告白
「土方さん……」
「何だ?」
「何を聞いても……その、怒りませんか?」
全て話してしまおうと思ったのは、嘘を突き通すことに後ろめたさを感じたからだった。
「話してみろ」
「今朝、私は斉藤さんに夕べの事を聞いて……土方さんに一言謝りたくて……それで、土方さんを探していました。それが、私が屯所から出た理由です」
私は、ぽつりぽつりと話し始める。
「門番に尋ねると、土方さんは巡察中だと聞いたので……」
「それで?」
「とある角を曲がった時、私は見知らぬ男の人にぶつかって転んでしまって……」
土方さんの反応を伺いながら、必死に言葉を紡ぐ。
「その方が私を立たせてくれたのですが……その方は、誰かに追われて焦っていたようで……彼は私の手を掴んだまま走り出してしまいました」
土方さんは何も言わず、私の話に耳を傾けている。
「何処をどう走らされたかは分かりませんが、気付くと京の街が見下ろせる丘の様な所でした。彼は、追っ手をまけたようで……その時になって、やっと私の手を離してくれました」
私は、軽く深呼吸をする。
「彼の名は……岡田……以蔵。話の流れで、彼はそう名乗っていました」
その瞬間、土方さんの表情が一変する。
「お前は俺に会った時、泣いていたな?」
私は返事の代わりに、コクりと頷く。
「奴に何か……されたのか?」
土方さんの問いに、私は慌てて首を横に振った。
「そうか……なら良い」
そう呟いた土方さんは、赤くなってしまった私の手首を申し訳なさそうに擦る。
「さっきは……その、悪かったな。手首……痛かったか?」
「大丈夫……です」
先程までの冷酷な表情とはうってかわって、優しい表情を見せる土方さん。
気恥ずかしさからだろうか……擦られている手首が余計に熱く感じる。
土方さんに聞こえてしまうのではないか?という程の鼓動の大きさに、我ながら驚いてしまう。
「それで……彼とは、少しだけお話しました」
「何を?」
「それは……」
「言えない事か?」
口ごもる私に、土方さんの口調が少しだけきつくなった。
不要な誤解をさせないようにと、私は慌てて首を横に振る。
「新選組は勿論の事ですが……岡田以蔵という人物も、私達の世界では有名です。とても冷酷で、残忍な人斬りだと伝えられていた方なのですが……私には、その様な悪い人には思えませんでした」
私は、伏し目がちに言った。
「先程尋ねられたこの指輪ですが……そういった他愛もない話をしていた流れで……去り際に頂きました。私は返そうとしたのですが、受け取ってはもらえなくて……」
貰った指輪を外して土方さんに見せた。
「指輪という物は、異国では好きな女性に贈る習慣があるそうです。今回のこれは、好きだとかそういう事ではありませんが……ただ、笑わせてくれたお礼だと……それと、自分には不要な物だからと言い、なかば無理矢理……押し付けられる様な形で渡されました」
土方さんは指輪を手に取り眺めている。
「以蔵さんは……自分は先が無い人間だから……と、悲しそうな表情で言っていました」
私は、涙が溢れないよう唇を噛み締める。
「そうか……」
土方さんは私を一瞥すると、静かに尋ねる。
「では、どうしてあの時……お前は泣いていたんだ?」
「それは……私が無力だと痛感したからです」
「無力?」
「彼は近い将来……捕縛され処刑されます。私は……歴史を知っているのに、何もできないから」
私は、着物を握りしめた。
「初めは……私はこの時代の人間の命を救うため、此処に呼ばれたのだと思っていました。……ですが、全ての人を救うなんて……出来ないのではないか? と、ふと思ったのです」
総司さんの事も今回の事と重なり、その歯痒さに胸が苦しくなる。
「大好きな新選組を護りたい……のに……私は、きっと無力……だから……」
我慢していた涙が一気に溢れる。
それと同時に
視界が暗くなった。
気付くと、私は土方さんの腕の中に居た。
「ひ……土方さん!?」
「もう……何も言うな」
そのままの体勢で、土方さんは静かに諭す。
「全ての人を救うなんざ仏でもできやしねぇよ。それに……な。新選組は、お前に守られるほどヤワじゃねぇさ」
ぶっきらぼうだが、土方さんは私を慰めてくれている様だ。
「まぁ……なんだ。お前と屯所に戻った後、隊士から報告を受けてな。何てぇか……お前が不逞浪士と繋がってるんじゃないかと疑っていたわけだ。お前は現れ方からして……そりゃあ怪しかったからな」
その言葉で、私は土方さんの怒りの理由を知った。
「怖い思いさせちまって……その……悪かったな」
私は、黙って頷く。
「先に言っておくが……俺にお前を斬らせるなよ。まぁ、今回の事は仕方がねぇが……今後、疑われるような事は……絶対にするな。女を斬るなんざ、寝覚めが悪くてかなわねぇからな」
「……はい」
「それと……次からはすぐに報告しろ! どんな些細な事でも……だ」
土方さんに返事をしようとしたその時
勢いよく襖が開く。
「ひっじかぁたさぁん!」
「!? ……なっ! 総司!?」
私達の体勢を見た総司さんは、すぐに表情を変えた。
「土方サン? ……真っ昼間から何してんですかい。そりゃあ、士道不覚悟なんじゃねぇですか?」
総司さんの低く冷たい声に、私は土方さんから離れる事すら忘れ、その場でただただ凍りつく。
総司さんは、強引に土方さんから私を引き剥がすと、抜刀し土方さんに切っ先を向けた。
「いくら土方さんでも……やって良い事と悪い事がありやすぜ。手が早ぇのは、廓の中だけにしてくださいよ」
総司さんは笑顔を向けているが、目が笑っていない。
「……誤解だ」
土方さんは溜め息を一つつくと、表情も変えずに呟いた。
「あの状態の何が誤解だか説明しろぃ!」
総司さんは、土方さんのその態度が余程気に食わなかった様子で、土方さんを睨み付けると刀を握り直す。
「ち……違うんです! 土方さんは、泣いていた私を慰めてくれていただけなの!」
今にも斬りかかりそうな総司さんを止めようと、私は慌てて総司さんに飛び付いた。
勢いよく私に飛び付かれた総司さんは、体勢を崩してしまい、その手から刀がこぼれ落ちる。
その際、刀の切っ先が私の左手をかすめた。
「……痛っ」
土方さんはすかさず私に駆け寄ると、その手を掴み即座に部屋を出る。
取り残された総司さんをチラリと見ると、あからさまに不貞腐れた表情を浮かべていた。
医務室に着くなり、土方さんは清潔な布を酒で濡らすと私の手の傷を押さえた。
「チッ……総司の奴め、危ねぇ事をしやがる。おい……傷は、痛くねぇか?」
土方さんが優しく尋ねる。
私はその優しさに戸惑いながらも、コクりと頷いた。
「痕……残んなきゃ良いが……」
そう呟くと、土方さんは眉間にシワを寄せた。
「それなら……もしも傷物になったら、土方サンがお嫁にもらって下さいね?」
真剣な表情の土方さんが可愛らしく見えた私はつい、土方さんに冗談を言う。
「フンッ……こんな色気のかけらもねぇ、じゃじゃ馬娘なんざ要らねぇよ」
土方さんに額を小突かれる。
おでこを抑える私と、その様子を見ていた土方さんは、目が合うと顔を見合わせて笑った。
その穏やかな雰囲気に
いっそ、このまま時間が止まってしまえば良いのに……
と
私は、心の中で呟いた。




