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聖血のロゼル  作者: チョコレートスターフィッシュ
第二章

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囮作戦

朝の柔らかな光が村を包む中、ロゼルとアゼリアは村人になりすまし、ゆっくりと通りを歩いていた。

木製の家々は朝露に濡れ、軒先には洗濯物が揺れている。石畳の隙間には小さな草が顔を出し、どこにでもある穏やかな村の風景が広がっていた。野菜市では、まだ準備の途中らしく、籠に積まれた野菜に水をかける音が静かに響く。

その時――

ひらり。

ロゼルのスカートの裾が、風に揺れた。

「……っ」

一瞬、動きが止まる。

視線を落とす。

薄い布。

慣れない感触。

「……なんだこれ……落ち着かねぇな」

小さくぼやく。

歩くたびに、太ももに触れる感触がどうにも気になる。

スースーする。

落ち着かない。

気になって仕方ない。

それを見たアゼリアの視線が、ぴたりと止まる。

「……ロゼル様」

「なんだ?」

「そのお姿……」

一拍。

そして――

「とても……大変、素晴らしいです……」

声が震えている。

青い瞳が、じっとロゼルに吸い寄せられている。

「は?」

ロゼルが眉をひそめる。

アゼリアは口元を押さえた。

「い、いえ……その……」

一歩近づく。

視線が、明らかにおかしい。

「その可憐さと、内に秘めた力のギャップが……ああ……」

「おい」

「だ、だめです……鼻血が……」

すっと、鼻を押さえる。

「お前なにやってんだよ…てか出ないだろ鼻血…」

ロゼルは露骨に嫌そうな顔をする。

だがその頬は、ほんのわずかに赤い。

「見るなって言ってんだろ」

「いえ、無理です」

即答。

「無理ってなんだよ」

「目が離せません」

「離せ」

そんなやり取りをしながらも、二人の足は止まらない。

自然に、違和感なく。

“普通の村人”として、歩き続ける。


そんなやり取りをしながらも、二人の足は止まらない。

自然に、違和感なく。

“普通の村人”として、歩き続ける。

通りを抜け、井戸のある広場へ出る。

朝の水汲みを終えた村人が、桶を抱えて家へ戻っていく。

野菜市では、籠に積まれた野菜に水がかけられ、静かな準備の音が響いていた。

一見すれば、いつも通りの朝。

だが――

どこか、おかしい。

「……妙だな」

ロゼルが小さく呟く。

視線は自然に動かしながらも、細かい違和感を拾っていく。

アゼリアも同じように周囲を見ていた。

「ええ……」

声は小さい。

「皆、普通に生活していますが……」

一拍。

「どこか……怯えていますね」

その言葉の通りだった。

笑っている者もいる。

会話もある。

だが、目が違う。

ふとした瞬間に、森の方へ視線を向ける。

物音がすれば、わずかに肩が揺れる。

誰もが無意識に、何かを警戒している。

“日常を続けながら、恐れている”

そんな歪な空気。

ロゼルは鼻で小さく笑った。

「……なるほどな」

「こりゃ完全に“狩られてる側”の空気だ」

アゼリアは静かに頷く。

「はい……だからこそ、表には出てこないのでしょう」

「警戒してる」

「ええ……みなさん慎重です」

二人は歩きながら、その空気を肌で感じ取っていく。

広場を抜け、畑の脇を通る。

朝露に濡れた葉が光を弾く。

だが、作業しているはずの人影はまばらだ。

農具はある。

作物も手入れされている。

それでも――

「……人、少ねぇな」

ロゼルが低く呟く。

「ええ……」

アゼリアの青い瞳が細まる。

「減っているのか、隠れているのか……どちらにせよ、不自然です」

風が吹く。

森の方から、冷たい空気が流れてくる。

二人はそのまま、村の外れへと出る。

石畳が途切れ、土の道へ。

そして――森。

木々が重なり、光を遮る。

入口は明るいが、その奥はすぐに陰へ沈む。

ロゼルは立ち止まらず、低く呟く。

「……餌は出してる」

「なのに食いつかねぇ」

わざと隙を見せている。

無防備な村人として。

それでも、出てこない。

アゼリアは森の奥を見据えたまま言う。

「……見ていますね」

「俺たちを、値踏みしてる」

短い沈黙。

葉が揺れる音だけが響く。

ロゼルは舌打ちした。

「……埒があかねぇな」

足を止める。

視線だけをアゼリアへ向ける。

「このまま二人で動いても意味がねぇ」

「確率を上げる」

アゼリアは一瞬だけ目を伏せ――頷く。

「……別行動、ですね」

「ああ」

ロゼルは軽く手を振る。

「どっちかに食いつけば、それでいい」

その言葉に、迷いはない。

アゼリアはわずかに息を整え、

「……お気を付けて」

とだけ言う。

ロゼルは背を向けたまま答える。

「お前こそな」

進む方向を分ける。

ロゼルは南側の獣道へ。

アゼリアは北側の林へ。

距離が、ゆっくりと開いていく。

やがて――

互いの気配が、森に溶けた。

残るのは、静寂と。

“怯えた日常”の、その先に潜む気配だけだった。



朝の光が村を包み、屋根や石畳の道を柔らかく照らす。アゼリアは村の外れの通りを、村人になりすましたまま堂々と歩く。木製の家々の軒先には洗濯物が揺れ、籠には新鮮な野菜が並ぶ。鶏の鳴き声や水をかける音がかすかに響くが、村全体には微かな緊張が漂っていた。子供が声を上げると、大人はすぐに顔を曇らせ、そっと注意を払う。


まだ明るい昼間なのに、木々の間には影が濃く落ちていた。アゼリアは軽く息を整えながら、細い土道を歩く。足音をできるだけ抑え、草や小枝の揺れる音に耳を澄ませる。

村の外れに差し掛かると、家々の影は遠ざかり、風が葉を揺らす音だけが静かに響いた。周囲の気配を探るため、魔力をほんの僅かに流し、森の入り口に向けて感覚を伸ばす。

「……誰も出てこない……か」

小さく呟く声は、風にかき消される。アゼリアの青い瞳が、薄暗い木陰をくまなく捉えた。木漏れ日が地面に斑に落ちる中、微かに人の気配を探す。森に潜む者に悟られぬよう、姿勢を低く保ち、身体の緊張を解かない。

目の端に見える小さな動きにも敏感に反応する。

その時、土の匂いに混じって、遠くから荒い呼吸が近づいてくる気配。森の入り口から足音がかすかに響く。アゼリアは軽く視線だけで相手を追う。

「……来たか」

目を細め、息を潜める。


森の入り口で息を潜めるアゼリアの目に、遠くの土道を必死に駆ける影が映った。

「アゼリアさん! 見つけた!」

声は震え、途中で荒い息が混じる。

土を蹴る音は速く乱れ、一定ではない。杖をつきながらも、村長は倒れそうになりつつ、必死に前へ進む。額には汗が滲み、呼吸は荒く、口元からは「はぁ、はぁ」と途切れ途切れに息が漏れる。

「レイラが……い、いなくなったんじゃ! 誰も……誰も見ておらんのじゃ!」

村長の目は血走り、体は小刻みに震える。足取りは速く、時折地面に躓きそうになりながらも止まらない。風に揺れる草や葉を払いのけ、森の入り口まで駆け寄る。

アゼリアは青い瞳を細め、静かに立っていた。村長の焦り、緊張、そして必死で駆けてきた様子が、言葉や仕草のすべてから伝わる。

「……落ち着いてください、村長」

声は低く、穏やかだが、森の静寂を切り裂くように響く。

村長は杖を握りしめ、肩で大きく息をしながらも止まらない。

「じゃがの……あの子がの……! あんた達2人を心配して、追いかけて行ったんじゃ!」

その言葉は、息切れと共に震え、焦燥が全身から漏れ出している。

額の汗が光り、足取りは乱れ、時折地面に躓きそうになりながらも、村長は必死に立っていた。

「……レイラちゃん……」

その名前を心の中で静かに呼ぶ。

彼女の魔力の温度、質感、微かな揺らぎを探る。森の中で混ざり合う風や葉のざわめきの中、アゼリアの感覚は一点に集中する。

薄暗い木漏れ日の中で、微かな揺らぎが視界の端に映る。

普通の生物の気配とは違う、柔らかくも確かな光。

それは、レイラの魔力だ――小さく、しかし不安げに震えている。

「……ここか」

息を殺し、音を立てないように慎重に進む。枝や落ち葉を避けながら、魔力の流れを手繰るように、森の奥へと足を運ぶ。

(攫われたのだとしたら…ロゼル様に伝えている時間はない……私が一人で助けないと……)

次の瞬間、アゼリアの足が地面を強く蹴った。

「村長、ここで待っていてください!」

振り返りもせず、それだけを言い残す。

返事を待つ時間すらない。

土が弾ける。

一歩で距離を詰める。

二歩目で風を切る。

アゼリアの身体が、一気に森の奥へと加速した。

枝を避ける。

低く垂れた蔦を払い、足元の根を踏み越える。

常人なら足を取られる地形を、迷いなく駆け抜ける。

視界は暗い。

だが関係ない。

青い瞳が捉えているのは、ただ一つ――

レイラの魔力の揺らぎ。

小さい。

弱い。

だが確かに、奥へと引きずられている。

「……っ」

無意識に、踏み込みがさらに強くなる。

乾いた枝が足の下で砕ける音が、遅れて響く。

風が背後へ流れる。

木々の間を、影のように駆け抜ける。

レイラの魔力が揺れる。

乱れている。

恐怖で震えている。

そして――もう一つ。

「……誰か、いる……」

レイラのすぐ側に、別の気配。

歪んだ、濁った魔力。

間違いない。

「……犯人」

その瞬間、アゼリアの速度がさらに上がった。




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