第十二章
この章はこの話のターニングポイントとなります。
「コーゼン卿はついていると思いますよ」
マーナが突然話を変えたので、何を言われているのかわからず、コーゼンはキョトンとした。
「ついてる? 何が?」
「ですからコーゼン卿の運の事ですよ」
「えっ? ああ、エンゲルを助けられたのだから、確かについているかもね」
「その事だけじゃありません」
マーナはスーッとコーゼンの傍まで近付いて来ると、彼の耳元でこう囁いた。
「あの方に振られた事を言っているんです。そうは思われませんか?」
コーゼンは驚愕してマーナの顔を見上げた。彼女の顔が急に成熟した大人の女性のように見えた。
『十七、八の年頃の女性というのは、少女と大人の女性の間を絶えず行き来しているものだ』
シゴロを気取る同僚が言っていた事を思い出し、それは本当かもしれないとコーゼンは思った。そしてすぐにいつもの落ち着いた笑を浮かべて、
「確かにそうだね。俺はかなり運がいいのかもしれないな」
と言った。しかし彼がその言葉を発した瞬間、それまでテーブルに顔を伏せていたキャサリンが、急に顔を上げて怒鳴った。
「あんたの運がいいですって⁉ 馬鹿じゃないの。この前の遅刻のせいで、ここよりもっと地方へ飛ばされるかも知れないっていうのに」
「えっ?」
それを聞いたマーナは大きく瞳を見開いた。
自分と自分の飼い猫のせいでコーゼンが左遷させられるなんて。さっきまで余裕な素振りをしていたマーナは、酷いショックを受けて棒立ちになった。
「おい、こんな所で余計な話をするなよ!」
「何よ今更。大体あの遅刻だって、馬車にぶつかってきた猫を動物病院へ連れて行ったせいなんでしょ。
猫なんて放っておけば良かったのよ。そもそも自分が手綱を握っていた訳じゃなかったんでしょ。それなのに、本当にお人好しよね。しかも馬車から降ろされて、自分一人で担いで病院へ連れて行ったんでしょ」
キャサリンのこの言葉にマーナ以上に、彼女の祖母が大きく反応した。
カウンター席で初老の紳士を占っていたママが、慌てて飛んで来てこう尋ねた。
「マーナ、エンゲルとお前を助けたのって、この男だったのかい?
それに、そこのあんた、馬車を走らせていたのが誰だったのかを知っているのかい? 二人を見捨てて行ったろくでなしを…」
「ユーゼル。こいつの双子の弟。あいつは本当にろくでなしよ!」
キャサリンはコーゼンを指差し、彼が止めるのも聞かずに、グラスビールを喉に流し込みながら言った。
「「双子?!」」
小さく二人が呟く声がした。
「どうしてそんな事を君が知っているんだ?」
コーゼンが怪しむようにキャサリンに尋ねた。彼は、あの遅刻の理由も、あの事故の事も誰にも話してはいなかった。
「駅前のレストランへランチをしに行ったら、偶然あいつもそこに居て、周りに侍らせていた女の子達に、自分の兄の運の悪さを喜々としてしゃべっていたのよ。面白可笑しくね。自分が手綱引いていた馬車に猫がぶつかって怪我をしたのにね。
猫なんて放っておけばいいのに、病院へ連れて行けなんて言うから、兄ごと置き去りにしてやったって笑ってたわ。
商会長との大事な会合があるから父親から馬車を借りたのに、遅刻したら意味がないじゃないか、ですって。兄にも朝一で会議があるのを知ってたくせに。
信じられない! もう最低! あんな男と別れられたんだから、私こそ本当に運がいいわ」
そうなのだ。キャサリンをこっぴどく振った男というのは、コーゼンの双子の弟だった。
二度目のデートの時にコーゼンとキャサリンは偶然にレストランでユーゼルと遭遇した。彼女はその時初めてコーゼンに双子の弟がいる事を知った。そしてその瞬間兄から弟に乗り換えようと決めたらしい。
そして三度目のデートで、別れ言葉を口にした後、キャサリンはコーゼンにこう言った。
「たとえユーゼルがどんなに格好が良くてどんなに有力株だったとしても、貴方達が普通の兄弟だったら、私は乗り換えたりしなかったわ。
だってどんなに似ていたとしても、結局二人は別人だから。でも、貴方達は双子よ。しかも一卵性双生児で瓜二つ。
同じ商品のうちどちらか一つ選ぶなら、無傷でより綺麗な方を選ぶでしょう? 普通は誰だって」
キャサリンはコーゼンを見下す訳でも、嘲る訳でもなく、淡々と事情説明するかのように別れの理由を説明した。
それを聞いたコーゼンは、茫然自失して怒る事も言い返す事も出来なかった。ただクルリと身を翻して、元来た道を戻ったのだった。
弟にガールフレンドを奪われた事は一度や二度ではないが、あの時の彼女達もキャサリンと同じ事を考えていたのだろうか。
世界中のツインズ友の会に彼女の言葉を伝えたら、怒りのコメントを発してくれるだろう。そうしたら、世界中のツインズが怒り狂うだろう。我々一人一人のアイデンティティを認めろ!って。
まあ、嫌な思いをさせたくはないので、こんな話は誰にもするつもりはないが……
キャサリンに振られた事自体は別に未練はないし、悔しさもなかった。しかし、人を物のように判断して評価をした事に対しては腹が立った。コーゼンにしては珍しく、彼女に対して強い嫌悪感を抱いたのだった。
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