21 動乱の終結へ向けて
陽射しがぽかぽかとして気持ち良い。
魔境なんて呼ばれている島だけど、住んでいるボクにとっては実に快適だ。
島自体が南に位置しているおかげか、いつだって気候は温暖。
いやまあ、南が温かいっていうのは地球の常識だけど。
南に行き過ぎるとまた寒くなったりもするとかなんとか、細かいことは知らない。
ともかくも、この島の居心地は良い。
アルラウネのおかげで、ふかふかの芝生も確保できている。
ラミアやスキュラが拠点周辺を巡回してくれているので、魔獣も襲ってこない。
最近は、竜人幼女も見回りに参加するようになった。
相変わらず我が侭だけど、戦力としてはなかなか役に立ってくれている。
芝生でお昼寝なんてしていても安全だ。
そうしてのんびりと一時を過ごすのが、ほとんど日課になっている。
大陸では、殺伐とした出来事ばかりだった。
その反動もあってか、ゆったりと過ごせる時間がありがたく感じられる。
ただ、ひとつだけ以前と変わったことがある。
不満っていうほどじゃない。
でも少しだけ気掛かりだ。
目を覚ますと、ふっと風が吹いたように空気が揺れた。
ボクから離れた場所には、メイドさんが一人控えている。
それと、幼ラウネや幼ラミアも、まとまってお昼寝をしている。
これまでは、ボクに抱きついて寝ている子もいた。
涎でベトベトにされたり。いきなり泣き出して起こされたり。
そういうトラブルがなくなったのは、まあ喜んでもいいのかな。
だけど問題は、その原因だ。
ボクが眠っていた場所の横に、誰かがいた痕跡がある。
芝生は押されてへこんでいるし、微かに残り香も漂っている。
うん。誰だか分かりきっているんだよね。
いまもこっちを覗き見している。
困った顔をするアルラウネの背中に隠れるようにして。
誰かって? 答えは分かりきっている。大貫さんだ。
眠っていると密着してくるのに、いまは目を合わせようともしない。
もじもじと身悶えしている。
「ご主人様、よろしければどうぞ」
ボクが起きたのを確認して、メイドさんが果実水を持ってきてくれる。
ガラスのコップに、竹製のストロー付き。
そこはかとなく高級感を演出している。
ちなみにこのコップは、公国からお土産として貰ったものだ。
王族とか貴族とか、偉い人がいっぱい居なくなったから、そのお屋敷の贅沢品とかも余っていた。
国自体が大変な状況だから、そういった品も集めて有効活用するらしい。
ボクにも報償として色々と提示されたけど、ほとんど断ってきた。
絵画とか壺とか、大陸の土地とか貰っても仕方ないし。
お金もまあ、貯金ってことで公国に預けておいた。
実用性のありそうな物だけを、ちょこっと持ち帰ってきただけ。
『オレンジかと思ったら、マンゴージュース?』
「新作だそうです」
ちゅぅぅ、とストローを吸う。
うん。濃厚な味わい。よく冷えていて、これもまた贅沢品だね。
ただ、メイドさんが手にしている果物は虹色に輝いているんですが?
それが、この黄色いマンゴーっぽいジュースになる、と。
こういう謎植物が育つところは、さすがは魔境の面目躍如ってところかな。
『大貫さんも、飲む?』
「ぁ……うん、ありがとう……」
一定の距離を保ったまま、話を向けると応えてはくれる。
大貫さんをこの拠点に招くかどうかは、ボクも迷うところだった。
出会っちゃった以上は、付き纏ってくるのは予想できた。
そうなると、招くも招かないもない。
たとえ断っても、彼女なら勝手に入ってくるのは確実。
だったらもう、物陰が好きなお客さんとして受け入れちゃおう、と結論に達した。
招かないとすると、それこそ命を奪うくらいしか手段がなさそうだし。
その手段もなくはないけど、あんまり気が進まない。
どうやらボクは、大貫さんのことが嫌いじゃないみたいだ。
世界征服まで覚悟して、ボクを探そうとしていた。
理解できない感情だけど、目的に向かう執念は凄まじいと思う。
たとえ他の目的でも、同じだけの情熱を見せられたら応援したかも知れない。
それに、ちょっと行動が奇妙なだけで、大貫さんは基本的に無害だ。
ザイラスくんやマリナさんは、警戒してたけどね。
ヤンデレは怖い、とか言ってた。
だけどいまのところ、危険な行動は見当たらない。
精々、他のみんなを睨んで怖がらせるくらい?
ボクが眠っていると近づいてきて、隣のスペースを占領するらしい。
暴力沙汰になるようなら、こっちも処置を考えるけどね。
幸いと言っていいのか、それ以外の接触はほとんどない。
ここに招く前に、誰も傷つけないように言い聞かせてあるから。
しっかりと約束を守ってくれている。
「ご主人様、一号より報告です。帝国と魔族との戦いに動きがあったそうです」
『分かった。屋敷へ戻るよ』
この魔境は平穏が保たれている。
だけど大陸での戦乱は、もうしばらく続きそうだ。
そもそも戦争ってものは、簡単に終われるはずがない。
ボクが公国を黙らせたのだって、帝国軍っていう後ろの支えがあってこそ。
単身だと行動は早いけど、国みたいな集団に抗うのは難しい。
四六時中、何処に居ても命を狙われるようになったら、ボクだって無事でいられる自信はないよ。
公国との争いだって、最終的には帝国軍っていう集団に後始末を頼んだ。
集団が動くには時間が掛かる。
つまりはまあ、戦争っていうのは簡単なものじゃない。
だから関わりたくない。楽しくもないことに頭を使いたくないよ。
でも無視しておく訳にもいかないんだよねえ。
帝国に行ったロル子の安全にも関わる。
もう後方に居られるはずだけど、帝国が窮地に陥ったら戦う必要も出てくる。
それに結局のところ、大陸情勢はこの魔境にも影響してくる。
戦争だけじゃなく、各国の情勢も気に掛けておいた方がいい。
難しい話も避けられない―――と、思っていた。
「端的に申し上げまして、帝国軍の大勝利かと予測されます」
一号さんが簡単にまとめてくれた。
居間の中央に大きな映像が浮かんでいて、城砦が燃え上がっている。
攻められているのは、魔族側の城砦だ。
ほんの少し前まで、帝国軍は追いつめられていた。
魔族をはじめ、多くの国から攻め込まれて。
だけどその状勢はもう変わってきている。
公国が落ちて、魔族もすでに国として分裂を始めている。
武断派の魔族をまとめていた大貫さんが、その魔王としての務めを放棄したから。
いまの魔族は、旧魔王が勢力を盛り返してきている。
帝国との同盟を組みなおして、自国の“内乱”を鎮めている形だ。
『要するに、帝国包囲網の二つが破れたってことだね』
「はい。残るは東側の諸国連合ですが、地力が違います。一突きされれば、我先にと逃げ出す国も出てくるでしょう」
戦場の様子を映しながら、一号さんが淡々と解説をしてくれる。
大陸での戦乱は、まだ少し続きそうだ。
でも今後の流れはだいたい予測できる、ってところかな。
『やっぱり大貫さんが抜けた影響が大きいね』
ソファに転がったまま、ちらりと天井を窺う。
その天井の裏には、じっと息を潜める大貫さんがいる。
隠れていてもバレバレだ。でも本人は、面と向かうのでなければ構わないらしい。
よく分からない心情だけど、放っておくのが一番だ。
「例の、勇者への呪いが解ければ、さらに情勢は確実なものになるかと」
勇者の復活、か。
それはまた見過ごせない事柄だね。
弱っていた勇者サガラくんへ呪いを掛けたのは、他ならぬ大貫さんだ。
その呪術の詳細も、ボクがちょっと訊ねたら教えてくれた。
核となる魔法装置が、魔族領のとある城に隠されているそうだ。
つまり、その城を押さえて、装置を破壊すれば呪いは解ける。
帝国や人類にとっては、喜ぶべき事柄なんだろうね。
だけどボクや魔獣にとっては、どうなんだろう?
ひとまず、敵認定されることはないと思う。
帝国や、ザイラスくんたちとも友好的な関係が築けている。
勇者っていう枠じゃなく、サガラくん相手なら話だって通じるはずだ。
それでも、いくつか不安材料はあるんだよね。
魔王である大貫さんや、なにより、ボク自身が魔獣の類であること―――。
やっぱり警戒は必要かな。
念の為に、身を守るための備えはしておこう。
ただの毛玉になって転がされるのは嫌だからね。
大陸が混乱しているいま、ボクにとっては好き勝手に振る舞うチャンスだ。
どうにかして、もう一段階の進化を目指してみようかな。
一区切り、と言うのも微妙なところですが、次回更新はまたしばらく先になります。
もうちょっと書けると思ってたんですけど、あれこれと予定が狂いまして。
また書き溜めをしてから放出するつもりです。
よろしければ、気長にお待ちください。




