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ノイズのない世界  作者: 天色うさぎ


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6/12

砂嵐(ノイズ)

 意識の底に、砂嵐が吹き荒れていた。

 ザラザラとした不快なノイズが、網膜を裏側で鳴っているような、一粒一粒の砂利が脳を埋め尽くしている、耳障りな摩擦音が聞こえる。


  僕の知らない断片が、網膜に直接焼き付けられていく。




 鈍い感触。


 拳が肉を捉え、その下の硬い骨を粉砕する感触が、腕を伝って脊髄を駆け上がる。

 

 視界の端、路地裏のゴミ溜めに沈んでいるのは、異様なほど肉の厚い、塊のような影だった。


 顔は、見えない。


 激しく叩き潰されたせいで輪郭が消失しているのか、あるいは俺の脳がそれを「人間」として認識することを拒絶しているのか。

 

 その影からは、止めどなく溢れる熱い液体が溢れ出している。


 ぐったりとしたその身体は生気を感じない。それは本当に生き物だったのか。


最初から、まるで造り物だったのではないかと思った。

 

――視界が、赤く爆ぜる。


 俺は、その塊をさらに執拗に殴り続けた。

 もっと、壊したい。気が済むまで。

 

 

 振り下ろす拳。伝わってくる衝撃。

 それらはすべて、俺にとっては歓びだった。

 

 そいつの肋骨が軋み、折れるたびに、指の背に鋭い痛みが走る。


 だが、その痛みがいい。痛みが、俺の拳はここにあると教えてくれている。


 飛び散った返り血が頬を焼き、鉄の匂いが鼻腔を突き抜ける。


 もっとだ。もっと深く、もっと無残に。


 この「造り物」を、二度と形をなさないただの泥に変えてやる。



「……やめろ、やめてくれ」


 今にも消え入りそうな、だけど消えない声が頭に響く。


 声の主はわかっていた。


 この狂熱のすぐ隣で見ているつまらない、無。俺を消す敵の声だ。


 俺を止めるな。




 それを、僕は「遠く」から見ていた。

 

 

 暗い路地裏の突き当たり。僕の意識だけが、薄汚れた壁際に張り付くようにして、その惨劇を傍観している。

 

 やめろ、と叫びたかった。

 今すぐその拳を止めて、そこから逃げ出したかった。

 

 けれど、僕の喉は微動だにせず、僕の腕は僕の意志など最初から存在しないかのように、無慈悲に、破壊を続ける。


熱い。そして、痛い。


 殴りつけるたび、僕の拳の皮が裂け、関節が悲鳴を上げるのを、僕は「僕」として鮮明に感じていた。

 

 制御の効かない腕が振るわれるたび、ズキンと刺すような劇痛が走り、脳を焼く。

 

 激痛にのたうち回ることさえ許されず、僕はただ、自分の身体が自分以外の何かとして駆動し、誰かを壊し続ける様を、最前列で見せつけられていた。


 指先の皮膚が裂ける痛みも、返り血の熱さも、すべては怪物を動かすための燃料に過ぎないのだと、見ているだけの僕に突きつけてくる。

  身体の制御権は、僕にはなかった。


 こんなものは現実じゃないと思いたかった。 

 

でも、そんなことをした所でなにも変わらない。


こいつが、『オト』だ。



それは、僕じゃない。

これは、間違いなく現実だ。


 必死に、その暴走する腕を掴もうとして

 掴むべき自分の手さえ持っていないことに絶望した瞬間、砂嵐は唐突に止み


 僕は意識を取り戻した。

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