意識は霧のように
「それにしても…」
水先案内人の語りは続いていた…
和尚である梵木原雄仁との禅問答のような重厚な世界観に、正直皆は疲れていたことだろう。
謎の回答……
これらの拉致事件の犯人の追求…
そんなものに、このままで皆は辿り着けるのだろうか……?
「この、サーモグラフィに写った人々は、とても活動的なフォルムを示していますよね…」
視線が定まらないことで重っくるしかったその雰囲気を、モニタに映された映像は、少しく破ってくれていた。
「ここまで来るのにどれだけの時間と咀嚼を要したことでしょうねぇ……」
「それはその、羊水となって全身を包んでいたゼリー状の物質の硬度にもよるでしょうが…」
畠は合いの手を。
「それにしても、ひとつ疑問がありますね。呼吸のための通気口はどうなっているのでしょうか?もしそうだったとしても例えば咀嚼に疲れ、眠り込んだ時に、ゼリーが呼吸器に張り付いて、呼吸を塞ぐ事故にはならないのでしょうか?」
「ええ。」
と眼を合わせ。
「通気口はたっぷりと、無数の孔が張り巡らされていますよ。それに、仰るとおりの事故は、ありそうなものですが、実際には起こっていないようです。ゼリー状とはいっても恐らくは、サラリとした接着面なのでしょう。それに、それら通気孔は、ゼリー本体でもあるのだから、それは窒素に充満した空気を想像してみれば事足りるのかもしれませんね…」
「ううむ…それはちと、強引な気が……」
「いえ、そうでもないですよ。それと…」
付け加える。
「通気孔は、単なる空気の循環を旨とするだけのものでもありませんし…」
「??」
「ええ、例えば…」
水先案内人は、モニタを操作し始めた…
「これです」
数値…
内部の無数の人間たちのデータの集積……
「呼吸器や脳波のデータ、その他諸々…数々の膨大な管理要項を、巨大な知性体であるこの建造物自体が行っている…」
「!!!!!」
「…それが、この建造物の、最大の真理です!」
一気に解答は近づいているような…そんなセンセーションが…突風が吹き荒れて……
「つまり。呼吸に苦しむ者がいるなら、通気孔から、酸素を送り込めば済むことです……」
「そんな馬鹿な!」
「ええ、いい反応をありがとうございます、天童さん。しかし…」
――ひと呼吸。
「この、敷き詰められた立方体には無論仕切りがあります。その仕切りは、単なる壁や天井、床ではなくて、その都度、必要なモノを送るリフトとして、パイプとしての機能が、何よりの内部の生命維持装置とて完成されてあるのです」
「ふう~~。確かに、それは信じがたい高性能であるが、しかし…そうでなければこれほど無数の人間たちを生かすことはできませんよねえ…」
「?…、畠さん。それは、例えば病気などに…?」
「ええ、ディノさん。それ以外にも、排便やら怪我やら…数えてみればキリがないというか…」
「その通りですね。しかし、それら基本的な衣食住さえ満たしてしまえば、それ以外は存外シンプルなモノだけで事足りてしまいますよ…」
「そういやあきったねえよなあ…便やら尿やら嘔吐やら…下手すりゃ血液も精液も…それから垢やら汗やら…水虫やら…なあ!」
「はい。でもご覧下さい。彼らはやはり、活発に行動されていますねえ…快適でなければこうはいきませんよ……」
水先案内人、上気している…
「ゼリー状の通気孔は、高いろ過機能と殺菌、消臭機能を有しています。海水も究極の浄化作用がありますよね。それから…砂や砂利や石で、簡素な層を作ったら、濯がれた汚水はキレイに濾過されていく、という実験を知りませんか?畠さんやディノさんならずとも、そのくらいは一般常識として、解かるはずです…」
「まあ。出家をして山篭りをすれば、そのような生活の知恵を使ったりすることはむしろ日常茶飯事です」
「さすがは和尚。ただし、その優れた濾過機能だって、心臓となり核となったそのパイプ抜きにしては成立しませんがねえ…それにしても、この究極の生命維持施設とすれば、天童さんの懸念はとても杞憂に過ぎない」
「へぇ~~」
「失礼。しかし…」
――と間を置いて
「実を言うと…何より大切な秘密をまだ話せていませんでした…」
「まだあんのかよ…」
「ええ、天童さん」
「あの…」
英佐知子。
「割り込んですみません。言いそびれていたので…」
「ええ、構いませんよ」
「…その…快適とおっしゃいましたよね、案内人さん」
「ええ」
「しかし…わたしがそんな場所に閉ざされてしまうと想像するならば、きっと、その閉塞感や、孤独によって、直ぐ様発狂してしまわないかと思うんです」
「ええ、その通り、サスガは女性ならではの…この中に閉ざされているのは、男性ならばまだしも、女性も同等の数、いるのですからね……」
「やっぱり、気が狂ってしまいますよ!」
「はい。途方もない孤独や閉塞感へ。これは特に、人間であるからこその問題ですね。だって、あの蟲のように、本能を優先させてしまうのならば、きっと外へと向かっているだけで、もう存在の証明はなされているようなものでしょうから。しかし人間である以上そういう訳にはいきません…」
「皆がみな、修行僧のようにはいかない、というわけですな」
「学者も、一定の目的さえ見出せさえするなら…男とは単純な生き物ですねえ」
「しっかしディノさん!俺なんてやっぱり、誰かと触れていなけりゃ、例え音楽に集中出来ていたとしても、やはりダメだね!それに、孤独や閉塞感なんて、本当にいい音楽の肥やしにはならねえぜ、俺の場合はなあ」
「ええ、男性であれ女性であれ…人それぞれに耐性や或いは幸福の種類が様々でしょう、きっと…それで」
水先案内人、やっと結論へと…
「その、一番大事な役割が…」
「!!!!!」
「意識の共有と接触。巨大なチャットみたいなものですね」
「一体!」
「ええ、霧が充満します。霧は、実を言うとナノマシンなのです」
「本当に!それだったらスゴイ技術だ!!」
「どういうことですか?畠さん、案内人さん!」
「ええ、英さん、あなたには少し専門的過ぎました。しかし、その実際は、あなたが操作されているこのモニタの機能のように…いえ。それ以上に直感的なモノとして、捉えていただきたい」
「??」
「霧は、一度体内に入り、各人の意識を読み取ります、霧の一粒一粒がそうなのだから、それこそ膨大なデータを移動可能にしていますね…」
「……」
「それから霧は、各人の意識に作用して、今度は各人から霧のナノマシンに対して情報を与えていく……」
「…つまり…それぞれの意識が、記録されるのですか?」
「ええ、正しく」
「!!!」
「そして、それこそが、この、巨大建造物と、収容された人物たちをひとつにし、または発展、飛躍を可能にするシステム!それだけではなく、各人それぞれの個性を並行させているから、皆はそれぞれ、思いのままに、意識を触れ合ったり共感したりして広がってゆく……」
「…閉塞感や孤独は破られる、そう考えても?」
「ええ、英さん、仰っしゃるとおり」




