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えっ、何で死んでへんねん?  作者: ひめさん
13/13

閑話 夢枕

 吉岡孝は、本日の訪問診療を終え、早めの夕食も済ませて、妻の弘子と共に居間でくつろいでいた。

「もう七時か、そろそろ望も診療を終える頃かな?」

「そうですね。もう少ししたら、望のお茶も用意しましょうね」

「毎日、気を遣って顔を出さなくても、診療がすめばすぐにマンションに帰って、愛妻や孫達と晩飯にすればいいものを・・・」

「まあまあ、そこが望のやさしいところなんですから、いいじゃないですか」

「まあ、嬉しくない訳じゃあないんだが・・・」

そこに電話がなった。

「あらあら、医院の方じゃなくて家の方に電話なんて、誰かしら?」

弘子が受話器を取る。

「もしもし、吉岡でございます」

「もしもし、相川です。ご無沙汰しております。お義母さん・・・」

「まあ、敬司さん? お久しぶりね。お元気?」

「はあ、まあ、何と申しましょうか・・・、実はついこの前、交通事故で怪我をしまして・・・。いや、それはいいんですが、ちょっとご相談したいことがあって、よろしければ来週のご都合の良い日にでも、そちらにお伺いしたいのですが・・・」

「まあ、それは、たいへんでしたのね! それで、お怪我の方は大丈夫なの? こちらに来るって、無理しなくてもいいのよ」

「いえ、ぜひお会いして、ご相談したいんです・・・」

それを聞いていた、孝が弘子から子機を取り上げる。

「敬司くんか? どうした? 怪我をしたって?」

「あっ、お義父さん、ご無沙汰しています。交通事故でちょっと・・・、でももう大丈夫ですから。それで、できれば来週にでも、そちらの都合の良い日にお伺いしたいのですが・・・、いかがでしょうか?」

「えっ、こちらに来るって、今、君は神戸に帰っているんだろう? 辞めたという挨拶状が来て驚いていたんだぞ・・・」

「はい、その切にはご挨拶もできずにすみませんでした。ゴタゴタしていたもので・・・。それでも、これだけはお会いしてお話しないといけませんので、どうか伺わせてください」

「そうか、分かった! 木曜日の午後三時以降なら、訪問診療も休みだから、こちらとしては助かるが・・・」

「分かりました。では来週の木曜日の午後三時に伺わせていただきます」

「分かった・・・。なんだ、君もたいへんだったな。部下のミスを全部被って、責任を取るとは・・・、まあ、君らしいと言えば、君らしいがな・・・。実は、同門会で平澤教授に会ってな、彼から全部聞いたんだよ。掛け替えのない人材を失ったって・・。おかげで大学病院や診療技術部全体にもケチが付かずに済んだって・・・、君のことを感謝していたよ」

「そうですか・・・、済みません。すぐにご報告できなくて・・・」

「ああ、それはいいよ。で、今はどうしてるんだ?」

「あっ、はい、今は自宅療養中ですが、来年から○○大学で教職に就くことになりそうです」

「そうか・・・。教職か? それもいいかもしれんな・・・。まあ、詳しい話は、来週木曜日ということだな。じゃあ、待ってるよ」

「はい、よろしくお願いいたします。では、失礼します」

孝は、子機の通話を切って充電器に置くと、弘子に言った。

「敬司君と会うのは、幸恵の一三回忌以来になるのかな?」

「そうね。二年ぶりになるわね。それにしても敬司さん、何かとたいへんだったのね・・・」

「そうみたいだ・・・。まあ、来週木曜の午後三時に来るらしいから、何かうまい茶菓子でも用意しておいてくれ」

「はい、お任せください」


 その夜、孝と弘子は夢を見た。最愛の娘、幸恵が現れたのだ。

「お父さん、お母さん、幸恵です。悲しい思いをさせてごめんなさい。寂しい想いをさせてごめんなさい。ずっと逢いに来られなくてごめんなさい・・・」

「幸恵なのか?」

「ああ、幸恵なのね、逢いたかったわ・・・」

「本当にごめんなさいね。私は、ずっとお父さんとお母さんを見てたけど、お父さんとお母さんから私は見えないものね・・・。あのね、ずっと謝りたかったの。私の不注意で、孫の顔を見せてあげられなくなって・・・、抱かせてあげられなくて、ごめんなさい・・・」

「何を言ってるんだ? さっきから謝ってばかりじゃないか。もう、いいんだよ。こうして逢いに来てくれただけでも・・・」

「そうよ・・・」

孝も弘子もボロボロと涙を流していた。

「それでも申し訳なくて・・・。もちろん一番申し訳ないのは敬司さん・・・、あの頃、つわりで食べられず・・貧血でフラフラになってた、夜も眠れなくて敬司さんに辛く当たったりして・・・。そんな自分がいやで、買い物でもして気分を一新しようと思って出かけたの。そしたら、ホームで気が遠くなって、線路に落ちゃった・・・。気が付いたら、もう身体がなくて・・・。動揺してたら、あの幸村由美さんが来てね・・・」

「その人は確か、敬司君の前の婚約者か?」

「うん、そう」

「そうか、行方不明だとか言っていたが、死んでいたのか?」

「うん、ALSって難病だったみたい。彼女も妊娠していたらしくてね。そのまま、結婚すると、敬司さんを、幼い子供と動けなくなっていく自分の世話で、学位取得や彼の将来を潰してしまうって。そんな、不幸な結婚生活を送らせたくなくて身を引いたんだって、言ってた。そして、彼を幸せにしてくれるようにって私に期待していたんだって・・・。私、そんなこと知らないから、彼にも由美さんのこと、ずいぶんと悪く言って傷つけてた・・・。その上、死んじゃって・・・、彼の赤ちゃんまで巻き込んで・・・」

「そうだったのね・・・。辛かったわね・・・」

「うん、由美さんに叱られちゃった。自分の代わりに敬司さんと一緒に幸せになってもらいたかったのにって。だから、敬司さんには申し訳なくて・・・。ずっと独身でいる敬司さんに、もう私のことは忘れて、幸せになってほしいって、思ってきたの」

「そうだったの・・・、幸恵は今も敬司君のことが好きなのね・・・」

「うん、もちろんよ。今になって思うとね、敬司さん、私のことをすごく大切にしてくれてたもん・・・。あの頃はイライラして、そんな大事なことにも気が付かずに・・・彼を傷つけてしまって・・・、だからね、お父さん、お母さん、私の代わりに彼に謝ってください! お願いします!」

「「・・・・」」

「敬司さん、来週、うちに来るでしょ。彼、今度、再婚するの・・・。今度こそ、幸せになってほしいの。だから、お願い!」

「・・・いいのか? それは、もう自分のことは忘れてもかまわないと言っているのと同じだぞ・・・」

「大丈夫・・・。彼は私のことを忘れてないから・・・、由美さんのことも。本当よ、彼、忘れてないの。再婚を決めてから、むしろ私達のことをより強く思ってくれてるの。それが分かるの。だから、大丈夫よ」

「・・・そうか・・・。そういうことか・・・。敬司君は、再婚の許しを得るために我が家に来るということなんだな・・・。そして、彼のことだ。もし許しが得られなければ、再婚はしないと・・・」

「うん、きっとそう・・・」

「そうか、彼らしいな・・・。確かに彼は、実に誠実な良い男だった・・・」

「そうね、それにとっても優しかったわね・・・」

「あー、よかった! お父さん、お母さん、どうもありがとう」

「ねえ幸恵、また、こうして逢いに来て! お願いよ!」

「・・・お母さん、ごめんなさい。今回は特別で、いつもって訳にはいかないの。でもね、これからもずっとずっと、側で見守ってるからね」

「・・・そうか、じゃあ、俺が逝く時には迎えに来てくれるか?」

「うん! もちろんよ!」

「ああ・・・・」

「お母さん、泣かないで・・・。私まで泣けてくるわ・・・。あっ、もう時間が・・・。じゃあ、お願いね・・・」

「「幸恵ー!」」

孝と弘子の二人は、幸恵の名前を叫んだ自分の声で、目を覚ました。もう明け方らしく、辺りは明るくなりかけていた。

「あなた、幸恵が・・・」

「そうか、お前も見たのか・・・?」

「ええ、夢の中だったけど、確かに幸恵が会いに来てくれたわ・・・。あなたも一緒にいたでしょ?」

「あー、確かにそうだったな・・・。なあ、母さんや、敬司君に何かお祝いを準備しなくちゃな・・・」

「そうね・・・。それに幸恵だけじゃなく、私達も敬司さんに謝らなくちゃ・・・。私達、幸恵のことで、あの人をずいぶん責め続けてきたから・・・」

「そうだな・・・。彼には何の罪もなかったのに、私達の悲しさや寂しさのはけ口にしてしまっていたんだな・・・。彼も辛かったのは、十分、分かっていたはずなのにな・・・」

「そうね・・・。敬司さんはそれを黙って受け止めてくれたわ・・・。あー、あの人が幸恵の夫で、本当によかった・・・」

「望にも説明しなくちゃな・・・。あいつが彼に、一番辛くあたっていたからな・・・」

「そうね・・・」

「それにしても、私は・・・。あー、母さんや、自分自身がほとほと情けなくなるよ」

「大丈夫よ、あなた。敬司さんはそれも、ちゃんと理解してくれてるわ・・・」

「そうかな・・・。そうだな・・・、彼なら、たぶん、そうなんだろうな・・・」

「ええ、だから、笑顔で彼を迎えてあげましょう!」

「ああ、そうだな・・・。久しぶりに一緒に晩飯を食べて、できれば酒も飲んで・・・」

「そうね、それがいいわ・・・。久しぶりに泊まってもらいましょう。後で私、敬司さんに泊まっていくように連絡しておくから・・・」

「ああ、頼む・・・」

「・・・・ねえ、あなた、今日はとっても良い朝ね!」

「ああ・・・本当に清々しい朝だな・・・」

孝と弘子は、寝室に差し込んできた朝日の温もりを感じながら、お互いを見つめ合って、うれしそうに笑ったのだった。

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