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戦国異伝~悠久の将~  作者: 海土竜
天廻争乱
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戦国の世の開闢

 天に向かって放たれた矢の落ちる速さは、人の手で受け止められるほど容易い物ではない。栄華を極めた権勢も、いつかは衰え地に落ちる。周囲を巻き込む大きな嵐を起こして。

 早急に対策を立て、万全の態勢を整えていたはずの宇喜多直家にとっても、その衝撃は余りにも大きかった。

 畿内を支配し、幕府の政権をほしいままにしていた三好長慶が死ぬと、幼い三好義継の後見人として、新たに権力を手に入れた、三好長逸・三好政勝・岩成友通が二条御所武衛陣を襲撃し、足利義輝を暗殺したのだった。

 征夷大将軍の居城である武衛陣には深い堀もあり、簡単に襲撃できる場所ではなかったが、三好長逸たちは事前に改修工事を始めて、入念に計画を立て、人工に紛れ込ませ多くの刺客を送り込む事に成功した。

 だが、それは、これまでの合戦とは意味が違っていた。

 大友家や尼子家などの大大名同士の戦いでも、誰が守護職の地位を占めるかという、言うなれば、室町幕府内での出世争いでしかなかった。

 それが畿内の支配権を持つと言っても大名の一人でしかない者が征夷大将軍を討ったのだ。

 さらに上へ進む道があると、誰の目にも明らかになる。

 そうなれば、鎌倉幕府を倒し室町幕府を立てた英雄譚を彷彿させ、大名ならば誰もがその姿に自分自身を重ねる夢を見ずにはいられない。

 天下を手中にした覇者が生まれ出でる、戦国の世の開闢だった。



 鬱蒼と木々の茂山道を抜け川に出ると、勢いよく飛びこませる。合戦のいでたちとは違って、刀を帯びただけの軽装であるため、馬に乗ったまま泳いで渡り切ると、街道を限界まで鞭を入れて走らせ、天神山城の城門の前で大声で叫んだ。


「宇喜多直家だ、門を開けろ!」


 のろのろと門が開くまでの時間も惜しく、通れる隙間が出来ると馬の腹を蹴って強引に進めた。

 天神山城の中は兵でごった返している。直家の姿を見ると驚いて道を開けはしたが、それでも馬で走るには狭すぎて、馬屋番に手綱を預けると、浦上宗景の本丸御殿へと兵をかき分けて走らねばならなかった。


「宗景様!」


「よく来たな、直家」


「この兵たちは、……どういうお心算ですか?」


「当然……赤松政秀を討つ。そのための兵だ」


「美作の江見氏の平定すると、多くの兵を送り込んでいたはず。それに守護職と守護代の争いは、幕府の命により禁じられ……」


「是非もなし! 将軍・義輝は死んだのだ。今さら誰が幕府の命などに従う? それに赤松政秀は兄・政宗の仇、討ってはならぬ道理はあるまい」


 浦上宗景は含みのある笑いで口元をゆがめた。

 将軍の死により、誰もが野心を持つ。それは浦上宗景にも変わりはなかった。

 兄の死を利用して、赤松家を討ち、播磨の守護職の座を手に入れる。その顔は、そう言っているも同じである。

 そのためには、いち早く和睦を無視して尼子家に攻め込んだ毛利元就が勝ちすぎないために、尼子家の味方となる江見氏の討伐を止めて援助に回らせ、出雲・伯耆が治まらない間に、播磨を取ると言う寸法だ。

 先の毛利家と組んで尼子家と戦った合戦から、そっくり陣営を鞍替えした、手のひら返しの算段だった。


「しかし、何度も侵攻してきた尼子家と結ぶなど……」


「何も尼子家と結ぶとは言っておらん。だが、尼子晴久も死んだのだ。この辺で禍根を忘れても良い頃ではないか?」


 情勢を見る必要はあるだが、主君が簡単に立場を変えれば、前線の城となる城主たちはたまったものではない。


「それでは、毛利家の兵と肩を並べて戦って居る者たちを撤退させなければ」


 命を懸けて戦っている者がいるからこそ慎重な判断が必要だと考えていた。

 だが……。


「正面からぶつかるだけが戦ではない。同じ陣営に居ればこそ出来る事もある……既に、毛利隆元を酒宴で饗している。そろそろ吉報が届くはずだ」


 遥か遠くを見つめる浦上宗景の目には、足元で血を流す兵士でもなく、播磨の守護職でもない、より先にあるものが映っていた。

 播磨を抑えれば、京に手が届く。

 京に入りさえすれば、内輪もめを繰り返している三好家を討ち、将軍を擁立する事も、自ら将軍になる事も出来る。

 思い描かれた未来への道筋が、細部まではっきりと、目の前に続いているかのように見る事が出来た。それは、尼子家や毛利家でさえ地方の大名であると見下す危うさと、上に立つ者にしか分からぬ、自信に彩られた遠大な視野で出来ていた。


「赤松さえ裏切らなければ、三好など父の代で滅んでいた。お前の祖父の望みでもあったはず…………これが、あるべき姿なのだ」


 その言葉に、三十年前祖父の見た夢に、抗いがたい魅力を感じずにはいられなかった。

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