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異変

 朝…何かが変わっていた。 

 それから幾年が過ぎた。


 私はそれ以前に五年間の記憶を持っていた、しかしそれは懐かしい感覚と初体験の瑞々しい感覚が混淆していて、取り留めのない茫洋とした記憶でしかなかった。

 それに比べ以降の幾年の記憶は定かであった。


 それは繰り返される一日の堆積であり、しかしそれは消去されずに加算され進んでいく毎日なのである。

 でも、それが過去とどう違うのかなんて何も言えないほどの、微々たる変化でしかないのかもしれない。


 私はこの何もない部屋で時を過ごすばかり、そして定刻にナイトテーブルの引き出しを開ける。

 それは食事のため。 

 乳白色の粘液を指で掬って飲み込むだけの。

 しかし排泄もないこの食事に、食事と呼べるだけの定義が成立しているのかはわからない。

 不思議なくらいこの狭い一室で、変化のない毎日を重ねていくだけだったのだ。


 ドアを見詰めた。


 この四方を囲んだドアに通じる世界はどんな世界だろうか?

 物音一つ立てずに外の世界は私を相変わらずに遮断していた。

 木製の筒状の円いドアノブが何度握られたことだろう?

 それはただの飾りだ、それは単なる悪意であり、言うなれば空虚さの集大成なのだ。

 そのドアノブは捻っても動かない、固定されたそれが回転するほどの巨大な圧力をもし掛けたとしても、空しく破損して取れてしまうだけに違いなかった。


 密室。

 食事と称される乳白色の粘液のおかげで、私は歳を取らないようだ、これを摂取している限り私はずっと回復し続けて死ぬことはないような気がしていた…

 この狭い永遠に…意味はあるのか?


 淡々と過ぎていく膨大な日常…引き出しを開けるか、闇を眺めるか、ドアを眺めるか、部屋に隠され施されたアイテムを探り当てるか…それ以外にやることはない。

 それでも、毎日は飽きることなく通過して行き、その時々で初体験の感覚と懐かしい感覚とを集積した。


 

 そのある日だ。

 

 違和感。

 

 いつもとは違う感覚と意識で…私はドアを見詰めた。

 それがいつからだったか覚えていないくらい自然に、むしろ運命的に…導かれるように気づけばじっと眺めているのだった。

 なぜ導かれたのかは解らなかったが、それが何を意味しているのかだんだんと明瞭になるにつれて、鼓動が早まっていった。

 長く長く閉ざされた私の内面世界に、開放のカギとなる目映く差し込んだ光と、血液を口腔からたっぷり流しこむ様な警戒と恐怖の感情と味わいとが、交互に入れ替わり差し出されて、私は興奮し恐慌していた……


 一歩、一歩、狭い部屋の床に足を差し出して私は切り開くのだろう、長い長い沈黙の情景を、高い高い私を空より遮断した分厚い壁面の圧力を…


 ガチャリ……


 ドアノブは捻りを入れられた。


 ギー…ギー……


 そしてとうとう、堅く閉ざされたドアが、ゆっくりと開かれていった…


「!」


 同じ情景!!


 バタン!


 ドアは再び閉ざされてしまった。ノブはもう飾りみたいに固まってしまっている、即座にそう了解された。


「ほう、参りましたか……」


 ベッドを挟んだ奥のあたりから声が聞こえた。蹲っていたのだ。そして男が立ち上がった。


「!」


 衝撃……


 それはいかにも……


 立ち上がったその男は、私自身であった。

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