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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第5章

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獣にも劣る者

来た道を慎重に引き返していく一行。

 足元に転がる岩を避け、薄暗い坑道を進んでいく。壁に埋め込まれた鉱石がかすかな光を放っているものの、先の見通しは悪い。

 先ほどまでの浮かれた雰囲気は、いつの間にか落ち着いていた。

 もっとも、誰も不満を口にすることはなかった。

 あれほどの価値がある複合魔石を手に入れたのだ。無事に迷宮を脱出できれば、もう金に困ることもないだろう。

 そんな期待を胸に、一行は出口を目指していた。

 しかし、数分ほど歩いた頃だった。

「はぁっ……はぁっ……」

 不意に、ミレアの荒い呼吸が聞こえてきた。

 彼女は足を止めると、壁に手をつき、苦しそうに肩を上下させた。

「……ごめん。ちょっと、待って……」

「どうした?」

 レイが振り返る。

 ミレアは首を横に振りながら、近くにあった岩場へ腰を下ろした。

「なんだか……気分が悪くて……」

 額に浮かんだ汗を拭う。

「合わない酒、飲んだからかな……」

 冗談めかして言おうとしたのか、口元がかすかに緩んだ。

 しかし、その笑みはすぐに消えた。

「うっ……」

 ミレアは口元を押さえ、深くうつむいた。

「……ミレアもか」

 少し離れた場所で、ニグルドが腹部を押さえていた。

「俺も……なんだか、気分が……」

 声に力がない。

 レイは眉をひそめた。

 酒を飲んだ直後ならまだしも、今になって急に具合が悪くなるのは妙だった。

「おい、大丈夫か?」

 レイがミレアに近寄ろうとした、そのとき。

 ――べちゃっ。

 湿った音が坑道に響いた。

 振り返ると、エドが壁に向かって嘔吐していた。

「エド?」

 ニグルドが駆け寄る。

「おい、どうした? 飲みすぎたのか?」

 エドは答えなかった。

 壁に片手をつき、もう片方の手で喉元を押さえている。

「おい、エド。聞こえてるか?」

 ニグルドが肩を掴み、顔を覗き込んだ。

 その瞬間、彼の表情が凍りついた。

「……な、なんだよ、お前……」

 エドの顔は、異様に腫れ上がっていた。

 頬も額も、まるで内側から膨張しているかのように膨らんでいる。皮膚の下には太い血管が浮き出し、首筋には黒ずんだ筋が何本も走っていた。

 そして、その目から。

 血が流れていた。

 涙のように、目尻から頬を伝い、顎へと滴り落ちていく。

「おい……目が……!」

 ニグルドが後ずさろうとした、そのとき。

「ニ……グル……ド……」

 エドが、かすれた声を漏らした。

「いき……が……っ」

 喉の奥で、何かが詰まったような音がする。

「がっ……! ごぼっ……!」

 エドは突然、喉元を掻きむしった。

 爪が皮膚に食い込み、赤い筋が走る。

 それでも足りないとでもいうように、今度は胸元へ手を伸ばした。

 衣服を引き裂かんばかりに掴み、必死に爪を立てる。

「が……っ、あ……!」

 その顔は苦痛に歪み、血走った目が大きく見開かれていた。

 口から、再び血が溢れた。

 今度は先ほどの嘔吐とは違う。

 泡立った血液が唇の隙間から次々とこぼれ、顎を濡らし、床へ落ちていく。

「ひっ……!」

 ニグルドが、思わず声を漏らした。

 目の前で起きていることが、信じられなかったのだろう。

 ほんの数分前まで、エドは普通に歩いていた。

 酒を飲み、魔石の価値に驚き、仲間たちと喜んでいた。

 それが今は、まともに言葉を発することすらできず、自分の身体を掻きむしっている。

「おい、しっかりしろ! エド!」

 ニグルドが肩を揺さぶる。

 だが、エドはもはや返事をすることもできなかった。

 その身体が大きく痙攣する。

 そして、壁にもたれたまま、ずるりと崩れ落ちた。

「エド……?」

 ニグルドが手を伸ばす。

 しかし、その手が触れる前に、自分の視界がぐらりと揺れた。

「……あ?」

 頬に、ぬるりとした感触があった。

 指先で触れる。

 赤い。

「なんだ、これ……」

 ニグルドの目元からも、血が流れ始めていた。

 頬が膨れ、皮膚の下を血管が浮き上がっていく。

「う、嘘だろ……」

 ニグルドは自分の顔を押さえた。

 呼吸が荒くなる。

 喉が焼けるように熱い。

 胸の奥から、何かがせり上がってくる。

「がっ……ごほっ!」

 咳き込んだ拍子に、口元から血が飛び散った。

「なんだよ……! 何が起きてるんだ!」

 その声が坑道に響いた。

 レイは、目の前の光景を見つめていた。

 エドの異様な変貌。

 ニグルドにも現れた、同じ症状。

 そして、先ほどから苦しみ続けているミレア。

 偶然で片づけられる状況ではなかった。

 レイの脳裏に、つい先ほどの光景が蘇る。

 スマルグが酒を取り出し、全員にカップを配った。

 そして、杯を掲げて乾杯した。

 自分も、あの場で酒を飲んでいる。

 だが、今のところ身体に異変はない。

 違いは何だ。

 そこまで考えたところで、レイは一つのことに気づいた。

 スマルグが用意したカップ。

 酒そのものではなく、カップに何かが仕込まれていたのではないか。

 そう考えれば、今起きていることにも説明がつく。

 レイはゆっくりと顔を上げた。

 視線の先には、スマルグがいる。

 彼は、苦しむ仲間たちを見ても、少しも慌てていなかった。

 助けようとする様子もない。

 ただ、冷めた目で眺めている。

「……スマルグ」

 レイが名を呼ぶ。

 その声に、スマルグが視線を向けた。

「お前……まさか……」

「何を驚いてやがる」

 スマルグは、つまらなそうに言った。

 その一言で、レイの疑念は確信へと変わった。

「てめぇ……!」

 ニグルドが吠えた。

 苦痛に顔を歪めながらも、腰の短剣を引き抜く。

「ふざけやがって……殺してやる!」

 血に濡れた手で短剣を握り、スマルグへ突進する。

 しかし、その動きは鈍かった。

 スマルグは迫る腕を軽く払いのけると、ニグルドの手から短剣を奪い取った。

「なっ……!」

 次の瞬間、刃がニグルドの首筋に突き立った。

「がっ……!」

 ニグルドの身体が跳ねる。

 傷口から鮮血が噴き出し、スマルグの腕を濡らした。

 それでもニグルドは、倒れまいと踏みとどまった。

「て……めぇ……!」

 震える腕を伸ばし、スマルグに掴みかかろうとする。

 指先が服に触れた。

 だが、それ以上の力は残っていなかった。

「チッ、きたねぇな……」

 スマルグは舌打ちし、ニグルドの腹を思い切り蹴り飛ばした。

「ぐはっ……!」

 ニグルドの身体が吹き飛び、岩壁の近くに転がる。

 短剣が床に落ち、乾いた音を立てた。

 ニグルドは首元を押さえようとしたが、手は途中で止まった。

 代わりに、胸元へ伸びる。

 血に濡れた指が、小さなペンダントを握りしめた。

「……かあ……」

 かすかな声が漏れる。

 何かを言おうとしているようだった。

 しかし、言葉は続かなかった。

 ニグルドの指先から力が抜けていく。

 握りしめていたペンダントが床に落ちた。

 その音を最後に、彼は動かなくなった。

 レイは、息を呑んだ。

 目の前で人が殺された。

 毒で弱ったところを狙われ、抵抗もできないまま命を奪われたのだ。

 スマルグは、短剣についた血を無造作に振り払い、何事もなかったかのように立ち上がった。

「……お前、よくも……!」

 レイの手が短剣の柄にかかる。

 怒りが込み上げてくる。

 だが、今は感情に任せて飛びかかるわけにはいかなかった。

 相手は、毒を仕込んだカップを用意し、仲間たちが苦しむことを承知でここまで連れてきた男だ。

 しかも、ニグルドを殺した手際は迷いのないものだった。

 不用意に動けば、自分も殺されかねない。

 レイはスマルグを警戒しながら、腕の中で傾いた身体を慌てて支えた。

「……っ、ミレア!」

 ミレアが岩場から滑り落ちかけていた。

 レイは彼女の肩を抱き、床に倒れないように支える。

「おい、しっかりしろ!」

「う……ぐっ……!」

 ミレアは喉を押さえ、激しく咳き込んだ。

 その口から、血と胃液が混ざった吐瀉物が溢れる。

 彼女の身体は小刻みに震えていた。

 先ほどまでの面影は、すでに薄れ始めている。

 顔は異様に腫れ、目元から血が滲んでいた。

 呼吸をするたびに喉が鳴り、苦しそうに胸が上下する。

「はぁっ……はぁっ……」

 ミレアは必死に息を吸おうとしていた。

 だが、吸い込むたびに顔が歪む。

「レイ……」

「なに……これ……」

 ミレアの目が、レイを見上げる。

 恐怖と苦痛に濡れた瞳だった。

「どうして……こんな……」

「……毒だ。スマルグが仕込んだんだ」

 レイは短く答えた。

 隠しても仕方がない。

 ミレアは、その言葉を聞いてスマルグのほうへ顔を向けた。

「あんた……!」

 怒りに満ちた声を上げようとした。

 しかし、直後に激しく咳き込み、言葉が途切れる。

「ごぼっ……! げほっ、げほっ……!」

 レイは彼女の身体を支え直した。

「無理に喋るな!」

 どうにかしなければならない。

 このままでは、ミレアも助からない。

 そう判断しても、すぐに打てる手がなかった。

 解毒薬があるのか。

 この毒に効く薬が存在するのか。

 そもそも、どれほどの速さで身体を蝕む毒なのか。

 わからないことばかりだった。

 それでも、目の前で苦しんでいる人間を放っておくことはできなかった。

「立てるか? ここから離れるぞ!」

 レイはミレアの身体を支え、立ち上がらせようとした。

 だが、彼女の膝は力なく折れた。

「……む、り……」

「しっかりしろ!」

 レイが声を強める。

 ミレアは首を振った。

 唇が震え、かすかな呻き声が漏れる。

「苦しい……」

 その声には、もう怒りもなかった。

 ただ、耐えがたい苦痛だけがあった。

「レイ……お願い……」

 ミレアの指が、レイの服を掴んだ。

 力を振り絞るように、ぎゅっと握りしめる。

「……殺して……」

 レイは、一瞬言葉を失った。

「……何?」

「お願い……もう……」

 ミレアの顔が苦痛に歪む。

「もう、耐えられない……」

 涙が頬を伝った。

 その涙に血が混じり、赤い筋となって顎へ流れていく。

「レイ……お願い……」

 レイは、彼女の目を見つめた。

 冗談でも、弱音でもない。

 ミレアは本気で懇願していた。

 この苦しみから解放してほしいと。

「……待て。何か方法があるかもしれない」

 レイはそう言った。

 だが、自分でも確信が持てなかった。

 ミレアの容態は急速に悪化している。

 今この場で毒を治す手段など、思いつかなかった。

「お願い……レイ……」

 ミレアの指が、さらに強く服を握りしめる。

「もう……嫌……」

 レイは唇を噛んだ。

 目の前で苦しむ彼女を救いたい。

 だが、助ける方法が見つからない。

 何もできずに苦しませ続けることが、本当に彼女のためなのか。

 答えなど、簡単に出せるはずがなかった。

 ミレアの呼吸が、また乱れた。

「……っ、あ……!」

 身体が大きく震える。

 レイは、彼女の肩を抱き寄せた。

「……わかった」

 声が掠れた。

「……すぐいかせてやる」

 レイは短剣を抜いた。

 柄を握る手が震えていた。

 できる限り苦しませないように。

 それだけを考え、刃を構える。

「……すまない」

 ミレアは、かすかに頷いた。

 レイは息を詰め、短剣を突き立てた。

 ミレアの身体が、小さく震える。

 彼女はレイの服を強く握りしめた。

 その指先には、まだ力が残っていた。

 レイは目を伏せ、彼女の身体を支え続けた。

 やがて、服を掴む指が少しずつ緩んでいく。

 強く握りしめていた手から力が抜け、指先がゆっくりと垂れ下がった。

 ミレアは、もう動かなかった。

「…………」

 レイは短剣を引き抜き、静かに彼女の身体を横たえた。

 目の前には、三人の冒険者が倒れている。

 エド。

 ニグルド。

 ミレア。

 ほんの数分前まで、彼らは金貨の山を夢見ていた。

 あの複合魔石を売れば、何万枚もの金貨になる。

 もう危険な迷宮に潜る必要もなくなる。

 そんな話をして、酒を酌み交わしていた。

 それが今は、血に濡れた坑道に三人の身体が横たわっている。

 レイはゆっくりと顔を上げた。

 スマルグが、こちらを見ていた。

 仲間たちを毒殺し、抵抗したニグルドを自らの手で殺した男。

 その顔には、罪悪感も後悔も見当たらない。

 レイの胸に、冷たい怒りが広がった。

「……スマルグ」

 短剣を握り直す。

「お前…なんて事を…」

 スマルグは、薄く笑った。

 その笑みを見た瞬間、レイは悟った。

 この男は、まだ何かを隠している。

 そして、自分もまた、決して安全ではないのだ。


スマルグが、ニヤリと笑った。

 口の端を吊り上げたその笑みには、先ほどまで仲間たちと酒を酌み交わしていた男の面影など、欠片も残っていなかった。

 そこにあるのは、他人の命を踏みにじったことへの罪悪感も、死者への憐れみもない。むしろ、自分の思いどおりに事が運んだことを喜ぶ、浅ましい満足感だった。

 レイは、そんな男の顔を見て、心の中で唾を吐き捨てた。

 人間は、どこまで醜くなれるのだろう。

 金のために仲間を殺し、死にゆく者を前にして笑う。そして、次に何をしようとしているのかも隠そうとしない。

 その下卑た笑顔を見ているだけで、胸の奥から吐き気にも似た嫌悪感が込み上げてくる。

 レイは視線を落とした。

 腕の中で力なく横たわるミレア。その瞳からは、すでに光が失われていた。

 つい先ほどまで、あれほど生き生きとした声で話していた少女が、もう二度と口を開くことはない。

 レイは彼女の顔を見つめ、そっと手を伸ばした。

 血と吐瀉物に汚れた頬に気にする事もなく、掌で瞼をゆっくりと下ろしていく。

 助けられなくて、すまない、

それだけを胸の内で呟き、レイは静かに手を離した。

 そして、顔を上げる。

「……魔石を独り占めするつもりだな」

 その声に、先ほどまでの優しさはなかった。

 スマルグは答えず、ただ薄笑いを浮かべている。


「なぜ俺には毒を盛らなかった?」

「カップに毒を仕込んでいたんだろう? お前のような男が、最初から人数分のカップを用意していなかったはずがない」


 スマルグの口元が、ぬたりと歪んだ。

「……へえ。そこまでわかってたのか」

 笑みを浮かべたまま、スマルグは舌先で唇を湿らせた。

 その仕草が、レイにはひどく不快だった。

 まるで獲物を前にした爬虫類のような、湿り気を帯びた笑み。人間の顔をしていながら、その表情には人間らしい温度が感じられない。

 レイの背筋を、ぞっとするような悪寒が這い上がった。

「そうさ。もちろん、カップは人数分用意していた。こういう時のためにな」

「……なら、なぜ俺だけ」

 レイが問い返すより先に、スマルグが一歩踏み出した。

 靴底が、石の床をこすった。

 また一歩。

 レイが警戒を強めるのを見て、スマルグはますます愉快そうに目を細めた。

「お前……女だろ?」

 その言葉を聞いた瞬間、レイの中で散らばっていた疑問が、一つの答えに繋がった。

 毒を盛られなかった理由。

 自分だけが生かされている理由。

 そして、スマルグが今、自分に向けている視線の意味。

 理解した途端、喉の奥に反吐が込み上げた。

 こいつは――。

 レイは思わず奥歯を噛み締めた。

 スマルグの視線が、レイの顔から首筋へ、そして身体へとゆっくり下りていく。

 品定めでもするかのような、ねっとりとした目つきだった。

 その目には、相手の意思も尊厳も映っていない。

 ただ、自分の欲望を満たすための獲物として、レイの身体を眺めている。

 視線が肌をなぞるたび、見えない汚れを塗りつけられているような感覚がした。

 レイは、今すぐその目を抉り出してやりたい衝動を覚えた。

「前から気づいていたのさ」

 スマルグは腰の短剣に手をかけると、わざとゆっくりと引き抜いた。

 刃が、薄暗い坑道の中で鈍く光る。

「俺はな、匂いでわかるんだよ。」

 その声には、得意げな響きがあった。

「最初に気づいた時は驚いたぜ。まさか、女が紛れ込んでるとは思わなかったからな」

 スマルグは短剣を指先で弄びながら、じりじりと距離を詰めてくる。

「それからずっと考えてた。いつか、お前のその澄ました顔を、苦痛で歪ませてやりたいってな」

 レイの目が、怒りに見開かれた。

「お前……」

「なんだ? 言いたいことでもあるのか?」

 スマルグはわざとらしく首を傾げた。

「お前、いつも俺のことを見下してやがったろ?」

 笑みが深くなる。

「口に出さなくたってわかるんだよ。そういう目をする奴はな。俺が何を言っても、何をしても、心のどこかで馬鹿にしてやがる」

 スマルグの声から、愉快そうな響きが少しずつ消えていった。

 代わりに滲み出てきたのは、長いあいだ腹の底に溜め込んできた、ねじくれた憎悪だった。

「だから、いつか思い知らせてやろうと思ってたのさ…そう…」

 吐き捨てるように言いながらも、その目はレイの身体を追い続けていた。

 憎しみだけではない。

 その奥にあるのは、欲望。そして、自分より優れていると感じた相手を、力ずくで屈服させることへの歪んだ執着だった。

 相手が怯え、抵抗し、屈辱に顔を歪める姿を想像することでしか、自分の価値を確かめられない。

 スマルグの笑みは、そんな男の内側を醜くさらけ出していた。

 レイは、ゆっくりと剣を抜いた。

 刃が鞘を滑る音が、静まり返った坑道に響く。

 怒りはあった。

 ミレアたちを殺された怒りも、目の前の男への嫌悪も、確かに胸の中で燃えている。

 だが、それ以上にレイを不快にさせたのは、スマルグが自分を殺す必要すらないと考えていることだった。

 毒を盛る価値もない。

 すぐに殺す価値もない。

 自分の欲望を満たしてから始末すればいい――。

 そんなふうに、こちらの命も身体も、すべて自分の所有物であるかのように考えている。

 その傲慢さが、虫が肌の上を這い回るような生理的嫌悪を呼び起こした。

 レイは剣を握る手に力を込めた。

 目の前の男を斬り伏せる。

 それだけでいい。

 こいつの歪んだ欲望に、これ以上付き合うつもりはなかった。

 スマルグは短剣を握り直し、腰をわずかに落とした。

 獲物に飛びかかる寸前の獣のような姿勢だった。

「お前をぶち犯してから殺してやろうってな!」

 下卑た笑い声が、坑道に響き渡る。

 次の瞬間、スマルグの足が地面を蹴った。

 短剣を突き出し、レイへと襲いかかる。

 レイは迫り来る刃を見据え、剣を構えた。




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