第八十七話「図書室の織姫と彦星」・3
「ふふ、栞ちゃんの勝ち~♪」
織姫先輩が何故か嬉しそうに妹の手を掴んで高々と掲げる。
「やたぁ~♪ えへへ、姫おねーちゃんあたし勝ったよ~!」
そう言って栞先輩がまるで何かを催促するようにやや身を屈めて頭を織姫先輩の方へ向ける。
すると、先輩も何を求められているのか理解しているようで、自然な流れで栞先輩の頭を優しく慈しむように撫で始めた。
「うふふ、えらいえらい♪」
「ふへへ……」
大好きな姉に褒められて、蕩けたような表情を浮かべる栞先輩。この人もこの人でおよそ他人には見せられない顔になっている気がするが大丈夫なのだろうか。
そして、そんな光景を再び見せつけられる事になっている俺という構図。
「何を見せられているんだ俺は。ていうか、いつからお姫様抱っこは勝負扱いになったんですか」
と、俺のコメントで再び我に返る栞先輩。
「はっ!? しまった、またついつい脱線しちゃった。とにかく、ぶんくんがぶっ倒れてる今がチャンス! 姫おねーちゃん今度こそ、許諾証にサインを――」
「そうは問屋が卸しませんともッ!」
まるで音声認識か何かかと言わんばかりに再びその場にスックと立ち上がり生命活動を再開する箋枌先輩。
「なっ!? ぶんくんゾンビでしょ!」
これには堪らず栞先輩もこの一言である。
同級生からの辛辣すぎる言われように、箋枌先輩も食ってかかる。
「失敬な! きちんと一日一回お風呂に入っていますよ!」
「ツッコむトコはそこじゃないような……」
「ぼくは絶対に許可しませんからね……」
ここまで意固地になられると、こちらも打つ手なしだ。すべては箋枌先輩が勝手に勘違いしているせいに他ならないのだが、その誤解の解きようがこれ以上ないときたもんだ。
「だから何度も言ってるでしょ、俺は別に箋枌先輩の思うようなライバル関係じゃないですって……」
無駄だと分かりきってはいても、一応とばかりに弁明してはみるものの……。
「いいやそんなはずはない! だって、お姫様抱っこされたと話していた時の織姫さんの表情が全てを物語っていたんだ! そうだ……物語って、いたんだ……ぐすっ」
この調子である。終いには目に涙を浮かべて鼻を啜り始める始末だ。
「あの、はなから負け戦みたいになってますが」
「なっ! あ、煽りは止めたまえ! 鼻から出ているのは鼻水だ!」
「はなからってそういう意味じゃないわ!」
「うるさい! まだ勝負は始まっていないんだ!」
「始まる前から終わってますもんね」
「静粛にッ! 永遠に静粛にッ!」
「遠回しに死ねと仰ってます?」
「ぼくは絶対に諦めない……必ず彼女を振り向かせてみせるんだ」
ううん、意気込みは凄くいいんだけども、如何せんそれが全て負けフラグにしか聞こえなさ過ぎて。
だが、彼の意思を聞いて、感化されるものが一名。
「いいよ、ぶんくん! その勢いや良し!」
目を爛々と輝かせて懐から素早くメモ帳を取り出す栞先輩。
「いや、さっきから栞先輩はどっちの味方なんですか!」
隙あらば箋枌先輩を持ち上げてはこちらを被弾させに来る狂人。
そしてその狂人は俺の問に対し、さらに恐ろし気なセリフをかましてきた。
「あ、あたしはあたしの味方だよ!」
「そうきたか……」
流石は狂人。その一言に尽きた。どうやら彼女はこちらの味方というよりは第三勢力と考えた方がいいのかもしれない。
と、狂人が含みのある笑いを始める。
「くっくっく、さぁ一人の女を賭けてバチボコに燃える熱い戦いをあたしに見せてくれ! くぅ~燃えてきた! あたしのネタ帳が火を噴くぜっ!」
ついには一人の女子生徒を奪い合う男同士のバトルを眺める観測者的ポジションに落ち着く狂人――栞先輩。
そんな彼女の先ほどからの行動で、どうしても気になっている部分があった。
「……あの、ネタ帳とは」
その俺の指摘はあまりに鋭く栞先輩を抉ったらしい。
「――ぁ。ははは、気にしないでちょうだい♪」
一瞬の間の後、乾いた笑い声を上げて明らかに話題を切り替えようと話を逸らしにかかってきた。
「可愛く誤魔化しても流せる時と流せない時がありますよ!」
「うぅうぅ、わ、分かった! じゃあ、神童くんがこの勝負に勝ってくれたら話す!」
なるほどそうきたか。だが、むしろそれは俺の闘争心に火を点けるに等しい行為である事にそろそろ栞先輩は気づくべき頃合いだと思う。
「……言いましたね?」
ほくそ笑む俺の態度に、一瞬たじろぎ気圧される栞先輩だったが、自前の負けず嫌いからかはたまた先輩というプライドがそうさせるのか、あくまで強気な姿勢は崩さなかった。
「女に二言はないよ!」
「それを言うなら男では?」
「あたしは女だよ!?」
「いやそれは知ってますよ! 分かりました、勝ちますよ」
すかさず鋭いツッコミをかます事も忘れず、俺は冷静に勝利宣言をする。
だが、そんな俺に栞先輩が苦笑する。
「随分と勝気だね、まだ勝負内容も話していないのに」
それを聞いて、俺はすっかり勝負事に対して前のめりになりすぎていた事に気付き、後悔した。
「ぁ……あ、あの、やっぱり前言撤回という事に――」
「神童くん! 男に二言は~?」
ニマニマと悪い笑みを浮かべた栞先輩の煽り顔に、俺はワナワナと身体を震わせつつ、歯を食いしばってこう返した。
「くっ! ありませんよ!」
あんな煽り方をされて言わない以外の選択肢がある訳ないじゃないか。
「どうやら退路は断たれたようだね?」
俺達の会話を聞いていたらしい箋枌先輩が不敵に笑んでこちらを見やる。
「えぇ、どうやら味方は味方じゃないようなので……孤軍奮闘する事にしますよ」
「ふっ、いいだろう。では勝負内容だけど――」
「本棚整理レースね」
「お、織姫さん!?」
ドヤ顔まで準備してこれから盛大に勝負内容を発表しようとしたところに、まるで急遽差し込んでくるかのように織姫先輩が勝負内容を発表したものだから、おっとっととズッコけそうになりながらオーバーリアクションをキメた箋枌先輩が、声をひっくり返しながら先輩に驚きの視線を向けた。
「どうかした?」
しかし当の本人はまるで自分が何をしたのか理解出来ていないようで、驚きの表情をしている箋枌先輩を逆に不思議そうに見て首を傾げている。
「あ、いえ、勝負内容を勝手に決められるのは……」
少々言い出しづらそうに頭を掻きながら俯き気味に意見する箋枌先輩。
それを聞き、織姫先輩は尚の事自身の考えを述べた。
「あら、それを言うなら箋枌くんが勝負内容を決めるというのも、問題なのではないかしら。勝負事であるならば、公平性が大事……それなら、勝負内容は第三者が決めるものではなくて?」
「お、仰る通りでございます……」
それ以上は食い下がる事が出来ず、完全に圧し敗けた箋枌先輩は縮こまる形で後方へ下がった。
「ということで、先程も言ったように、勝負内容は本棚整理レースで決まりね?」
胸の前で両手を合わせた織姫先輩がそう言って小さくハミングする。
「あの、本棚整理レースって何ですか?」
恐る恐るというように尋ねると、くすりと笑った織姫先輩が続けた。
「ふふ、焦らないで。これからルールを説明してあげるから。ルールは至ってシンプル……溜まりに溜まった返却本を、ジャンルごとに正しい棚へ素早く戻していく、ただそれだけの単純なものよ。制限時間は十五分、より多く本を元の棚へ戻す事が出来れば勝ちよ。何か質問はあるかしら?」
その言葉に、俺は再びおずおずと片手をあげ発言した。
「あの、正しい棚へ戻すって、それも十分図書委員会に所属している箋枌先輩に有利な気がするんですけど……」
と、俺としては十分もっともな意見を発したつもりだったのだが、向こうから返ってきたのは思いもよらぬ返答であった。
「苦情は受け付けないわ。あくまで受け付けるのは質問だけ……」
「まじかよ……えぇと、じゃあ、はい」
これには流石に参ってしまった。苦情が言えない以上、こちらは彼女の言うように質問する事しか出来ない。ならば、言われた通り出来得るだけ質問で解決してやるまでだと、俺は再び手を挙げる。
「何かしら?」
「ハンデはありませんか?」
その真摯な俺の顔つきに、こくりと頷いた織姫先輩が口を開く。
「もっともな質問ね……じゃあ、神童くんには特別にこの紙をあげる」
そう言って彼女に手渡されたのは、一枚のプリント。もう何度も使われてきたのだろう。幾度も折り目がつけられていて、少し字や図が掠れている。
「……これは?」
「いい質問ね。それは、わたし達図書委員会が一番最初に覚える本棚の配置図よ。これを覚えておけば、どこにどのジャンルの本棚があるのかすぐに分かるの。凄いでしょう?」
「確かに凄いですね……ていうか、これがあるなら初めから下さいよ。明らかにスタートラインに差がありすぎじゃないですか」
そんな俺の指摘に、またも織姫先輩はくるりと踵を返して一言。
「苦情は受け付けないわ」
「そうだった……」
やはりどうあっても織姫先輩へ対する一切の苦情は拒絶されてしまうらしい。
と、彼女の意思に同調するかのように箋枌先輩が続く。
「そうだぞ、神童くん。ただでさえきみは織姫さんから直接そのようなアドバイスを頂くという大変名誉な身分に与っているのだから、十二分に満足だろう! まったく、なんて羨まけしからん……こんな事ならば、ぼくも副委員長という立場をかなぐり捨てて、ただの一生徒として織姫さんから直接手取り足取りご教授頂く立場にありつくというのに……」
「後半はただの私欲ですね……」
饒舌に語る箋枌先輩のコメントに、俺は呆れて半眼の眼差しを向ける。
「私欲結構、男とは常に欲望に貪欲であるべきなのだ!」
「まさか省みるどころか開き直るとは思いませんでした……」
ここまでくると最早箋枌先輩には何を言っても効きはしないだろう。特に俺なんかからの言葉では。
そうこうしてる間に、いつまでも待ち惚けを喰らっていられなくなったか、織姫先輩がうずうずした様子で再びこちらに向き直って口を開く。
「さぁ、各々準備はいいかしら?」
「分かりました」
「どんとこいですよ! ぼくはこの勝負に勝って、今度こそ織姫さんと更に仲を深めてみせるのだ!」
「あ、なんかフラグが建った音が聞こえた気がする」
「あたしもそう思う」
余計な部分で下手な発言をしてしまった箋枌先輩に、俺は勿論栞先輩も苦笑の声を漏らす。
一方で、織姫先輩はそれを意に介した様子もなく、淡々と進行を進める。
「よーい、どん!」
バッと腕を振り下ろす織姫先輩の動きを合図に、いの一番に動き出したのは箋枌先輩だった。
「ぬおおおおおおおお! やってやりますよおおおおおお!」
「図書館内ではお静かに~」
「はいぃいい、すみませぇん!」
そろそろ見慣れてきた図書委員会の二人のやり取り。それを傍目に、俺も先ほど受け取ったプリントに視線を落とす。
「やれやれ、それじゃあ俺も……」
「神童くんはこれを」
「え?」
織姫先輩に声をかけられ何用だろうかと視線をやれば、織姫先輩が口元に笑みを浮かべて言った。
「素人のあなたには大量の本を運ぶのにも一苦労でしょうから、特別にわたしが使っているこの台車を貸してあげるわ。頑張ってね」
「は、はい!」
まさかの形で応援グッズを貸与してもらい、俺は思わぬ援護を受ける事となった。
「うわぁ、天然って恐ろしいなぁ……」
「天然?」
これには思わず栞先輩もやや箋枌先輩へ対する同情の色を滲ませるが、そんな妹の言葉を聞いても、織姫先輩は不思議そうに首を傾げるだけだ。
その反応を受けて、一層内心での考えが強まる。
「あーううん、こっちの話……頑張れ、ぶんくん……」
ついには勝負上敵という関係にはなるものの、ちょっとした同情心からくる応援を小声で送ってしまう始末だ。
「ええと、これはこっちで……これは、こっちか」
台車に返却された本の数々を積み、俺はプリント片手に目的地の本棚へと奔走する。何度かプリントと実際の本棚を睨めっこで見比べ、元々納まっていた棚へと本を仕舞っていく。
「にしても結構な量だな……学生数がいるからというのもあるだろうが、にしたって熱心な読書家が多いのか?」
本を片付けながら不意にそんな独り言が漏れる。
と、そこへ、織姫先輩の声が響く。
「後十分よ~」
早くも五分が経過したようだ。ここまでに返却出来た本の数はおよそ十から二十冊といったところか。本棚の位置の正誤確認の時間は少しずつ短縮出来てきてはいるものの、やはりその本自体が本棚のどこに仕舞われていたのかを把握するのに時間を要してしまう。このペースでは箋枌先輩には勝てないかもしれない。
なんて事を考えていたその時だった。
わざわざ俺の様子を確認しに来たのか、箋枌先輩がやってきた。
「ふっふっふ、やぁ神童くん。きみは何冊本を返したのかな? ぼくかい? ぼくは既に五十冊を突破した所だよ。このペースなら百冊に到達するのも夢じゃないだろうね! なっはっはっは! それでは、精々頑張りたまえよ!」
「何しに来たんだあの人は……」
視察か、はたまた牽制か、或いはこちらを煽って焦りによる冷静な判断力を欠かせる策略かとも思ったが、生憎と聞いてもいない事に答えた挙句、逆にこちらのやる気に火を点けていくようでは先が思いやられるというものだ。
残念だが、俺はこんな所で諦めるようなやつではない。むしろ往生際が悪いのだ。
さて、気を取り直して次の本棚へ移動しようと、台車に手をかけた刹那――
「ぬおわぁあああ!? し、しまった、ぼくとした事が一度に大量の本を抱えすぎてしまったようだ! いかん、もしも大事な書物のページに折り目などつこうものなら織姫さんに大目玉を喰らってしまう! いや、それもまた一興なのかもしれないッ!」
何やら盛大に転倒して大量の書物を床に散らかしまくったらしいが、何を一人で大騒ぎして自問自答して一喜一憂しているんだ。
「本当に何してんだあの人は……」
これには流石にこういう言葉が出てしまうというものだ。
「っと……これで七十冊っと……」
あれから更に時間は経過して、俺は大分ペース配分と返却の手際と効率化を極め始めていた。
ここまで時間はかかったが、やはり先に返却本をジャンルごとに並べて台車に積んだのは正解だったかもな。後はスタート地点から順番に近い本棚を回って仕舞っていくだけでいい。台車があるのとないのとじゃ雲泥の差だ。織姫先輩には感謝しないとな。
「後五分~」
と、件の恩人から残り時間のアナウンスが届く。
「よし、ラストスパートだ!」
再度気合を入れ直し、俺は最後の追い上げにかかった。
そうして、どうにか台車に載せていた殆どの返却本を本棚に仕舞いきったところで、織姫先輩からの終了アナウンスが聞こえてきた。
「は~いそこまでぇ~。二人とも戻ってきて頂戴」
言うや否や、箋枌先輩がすかさず彼女のすぐ傍に出現する。
誇張表現でも何でもなく、本当に一瞬で姿を現したように見えた。
「不肖、箋枌文太! 只今織姫さんの元に馳せ参じましたともッ!」
その場に傅く様に片膝を突いて、箋枌先輩が畏まる。
「うん、おかえり~」
そんな彼に、変わらぬ調子で織姫先輩が笑みを零す。
赤縁眼鏡をかけた彼女のその表情に一瞥くれて、箋枌先輩が胸を打たれたように天を仰ぐ。
「嗚呼、嬉しや……」
またしても古風めいた言葉を口にする彼の一方で、俺は少々重い台車を引いていたのもあって息を切らしていた。
「はぁ、はぁ、お待たせしました……」
「く、遅いぞ神童くん! 織姫さんからの招集があったら、一分以内に集まらないか!」
俺の遅さにダメ出しするように箋枌先輩が文句を言う。
「軍隊か何かですか……仕方ないじゃないですか、こっちは台車を引いてたんですから」
「なっ、だ、台車!? おい、なんだそれは! 道具を使うなんてずるいじゃないか! ぼくは道具なしで本を運んでいたんだぞ!? こんなの明らかなルール違反だ!」
どうやら箋枌先輩は俺が台車を使用していた事を今頃になって知ったらしい。先刻出くわした時にも台車を使っていたはずだが、どうやら全く持って目に入ってなかったらしい。その瓶底眼鏡、新調した方がいいのではないだろうか。
「え? いやでも、これは……」
何より俺は言っておきたい事があった。しかし、そんな言い訳許さぬが如く、言い切るよりも先に箋枌先輩が口を挟んできた。
「勝手に台車を持ち出すなど言語道断! なんて卑怯な男なんだ、恥を知りたまえ! 見て下さいよ織姫さん! 彼奴め、勝つためならば手段を択ばぬとばかりの暴挙! こんなの許していいのですか!?」
ついにはこの勝負の審判者でもある織姫先輩に意見を求める始末。だが、彼は意見を求める相手を間違えた。何を隠そう、この俺に台車を貸した人物は――
「うん、だって台車を貸してあげたのはわたしだもの」
そうなのだ。審判者自身が俺にアイテムを貸し与えているのだから、ルール違反になりようがないのである。そんなの公平性に欠けると言われればそれまでなので、正直箋枌先輩にもまだ勝ち筋はあるのだが。
それに気づいてどう判断するかは彼自身による。
「……そ、そうだったのですか。こ、こほん。ならば良し」
「どこまでも織姫先輩絶対主義ですね」
どうやら、彼は自ら勝ち筋を捨ててしまったようである。まぁ、はなから織姫先輩に頭があがらない彼にはそんなものあってないようなものかもしれない。
「当然だろう、彼女はこの図書館を支配する図書委員長! 学園に舞い降りた魅惑の天女――織姫様なのだから!」
「あらあら、そうまで言われると悪い気はしないわね」
「ええ、ええ、そうでしょうとも! なんせ、このぼくが言いふらしているのですから!」
「発信源あんたかよ!」
宣告栞先輩に聞いた異名の発端が直ぐ間近にいた事に俺は驚きの声をあげる。
「さて、そろそろ台車使用問題に関しては不問となった訳だし、結果を見てみましょうか」
気を取り直して織姫先輩が勝負の結果を確認する。
「ふっ、まずはぼくの結果から見て頂きましょう」
やけに自信満々な箋枌先輩がチェックリストの紙を織姫先輩に手渡す。
それに視線を落として織姫先輩が数字を確認する。
「えぇと……箋枌くんは九十冊ね。わぁ、凄い……台車もなしによくこんなにたくさんの本を返却出来たわね」
と、感心したように織姫先輩が小さく小刻みに拍手をする。
「うっひょ~! なんという極上の誉め言葉! 痛み入りますッ!」
大好きな先輩に褒められて、半ば有頂天気味の箋枌先輩が感極まったようにその瞳を潤ませ、瓶底眼鏡を上に持ち上げて制服越しに腕で顔を擦る。
「それじゃあ、次は神童くんの番ね……え!?」
俺のチェックリストの紙に視線を落とした織姫先輩が一拍おいて驚愕の声をあげる。
「ふっふっふ、どうしましたか織姫さん? もしかしてあまりの返却の出来ていなさに絶句していらっしゃるのですか?」
その彼女の反応に、まだ余裕綽々といった様子の箋枌先輩が含み笑いなんかして織姫先輩に歩み寄る。
そんな彼に、織姫先輩は首を振って否定した。
「いいえ、そうじゃないわ! むしろその逆よ!」
これには箋枌先輩も流石に顔色を変えずにはいられなかったようで。
「な、何ッ!? あいや失礼――んなッ!? あ、ありえない! こんなの不正だ!」
黙読で即座に紙面に視線を這わせた箋枌先輩が、激しい動揺を見せる。それは声の震えだけでなく、目の泳ぎでも十二分に表れている。
図書委員会の委員長副委員長それぞれの異様な反応を前に、栞先輩もこれは只事ではないと多分に気になったのだろう。
「え、なになに、神童くんってば一体何冊本棚に仕舞えたの?」
そう言って織姫先輩の元へ駆け寄る。
その好奇心旺盛な妹に教えるように、織姫先輩がチェックリストの紙を向ける。




