて堪えきる。
「いや。正直貴女の意思はどうでもいいんですよ。ただ手に入れたいだけなので」
「何故でしょうか」
話を長引かせたくはないなと思っているのに、ついつい気になって聞いてしまった。
もしかしたら、それってあんまり聞かなくても良いことだったのかもしれないのに。
「好きだからですよ」
「あまり嘘がお上手では無いのですね。全くそんな事を思ってはいらっしゃらないでしょう」
にっこりと微笑むと、相手は片方の口元を上げる。
「何故そう思われる」
「だって目が違いますわ。そのように思っている方がする目じゃありません」
「そんな事はありませんよ。本気で貴女を手に入れたいと思っております」
「手に入れたいと、好きは同義語ではありませんわ」
はははっと乾いた笑いが廊下に響き、男は髪を掻き上げる。
全く持って愛を囁くような雰囲気じゃないわ。どちらかというと、手に汗握る攻防戦を行っているような気分になってきた。
だって、本気で悪人面に変わったわよ。目の前の男。
正直心臓がバクバクで、落ち着かない、血の気の引くような緊張感でいても立ってもいられない気分なんだけれど、それは絶対に気付かれたらいけない。
気付かれたら、付け入られる。
「成程。カイを持つ男が選んだだけの事はあるな」
カイを持つ男とは彼の事だろう。
王族の、それも直系王族だけが名前の前にカイと付けると座学の時に聞いた。
今カイを持つのは、彼を除けば彼の二人の兄と数人の叔父、そして彼の父のみだと聞いている。
彼の従兄弟は、カイを持たない王族になるらしい。
つまり直系王族たる彼の眼鏡にかなっただけのことはあると褒められたのだろう。あまり嬉しくないけれど。
「ありがとうございます。では私はこれで失礼致しますわ」
衣を翻し背を向けると、背後から抱きしめられる。
ぎゅっと抱きしめられるけれど、彼にそうされるのに比べると嫌悪感しか生まれない。
この場合、全力で抵抗していいのだろうか。
貴族の女の人って、こういう時にはどんな対応をするんだろう。
頭の中には一人の女性の姿しか浮かばない。彼の婚約者。あの人ならこういう場合、どうやって対処するだろう。
考える。本当はとっとと離れて欲しいけれど。
ふうっと溜息をつき、前だけを向いて口を開く。目を合わせるのも嫌なので、後ろを向くのも嫌。
「お離し下さいませ。私のような者に関わっては、貴方様のご尊名に傷が付くのではありませんか」
ぴくりと気配が揺れる。
どうやら対応は間違っていないみたい。
「……妃では不満だと?」
「いいえ、そうではありません。私が欲しいのは彼の心だけですから、他の何もいりません。そして貴方様は私の心が欲しい訳ではないのでしょう」
抵抗する間もなく、ぐるりと体が回され、隣国の王子と向き合う事になる。
両肩を掴まれているので、動く事もままならない。
「何故そう思う」
「ですから、貴方様の目は恋をしている目ではありませんもの。私を何かに利用なさりたいだけなのでしょう」
ふんと鼻で笑い、男は目を細める。
「そこまでわかっているなら話は早いな」
言うなり、その顔が近付いてくる。
嫌っ。
両腕で男を押し戻そうとするけれど、力では敵わない。
彼じゃなきゃ嫌だ。他の誰でも嫌っ。しかもこんな人なんかに触れられたくない。
咄嗟にしゃがみ込んで、男の腕から逃れる。
それが滑稽だったのか、頭上から笑い声が降り注ぐ。
「愉快な女だな。そういう逃げ方に出るとは思わなかった」
視線だけで男を見上げると、本性が現れたのか、あからさまに人の悪い笑みを浮かべている。
座り込んでいるのもみっともないので、なるべく距離を置いて立ち上がる。手を伸ばしても触れられないような距離に。
「折角退屈しのぎの嫌がらせでもしてやろうかと思ったのに、簡単には落ちそうもないし、つまらないな」
「本当は、それだけではないのでしょう」
聞き返すと、男は見下すように私を見つめる。
「無駄に聡いな。しかし愚かだ。口に出さぬ者こそ真の利口な人間だ」
別にそんな評価はいらないわ。
本当に自分に酔っている男ってウザいわ。俺最強みたいな顔して。
彼もそういう部分が全くないわけではないけれど、こういう厭らしさは無いもの。
「では愚か者と関わりになるのはおやめ下さいませ」
にこりと微笑むと、男はふんっと鼻で笑う。
「あの男を地べたに這いずりまわす為には、お前のような女でも利用せねばならぬからな」
彼に何かを仕掛けるつもりね。その為に私が必要な駒という事なのね。
「私には利用価値は全くありませんわよ。彼の愛人の一人に過ぎませんから」
「数多いる女の中から、数ヶ月を共にする相手としてお前を選び取ったという事は、それなりの情はあるということだろう」
腕をぐいっと掴まれる。力加減を知らないのかしないのか、掴まれた箇所が痛い。
けれど、顔色を変えるわけにはいかない。
なるべく冷静に、冷淡に。
「そんなことをしても、彼の心には響きませんわよ」
「それはどうかな?」
にやりと笑う男が、ぐいっとその腕を引く。
体勢を崩してしまって男に倒れ掛かりそうになった時、背後から抱きとめられる。
「何してんの、俺の女に」
振り返らずとも、その声が、腕が彼のものだとわかる。
「案外早く来たな。つまらない」
ぽいっと投げ出すかのように、男が私の腕を離す。離されてもなお、掴まれていた場所がジンジンと痛い。
「関わるな。二度と」
彼が腕の中に私を抱きしめて、私の視界には男は映らなくなる。
「多少知恵が回るようだが、その辺にいる十人並みの女でしかない。何故そんな女に執着する」
超失礼ね。さっき妃になれとか手に入れたいとか言ってたくせに。
本当はどうでも良かったというのが、よーくわかったわ。
彼はそれをどう思ったのか、彼の顔色を窺うことも出来ないくらいにぎゅっと抱かれているからわからない。
しばらくの間の後、彼がくくくっと笑い声をあげる。
「価値をどこに見出すかは、人それぞれ。わざわざ教えてやるほど親切じゃないよ」
髪を撫でられるので顔を上げると、彼は私を見ずに男を射抜くような瞳で見ている。
「今度手を出したら、潰すよ。お前のルートは大体把握した」
彼が冷淡な笑みを浮かべる。
いつの間にそんな事していたんだろう、この船上で。部屋に篭りっきりだったのに。
「そんなに大事な女か?」
「自分の領域を侵されるのが大嫌いなもんでね。敵愾心剥き出しでやってこられると、徹底的に排除したくなる」
男もまた声を出して笑う。
「そうかそうか。そんなに大事な女か。ならば余計に欲しくなるな」
「やめておけ」
相手にする気もないといった風情で、彼は私の肩を抱いて守るようにして歩き出す。
彼を見上げようと首を動かすと、耳元で風が動く。
「前だけ見てろ」
囁きに返答せず、彼の言うように背筋を伸ばして前だけを見続ける。
パタンとドアの閉まる音がすると、一気に全身の力が抜ける。
カタカタと体の芯から震えが湧き上がってくる。
「大丈夫か」
座り込んだ私の前にしゃがみ込む彼へと手を伸ばす。
伸ばした手が彼の背中に回り、彼の腕が私の身体を包み込む。決して傷つけようとはしない優しさで。
「あの人、何? 何がしたいの?」
震える私をあやすように、彼は何度も背中や髪を撫でる。
「怖い思いをさせたな、ごめん」
耳元で言う彼に首を振る。
「あなたのせいじゃない。私が迂闊だったの、一人で部屋を出たから」
「自分を責めなくていいから。怖かったなら怖かったって言えよ。その為に俺がいるんだろう?」
彼の言葉をキッカケに、一気に涙が噴き出した。
みっともない位、子供みたいに泣きじゃくって彼の肩を塗らしていく。
「痛かったの。触られるのも嫌だったの」
「そっか」
頭を撫でる彼にしがみ付く。
「もうやだ。あの人。嫌い。あのギトギト先王と同じ位嫌いっ」
「……それは至極真っ当な評価だな」
何故かすごく冷静に言う彼に笑いがこみ上げてくる。
「あなたも嫌い?」
「ああ。後はこっちで処理するから、もう俺から離れるなよ」
「うん」
頷くのと同時に、彼の唇が私の唇を塞ぐ。
途中しゃくりあげたり嗚咽が混じったりするけれど、彼は何も言わずに受け止めてくれる。
この腕がいい。この唇がいい。他の誰も欲しくない。
「好き。一番好き」
キスの合間に言うと、彼が唇を離して私を見る。
「誰よりも?」
「うん」
至近距離で、吐息が頬を撫でる。
優しいキスで唇が塞がれたかと思うと、一瞬だけで彼が唇を離す。
「好きだよ」
もう何十回、何百回と聞いた言葉が胸を締め付ける。
何度も何度でも、私の胸をその言葉が揺らす。
けれど、それでも確認したくなっちゃうのはどうしてなんだろう。
「妬けた?」
キスの合間に問いかけると、彼が私の目をじーっと見つめる。
「妬いた。お前に他の男が触れるのも嫌だな」
さっき掴まれていた腕を彼がさするように撫でる。
少し距離の開いた体の間、その空間が何故か物足りなさを呼ぶから、彼の服の裾を掴む。
「ん?」
首を傾げて問いかける彼の胸にもたれかかる。
「私も、他の誰にも触られたくないよ。こうやってると安心する」
トクントクンと耳に響く彼の鼓動が心地良い。
「俺もこうやってお前を抱いている時が一番幸せだな」
海の上。二人だけの部屋の中。
他には何も無いけれど、ちょっと間違うと喧嘩ばかりするけれど
それでも一緒にいられる今が幸せ。
扉を開ければ、そこは嫌味な男が跋扈する空間だから
二人きりの空間を、時間を楽しもう。
私たちが手に入れた、二人でいる時にしか得られない幸福な時間を。