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聖血のロゼル  作者: ハナハル


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7/13

旅の道連れ。来襲。

「……ここから」

「出られるのか?」

小さく呟いた声だった。

だが奈落では、それさえ妙に大きく響く。

しばらく沈黙が続いた。

アゼリアが静かに答える。

「分かりません」

少しだけ間を置く。

「この階層の構造も……覚えておりませんので」

少年は小さく舌打ちした。

「だろうな」

期待して聞いたわけじゃない。

少年は歩き出した。

骨を踏む。

パキッ。

乾いた音が奈落に響く。

その背に向かって、アゼリアが声をかける。

「……あの」

少年は止まらない。

「なんだ」

「お願いがございます」

足が止まる。

カンテラの光が揺れた。

その光の中に、骨の修道女が立っている。

影が石壁に長く伸びていた。

少年は振り返る。

「なんだ」

アゼリアは丁寧に頭を下げた。

「わたくしを」

少し言葉を探す。

「ご同行させていただけませんでしょうか」

少年の眉がわずかに動く。

「……は?」

アゼリアは顔を上げる。

骨の顔には表情はない。

それでも、声はどこか遠慮がちだった。

「先ほど申し上げました通り」

「わたくしは多くの記憶を失っております」

「自分が何者なのか」

「なぜここにいるのか」

「それすら分かりません」

奈落で水滴が落ちる。

ポツン。

ポツン。

アゼリアは続けた。

「……わたくし一人では」

少し俯く。

骨の指が修道服の袖をそっと握った。

「長く生きられないと思います」

少年は腕を組む。

「魔物だろお前」

「……おそらくは」

「信用できると思うか?」

「思いません」

少年は小さく息を吐いた。

正直すぎる。

だが――

心の中で考える。

(怪しい)

(どう見ても魔物だ)

骨の修道女。

記憶喪失。

奈落を彷徨っていた。

まともな存在じゃない。

(だが……)

少年は視線を細めた。

(こいつは俺を看病していた)

借りがある。

それに――

奈落の暗闇を見回す。

骨の山。

湿った空気。

果ての見えない迷宮。

(この迷宮を一人で抜ける)

(無理だ)

ここは浅い階層じゃない。

遠征隊が潜る場所。

一流の冒険者でも――

簡単に命を落とす。そんな場所。

(俺一人じゃ詰む)

協力者は必要だ。

信用できなくても。

それでも。

アゼリアが小さく言った。

「……ですが」

少し沈黙する。

奈落は静かだ。

ポツン。

ポツン。

水滴の音だけが響く。

アゼリアは小さく続けた。

「……一人は」

ほんのわずか声が弱くなる。

「少し寂しいのでございます」

少年は数秒黙った。

それから。

「……はぁ」

深くため息をつく。

頭を掻いた。

「勝手にしろ」

少年は歩き出した。

骨を踏む。

パキッ。

パキッ。

後ろでアゼリアが慌てて頭を下げる。

「ありがとうございます」

少年は振り返らない。

だが声だけ返す。

「ただし」

少し低い声。

「死んでも知らねえ」

アゼリアは静かに頷いた。

「承知しております」

それから少し間を置く。

「ですが」

少年が面倒そうに言う。

「なんだ」

アゼリアは少しだけ嬉しそうだった。

「あなたと一緒なら」

小さな声。

「……少し安心いたします」

少年は何も言わない。

ただ歩く。

骨を踏む。

パキッ。

その後ろで、アゼリアの足音が続く。

コツ。

コツ。

奈落の奥で風が鳴った。

ヒュウ……

少年は暗闇を睨んだまま言う。

「……一応聞く」

アゼリアが顔を上げる。

「はい」

「戦えるのか」

奈落の闇が揺れる。

アゼリアは少し考えてから答えた。

「分かりません」

それから骨の手を胸に当てる。

「ですが」

「お役に立てるよう、努力いたします」

少年は小さく鼻を鳴らした。

「努力ねえ……」

その時だった。

奈落の奥。

暗闇の向こうから――

ガリ……

何かを噛む音が聞こえた。

少年の目が細くなる。

「……」

アゼリアが小さく言う。

「聞こえます」

奈落の闇の奥で。

ガリ。

ガリ。

何かが骨を噛み砕いていた。

暗闇の中で、

ゆっくりと――

何かが動いた。


奈落の奥。

さらに深い闇の中で――

ドスン。

重い足音が響いた。

骨喰いたちが一斉に動きを止める。

少年の目が細くなる。

(……なんだ?)

暗闇の奥で、

巨大な影がゆっくりと動いた。

ズル……

骨の山を踏み崩しながら、

それは姿を現す。

骨喰い。

だが――

大きさが違う。

普通の骨喰いの倍以上。

長い腕は太く、

筋肉が縄のように盛り上がっている。

裂けた口から、

骨の破片がボロリと落ちた。

濁った目が、

ゆっくりと少年を見下ろす。

周囲の骨喰いたちが、

距離を取る。

まるで――

道を開けるように。

アゼリアが小さく言った。

「……群れの主でございます」

少年は肩を回した。

「なるほどな」

巨大骨喰いが唸る。

「ギィィィ……」

次の瞬間。

ドンッ!!

巨体が地面を蹴った。

奈落が揺れる。

巨大な腕が振り下ろされる。

少年は横へ跳んだ。

ドゴォン!!

骨の山が砕け散る。

少年はそのまま踏み込んだ。

ドゴォッ!!

拳が巨大骨喰いの顔面に叩き込まれる。

巨体がよろめいた。

だが倒れない。

「ほう」

少年は少しだけ笑った。

「普通のやつよりは頑丈か」

巨大骨喰いが怒りの咆哮を上げた。

「グオォォォッ!!」

腕が振り回される。

骨が弾け飛ぶ。

少年は距離を取った。

その時。

後ろからアゼリアの声がした。

「……止めます」

少年が振り返る。

アゼリアの骨の指が、

ゆっくりと地面を指していた。

青白い光が広がる。

奈落の骨の山が震えた。

ガタガタガタ……

そして。

ドシャッ!!

骨の山が崩れ、

巨大な骸骨が立ち上がった。

人骨が何体も絡み合った、

歪な巨体。

四本の腕。

太い骨の脚。

空洞の目が光る。

少年の眉が上がる。

「……でけえな」

アゼリアが静かに言う。

「抑えます」

次の瞬間。

骨の巨体が飛び出した。

巨大骨喰いに飛びつく。

ドガッ!!

骨の腕が首に絡みつく。

もう一本が胴を押さえた。

巨大骨喰いが暴れる。

「グオォッ!!」

牙が骨を噛み砕く。

バキッ!!

骨の腕が折れる。

だが――

残った腕がさらに締め上げる。

完全には動けない。

少年は周囲を見回した。

骨の山。

折れた武器。

朽ちた槍。

錆びた剣。

(……使えるな)

少年は一本の槍を拾う。

錆びている。

だが問題ない。

構える。

そして――

投げた。

ドゴォッ!!

槍が空気を裂く。

次の瞬間。

ドスッ!!

巨大骨喰いの肩を貫いた。

「グオォッ!?」

少年はもう一本拾う。

剣だ。

投げる。

ドシュッ!!

胸に突き刺さる。

さらに一本。

折れた槍。

ドゴォッ!!

腹に突き刺さる。

巨大骨喰いが暴れる。

骨の巨体が軋む。

アゼリアが声を上げた。

「今です!」

少年は最後の武器を拾った。

大きな剣。

刃は欠け、

錆びついている。

だが重さは十分だ。

少年は一歩踏み込む。

肩をひねる。

そして。

全力で投げた。

ドゴォォォッ!!

剣が一直線に飛ぶ。

次の瞬間。

ドスンッ!!

巨大骨喰いの胸を、

完全に貫いた。

「グォ……」

巨体が震える。

骨の巨体が離れる。

巨大骨喰いは数歩よろめき――

ドォン!!

奈落の骨の山に、

崩れ落ちた。

動かない。

奈落が静まり返る。

ポツン。

水滴が落ちた。

アゼリアが小さく息を吐く。

「……終わりました」

少年は肩を回した。

「みたいだな」

しばらく沈黙。

それからアゼリアが言った。

「助かりました」

少年は鼻を鳴らす。

「お互い様だ」

少し間が空く。

それから少年は言った。

「そういや」

アゼリアが顔を上げる。

「はい?」

少年は頭を掻いた。

「まだ名乗ってなかったな」

カンテラの光が揺れる。

少年は言った。

「俺の名前は――」

少しだけ口の端を上げる。

「ロゼインだ」

アゼリアは小さく頷いた。

「ロゼイン」

そして静かに言う。

「覚えました」

奈落の奥で、

風が小さく鳴った。

ヒュウ……

骨の山の中で、

二人は初めて

互いの名前を知った。



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