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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第二章

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ロゼル視点

森の薄暗い小道を、ロゼルは一人で進んでいた。

ピンクのスカートがひらひらと揺れるたび、森の緑に不自然な色が混ざる。嫌悪感を押し殺し、彼女は自分の服装に視線を落とす。

「……油断させる為とはいえ、これはないよな…

小さく呟き、固く拳を握る。赤い瞳は周囲の陰影を鋭く捉えていた。

小道は奥へと続き、足元には落ち葉と小枝が散らばる。

人の気配はない。だが、それは安心材料ではなかった。

森は静かすぎるほどに静かで、生命の気配が一瞬止まったように感じられる。

ロゼルは深呼吸を一つし、スカートの裾を軽く抑えながら歩みを進める。

背中にかかる薄布の感触が戦闘装備の重量感を思い出させ、微かに苛立ちが込み上げる。

だが、彼女は立ち止まらない。

任務は一人で進めるしかない。アゼリアとの別れを思い出し、心の奥で小さく決意を固める。

「……やるしかないか」

森の影が深まる中、ロゼルの赤い瞳だけが、昼間よりも鮮烈に光を帯びている。

その瞳は、静かに潜む危険を探し出そうと、森の闇を切り裂くようだった。


そのときだった。

――ふ、と。

風が、止んだ。

揺れていた葉が、ぴたりと静止する。

さっきまで耳にあった虫の音も、いつの間にか消えていた。

ロゼルの足が、わずかに止まる。

「……」

視線だけが動く。

右。

左。

何も――いない。

だが。

「……いるな」

小さく、確信を落とす。

その判断は、直感ではない。

迷宮で何度も“死にかけた経験”が積み上げた違和感だった。

視界に映らない気配、音の消え方、風の流れの途切れ方――その全てが揃った時だけ生まれる“空白”。

ロゼルはそれを知っている。

敵がいる時、森や迷宮は“静かになりすぎる”。

自然ではなくなる。

今が、それだった。


ロゼルは、その場から動かなかった。

不用意に動けば、位置を晒す。

相手が“見ている側”なら、それは最悪手だ。

代わりに――呼吸を落とす。

一つ。

二つ。

胸の上下すら抑え、森の中に溶ける。

(……どこだ)

視線は動かさない。

だが、意識は広げる。

地面。

落ち葉の沈み方。

枝の歪み。

空気の“圧”。

迷宮で叩き込まれた感覚が、ひとつひとつを拾い上げていく。

(……重い)

ほんのわずかに。

空気が沈んでいる場所がある。

風は止まっているはずなのに、

そこだけ“滞留”している。

(デカいな……)

小型じゃない。

人間サイズ以上。

いや――それ以上。

だが、決定的な音がない。

足音も、

呼吸も、

衣擦れも。

「……随分、行儀のいい隠れ方だな」

ロゼルはわざと、口を開いた。

その声は、森に溶けるように低い。

反応は――ない。

(……無視か)

ロゼルの口元が、わずかに歪む。

“理解している”。

こちらの挑発を無視するという判断。

それだけで、相手の質が分かる。

ロゼルは、ゆっくりと一歩踏み出した。

わざとだ。

落ち葉を踏む。

サク、と小さな音が鳴る。

その瞬間――

「……」

“ズレた”。

空気が、ほんのわずかに動いた。

視線は動かさない。

だが、確信する。

(……今だ)

ロゼルの足が、地面を蹴る。

――だが、その瞬間。

「判断が早いな」

低い声が、背後から落ちた。

ゾワッ、と背筋が粟立つ。

同時に――

ブンッ!!

空気を裂く音。

振り向くより速く、ロゼルは身体を沈めた。

直後、頭上を“何か”が通り過ぎる。

重い。

速い。

そして――殺意が、正確すぎる。

地面に着地しながら、ロゼルは振り返る。

そこにいたのは――

異様に発達した筋肉。

無駄のない巨躯。

剃り上げられた頭。

だが、その目だけが違う。

冷たい。

濁りのない殺意。

「……ガキか?」

男は、淡々と呟いた。

驚きはない。

嘲りもない。

ただ、“対象を確認しただけ”の声。

ロゼルは立ち上がる。

スカートの裾を払いながら、

赤い瞳でまっすぐに見据える。

「……てめぇが村人をおかしくした元凶か?」

男は首をわずかに傾けた。

「違うな」

一拍。

「俺は、“処理役”だ」

その言葉と同時に――

地面が爆ぜた。

踏み込み。

速いとかいう次元じゃない。

“消えた”ように見える加速。

「チッ――!」

ロゼルの目が見開く。

振り抜かれる拳。

だがロゼルは――

半歩、ずらす。

ギリギリで外す。

頬をかすめる風圧が、肌を裂く。

(読める……が――)

(重い!)

反撃の踏み込み。

だが――

「遅い」

ドンッ!!

横からの一撃。

腕で受けた瞬間、骨が軋む。

ロゼルの体が吹き飛び、地面を滑る。

土と落ち葉が舞う。

止まる。

沈黙。

その向こうで、男は動かない。

追撃しない。

ただ、見ている。

「……なるほど」

淡々とした声。

「餌にしては、悪くない」

ロゼルはゆっくりと立ち上がる。

頬から血が垂れる。

だが――

笑った。

「……スカート履いた甲斐があるってもんだ」

赤い瞳が、強く光る。

「ビンゴだぜ」

森の空気が、張り詰める。


ロゼルは、ゆっくりと首を鳴らした。

コキ、と小さな音。

さっきまで受けた衝撃を、まるで無かったことのように流す。

「……軽く殴ったつもりだったが」

男――ザインが呟く。

「立つか」

ロゼルは肩を回す。

スカートの裾を指でつまみ、軽く払いながら。

「効くわけねぇだろ」

吐き捨てるように言う。

赤い瞳が、まっすぐにザインを捉える。


「……てめぇだろ」

低い声。

だが、確実に“刺す”声音。

「村人攫って――おかしなことしてんのは」

森の空気が、わずかに張り詰める。

ザインは動かない。

視線も逸らさない。

ただ、淡々とロゼルを見返す。

そして――

「答える理由がないな」

感情のない声。

本当に、ただの事実として返しただけの一言。

ロゼルの口元が、わずかに歪む。

「……そうかよ」

一拍。

その目が、わずかに細まる。

「その反応だけで十分なんだよ…」

次の瞬間――

踏み込んだ。

ドンッ!!

地面が弾ける。

空気が遅れて爆ぜる。

「てめぇをぶち殺す理由にはな」

言葉の終わりと同時に――

ロゼルの拳が、すでに届いていた。


ドゴォッ!!

衝撃が、森を叩き割った。

ザインの体が弾けるように吹き飛び、地面を削りながら後方へ叩きつけられる。

木が折れる。

地面が抉れる。

それでも止まらず――ようやく転がるようにして止まった。

土煙が、遅れて立ち上る。

静寂。

ロゼルは、その場から一歩も動かなかった。

拳を下ろす。

細い腕。

軽い服。

場違いなピンクのスカートが、ひらりと揺れる。

「……ざまぁみろ」

興味なさそうに、吐き捨てる。

煙の奥で――

ズズッ……と、何かが擦れる音。

ザインが、立ち上がろうとする。

腕が歪んでいる。

肩が外れている。

だが、それでも立とうとして――

止まった。

「……ッ」

足に力が入らない。

理解が、遅れて追いつく。

(今のは……なんだ)

一撃。

ただの一撃で。

体の機能が、一瞬“止められた”。

「……は……」

呼吸が乱れる。

額から、汗が伝う。

一筋。

また一筋。

気づいた時には――

片膝が、地面についていた。

ドサ、と鈍い音。

その事実に、自分で遅れて気づく。

(……俺が?)

視線が上がる。

そこにいるのは――

小柄な少女。

華奢な体。

無防備な服。

だが。

一歩も動かず、こちらを見下ろしている。

その赤い瞳だけが――異様に冷たい。

「……貴様」

声が、わずかに低くなる。

「何者だ」


ロゼルは、ゆっくりと一歩踏み出した。

落ち葉が、かすかに鳴る。

金色の髪が視界にかかる。

鬱陶しそうに、それを指で払う。

その仕草だけが、妙に落ち着いていた。

「……ただの冒険者さ」

軽く言う。

だが、その声には余裕と圧が同居している。

赤い瞳が、膝をつくザインを射抜いた。

「で――」

わずかに首を傾ける。

「テメェ、何者だ?」

間。

「何の目的で、村人を攫ってる?」

ザインは答えない。

だが、目だけはロゼルを測っていた。

(……この圧)

目の前の少女。

華奢な体。

場違いなピンクのスカート。

それなのに――

「……冒険者だと?」

ザインが、低く呟く。

「Aランク冒険者か?」

その声には、警戒と確認が混ざっていた。

ロゼルは一瞬だけ目を細める。

そして――

「あ?」

間。

「Fランクだけど?」

静かに言った。

一瞬、森の空気が止まる。

ザインの表情が、わずかに崩れる。

「……Fだと?」

理解が追いつかない。

(この圧で……F?)

(あり得ない)

だが、その“あり得なさ”が逆に確信に変わる。

――異常だ、と。


ザインの目が細くなる。

「……虚偽のランクを言っているのか?」

低い声。

疑いというより、結論に近い響きだった。

「こんなFランクがいてたまるか」

次の瞬間――

空気が弾けた。

ドンッ!!

ザインの踏み込み。

さっきより明らかに速い。

殺意も、迷いもない。

ただ“排除”だけに特化した一撃。

拳がロゼルの顔面へ迫る。

――だが。

スッ。

ほんの数ミリ。

本当に紙一重で、ロゼルの顔が横に流れる。

拳は空を裂く。

髪が、遅れて揺れる。

「……ッ!」

ザインの瞳が揺れる。

(またか)

今のは偶然じゃない。

“当たらない位置にいた”じゃない。

“当てさせない距離で見ていた”動き。

ザインは間を空けない。

そのまま回転。

肘。

裏拳。

踏み込みからの膝蹴り。

連撃。

連撃。

連撃。

ドンッ、ドンッ、ドンッ!!

しかし――

全部、届かない。

いや、“当たる寸前で消える”。

ロゼルは避けているようでいて、避けきっていない。

ギリギリ。

ほんの数ミリ。

皮膚に触れるかどうかの距離で、全てが流れていく。

わざとだ。

まるで――

「……遊んでるのか?」

ザインの声が、低く漏れる。

その瞬間。

ロゼルの赤い瞳が、ほんのわずかに動く。

目線はブレない。

ただ、ザインの攻撃の“間”だけを見ている。

風の抜け方。

拳の軌道。

体重移動の癖。

全部を冷静に拾いながら。

その瞳は――恐ろしく静かだった。

長いまつ毛が、わずかに影を落とす。

その一瞬だけ、戦闘の中なのに“綺麗”だった。

「……悪いけど」

ロゼルの声は軽い。

「当てる気あんなら、もうちょい工夫しろよ」

次の踏み込み。

ザインの拳が再び放たれる。

だが――

また、届かない。

紙一重。

呼吸の間。

視線の角度。

その全部を“読まれた上で外されている”。

ザインの背中に、冷たい汗が伝う。

(こいつ……)

(全部見えてやがる)

ロゼルは小さく息を吐いた。

つまらなそうに。

でも余裕のまま。

「遅ぇんだよ」

その声だけが、妙に静かに森へ落ちた。




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