砂嵐(ノイズ)
意識の底に、砂嵐が吹き荒れていた。
ザラザラとした不快なノイズが、網膜を裏側で鳴っているような、一粒一粒の砂利が脳を埋め尽くしている、耳障りな摩擦音が聞こえる。
僕の知らない断片が、網膜に直接焼き付けられていく。
鈍い感触。
拳が肉を捉え、その下の硬い骨を粉砕する感触が、腕を伝って脊髄を駆け上がる。
視界の端、路地裏のゴミ溜めに沈んでいるのは、異様なほど肉の厚い、塊のような影だった。
顔は、見えない。
激しく叩き潰されたせいで輪郭が消失しているのか、あるいは俺の脳がそれを「人間」として認識することを拒絶しているのか。
その影からは、止めどなく溢れる熱い液体が溢れ出している。
ぐったりとしたその身体は生気を感じない。それは本当に生き物だったのか。
最初から、まるで造り物だったのではないかと思った。
――視界が、赤く爆ぜる。
俺は、その塊をさらに執拗に殴り続けた。
もっと、壊したい。気が済むまで。
振り下ろす拳。伝わってくる衝撃。
それらはすべて、俺にとっては歓びだった。
そいつの肋骨が軋み、折れるたびに、指の背に鋭い痛みが走る。
だが、その痛みがいい。痛みが、俺の拳はここにあると教えてくれている。
飛び散った返り血が頬を焼き、鉄の匂いが鼻腔を突き抜ける。
もっとだ。もっと深く、もっと無残に。
この「造り物」を、二度と形をなさないただの泥に変えてやる。
「……やめろ、やめてくれ」
今にも消え入りそうな、だけど消えない声が頭に響く。
声の主はわかっていた。
この狂熱のすぐ隣で見ているつまらない、無。俺を消す敵の声だ。
俺を止めるな。
☆
それを、僕は「遠く」から見ていた。
暗い路地裏の突き当たり。僕の意識だけが、薄汚れた壁際に張り付くようにして、その惨劇を傍観している。
やめろ、と叫びたかった。
今すぐその拳を止めて、そこから逃げ出したかった。
けれど、僕の喉は微動だにせず、僕の腕は僕の意志など最初から存在しないかのように、無慈悲に、破壊を続ける。
熱い。そして、痛い。
殴りつけるたび、僕の拳の皮が裂け、関節が悲鳴を上げるのを、僕は「僕」として鮮明に感じていた。
制御の効かない腕が振るわれるたび、ズキンと刺すような劇痛が走り、脳を焼く。
激痛にのたうち回ることさえ許されず、僕はただ、自分の身体が自分以外の何かとして駆動し、誰かを壊し続ける様を、最前列で見せつけられていた。
指先の皮膚が裂ける痛みも、返り血の熱さも、すべては怪物を動かすための燃料に過ぎないのだと、見ているだけの僕に突きつけてくる。
身体の制御権は、僕にはなかった。
こんなものは現実じゃないと思いたかった。
でも、そんなことをした所でなにも変わらない。
こいつが、『オト』だ。
それは、僕じゃない。
これは、間違いなく現実だ。
必死に、その暴走する腕を掴もうとして
掴むべき自分の手さえ持っていないことに絶望した瞬間、砂嵐は唐突に止み
僕は意識を取り戻した。




