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毛玉転生 ~ユニークモンスターには敵ばかり~ Reboot  作者: すてるすねこ
第4章 大陸動乱編&魔境争乱編
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20 魔王襲来③


 黒甲冑を殴ったら、黒い毛玉が飛び出してきた。

 客観的に見ると不思議すぎる光景だと、ボク自身ですら思う。


 その事態を正面から目撃した大貫さんは、呆然として空中で動きを止めている。

 ザイラスくんやマリナさんも、状況を飲み込めていない。

 白熱した戦場だったのに、一瞬で静寂に包まれた。


 でも反撃の好機だ。

 むしろ、ここからがボクの本領発揮とも言える。

 黒甲冑姿に慣れてきたとはいっても、行動が制限されてたのも間違いない。

 視界は狭まるし、本体からの毛針も飛ばせない。

 謂わば、小毛玉頼りの戦いしか出来なかった。


 だけど、ここからは全力が出せる。

 正体がバレたとか、そこらへんの問題は後で考えよう。

 大貫さんも隙だらけだし、今なら―――、


「……五十鈴くん?」


 え? あ、はい。片桐五十鈴ですが?

 って、あれ? なんだか大貫さんの気配が変わってる?

 こっちを凝視はしているけど、さっきみたいに殺気のこもった眼差しじゃない。


 空中で、呆然と立ち尽くしている。

 その顔は徐々に赤くなってくる。両手を頬に当てて、口元も緩んでいた。

 戦おうっていう気迫も、あっという間にしぼんでいく。


「あ、あの、私、そのぅ……ごめんなさいぃぃっ!!」


 姿勢を正して頭を下げる。

 すぐに身を翻すと、同時に閃光を放った。目眩ましだ。


 とはいえ、さほど強烈な光じゃない。

 咄嗟に反応できたので、視界を塞がれもしなかった。

 だから飛び去っていく大貫さんの後姿も丸見えだった。

 いや、飛び去るというか、正確には森の影に逃げ込んでいったんだけど。


 ……どうしよう? 状況が理解できない。

 とりあえず辺り一帯の森ごと焼き尽くして攻撃するべき?

 だけど戦いを続ける雰囲気でもないような?


「片桐くん……なのか?」


 警戒の混じった声を投げてきたのは、ザイラスくんだ。

 いくらか距離を保ったまま、瞬きを繰り返している。目眩ましにやられたらしい。


『そうだよー』


 丸めた毛先を振って、無害っぷりをアピールしておく。

 ボクの予定では、まだこの姿を見せるつもりはなかった。

 話を聞いてもらえる余地はあると思うけど、やっぱり正体が魔獣となると、敵対する可能性は跳ね上がりそうだから。


『色々と事情説明は、後回しで』


「……ああ、そうだな。まずはアデーレさんの方が問題か」


 そう。どうして急に逃げ出したのか、さっぱり分からない。

 ついさっきまで殺気を溢れさせてたのに。

 ボクの正体には気づいたみたいだったけど……あれ? それもおかしくない?


 大貫さんは、この毛玉姿を見て、ボクが誰なのか判別したことになる。

 分身は偽者だって言ってたのに。

 もしかして、本体じゃなかったから?

 本体の方に対しては、一目で正体を見抜いてみせた?


 うん。有り得ないね。

 どんな凄腕毛玉鑑定士なんだ、っていう話だし。

 謎は残ってるけど、まあ、とりあえず―――、


『いまなら、話ができそう?』


「……そうだね。まだあそこに居るみたいだから」


 ザイラスくんが、眼下の森をちらりと窺う。

 そこから大きな魔力反応が感じ取れる。よく観察すると、木陰からこちらを覗いている大貫さんの姿も見て取れた。


「悪いけど、片桐くんにお願いしていいかな?」


『ボクが? 逃げられたばかりだよ?』


「でも他の人だと、きっと話にもならないと思う」


 むぅ。そうかな? そうかも。

 いっそ、このまま放置でも―――っていう訳にもいかないか。








 森の中、ぽつんと浮かぶ一体の毛玉。なにをするでもなく佇んでいる。

 傍目には、そんな風に見えるだろう。

 だけど少し離れた木陰から、女の子の声が流れてくる。

 さらさらと風に揺れる綺麗な銀髪も、その声の出所から覗けていた。


「あの……それでね、帝国のネズミから……魔術で作り出した、使い魔みたいなものなんだけど……そのネズミが聞いてたの。五十鈴くんが見つかったって……」


 太い樹木に身を隠しながら、大貫さんがちらちらと顔を窺わせている。

 というか、こっちを覗き見してる。


 ああ、なんかこの感覚も懐かしい。随分と昔の気もするけど。

 こっちを見つめてはいても、近づいて来ようとはしないんだよね。


『帝国の情報も筒抜けってこと?』


「う、うん……だけど帝国なんて、どうでもいいの。えっと……五十鈴くんを探すためにね、すっごく頑張ったんだよ」


 魔力文字で問えば、くねくねと身悶えしながらも答えてくれる。

 重要な秘密じゃないのかっていうことまで、あっさりと。


 とりあえず、ここに来た経緯はなんとなく分かった。

 ついでに色々と聞き出しておこう。


『いま魔族って、帝国と戦争してるよね?』


「うん……だって、五十鈴くんを隠してると思ったから……」


『放っといていいの?』


「あ、そうだね……魔王やめるって、あいつらにも報せておくね」


 え? ちょっと待って。

 なんでいきなり、そんな話になってるの?


『ちょっと待った』


 大貫さんは、懐から小型の魔法装置を取り出していた。

 たぶん、通信するための物だろう。

 でもいきなり魔王やめるとか言うより、他にやってもらいたいことがある。

 ザイラスくんたちから頼まれていたことだ。


『戦争、止められない?』


「え? えっと……五十鈴くんは、止めたいの?」


『その方が、色々と都合がいい』


「じゃあ、止めるね。そうしたら……あの、誉めてくれる?」


 んん? 誉める? それもまた意味が分からないね。

 そもそも戦争始めたのは大貫さんだって聞いたし、元に戻すだけなんだけど……。

 まあ、難しいことは放っておいていいか。


『えらい。すごい。さすが大貫さん』


「ぅ……うん、ありがとう。それじゃあ、あいつらに連絡するから……」


 大貫さんが、あらためて魔導具を動かそうとする。

 その時、がさりと物音がした。

 そちらへ振り返ると、ザイラスくんが控えめに手を振っていた。

 その顔には警戒心が露わになっている。近づいていいのかどうか、迷っている様子だ。


「そろそろ、いいかな? 自分もアデーレさんと話をしたい、ん―――!?」


 ずんっ!、と重々しい音が響いた。

 地面が窪む。ザイラスくんが濁った声を上げて膝をつく。

 同時に、何枚かの魔法障壁が発動したのが見えた。

 だけど攻撃を防ぎきれなかったみたいだ。


 凄まじい重力がザイラスくんを捉えて、押し潰そうとする。

 なんとか耐えてはいたけど、動けなくなったところへ、大貫さんが飛び込んだ。

 そして、勢いよく蹴りつける。


「私と五十鈴くんの邪魔してんじゃないわよ! 殺すわよ!?」


「ちょっ、待っ、やめ―――」


 転がったザイラスくんを踏みつける。

 二度、三度と。ありありと殺意が込められている。


 有言実行だね。って、感心している場合でもないか。

 とりあえず、止めよう。

 こんな調子での話し合いって、かなり難易度高そうだ。



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