#272 アリスケとルーミアのオーディション
僕と留美さんが控室で待機している時にスマホでシルファのチャンネルを見ていた。
『それではついにオーディションが始まります! エントリーナンバー1番の人からです!』
このオーディションでは全員の名前が伏せられている。
あくまでも声とキャラクターのマッチを重視して先入観なく視聴者に選んでもらうためだった。
『それではナンバー1番の人⋯⋯演技を開始してください』
アニメ監督の声で1番の人の演技が始まった。
『私! 星野ゆめこ! 14歳で夢はVチューバー!』
『ドリームネットパワー! ドットチェンジ!』
『さあみんな勇気を出して! 私が見てるから!』
⋯⋯そんなキャラの名場面を思わせるセリフを次々と読み上げる1番の声優さんだった。
「これ⋯⋯さっきの井上さんの声だな」
「わかるのアリスケ君?」
「うんまあ⋯⋯」
この井上さんの声はあんまり特徴が無いんだけど⋯⋯いくつかあるパターンの1つに似てるから間違いない。
「こうやって聞くと紫雲院麗華さんとは全然違うキャラ声だな⋯⋯」
まああれから5年以上経ってるし⋯⋯向こうは実写の特撮の声で、今回は声優としてのアフレコだし違うのも当然なのかな?
それに紫雲院麗華さんは高校3年生の設定で今回のキャラ達は14歳だからな。
そのへんの演じ分けもあるんだろう。
「⋯⋯やっぱり本職の声優って凄いな」
「強力なライバルね」
そう留美さんも真剣に聞いている。
まずいな⋯⋯留美さんに聞かせない方が良かったかな?
しかし留美さんは自分のスマホを食い入るように見つめている。
ちょっと見るのを辞めようと言い出せない雰囲気だった。
きっとこうやってライバルの演技を分析して自分ならどう演じるのか? とか考えているんだろう。
だから僕は黙ってそれを見つめるのだった。
まあ僕自身は気楽なものだった。
なにせこのオーディションに受かる気はまったく無く、それに僕みたいなド新人が受かるとはまったく考えていないからだ。
なので僕の関心は留美さんのオーディションの合否だけだった。
だから僕は存在感を無にして留美さんの邪魔をしないように黙るのだった。
『──ありがとうございました!』
『お疲れ様です3番の人。 では次の人お願いします』
オーディションは続きもう4人目になった。
その時だった。
「お待たせです! 次はルーミアの番です!」
そう言いにメアリーさんがこの楽屋にやって来た。
「⋯⋯はい」
「留美さん⋯⋯頑張って!」
「うんアリスケ君⋯⋯私がんばる」
そう言い残して留美さんはメアリーさんと一緒にこの控室を出て行ったのだった。
「次ってことは⋯⋯5番目が留美さんか?」
その僕の予想通り4番の人の演技が終わると⋯⋯。
『では次の5番の人お願いします』
『⋯⋯はい、よろしくお願いいたします』
留美さんの声だった。
僕が留美さんの声を聞き間違えるわけがない!
「留美さん⋯⋯がんばれ」
そう僕はスマホを握りしめて念を送った。
そして留美さんのオーディションが始まる。
『私! 星野ゆめこ! 14歳で夢はVチューバー!』
『ドリームネットパワー! ドットチェンジ!』
『さあみんな勇気を出して! 私が見てるから!』
ひいき目があるかもしれないが僕には誰よりも素敵な声に聞こえたんだ。
コメント欄でも。
【真面目そうな声】
【綺麗な声だな】
【優等生っぽい】
【これ誰】
【わからん新人かな?】
などのおおむね好評なようだった。
その証拠にコメントの密度も今までより多く感じる。
「留美さん⋯⋯すごいよ」
僕にとっての留美さんはVチューバーのルーミアだけど。
その留美さんの声優になりたいという夢はたしかに応援はしていたけど、そこまで真剣に応援してただろうか?
でもそこにはルーミアとして自然体に話すのではない、キャラクターを自然に演じる声優芹沢留美の声が聞こえていた。
普段からずっとそばで留美さんの声を聞いていた僕が、まるで知らない人みたいな話し方をする留美さんの声に⋯⋯。
「ホントに声優を目指してたんだな⋯⋯」
僕はこれほどまでに『演技をする』という事を実感したことは無い。
「留美さんは絶対に合格する」
そう僕は確信したんだ。
でもあとオーディションを受けるのは5人も居る⋯⋯。
僕は置いといてあと4人かライバルは⋯⋯?
ここまでの4人の声優さんは僕が聞けば誰かわかるくらいの有名声優が並んでいた。
つまりここからはまだ無名な新人声優のターンになるに違いない。
「新人なんかに留美さんが負けるはず無い!」
そう僕は断言する!
そのくらい留美さんの演技力はしっかりしていると僕は思ったのだ。
『──ありがとうございました』
『お疲れ様でした。 では次の6番の人どうぞ』
次の6番の人は⋯⋯思いっきり新人で棒読みな演技だった。
経験不足が思いっきりわかる声である。
「⋯⋯とりあえずオーディションの経験を積めとか言われて参加した子なのかな?」
そんな分析までしちゃう余裕すら出てくる僕だった。
そうしていると留美さんが戻ってきた。
「あ! 留美さんおかえり!」
「⋯⋯ただいま、アリスケ君」
「よかったよ留美さん! もう最高だ! 合格決定間違いなし!」
そう興奮して叫ぶ僕だった。
「⋯⋯ホントに?」
「うん! 自分でわからないの留美さん?」
「⋯⋯無我夢中でぜんぜん、自分が何しゃべったのか覚えてないのよ」
あーそういう事もあるのか!
「それであの演技力! 留美さんの実力がいかんなく発揮された証拠だね!」
「そうなの? だといいけど⋯⋯」
うーんイマイチな反応だな。
「少なくとも僕が聞いた限りの人達の中では留美さんがダントツに綺麗な声で印象に残ったよ!」
「綺麗な声⋯⋯か。 ありがとうアリスケ君」
⋯⋯なんだか留美さんは不安そうだった?
これはきっと初めてのオーディションで緊張しているからだな絶対。
「とにかくお疲れ様、留美さん! もう出来ることは無いんだしゆっくり結果を待とうよ」
「⋯⋯そうね。 もうジタバタもできないしね」
そして留美さんは座って黙り込み⋯⋯オーディションを反芻しているようだった。
僕の予想では留美さんは合格する⋯⋯しかしこれはかなり僕のひいき目が入っているのは事実。
だから僕は別の根拠を考える。
オーディションが終わった後の監督の「お疲れ様でした」のニュアンスやリスナーのコメント欄のコメントの傾向や密度に。
そういった客観的な事実をもとに考えても留美さんが好印象で高評価なのは間違いない⋯⋯と思う。
問題はあと3人の声優さんの結果次第だ。
「受かりますように受かりますように⋯⋯」
囁くように念じる留美さんの声が聞こえた。
きっと不安で仕方ないんだろう⋯⋯僕に何ができるだろうか?
「大丈夫! 留美さんなら絶対に受かるから──」
そう言いながら僕は留美さんの手にそっと触れる──。
ガチャ!
「へい! 次はアリスの番です! スタンバイレディ!」
「はっはい!」
僕はあわてて留美さんに伸ばしかけた手を引っ込めた⋯⋯。
あぶねー、あやうくメアリーさんに見られるとこだった。
そんな留美さんも顔を赤くしてそっぽを向いている⋯⋯。
うん照れてる留美さんもカワイイよ!
「⋯⋯じゃあ留美さん行ってくるよ」
「うんアリスケ君も⋯⋯がんばって」
「わかったよ留美さん」
そう言い残して僕はメアリーさんと一緒に部屋を出たのだった。
「⋯⋯」
最後に留美さんは何か言いたそうだったけど⋯⋯聞き取れなかった。
「アリスはリラックスしてる? こう手のひらに人という字を書いて⋯⋯」
メアリーさんは外国人なのにこういう日本の文化に詳しいよなあ⋯⋯。
でも僕は自分でも不思議なくらい緊張してなかった。
まあそれはぜんぜん受かる気が無いからなんだろうけどね。
「さて⋯⋯ちゃっちゃと終わらせるか」
そして僕はマイクの前に立つ⋯⋯。
声優アリスとしての初めてのアフレコに挑むために。
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