12-1. 万引きおばさん
この物語はフィクションです。
作中の人物・団体などの名称は全て架空のものであり、
特定の事件・事象とも一切関係はありません。
「らっしゃーせー」
「っしゃいませ」
自動ドアの開閉音。イナガキの声出しに釣られて、思わずサトウも声が出ていた。
カウンター内から入口を覗くと、女性がキョロキョロ周りを確認しながら来店するのが見えた。
蝉の死骸を持ったまま、定期的に下級国民エリアと上級国民エリアを往復する変人。
どんな危険人間かと思っていたが、オウズマート店員であれば誰もが知る女性だった。
万引きおばさん。
大きいリュックを背負って現れるBランクの上級国民の女性だ。
数年前に海外からやってきた彼女は、噂では下級国民と結婚しているらしい。
外国人という時点で、帝国人から絞り上げた税金から捻出される生活扶助費を受け取ることができる。
それにより毎月かなりの額が入ってくるはずなのだが、何故かオウズマートに訪れては万引きばかりしているのが彼女だ。
飲料コーナーに狙いをつけた彼女は、無造作に缶を掴むと、その大きなリュックに次々と飲料を積め始めた。なかなかの手際だ。
品出しを一時中断して戻ってきたイナガキがサトウへ耳打ちする。
「あれ、注意してきてくれ。サトウ」
「僕ってさ、休職中なんだよね」
Aランクの人間がオーナーを務めているオウズマート。だが下級国民が店番をしている以上、来店する上級国民が無茶苦茶することはままある。
ワンが税金対策のために営んでいる店のため、置いてある商品に高価な物も無く、万引きされても痛くはないそうだが、一応は注意するように申し付けられていた。
「そもそも、おばさんはイナガキ君のほうが喜ぶんじゃないかな」
「喜ばせる必要があるのか。万引き犯を」
万引きおばさんは、床におろしたリュックを飲料で膨らませながら、しきりにイナガキを見つめている。
彼女は面食いのようで。イケメンのイナガキに注意されたときには素直に飲料を返すが、サトウなどの並み以下の人間に注意されると酷く暴れるのだ。
いつも彼女の母国語で捲し立てられるため、何を言われているか分からないサトウにとってそれは恐怖でしかない。
しかし今日は、彼女が持っているはずの蝉の死骸を譲ってもらう必要もある。サトウは注意するために席を立った。
「えーと、お客さま、お客さま?何をされているのでしょうか?」
返事がない。
万引きおばさんは瞬きもせずに次の飲料を物色している。
「あの、お客さま!」
万引きおばさんは一心不乱に飲料を手元のリュックに積める。
眼の前の女性が何故ここまでして万引きなんてするのか。全く理解できないサトウは彼女の肩を少し強めに揺すりながら声を荒らげた。
「これは、その、いつも何で万引きなんかするんですか?」
万引きおばさんの手は止まらない。
リュックは既に缶やペットボトルでパンパンに膨らんでいた。
「ちょっと!お客さま!」
万引きおばさんはリュックのチャックを閉め、迷惑そうにサトウを一睨みする。
肩に置かれたサトウの手を振り払うと、ため息をつきながら自動ドアへ歩いて行く。
いつもなら、このあたりで母国語で罵倒されているはずだが。
今回はそれもない。大胆な万引きだ。このまま見逃せばワンさんに怒られてしまう。
前におばさんを見逃してしまったときは、シフト表から休日を万引きされた本数分消されてしまった。
「お客さま!困ります!困ります!」
万引きおばさんは立ち塞がるサトウを突き飛ばしオウズマートから退店していった。
「いたた、ちょっと、お客さま、お客さまッ!?あっ、あっ、ご、ご来店ありがとうございました‥‥」
「『ありがとうございました』じゃないな。追うぞ。流石に」
尻餅をつき彼女の背中を見送ったサトウの背を、イナガキがポンと叩く。
彼女を追って店外に出たイナガキは、すぐさまママチャリを押さえ逃走を阻止したのだった。
たまに凄く大胆に万引きをしている人を見かけます。
もしかして私の住む街は治安が悪いのかもしれない。
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