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魔界の少女  作者: YossiDragon
第一章:四月~五月 護衛役『現れし青髪の脅威(前)』編
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第十八話「最悪の自己紹介」

少々長いです。

 俺は今、光影学園の校門の前にいる。えっ、誰かと待ち合わせをしているのかって? もちろん、ここにいる五人の悪魔を入学させるために金を用意してもらい、ここに持ってきてもらっているのだ。

 にしても、随分と遅いな……何してるんだ? ていうか、誰が持ってくるのだろうか? やはり二百万という大金だ。恐らく、厳重な警備の中で車に乗せられて、SPが持ってくるのだろうか?

 しかし俺の予想を超えて、実際にはとんでもない奴が持ってきた。そう、従姉妹の燈だ。

 よりにもよってSPよりも強い奴が持ってくるなんて……。


「あん!? 何か言った?」


「いや別に……」


 まるで俺の心を読んだかの如き反応を見せる燈に、俺は慌てて目を反らして誤魔化す。


「どうかしたの響史?」


 そこへタイミング悪くやってくるルリ。


「なっ……!? 」



バタッ!



 衝撃を受ける燈の声とほぼ同時、アタッシュケースがアスファルトに落ちる音が響き渡る。

 俺達の間に吹き込む強い風が、俺達の髪の毛を風になびかせ、重い空気を吹き飛ばす。

 俺は、ゴクリと息を呑み燈に聞いた。


「なぜお前がここに?」


「はぁ~? あんたがお金持って来いって言ったんでしょ!?」


「いや、そうだけど……」


「でも良かった、私がここに来て……。ねぇ、一つだけ聞かせて? あんたがこの二百万が必要な理由って、もしかしてその子達のため――なんて言わないよね?」


 頭を下げ、握り拳を作ってブルブル体を震わせる燈。どうやら、完全に怒っているようだ。まぁ無理もない。何しろ、二百万を用意してもらった理由が、まさに燈の言う通りだからである。

 だが、俺にはもう時間がない。


「ねぇ、少しだけこいつ借りて行っていい?」


「えっ、でも――ムグッ!?」


「ああ、構わんぞ?」


 突如ルリ達に俺の貸し出し許可を訊ねる燈。そんな彼女にまだ言いたい事がある俺が口を挟もうとすると、ニヤリと笑って何かを企むかのような顔を浮かべた霄が、いきなり俺の口を強引に抑え込んで黙らせ、勝手に許可を出した。完全に俺の意思は無視である。


「ぷはっ!? 霄、お前何いい加減なこと――」


「ありがとう、じゃあ少し借りていくね!!」


 霄の言葉に満面の笑みで応える燈。


「ぬわぁああああ!!! 離せ、離してくれぇええええっ!!! 」


 燈の手が、俺の着ている制服の後ろ側の首周り部分を掴む。俺はそのまま引っ張られ、コンクリートの地面の上を引きずられていった。それを心配そうに見守る奴らと、「ふっ!」と、何かを企む策士の様な表情で見る奴(霄のみ……)。




 気がつくと、俺は人気のない狭い路地裏にいた。さらに、燈に片手で首を捕まれ、ブロック塀に叩きつけられていた。


「んぐっ!?」


「さぁ、白状してもらうわよ? さっきのあの子達とはどういう関係なわけ~?」


「い、いや……その、何というか空から降ってきたっていうか――」


「言い訳しない!!」


「いやいや本当なんだって! 信じてくれよ!!」


 まぁ確かに、ルリがいきなり空から降ってきたと言って、信じてもらう方が無理な話だ。だが、これは本当の話だから仕方がない。


「とりあえず、このことはお姉ちゃん達にも話させてもらうから……」


「え――マジでそれだけは勘弁してくれ!」


「ぜ~ったいに嫌! ま、そういう訳だからさよなら……」


 俺は必死に燈に頼み込んだが、どうやら聞き入れてはもらえないようだ。

 と、目的を果たした燈が踵を返して帰ろうとするものだから、慌てて彼女を呼び止めた。


「なっ、ま、待ってくれよ!」


「ついてこないで!!」


「うっ……!?」


 俺は燈の気迫と大声に、思わずその足を止めてしまい、結局燈が見えなくなるまでその場から動くことが出来なかった……。


「ど、どうしよう……」


 俺は学園の校門にトボトボと肩を落として向かうと、霄以外の皆が俺の表情を見て心配そうにしていた。


「だ、大丈夫……響史?」


「あ、ああ……まぁな」


 ルリ達にはそう言ったが、実際には違った。まず、家に帰ったら大丈夫だろうか(俺の身が)? ということ。もう一つは、こいつらと同じクラスになった場合だ。何とかしてこいつらとは違うクラスにならなくては……。

 俺がそんなことを考えながら校門に入ろうとすると、霄が俺の肩をポンと軽く叩いてきた。


「よくやったな響史! 私の予想以上の結果になった」


「ああ……お前のせいで、俺は家に帰ったらどうなるかってことを、今頭の中でシミュレーションしてるよ!!」


 全く、こいつのせいで酷い目に遭う。いや……これから酷い目に遭うんだな。


「とりあえず校長室に行くか……」


 昇降口から校舎の中に入ると、俺たちは職員室の奥の方にある校長室へと向かった。




――☆★☆――




コンコン……。



「……」



コンコン……。



「……」


 返事がない。これは一体どういうことだろうか? まさか、オカマの様なあの顔が悪影響して、教育委員会に訴えられて学校を辞めさせられたんじゃ……!?

 少々オーバーな想像をしたが、そこで「どうぞ?」という声がしたので、「失礼しま~す」と言って扉を開け、校長室に入った。

 あれ? そういえば、今の声……校長の声じゃなかったような?

 そんな疑問を抱きながら開けた扉を閉めると、いつもならそこにいる校長の姿がなく、ふかふかの黒い椅子があるだけだった。


「あれ? 何処にもいない……。おっかしいな、確かにさっき声がしたと思ったんだが……」


 辺りを見回したが、何処にもそれらしき姿はない。

 やはり聞き間違えたんだろうか?

 そう思ってルリ達と一緒に校長室を出て行こうとした。すると――。


「こっちですよ?」


 と、今度は別の声が聞こえてきた。


「何処にいるんですか?」


「隣の部屋です」


 隣の部屋?

 よく部屋を見渡すと、なるほど確かに扉が開きっ放し状態の部屋を見つけた。

 俺はルリ達と顔を見合わせ、首を傾げながらその部屋に入って行った。しかし、やはり何処にもそれらしき姿は見えない。俺は狐か狸に化かされているのかと思ったが、どうやらそれは違ったようだ。


「ここよ、ここ!!」


 声のする方へ近づいてみると、そこは理事長――もとい、学園長のデスクだった。

 恐る恐るそこを覗き込むと、そこには必死にデスクに手を伸ばし、座った状態で床に足をつけようとしている小柄な少女の姿があった。


挿絵(By みてみん)


「君、ここで何してるの?」


「なっ、誰が君ですって!? 私はこう見えても二十歳よ二十歳!!」


「えっ、君が二十歳? そ、そんな馬鹿な!」


「ふんっ、失礼しちゃう……!」


 ツヤツヤの長い黒髪を振り乱して、少女は怒ってプイッとそっぽを向いた。


「あれ? でも、そこの席は学園長の――」


「何言ってるの? 私が学園長でしょ?」


「えぇ~っ!? 学園長って、もうちょっと年取った感じの人だったような……」


 俺は少し頬をかきながら昔の思い出を振り返った。


「はぁ~っ、これだから今時の子供は……」


 自分も子供だろ! ――っていうのはおいといて。まさか、この子が――おっと、この人がこの光影学園の学園長だったなんて……。一体いつの間に変わったんだ? 全然気がつかなかった。

 その時、不意にあることを思い出した。


「あっそうだ! なぁ――っと……あの~、校長先生は何処に行ったんですか?」


「ああ、あのおっさんなら……こっち。着いてきて」


 少々面倒臭いと言った表情を浮かべつつも、学園長は俺達を案内した。するとそこは、さっき俺達が入ってきた校長室の、入口の右側にあるロッカーの目の前だった。


「えっ、まさかここに校長がいるの――じゃなくて、いるんですか?」


「そうよ。疑うなら開けてみなさい?」


「は、はぁ……」


 俺はゴクリと息を呑み、ガチャッとロッカーの扉を開けた。すると、そこから校長が海老反りの状態で、縄に縛られたまま出てきた。


『きゃぁあ~!!』


 その異様な姿に驚き、悲鳴を上げるルリ達。


「こ、校長――先生何やってるんですか?」


「むぐ、ムググ……!!!」


 俺は、校長が何を言っているのかは理解出来なかったが、とにかく(ほど)いてと言っているようには見えたので、解いてあげた。


「はぁ~……ありがとう、神童君」


 はぁはぁと息を乱しながら呼吸を整えようとする校長。一体何があったというのか?


「どうしてあんなことになっていたんですか?」


 俺の質問に、校長はゆっくりと頷くと瞑目して回想を始めた。


「あれは……あなた達の来る少し前。アタシがコーヒーを飲もうと職員室に向かった時のことだったわ――




《ふふふ~ん♪ 今日のコーヒーは割といい出来だわ!!》


 その時――


《きゃぁあ!!》


《んなっ!?》

 

 アタシは、何故かアタシの部屋にいた学園長とぶつかった。しかも、それと同時に――。



バシャァア!!



《ギャァアアア!!! せっかくの服が台無しじゃないのォォォォォオオオ!! しかも、今日のコーヒーは割といい出来だったのに……キ~ッ!! どうしてくれるのよ、このお転婆娘!!》


《ふんっ! 余所見してたそっちが悪いんでしょ、このオッサン!!》


《なななな、何ですってぇ~!!!?》




――アタシは珍しくその怒りが頂点に達して、学園長と大喧嘩をしたわ。でも、事件はまさにその時起こった……。アタシは今日ハイヒールを履いてきてたんだけど、そのハイヒールが床に偶然落ちていた縄に絡まって倒れてしまったの。それをチャンスと思ったのか、学園長はそのままアタシをぐるぐる巻きにして、このロッカーに閉じ込めたのよ!!」


「って、学園長が犯人じゃないですか!!?」


「あっれ~、そうだったけ? ごめん、忘れてた!」


「こんの小娘ぇぇぇぇええええっ! 調子に乗ってんじゃないわよ!? ごめんとか、ぶりっ子みたいなことしたら可愛いと思われる、なんて思ってたら大間違いよ!!!」


「な、何、わ、訳の分からないこと言ってんのよ!! そ……そっちこそ、馴れてないクセにわざとらしく高いハイヒールなんか履いてくるから悪いのよ!!! 」


 校長室に響き渡る二人の言い争いの声。


「あの~すみません……」


「「うっさい!! ちょっと黙ってて!!!」」


「はいッ!!」


 何で俺が怒られないといけないんだ?

 俺は指先までピンと伸ばしてその場にビシッと気を付けをして固まりつつ、訳が分からないと後ろに一歩下がった。

 



 そうこうして、かれこれ三十分が経過した。


「はぁはぁ……どうやら、これ以上やっても意味無いようね」


「そのようね……」


 どうやら不毛な言い争いも、二人のスタミナ切れにより、ようやく幕を閉じたようだ。


「また、次の機会に……決着つけましょ!」


「そうね……望むところよ」


 その一言だけ残し、学園長は自分の部屋に戻っていった。


「ふぅ、割と早く事が収まってよかったです……。それで校長先生、あの、話があってきたんですけど?」


「え? あ、ああ……えっと、何だったかしら?」


 顔に浮かぶ脂汗をハンカチで拭いながら一息つく校長が、ぱっと思い出せない様子で用件を尋ねてくる。


「はい、こいつらのテスト全部終わったので、点数をつけてもらおうと――」


「ああ、そうだったわね!! 嶋鳴先生!!」


 そこでようやく思い出したのか、何度も頷きながらその場に立ち上がった校長が声を張り上げて教頭の名前を呼んだ。

 すると、それとは対照的に、か細い声で返事をした教頭先生が職員室から姿を現した。

 相変わらず、パシリの様に扱き使われる嶋鳴教頭先生――哀れだ。

 教頭はメガネをカチャッと上げ、校長の手からテスト用紙の紙の束を受け取ると、それを腕に挟み職員室へ戻った。


「すぐに済むと思うから、その間待ってなさい」


「はい。あっ、そういえば校長先生、さっきの学園長って……?」


「ああ、あの子ね……。あの子は新しく入った学園長で『三堂(みどう) 美優希(みゆき)』っていうのよ。何でも、昔からあのくらいの身長で、全然背が伸びないことが悩みだったみたいだけど……。あれで大人しかったら少しは可愛気があるってもんなんだけど、あの性格だから……」


「はぁ……」


 校長のおかげで、学園長のことについて少しだけ知ることが出来た。にしても、世の中さっきみたいに年齢に似合わず身長が伸びない人もいるんだということが理解できた。すると、教頭が扉を勢いよく開け、血相を変えて戻ってきた。


「こここ、校長!」


「何よ、騒々しいわね……。何があったの?」


「これを見てください!」


 教頭は、額から溢れる汗を白いハンカチで拭い、校長に片手でテスト用紙を手渡した。


「こ、これは!」


 校長も、教頭に続いて驚愕の表情を浮かべる。あまりにもの驚きのせいか、校長の釣り目タイプの赤縁メガネがズレる。


「ど、どうですか?」


「……信じられないわ、殆どのメンバーが満点だなんて」


「っ!?」


 俺は驚いた。

 満点?

 昨日も聞いてはいたが、この学園のトップ5ですら五百点に行くか行かないかの点数だったというのに、満点を取れるなんて……。満点ということは、文句なしの1000点。

 まぁ確かに、偏差値80以上あればムリもないか……。

 俺は自分で自分を納得させた。しかし、一つ引っかかる点があった。


「あれ? でも今、殆どが満点って言いましたよね? ってことは、満点じゃない奴もいるってことですか?」


「ええ」


「ちなみに……?」


「ルリさん」


「あちゃ~、やっちゃった」


 お前かぁあああああああッ!!!?


「でも、それでもなかなかのもんよ? 777点ですもの」


 ある意味奇跡だよ~!!! すっげぇな、777って……トリプルセブンじゃん! 結構凄いよ? パチンコでもなかなかトリプルセブンなんて出ないのに。いや、やったことないけども!

 器用な点の取り方をするルリに、俺は内心で盛大にツッコミをかます。


「まぁ、これで全員第二の条件クリアね……。よかったじゃない、おめでとう! アタシも、まさかここまでとは思わなかったから驚いたわ! さっそく制服の採寸しないとね……」


 校長がそう言って椅子から立ち上がろうと机に両手をつくと、霄が遠慮がちにオロオロと目を泳がせながら、手を上げた。


「あら、どうかしたの?」


「私的には、この制服のままがいいのだが……」


「あら、ダメよそんなの! ここに転入してくるからには、ちゃんとこの学園の制服を着ないと……」


「だが……」


「まぁ、いいじゃねぇか。一応、採寸するだけしてもらえば?」


「そ、そうだな……分かった」


 俺はなんとか上手いこと霄を言いくるめた。


美川(みかわ)先生~!」


 そう言って校長は、保険医の美川先生を呼んだ。美川先生とはこの学園の保険医の先生で、

以前俺も魚料理の骨が喉に刺さって気を失ったという、みっともない出来事の際にお世話になったことがある。


「は~い! お呼びですか校長先生?」


「この子達の制服の採寸をお願い出来るかしら?」


「あら、ずいぶん可愛い子たちですこと。しかも、この子達随分顔が似ていますし……」


「青い髪の毛の女の子達は姉妹なんですって!」


 霄達を見ている美川先生に、校長が追加情報を伝える。それを聞いて、微笑ましそうな表情を浮かべた彼女は、気合充分に声をあげる。


「あら、そうなんですか? 分かりました、久しぶりにやるので少し時間がかかるかもしれませんが、張り切ってやらせてもらいます♪」


 満面の笑みを浮かべて少し首を傾げ、頬に手を添える美川先生。

 張り切るって、あまり張り切られすぎても困るのだが……まぁいいか。

 とにかく、俺は彼女達を見送り、校長と教頭と俺だけこの場に残った。すると、周囲を見渡して部外者がいないことを確認した校長が、急に俺に詰め寄り、耳元で小さな声で囁いた。


「ちょっとちょっとどういうことなの? あの点数、信じられないわ。今まで誰もあんな点数取ったことないのよ!? しかも、よりにもよって満点だなんて――まさに奇跡に近いわ! しかも、アナタにあんなに可愛い美少女の従姉妹や妹がいたなんて……」


「いや~、俺も最近分かったんですよ」


「え?」


 しまった! つい口が滑ってしまった。


「ゴホン、いや……何でもありません、こっちの話です」


「あらそう……?」


 小さく咳払いをした俺に、怪訝そうな顔をする校長。

 俺はこれ以上追及される前に話題を変えようと切り返した。


「ところで、クラス編成の件ですが……」


「あ~、クラスね! まぁとりあえず、アナタと同じクラスでいいんじゃない?」


 えええ~っ!!!? それは俺的にはめっちゃ困るんですけど~!! 確かに、あの顔で性格も普通ならいいんだが、性格が異常だからな……しかも、全員悪魔で力加減って奴をまるで知らないんだ。おまけに、あいつらと俺が同居してるなんてことが、クラスの奴にバレても最悪だ! 特に亮太郎には……!

 頭を抱え、そんなことを脳内で呟いていると。


「そろそろいいかしら?」


 とか何とか言って、ルリ達が採寸している部屋の扉を開けた校長。


「きゃあぁああ~!!!」



ドガッ! バギッ!!



「ぐふっ!! ……あはは、どうやらまだだったみたいね……」


「……何やってるんですか、校長先生」


 下劣な者を見る目で俺が校長を一瞥すると、傷痕に手を添えながら一言。


「久しぶりに昔の自分が目覚めかけただけよ……」


 二度と目覚めないでくれ!!




 そんなこんなで、さらに十分が経過し、ようやく採寸が終わってルリ達が戻ってきた。にしても、随分疲れたような顔をしているが、一体何があったというのだろうか?


「どうしたんだ、そんなに疲れた顔して?」


「ちょっとキツかっただけ……」


「?」


 俺はよく分からず、まぁ軽く相槌を打つだけに終わった。

 校長は殴られた箇所を少し擦りながら、採寸結果の紙を見つめた。少し目が悪いらしく、目を細めて辺りを見渡し出す。どうやら、先ほど殴られた際に眼鏡が吹っ飛んだようだ。

 それに気づいた教頭が、すぐさま足元に落ちていた眼鏡を拾って校長に手渡す。

 話は変わるが、その校長のかけた眼鏡がとても変わった形をしていた。というのも、その眼鏡の赤縁の両端が上に向かって尖っていて、まるで『何とかの少女何とか』に出てくる、おばさん執事がかけていそうなイメージがあった。


「教頭先生、すぐにこのサイズに合う制服を持ってきて!」


「わ、分かりました」


 教頭は慌てて制服の置いてある場所へと向かった。




 そして十分くらいして、教頭が額の汗を拭いながら息切れして戻ってきた。


「はぁはぁ……お、お待たせ致しました。こちらが制服です。こちらが中等部の制服。そして、こちらが高等部の制服となります」


 制服についての説明を終えた教頭は、ルリ達に制服を手渡しした。


「あちらで着替えてきてもらえますか? サイズが合わなければ、制服のサイズを変えなければならないので……」


「わ、分かりました」


 ルリは、護衛役のメンバーと一緒に着替えの部屋へと向かった。さっき採寸してもらっていた部屋とはまた別の部屋で、しかも声が聞こえやすい部屋なのか、彼女達の少し篭った声が聞こえてきた。

しばらくして戻ってきた彼女達の制服姿を見て、ますます普通の人間の女の子と変わらないんだなと、俺は思った。


「どうやら丁度いいみたいね……」


 主観的にそう判断した校長の言葉に、ルリ達も異論はないようで頷きの同意を見せる。


「では、これでよろしいですね、畏まりました。あっ、それと、体操服や七月程から始まるプールの授業用の水着などについては、また後日お渡ししますので……」


「あら、今在庫ないの?」


 教頭の話を聞いていた校長が、疑問符を浮かべて訊ねる。


「ええ、はい……。どうやらその様でして」


 何をそんなに怯えているのか、校長の声に少しばかりビクつきながら教頭が答える。


「そうなの。じゃあ神童君……。彼女達を教室にまで連れて行ってあげて?」


「あっ、分かりました。では、失礼しまーす」


 俺は校長室の扉を開け、軽く会釈をしながら扉を閉めた。


「え~と、クラスは――零、お前一人だけ中等部だが、大丈夫か?」


「……ご心配なく。こう見えても、自己紹介のセリフもきちんと決めていますので……」


 普段から物静かで表情にもあまり出さない零にしては、珍しい準備だなと感心した俺は、興味本位に訊ねた。


「へぇ~、何て言うんだ?」


 その問いに対し、零は左の人差し指を立て口元に当てると、


「内緒です……」


 と、ウィンクしながら言った。何ともこの仕草がたまらない。滅多に見せない仕草だからこそのギャップにも似たものがある。

 いやいやいや! そんなことよりも、こいつらをさっさと教室に案内しないと……もうそろそろ一時間目が始まるぞ?

 俺はそう自分に言い聞かせ、急ぎ中等部の場所へと向かった。

 零は現在十四歳ということで中学三年生なので、三階まで上がる。何せ、中等部も高等部も一学年ごとに六クラスもあるため、一学年で教室棟のワンフロアを使い切ってしまうのだ。




 三階までやってきた俺達は、零の新たなクラスとなる三年一組の教室の扉の目の前で立ち止まった。


「ここだ……」


 俺は自分がこのクラスになるわけではないのに、少しドキドキした。コンコンとノックをし、相手の返事を待つ。


「は~い」


 女の先生の声が聞こえてきた。扉が開き中から現れたのは、少し若そうな女性教師だった。


「すみません、転校生を連れてきたんですけど……」


「あっ、はい! 校長先生から話は聞いていますよ?」


 そう言って先生は零を見ると、笑顔で言った。


「あなたが水連寺零さんね?」


「はい……」


 零は、いつもよりも少し声が小さかった。恐らく少なからず緊張しているのだろう。

 本当に大丈夫だろうか。暴走して騒動を起こさないといいのだが……。

 だが、心配しているのは俺だけではないらしく、姉の霄や他のメンバーも心配そうな顔をしていた。


「じゃあ、後は私に任せてください」


「あっ、分かりました」



ガラガラ……ピシャッ!



 と閉まる教室の扉。

 俺達は踵を返して方向転換し、元来た道を戻っていった。


「なぁ響史……。零は大丈夫だろうか?」


「えっ? 大丈夫なんじゃないか? 本人も心配ないって言ってたし」


「なら、いいのだが……」


 いつもなら「そうだな……」的な言葉を返してきそうな霄が、珍しく心配そうな表情をしていたため、俺も少し心配になってきた。しかし次の瞬間、その必要はないことが分かった。さっきの教室から、突然笑い声が聞こえてきたのである。俺は思わずビックリして跳ねてしまった。


「どうやら、余計な心配だったみたいだな」


「そうだな」


 霄を一瞥すると、安堵の表情を浮かべているようで、それを見て俺も思わず笑みを零してしまった。

 俺達はそのまま階段をあがっていき、高等部へと向かった。

 四階からが高等部のフロアになっていて、俺達は一学年なのでそのまま四階の廊下を目的地まで進んでいく。


「よし着いたぞ! ここが、これからお前達が毎日来る場所になる一年二組だ!」


「私達は全員同じクラスなのか?」


「ああ、校長の計らいでな……」


 俺にとってはすんごく迷惑なんだが、仕方ない。はぁ、いつもなら普通に入れる教室に、こんなにも入りにくいと思う時がやってくるとはな……。

 少し尻込みしながらも、一旦深呼吸して息を整え、俺はノックをした。


「はーい」


 気の抜けるような返事だなと思いながら、俺は扉を開けた。扉を開けた瞬間、目の前に現れたのは俺のクラスの担任である『下倉(しもくら) 達郎(たつろう)』先生だった。丸いメガネをかけ、少し眼尻にシワのある先生で、部活の顧問をしている。何部の顧問かはド忘れてしまった。


「遅れてすみません。転校生の件で……」


「えっ、そんな話は聞いていませんが……?」


「えっ!?」


 何であんたの所にだけ連絡きてないんだよ!! よくある、友達との連絡網で一人だけ仲間外れにされるパターンみたいだろうが!!!


「あっ、校長先生に聞けば分かると思います……」


「そうですか、分かりました。後で聞いておきましょう。ということは、神童君の後ろにいる女子生徒達が転校生ですね?」


「あっ、まぁはい」


「四人ですか、分かりました。とりあえず、中に入ってください」


 俺はひとまず一足先に教室に入り、自分の席にそそくさと座った。


「ふぅ~……」


 自分の席で一息ついていると、亮太郎が話しかけてきた。


「おい、神童! 何かしたのか? 随分と遅かったな!?」


 少し怪しいものを見るような目で俺を見る亮太郎。


「いや、ちょっとな――」


 悪友――亮太郎には教えておこうと思った俺が説明しようとした途端、話を遮るように下倉が話し出す。


「突然ですが、皆さんにお知らせです。このクラスに、新しいお友達が増えることになりました」


 お友達って、小学校かって!!


「はいはい!! 先生!! 転校生は女子ですか? 男子ですか!?」


 亮太郎が興奮して席を立ち上がり、声を荒げて質問する。


「え~と……女子です」


 何でそんなに時間がかかるんだよ!? 一目瞭然だろうが!!


「では、入ってきてください……」



ガラガラ!



 下倉の声を合図に教室の扉が開き、転校生――というか、ルリ達が入ってきた。


「では、自己紹介お願いします……」


「は~い、皆さんおはようございま~す! 新しくこの光影学園に転校してくることになりました! 『神童 瑠璃』で~す!! これから一年間、よろしくお願いしま~す!!」


 開口一番に自己紹介を始めたのはルリだったのだが、その神童瑠璃という言葉に、皆だけではなく俺も驚いた。何せ、いきなり何の断りもなく、ルリが勝手に俺の妹という設定をバラしてしまったからだ。


『な~にぃ~!!!?』


 亮太郎を含めた一年二組の男子生徒全員が俺を睨み付ける。女子も何人からか、懐疑的な眼差しで見られている。

 あ~、視線が痛い……。

 俺はいつしか、背中や額から大量の冷や汗が溢れ出てきているのを感じていた。いつ以来だろうか、こんなにも冷や汗をかいたのは……。


「いや~、俺も何が何だかさっぱり……」


「誤魔化すな! 今の言葉、(しか)とこの耳に届いたぞ? 間違いなく“神童”だってな!」


 亮太郎の言葉に、俺は思わず目をそらす。すると、シラを切る俺に苛立ちを隠せなかった亮太郎が、俺の両頬を両手で押し付け、強制的に眼を合わせてきた。


「こっちを向け神童! ……どういうことなのか、詳しい話を聞こうか?」


「いやだから、俺の妹だって話だろ? 全く、無理矢理にも程があるよな~?」


「無理矢理だと~!? むしろ心の中では嬉しいんだろうが!! しかも妹ということは、あんなに可愛い子と一つ屋根の下ということ……。それはもう、俺だったら天に召されてもいいぐらいの嬉しさだぞ?」


 相変わらず変態の考えそうな言葉。


「はぁ~、分かった分かった……」


「ごほん!」


 俺達の言い争いを止めるかのように、下倉が咳払いをした。


「では、次の方……自己紹介を」


 凄いなまるで意に介してない。常に自分のペースを保ってるようだ。どうやら相当自己紹介の流れを円滑に進めたいらしい。

 そんな下倉の言葉に一歩前に出たのは霄だった。


「うむ、今日からこの一年二組に入る事になった『水連寺 霄』だ。これから宜しく頼む!」


 ふぅ~、どうやら霄は普通の自己紹介だけみたい――


「ちなみに、響史の従姉妹でもある」


――ッ!!!? ななな……何で、んなことをここでComing out!!! しねぇといけないんだよ!!!

 一瞬、確かに霄の悪い笑みが見えた気がした。しかし、まさかこんなことをしでかしてくれるとは予想だにしなかった。

 直後、またも大声があがる。


『し、神童ォォォォォォォオオオオオオッ!!!?』


 男子生徒の更なる怒りの視線……。今にも怒りのパラメーターを突き破り、怒りの火山が大爆発を起こしそうな気さえする。


「いやいや……落ち着こうぜ?」


「では、次」


 とうとう先生も呆れて咳払いさえしてくれなくなった。しかしこれは本当に呆れているのか、それともまじで気に留めていないのか。


「えっと……『水連寺 霊』です。よろしく……お願い、します……」


 いつもと違い、元気のない霊。まるで借りてきた猫のようだ。いや、猫なんだけども。

 しかし、どうしたんだろう、緊張でもしているのだろうか?


「ブハ~ッ!!?」


 突然亮太郎が鼻血を噴き出した。恐らく、霊の猫耳とあの尻尾が原因だろう。まぁ、フードを被っていて猫耳の方は見えないが……。



バタッ!!



「先生、大変です!! 藍川君が鼻血で気絶しました」


「あっ、そうですか……。誰か保健室に連れて行ってください」


 相変わらずの冷静さに、俺は一瞬先生を尊敬してしまった。


「じゃあ、続きお願いしますか……」


 えっ、そこスルーなの?


「え~と、『水連寺 霰』……です…。よろしくお願いしますわ」


 あれ? 霰も少しいつもと違う。やはり、皆緊張しているんだな……。あれ? いや待て、よく見ると、何度も何度も霊をチラ見してる!? 一体どういうことだ? まぁいい、これで自己紹介も終わったし大丈夫だろう、なんてことを思っているのも束の間――


「えー、瑠璃さん以外の三人は全員神童君の従妹ですが――」


 下倉ぁぁぁぁぁぁああああああ!!!? 余計なこと言ってんじゃねぇぇぇえええ!!!

 突如、下倉があいつら全員と俺が兄妹や従姉妹の関係だということをバラしたことに、驚きながら怒っていた。しかも、その近くで霄が少しほくそ笑んでいる。

 笑ってんじゃねぇぇぇえええ!


「では、今度はクラスの皆を転校生の皆に知ってもらうため、我々が自己紹介をしましょう」


 うえぇええ~!!? 下倉、てめぇ何口走ってんの? いやいや、訳わかんないんだけど!! そんな面倒なことすんなよ~!!

 俺が心の中で言いたい放題思ったことを叫んでいると、チャイムの音が教室内に鳴り響いた。

 や、やった、終わった……!? よかった、これで自己紹介をしなくて済む。たすかっ――


「え~、朝のHRが終わってしまいましたが、偶然にも次の一時間目は私の授業なので、その時間に自己紹介を行いましょう」


 しぃぃぃぃもぉぉぉくぅぅぅぅらぁああああああ!!!? てめぇ何してんだぁぁぁああ!!!? 普段なら喜ぶ所だが、よりにもよって代わりに入る授業が自己紹介って、ふざけんじゃねぇぞ!? そんなに自己紹介がやりたいのか!?

 脳内で盛大に文句言いまくりの俺だが、一方で俺以外の皆は凄く喜んでいる。皆はどうやら俺の『自己紹介よりも授業がいい』という選択肢ではなく、『授業よりも自己紹介がいい』の選択肢を選ぶようだ。

 こうなったら、なるべく他の奴らに時間を稼いでもらって、俺のターンに来る前に一時間目を終わらせる作戦でいくしかない! だが、上手くいくか? いや、ここはもう皆を信じるしかない! 問題は、あいつらがどの席に座るかと、どの席から始まるかだ! なるべくなら、一番席が遠いあいつ(名前を覚えていない)から始めて欲しいんだが……。

 そんな考えを巡らせている間に、五分間の休みが始まった。

 すると、突然下倉が俺の近くにやってきて言った。


「とりあえず彼女達ですが、神童君の近くが一番いいだろうという考えになりましたので、神童君の周りに彼女達を座らせることにしました」


 何でだぁぁぁぁああああ!!!? てめぇ、どんだけ俺を面倒なことに巻き込ませたいんだぁぁぁぁあああ!!


「まぁ、という訳ですので……」


 下倉はそう言って、俺の斜め前や前後左右の席に元々座っていた生徒に話をしていった。

 だが、そう上手くいくわけないよな。

 などと心の中で僅かな期待を抱きながら、他の生徒の反応を見ていた。すると、ななななんと、その生徒達が笑顔でOKマークをしているではないか!?

 お前らグルか~!! まずい、さっきから俺の予想してないことばっかり起こっている。

 そして、一時間目の始まり……。俺はこれを“地獄の始まり”と呼ぶ。何せ、これから始まるのはまさしくその地獄なのだから。


「では、今から一時間目を始めます。学級委員長、挨拶を……」


 そう言って下倉の言葉に反応して、学級委員長が一時間目の授業の挨拶の言葉をかけ始めた。ちなみに、学級委員長は雛下である。


「起立、今から一時間目の授業を始めます、礼……お願いします!!」


 雛下に合わせて、皆が礼をする。


「えーっと、ではまず誰から自己紹介を始めましょうか?」


 下倉の言葉に、俺のさっき言っていた奴が俺の心を読んだのか、声を張り上げて挙手をした。俺は一瞬やったと思ったが、そう上手くもいかなかった。


「そうですね……。では、角の席に座っている四人でジャンケンをして決めましょうか!」


 おいいいいい!!! 既に手を挙げてるやついるだろうが!! なのに、何故わざわざジャンケンで決めんだよ!? 完全に俺に対する嫌がらせとしか思えねぇだろうが!! まぁ仕方ない……ここは何としてでもあいつに勝ってもらうしか。

 俺は両手を組み、藁にもすがる思いで願い続けた。そして、ジャンケンの結果――


「くっそ~、負けちまったぜ!!」


 何だとぉぉぉおおおお!? さらなる想定外の展開。このままでは、俺の自己紹介の順番まであっという間じゃねぇか。こうなったら他の奴らになるべく長く紹介してもらうしか……ねぇか。

 イチかバチかの賭けに出る事にした俺。さっそく一人目……。


「僕の名前は――」


 頼む! 何でもいいから時間を稼いでくれ!


「――です」


「では、次の人自己紹介お願いします……」


 ええ~っ!? 自分の名前言うだけで終わり!? どういうことだ。どうして名前だけで終わるんだよ! ん? あれ、あいつ今俺の方見て……。



グッ!!



 挨拶を終えた彼は、急に片手でグーを作ると、親指を立て満面の笑みで俺を見た。

 何なんだ、その親指は!? 何かよく分かんねぇけど、イラッとくるんだけど!!?

 その後も次々と生徒が自己紹介をしていったが、どいつもこいつも何故か俺の方を見てイチイチあのイラッとくる親指を突き出してくる。一体あの親指は何を指しているのか?

 俺にはさっぱりだった。そして、だんだんと亮太郎の席に近づいてきた。しかし、今あいつはいない。

 くっそ~、どうすりゃいいんだ? ただでさえ他の奴らの紹介が短いのに、ここでさらに一人人数が少ないと、俺の順番まであっという間じゃねぇか!! 頼む、亮太郎戻ってきてくれ!! カ~ムバ~ック!!!

 すると、俺の心の叫び声が届いたのか、亮太郎が声を荒げて扉を勢いよく開け放ち、教室に入ってきた。


「はぁはぁ……。藍川亮太郎……ただいま戻りました!」


「丁度良かったですね、次は藍川君の自己紹介です……」


「えー、俺の名前は『藍川(あいかわ) 亮太郎(りょうたろう)』と申します! 好きなものは……友達と遊ぶこと(女子限定)。趣味は、読書(マンガ!)。得意なものはスポーツ(テレビゲーム)です!! よろしくお願いしま~す!!」


 殆ど遊びじゃねぇか!!!

 クラスが一気に静まり返る……。


「え~、では次の人お願いします」


 次は学級委員長雛下だ……。こうなったらお前が頼みだ雛下! 頼むぞ?

 すると、偶然彼女と目があった。

 よし、こうなったらジェスチャーだ!! (頼む! 何とかして自己紹介の時間を稼いでくれ!!) よし! これでちゃんと伝わったはずだ!!

 すると雛下は、OKサインをして俺にウィンクをした。


「私の名前は『雛下(ひなした) 琴音(ことね)』です! 好きなものは、その……お菓子作りです!」


 ……え? 終わり? ひょっとしてあんだけ? お、うおおぉおおいいい!!! どういうことだ? さっき、ちゃんとジェスチャー伝わったんじゃないの?

 俺はさっそく彼女にジェスチャーを送る。


(ちょっとちょっと、時間稼いでって言ったじゃん!!)


(え? 秘密にしていること一つバラせって言ったんじゃなかったんですか?)


 何ぃいいいい!!? ちゃんとジェスチャー伝わってないし! しかも、お菓子作りが秘密にしたいことってどういうこと!? まぁ、いいや……。くそ、次は霰の番か。こいつには何を言っても無理そうだな……。

 俺は溜息をつきながら頬杖をつき、とりあえず霰の自己紹介を聞くことにした。


「え、えっと、私の名前はさっきも言いましたが『水連寺 霰』ですわ。好きなものは……小動物ですの。特に猫が好きですわ!」


 ……うん、お前にしてはやった方だよ。っつうか、案外あいつシャイなのか? まぁいいや。次はルリの番か。ていうか、“ルリ”って名前、漢字で“瑠璃”って書くんだ。んなことより、こいつ何を話すんだろ。

 少し興味を抱き、俺は彼女の自己紹介に耳を傾けた。


「『神童(しんどう) 瑠璃(るり)』で~す♪ 好きな事は皆で楽しく遊ぶことです! 苦手なことは人間――じゃなくて、人に触られることです……。最近のお気に入りは、このハリセンです!! よろしくお願いします!」


 ……えっ? ハリセン? どっから出した今。ていうか、人間に触れられるのが嫌って、俺人間じゃないってこと? まぁ、そのことについては後でじっくり聞くとして……次は霊か。こいつ、一体何を話すんだ?


「ごほん……」


 咳払いなんかして。


「私は『水連寺 霊』です。好きなものは魚! 趣味はボール遊び! 最近のお気に入りはコタツ! よろしく♪」


 完全に猫の好きなものしか言ってねぇじゃねぇか~!!! えっと、次は霄か……。何か嫌な予感しかしないんだけど。


「『水連寺 霄』だ! 好きなものはおにぎり。好きな事は料理――」


 絶対違うッ!!! これだけは間違いない!! この間の一件から俺は確信している。


「――これから一年間、よろしく頼む」


 相変わらず短いな――ってあれ? 俺飛ばされてる? やった! このまま終わってくれれば――


「あっ、一つだけ言い忘れていました。神童君は最後に自己紹介してくださいね?」


 何でだぁぁぁぁああああ!!! 何でよりにもよって最後……。いや待て、これはいいんじゃないのか? だってもう時間も無いし、次の時間は現国で下倉じゃねぇし! よし、このまま終わってくれ!




 そして一時間目終了間際……。


「では最後に神童君! お願いします」


 くっ! 結局終わらなかったか……。後一、二分なのに、なんてこった! 何とかして時間を稼げないだろうか? ダメだ……ここまで来たらもう遅い。仕方がない……か。俺の頑張りもここまでだ。

 俺が覚悟を決めてその場に立ち上がろうとした、その時だった。



ピ~ンポ~ンパ~ンポ~ン♪



 まるで祝福の音色のようにチャイムの音が鳴り響いた。やったぁぁぁぁぁああああああ!



パンパカパ~ン!



 まさに俺にとっては、今パラダイスが開かれている真っ最中なのだ! だが、そこで俺にとっては不幸、クラスの奴には嬉しい報せが来た。


「えっ? 本当ですか……はい、分かりました」



ガチャ!



 受話器の置かれる音。俺が大喜びしている間に、教室に設置された連絡手段用の電話が鳴っていたらしい。一体何があったのだろうか? 少し不安になる。いろんな意味で……。


「え~、現国の教師である国保(こくぼ)先生が急に熱で倒れられたので、二時間目は私が担当の数学となりました。ですので、このまま自己紹介を続けましょう」


 い、いやだぁああぁああああああああああああああ!!!!!! こんな……こんな事が本当にありうるのか? だが、実際に今起きている。くっ、馬鹿な……こんなにタイミング悪く教師が熱になんかかかってんじゃねぇ! 例え、這いつくばってでもここに来いよぉぉぉおおお!!!

 普段の俺ならば、こんなこと言いはしないだろう。だが、今は違う。あの国保が来ないせいで、俺は今から辛い辛い嫌な苦しみとなる、地獄の様な自己紹介をしなければならないのだ。何も自己紹介自体が嫌なわけではない。クラスの、このじ~っと何かを期待するかのような、軽蔑するかのような、この目線が嫌なのだ。

 全く……。どうして俺ばっかりこんなことに巻き込まれなければならないのだ。絶対に何者かの陰謀に違いない。もしも実際にいるのだとしたら、俺はそいつを道連れにして地獄行きにしてやりたい!


「ではひとまず、五分間休憩ですので……終わりましょう」


 どうせなら、このまま“自己紹介も終わりましょう”って言ってくれればいいのによ!




 そして、俺の地獄の五分前。


「響史……いよいよ、だね?」


「何が?」


 俺は疲れきった顔で声のトーンを低くして訊いた。


「何って自己紹介だよ、自己紹介! 本番楽しみにしてるからね?」


 本番五分前に言うマネージャーのセリフみたいになってんだけど?


「そうだ! 響史」


 今度は霄が俺の元にやってきて口を開く。


「ん、何だ?」


「頑張れよ? グッ!」


 だからその親指何? さっきからずぅぅぅぅぅぅぅっと気になってたけどさ! 今まで何気ない顔でシカトしてきたけど、何なの? まずい……こいつらの相手してたら、自己紹介に何を言えばいいのか分からなくなる。くそ、どうすれば……。


「はい、では席についてください」


「チィッ! 下倉め……戻ってきたか」


「じゃあ、挨拶お願いします」


「起立、礼……お願いします!」


 雛下の合図で、俺の二度目の地獄が始まった。

 これから俺は、息の詰まるような思いで自己紹介をしなければならないのか……。

 くそ~、このクラスの奴らの視線。


「え~俺の名前は――」


「ちょっと、神童君? 声が小さいですよ? あっ、せっかくですから、前で自己紹介してもらいましょうか」


 しまったぁぁぁぁぁああああ!!! 今のは完全に俺の失敗だった。くっそ~、下倉め! なかなか手強いな……まさか、この俺をハメてくるとは!


「……わ、分かりました」


 ここは一旦前に出て、何か作戦を……。

 俺はゆっくり前に歩いていき、教卓の側に立った。


「では、どうぞ」


「え~、俺の名前は『神童 響史』です……よろしくお願いします」


 ふん、他の奴らもこれくらいしか言ってないんだ、こんなもんでいいだろ?


「え? 神童君……もう終わりですか? もっと何か言ってくださいよ」


 何で俺の時だけそんなに要求してくるわけ? 他の奴らにもそうしろよ!!! くそ……仕方ねぇ。


「えっと、好きなことは平和に暮らすこと……苦手なことは人と話すこと」


「嘘つけ!」


 突如飛んでくる男子からの野次。


「なっ!?」


「お前、さっきもあんなに可愛い子達と喋ってただろうが!!」


「そ、それは……!」


「そうだそうだ、嘘じゃなくて本当のこと言えよな!」


 くっ、てめぇら……後で覚えてろ!

 男子生徒達からの声に、俺は握り拳を作りながらイラ立ちを抑え、続けた。


「最近の悩みは、苦労に悩まされることです」


「ほう、若いのに大変ですね……あっ、もしかしてそれが原因で白髪になっちゃったんですか?」


 下倉てめぇ……ぶっ殺すぞ!?

 と、内心で思いつつも、冗談半分に言う人に対して答えるように、なるだけ平常心を保ちつつ俺は答えた。


「いやだな~、これは地毛ですよ~。それに、これは白髪じゃなくて銀髪――ていうか、もういい加減終わっていいですか?」


 さすがに嫌になってきた俺は、ジト目で訊いた。


「え~、まだ何か言えよ~!!」


 ヤジの飛び交う声。

 ああ、なんかもうやる気が失せてくる……。今すぐ帰りたい、家に今すぐに帰って寝たい……。

 そんなことを思っていた、その時、鶴の一声とも思える声が聞こえてきた。


「皆、もうやめてよ! これ以上、響史をいじめないで!」


 それは、目に涙を浮かべた瑠璃だった。机に両手を突いてその場に立ち上がり、身体を小刻みに震わせる彼女の姿に、俺は勿論周囲のやつらも一気に静まり返り、視線だけを集中させていた。


「る……瑠璃ちゃん。ごめん、俺達も少しやりすぎたよ……」


「私も少しやりすぎたかもしれませんね……」


 あれ? 何でいじめを止めてあげる、優しいお姉ちゃんみたいな雰囲気になってるの? 何で、俺いじめられて泣いてお姉ちゃんに助け求めてる弟的な立場になってんの? つうか、立場逆転してね?


「うん、分かった許してあげる……」


 いやそれ、弟のセリフ!!


「じゃあ、二度としないって響史と約束して?」


「はい、約束します!」


 従順だなお前ら!! しかも、何で一件落着みたいな感じになってんの? つうか、完全にそれお姉ちゃんの役目だよね? お前、妹っていう設定じゃなかったの!?


「神童……さっきはごめんな? ちょっと俺も、お前が羨ましすぎて嫉妬してたのかもな! それに、女子なら他にもたくさんいるしな」


 変態の意見はどうでもいい。


「神童君、私も、先ほどは少々度が過ぎましたね……。これからは、きちんと皆平等に扱っていきますので、先生を許してください……」


 下倉……先生、立場本当に大丈夫? 何で年下に命じられて動いてるの?

 まぁ、何はともあれ、自己紹介も終わり、俺達は友情を深めるということで、二時間目の残りの時間は、外でドッジボールということになった。

 本当に小学校みたいだな、この学校。




 そして下校時刻になり、俺達は一緒に家に帰った。途中で零と合流し、合計六人で我が家に帰った。

 明日は土曜日で休み。何もないといいなと心の中で思いながら、俺は今日も狭い一人用のベッドの上で、五人の少女に囲まれて眠りにつくのだった……。

というわけで無事に響史と同じ光影学園に入学することが出来たルリ達。今回は響史と同じ学園に通う他の生徒も何人か紹介しました。しかし、TOP5でもいい点が出ないテストでルリ以外のメンバーが満点を叩き出すとは驚きです。

次回は、再び戦いの予感……です。

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