WOR学園神宮西1
数ヶ月後。
勝負は一瞬で決まった。
反応すら出来なかった恭一郎の傍を詠は風のように擦り抜けていた。
剣道場が異様な静寂に包まれた。
辺りに少し何が焦げたにおいと怖れ、戸惑いといった感情が漂っている。
その空気の発生源である恭一郎が動けないのは納得いく技を放った詠も別の意味で動けなかった。
(もしかしてやり過ぎた!?)
周囲の雰囲気から何となくそう察した詠はどうすべきか思考を巡らせた。
そこへタイミング良く助け舟が現れた。
「そこまで!」
威圧感充分の声が鋭く響いた。剣道部顧問の風原教諭だった。
風原は詠と恭一郎に近づくと其々に視線を送った。
(風原から見て)平然としている詠の手には先革が紛失、中結は外れ、弦も切れて剣先が開いた竹の一枚が殆どが黒く変色した竹刀が握られていた。
一方、恭一郎は胴に黒い線状の焦げ後がクッキリ残し、放心状態で立ち尽くしていた。
今のうちとばかり何もなかったかのように詠は予備の防具置き場に行く。
そこで怯えたような目で詠を見ている部員に
「すまない。」
と言って壊した竹刀を渡した。
部員は緊張した面持ちでいや全身硬直状態で受け取った。続いて胴と小手も。
詠はそのまま置いてあった自分のカバンを持って退場しようとした。
そこに風原は詠にツカツカと近寄り、小声で
「目立つ事はするなと長官に言われているだろう。」
と言った。
「成り行きで仕方なかったんだ。悪かったな。」
詠は一言呟く。
その言葉に風原はやれやれという表情を浮かべ
「後でじっくり聞かせてもらうからな。」
と言って皆のスイッチを無理矢理切り替えるが如く
「余興はここまでだ。さっさと練習を開始しろ。」
と大声で皆に言う。
そして、
「常世詠。君は此処から立ち去りなさい。」
と、風原は壊れた竹刀を詠から渡されたままどうするべきか迷っている部員から竹刀を取り上げて詠に言い放った。
言われるまでもなく退出しようとした詠だったが、ふと思い出してバッグをごそごそと探る。1本のキーを通したハートのチャーム付のキーホルダーを取り出す。今回の騒動の発端となった物である。
自分の留守中に家の中を勝手にいじられたくなくて、詠と一緒に帰宅しようとした来栖真子長官の娘、理子。
得体の知れない野郎と二人きりにさせたくない理子の彼氏(だと思う)神野恭一郎。
取り出したキーホルダーを剣道部員として、恭一郎のカノジョとして、一部始終を傍観していた理子に向かって放り投げた。
「これは返しておく。」
詠の声が遠くから聞こえる。
「(あんた家に入れないでしょ。)」
理子は言葉にしようとしたが、声にならない言葉を飲み込む。
ストライクで飛んで来たにも関わらず、受け損こねた鍵が床に落ちる。
周囲がどんどん遠ざかり無限に広がっていく。
それなのに落ちた鍵の音がとてつもない音となって剣道場に響き渡る。
姿が見えないくらい離れた皆の視線が自分に集中し注目を浴びている。
(まただ。)
久しぶりの感覚だった。しかし、今までに比べると落ち着いている。
(これは幻想。)
理子はぎゅっと目をつぶりゆっくりと呼吸する。
少しずつ耳に入ってくる周囲の喧騒に幻想がかき消されていく。
練習を開始した生徒の声があちこちから聞こえる。
(誰も私を注目している人はいない。)
ほっとする。
(もっとも後で言及されるのは必至だろうけど。)
そんな事を考え「はあっ。」と大きく息を吐く。
寮に入るのは明日からとのことだったが、頼めば何とかなるかもしれない。
などと考えながら一人で学園を散策することにした詠に背後から突然声を掛けてきた人物がいた。カワイイ声で。
「おにいちゃん。今暇だよね。」
振り向くと声と違わず、可愛らしい容姿の女生徒が立っていた。
「・・・。自分は貴女のおにいちゃんじゃない。」
そう反応した詠は続けて
「貴女の方が学年は上。」
この学園では男子生徒はネクタイ、女子生徒はリボンの色で学年が判るようになっていた。彼女のリボンの色は淡い赤色。二年生だった。
「そんな冷静な受け答えされると困るんだけど。」
大いに不満なのは膨れっ面を見れば明らかだった。
目の前にいる少女は顔立ちも身長も体型も声も先輩とは思えない程カワイイ存在なのは確かだった。
「カワイイですね。」
「えっ!イキナリッ。でも、そうでしょ。妹にしたくなるでしょ。抱っこしたくなるでしょ。」
詠のひと声に幾つものセンテンスが連射される。




