プロローグ4
真子も視線を擬似ルームに移す。
と、そこには紛れもなくドアが出現していた。劇場で見かける観音開きのドア位の大きさだった。
ルームナンバー070508の規模からすると、やや大きくかんじられた。しかし、それより驚かされたのは開放されたドアから擬似ルームへの侵食速度だった。
(凄い!)
思わず言葉にしてしまいそうな光景。今まで見た、どのルームの侵食より速いと思った。過去最大の脅威であった20年前の侵食よりも。
「こちら司令室。局長!イータウェイです!近いです。」
インカムから悲鳴の様な声で報告が入る。非常事態の本番経験の少ない若手だろうか?
「落ち着きなさい。」
真子は声の主を軽く窘めてから、続けて指示を出す。
「第一擬似ルームで発生を確認している。目の前で侵食が拡大しているわ。私もそちらへ向かいます。そこには何名いる?」
「10名です。」
先程と同じ声だが、落ち着きを取り戻している。
「よし。そこにいる者以外は一般人、局員共にこの建物から至急退去させるよう警備に伝えて。」
それだけ言って管理室に急ごうとして、ふと思い出した。
「詠。あなたはそこで待ってなさい。」
未だ擬似ルームの中をジッと観察している詠に声掛けて走り出した。
「待たせたわね。」
真子が声を掛けると、管理室に安堵の空気が流れた。周囲を見渡すと、シフトの関係だろうが対策局の実務方に配属されて1、2年の若手が大半を占めていた。
「避難状況は?」
「はい。一般人の避難は完了しております。対策局の事務か方もほぼ完了。実務方の待機者は避難誘導の応援後、残っている人がいないか各階を見回った後、退避する事になっております。」
局長の存在が支えになっているのか、応対にも淀みがない。
他の局員達も懸命に作業を行なっている。元凶が自分達の直上にある事を知っていながら。
(彼等も無事に帰さないと。)
そう思った真子は皆に向かって大きく声を掛ける。
「後は私に任せて皆も退避するように。」
10人の局員が騒めく。が、すぐに1人2人と急ぐように退出する。すると、残りも釣られるように退出していく。
その中に1人だけ躊躇うように真子の側に来る。
「此処に残られるつもりですか?局長も退避して下さい。一緒に逃げましょう。」
先程インカムから聞こえていた声の主だと分かった。
「私はもう暫く状況を見届けてから退避するから、君は先に行きなさい。」
彼女は少し後ろめたさを隠せず何度もチラチラと視線を投げかけてきた。
「はい!走る!」
声と同時に『パンッ!』と柏手の音が響いた。
後ろ髪が引かれている彼女を叱咤し、早急に退去することを促した。彼女もそれに応えるように全速力でこの場を去った。
(心配してくれているのね。でも、今から起こるかもしれない事を見られる訳にはいかないから。)
「アド。第一擬似ルームの状況は?」
『ルームナンバー070508による侵食は依然衰えを見せておりません。現時点での情報による推測となりますが、10分20秒後には第一擬似ルームの外壁は破壊されます。隔壁による閉鎖を試みた場合に於いても30分と保たないでしょう。』
ルーム対策管理AI通称アドの答えを聞き、真子は覚悟を決めた。
「詠、聞こえてる。」
「ああ、聞こえてるよ。」
詠は第一擬似ルームの前でカメラにむかって軽く手を振った。
「あなたの力を借りるわ。助けてくれる?」
「もちろん。俺が君の頼みを断る訳がないだろ。」
笑顔で応える詠に少し不安を募らせる真子。
(詠は何時でも私の頼みを聞いてくれた。そして、叶えてくれた。今も私は大変な事を頼んでいる。心配?何の?完遂出来るか?それともまた私の前から居なくなる事?)
「侵食しているルーム、消滅させても良いんだよな。」
「えっ!ええ、その方が禍根が残らないわね。」
簡単にルーム消滅と言う詠に対して悩みが一つ増えた。
「詠。私が合図する迄第一擬似ルームの出入口で待機していて。」
「わかった。」