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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第1章

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旅の道連れ

「……ここから」

「出られるのか?」

小さく呟いた声だった。

だが奈落では、それさえ妙に大きく響く。

しばらく沈黙が続いた。

アゼリアが静かに答える。

「分かりません」

少しだけ間を置く。

「この階層の構造も……覚えておりませんので」

ロゼインは小さく舌打ちした。

「だろうな」

期待して聞いたわけじゃない。

ロゼインは歩き出した。

骨を踏む。

パキッ。

乾いた音が奈落に響く。

その背に向かって、アゼリアが声をかける。

「……あの」

ロゼインは止まらない。

「なんだ?」

「あの…お願いがございます…」

足が止まる。

カンテラの光が揺れた。

その光の中に、骨の修道女が立っている。

影が石壁に長く伸びていた。

ロゼインは振り返る。

「お願いってなんだ?」

アゼリアは丁寧に頭を下げた。

「わたくしを」

少し言葉を探す。

「ご同行…させていただけませんでしょうか」

ロゼインの眉がわずかに動く。

「……は?」

アゼリアは顔を上げる。

骨の顔には表情はない。

それでも、声はどこか遠慮がちだった。

「先ほど申し上げました通り」

「わたくしは多くの記憶を失っております」

「自分が何者なのか」

「なぜここにいるのか」

「それすら分かりません」

奈落で水滴が落ちる。

ポツン。

ポツン。

アゼリアは続けた。

「……わたくし一人では」

少し俯く。

骨の指が修道服の袖をそっと握った。

「長く生きられないと思います」

ロゼインは腕を組む。

「魔物だろお前?」

「……おそらくは」

「信用できると思うか?」

「思いません」

少年は小さく息を吐いた。

正直すぎる。

だが――

心の中で考える。

(怪しい)

(どう見ても魔物だ)

骨の修道女。

記憶喪失。

奈落を彷徨っていた。と

まともな存在じゃない。

(だが……)

ロゼインは視線を細めた。

(こいつは俺を助けた)

借りがある。

それに――

奈落の暗闇を見回す。

骨の山。

湿った空気。

果ての見えない迷宮。

(この迷宮を一人で抜ける)

(無理だ)

ここはきっと浅い階層じゃない。

遠征隊が潜る場所。

一流の冒険者でも――

簡単に命を落とす。そんな場所。

(俺一人じゃ詰む)

協力者は必要だ。

信用できなくても。

それでも。

アゼリアが小さく言った。

「……それに」

少し沈黙する。

奈落は静かだ。

ポツン。

ポツン。

水滴の音だけが響く。

アゼリアは小さく続けた。

「……一人は」

ほんのわずか声が弱くなる。

「寂しいのでございます」

ロゼインは数秒黙った。

それから。

「……はぁ」

深くため息をつく。

頭を掻いた。

「勝手にしろ」

ロゼインは歩き出した。

骨を踏む。

パキッ。

パキッ。

後ろでアゼリアが慌てて頭を下げる。

「あ、ありがとうございます!」

ロゼインは振り返らない。

だが声だけ返す。

「ただし」

少し低い声。

「死んでも知らねえ」

アゼリアは静かに頷いた。

「承知しております」

それから少し間を置く。

「あの…」

ロゼインが面倒そうに言う。

「なんだ?」

アゼリアは少しだけ嬉しそうだった。

「これで私達はパーティ…ですね」

小さな声。

ロゼインは何も言わない。

ただ歩く。

骨を踏む。

パキッ。

その後ろで、アゼリアの足音が続く。

コツ。

コツ。

奈落の奥で風が鳴った。

ヒュウ……

ロゼインは暗闇を睨んだまま言う。

「……一応聞くが」

アゼリアが顔を上げる。

「はい」

「戦えるのか?」

奈落の闇が揺れる。

アゼリアは少し考えてから答えた。

「武術の心得はありません…」

それから骨の手を胸に当てる。

「ですが」

「お役に立てるよう、努力いたします」

少年は小さく鼻を鳴らした。

「努力ねえ……」

その時だった。

奈落の奥。

暗闇の向こうから――

ガリ……

何かを噛む音が聞こえた。

ロゼイン赤い目が細くなる。

「……」

アゼリアが小さく言う。

「聞こえます」

奈落の闇の奥で。

ガリ。

ガリ。

何かが骨を噛み砕いていた。

暗闇の中で、

ゆっくりと――

何かが動いた。


奈落の奥。

さらに深い闇の中で――

ドスン。

重い足音が響いた。

骨喰いたちが一斉に動きを止める。

ロゼインの目が細く鋭くなる。

(……なんだ?)

暗闇の奥で、

巨大な影がゆっくりと動いた。

ズル……

骨の山を踏み崩しながら、

それは姿を現す。

骨喰い。

だが――

大きさが違う。

普通の骨喰いの倍以上。

長い腕は太く、

筋肉が縄のように盛り上がっている。

裂けた口から、

骨の破片がボロリと落ちた。

濁った目が、

ゆっくりとロゼイン達を見下ろす。


アゼリアが小さく言った。

「大きい……群れの主でしょうか?」 

ロゼインは肩を回した。

「なるほどな」

巨大骨喰いが唸る。

「ギィィィ……」

次の瞬間。

ドンッ!!

巨体が地面を蹴った。

奈落が揺れる。

巨大な腕が振り下ろされる。

ロゼインは横へ跳んだ。

ドゴォン!!

骨の山が砕け散る。

ロゼインはそのまま踏み込んだ。

ドゴォッ!!

拳が巨大骨喰いの顔面に叩き込まれる。

巨体がよろめいた。

だが倒れない。

「くそ…」

ロゼインは少しだけ笑った。

「普通のやつよりは頑丈ってか?」

巨大骨喰いが怒りの咆哮を上げた。

「グオォォォッ!!」

腕が振り回される。

骨が弾け飛ぶ。

ロゼインは距離を取った。

その時。

後ろからアゼリアの声がした。

「……止めます」

ロゼインが振り返る。

アゼリアの骨の指が、

ゆっくりと地面を指していた。

ぽたりと青い炎が落ち、青い光が円のように広がる。

奈落の骨の山が震えた。

ガタガタガタ……

そして。

ドシャッ!!

骨の山が崩れ、

巨大な骸骨が立ち上がった。

人骨が何体も絡み合った、

歪な巨体。

四本の腕。

太い骨の脚。

空洞の目が光る。

ロゼインの眉が上がる。

「……でけえな」

アゼリアが静かに言う。

「抑えます」

次の瞬間。

骨の巨体が飛び出した。

巨大骨喰いに飛びつく。

ドガッ!!

骨の腕が首に絡みつく。

もう一本が胴を押さえた。

巨大骨喰いが暴れる。

「グオォッ!!」

牙が骨を噛み砕く。

バキッ!!

骨の腕が折れる。

だが――

残った腕がさらに締め上げる。

完全には動けない。

ロゼインは周囲を見回した。

骨の山。

折れた武器。

朽ちた槍。

錆びた剣。

(……使えるな)

一本の槍を拾う。

錆びている。

だが問題ない。

構える。

そして――

投げた。

ドゴォッ!!

槍が空気を裂く。

次の瞬間。

ドスッ!!

巨大骨喰いの肩を貫いた。

「グオォッ!?」

もう一本拾う。

剣だ。

投げる。

ドシュッ!!

今度は骨食いの胸に突き刺さる。

さらに一本。

折れた槍。

ドゴォッ!!

腹に突き刺さる。

巨大骨喰いが暴れる。

骨の巨体が軋む。

アゼリアが声を上げた。

「今です!」

ロゼインは最後の武器を拾った。

大きな剣。

刃は欠け、

錆びついている。

だが重さは十分だ。

一歩踏み込む。

肩をひねる。

そして。

全力で投げた。

ドゴォォォッ!!

剣が一直線に飛ぶ。

次の瞬間。

ドスンッ!!

巨大骨喰いの胸を、

完全に貫いた。

「グォ……」

巨体が震える。

骨の巨体が離れる。

巨大骨喰いは数歩よろめき――

ドォン!!

奈落の骨の山に、

崩れ落ちた。

動かない。

奈落が静まり返る。

ポツン。

水滴が落ちた。

アゼリアが小さく息を吐く。

「……終わりましたね」

ロゼインはぐるりと肩を回した。

「みたいだな」

しばらく沈黙。

それからアゼリアが言った。

「助かりました、お見事です。」

ロゼインは小さな鼻を鳴らす。

「お互い様だ」

少し間が空く。

それから少年は言った。

「そういや」

アゼリアが顔を上げる。

「はい?」

ロゼインは頭を掻いた。

「まだ名乗ってなかったな」

カンテラの光が揺れる。

「俺の名前は――」

少しだけ口の端を上げる。

「ロゼインだ」

アゼリアは小さく頷いた。

「ロゼイン」

そして静かに言う。

「覚えました」

奈落の奥で、

風が小さく鳴った。

ヒュウ……

骨の山の中で、

二人は初めて

互いの名前を知った。



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