第十九話「買い物での出会い」
時刻は午前八時……。
「ふあぁ~あ、眠い。……ったく、昨日もいろいろ大変だったからな」
俺はゆっくり起き上がり、重い体を動かしながらベッドから出る。階段を降り、玄関のドアを開けると、新聞受けに新聞や広告などが詰め込まれていた。
「ったく……もっと丁寧に入れろっつうの!」
俺は少し小声で文句を言いながら、新聞と広告を取ると、それを小脇に挟み、片手で欠伸をしながらもう片方の手で頭をかき、家の中に戻った。
そして、リビングの扉を開け、電気をつけようとした次の瞬間、突然電話のベルが鳴り響いた。
「うわっ!」
突然の電話のベルの音に驚いた俺は、心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、受話器を手に取った。
「え~と、もしもし?」
〈おはよう、響ちゃん……〉
この声はまさか……!?
俺は思わず受話器を置いて電話を切ろうとしてしまった。
〈今電話を切ったら、あなたの首も切ることになるわよ?〉
「すみませんでした……」
さらりと恐ろしいワードを口にする相手に、反射的に俺は謝罪の言葉を述べる。
まさかこの話の仕方、昨日燈が言ってたことが?
「なぁ、従姉ちゃん……単刀直入に訊くけど、何の用?」
〈何の用ですって? ……自分が一番よく分かっているんじゃないかしら? 何か私に隠してることなぁ~い?〉
「えっ、……い、いや別に。特に何も隠してない……と思うけど?」
俺はあくまでシラを切るような口調で話し続けた。
〈へぇ~? 本当……なのね? 信じていいのね?〉
その悪魔に訊ねられるような言い方。
くっ、これは後でバレたら偉い目にあう……(体験談)。ここはもう、正直に話した方が罪が軽いってもんだ! よし、こうなったら――
「分かった、正直に話す。実はカクカクシカジカで――」
〈へぇ、そうなの……、空から美少女がねぇ。……響ちゃん? あなた、本当にその話が通用すると思ってるの?〉
「いやいやいや、本当なんだって! 信じてくれよ!」
〈ええ、信じるわ……。あなたの想像力がとっても豊かだってことはね〉
「いや、そうじゃなくって……そうだ! 燈に訊いてみてくれよ! あいつなら、この話を信じてくれるから。……燈は? いる?」
〈ちょっと待ってね?〉
茜従姉ちゃんは、意外にもすぐ燈に代わってくれた。
〈もしもし……〉
何だか脱力感溢れる口調。
「どうかしたのか?」
〈どうもこうもないわよ! あんたの、あの朝の光景を見たら脱力だってするわよ!〉
「だからあれは誤解で……! あいつらは本当に悪魔なんだって!! その証拠に、一人は空から降ってきたんだから!」
〈……ふん! そんな話、信じられるわけないでしょ?〉
全く、どうして人が正直に話しても信じてくれないんだよ! 俺は本当のことを言っているだけなのに……。まぁ、無理もないか。何せ、まさか本当に悪魔が空から降ってくるなんて思わないものな~。だが、現に二階の俺の部屋には、既に悪魔が五人程いるんだよ……。見た目は人間みたいだが……。
〈分かった、もういい……あんたの事心配してた奈緒にも、ちゃんと説明しておいたから、今代わるね?〉
「ああ……」
しばらく話が途切れていたが、微かに声が聞こえてきた。しかも誰かのすすり泣く声……。
この声からして、恐らく女の子だろう……。
〈ぐすっ……もしもし、お兄ちゃん?〉
「えっ? 奈緒、何で泣いてんだ?」
〈だ、だって……お兄ちゃんが、お兄ちゃんが……グスッ!〉
一体あいつら、奈緒に何を話したんだぁぁぁぁぁあああああ!!?
俺は事情がよく分からず、奈緒に詳しい話を聞くことにした。
「一体、燈達から何を聞いたんだ?」
〈グス……。だって、お姉ちゃん達が、お兄ちゃんが悪魔にたぶらかされて頭がおかしくなったって……〉
ちょ、ちょっと待て! 一体、どういう解釈の仕方してんだ!? 俺は悪魔に苦労をかけられてると言っただけで、たぶらかされてるなんて一言も言ってないぞ?
「なぁ、奈緒……。悪いがもう一回燈に代わってくれるか?」
〈……グスッ、いいよ?〉
奈緒、すまねぇ。何とかして、もう一度燈達にちゃんとした真実を話してもらわねぇと……。
〈もしもし? 何? 何度も人を呼んで!〉
「お前、何とんでもねぇ作り話してんだ!? ちゃんと真実を話せよ!」
〈えっ? 真実でしょ? だってあんた、女の子達といつもイチャついているんでしょ?〉
「はぁ~? 一体誰から聞いたんだ?」
〈よく、わかんないけど……あんたの友達だって。なんていったかな……、確か……あ、あ、藍……?〉
あの変態かッ!!
〈やっぱり知り合いなんでしょ?〉
「あのバカ、とんでもねぇ嘘作りやがって……。それはあいつのでたらめだ! 俺は別に、あいつらとイチャついてるわけじゃなくて……」
と、その時だった。あまりにも、俺が大声で話していたせいだろう。瑠璃が目を覚まして一階に下りてきたのだ。
「ん? 響史……誰と話してるの~?」
まだ完全に覚醒しているわけではないのか、少しトロンとした目つきで片方の目を擦りながら訊ねてくる。
「えっ、いやちょっと……!」
〈まさか、響史……。あんた、昨日のあの子と同棲してるの!?〉
「違う!!」
それはとんだ勘違いだ。こいつらはただの居候だって! と言っても、どちらにせよ、あまり意味は変わらないか!?
〈とにかく、その子に代わって!〉
「はぁ? 別にいいけど、何話すんだ?」
〈いいから!〉
「分かった……」
俺は仕方なく瑠璃と電話を代わった。
「響史? 何……?」
「燈がお前に用があるってさ!」
「あ、あかり?」
瑠璃は、まだ寝起きなのと見知らぬ名前に首を傾げ、きょとんとしたまま意味が分からないでいる。
「も、もしもし?」
とりあえず、瑠璃が声をかけてみる。
〈あなたが瑠璃とかいう子ね? 響史とはどういう関係なの? どうして響史と一緒にいるの?〉
「え? 私はただ、響史に助けられただけで……恩人ってとこかな?」
……何だかこのまま話を聞いているのも暇だし、腹も空いてきたし、朝ごはんでも食べるかな。
俺は瑠璃をその場に残してリビングに向かい、そこから通じている台所に向かうと、袋を漁りながらアンパン五個と飲み物としてホットミルクを用意した。
そして、それを両手に持って、少し散らかっているテーブルの上の邪魔な物を肘でどかしながら強引に置いた。
「さてと、食べるかな……」
アンパンを片手に俺が一口食べようとしたその時、急に瑠璃が扉を開けた。
「どうしたんだ、瑠璃?」
「何かよくわかんないけど、その燈とかいう子が怒り出して……」
「な!? 一体何を話したんだ?」
「えっ? だから、一緒にご飯食べたり、同じ学園に通ったり、一緒にベッドで寝たり――」
「誤解を生む源がまさにテンコ盛りだろうがぁぁぁぁああああ!!!」
俺はすぐに固定電話の所へ向かい、受話器を手に取った。すると、受話器から罵声が聞こえてきた。
〈響史のバカァアアア!!!!〉
キィイイインン……。
耳をつんざくような不快な機械音。
「いや、さっき瑠璃が言ったことには確かに真実もあるけど、いくつかお前誤解してないか?」
〈ふん! あんたのことなんて知らないっ! お従姉ちゃん達にもこのことはちゃんと話しておくから!!〉
ブツッ!!!
強引に電話が切られ、後には虚しい不通音だけが一定のテンポで繰り返すだけだった。
ツーッ、ツーッ……。……ガチャ。
俺は受話器を置きながら、ズ~ンと何か重いものが肩にのしかかる気がした。
「なんか、もうやだ……」
「まぁまぁ元気出してよ、響史。……ね?」
「お前のせいだろうがぁあああ!!!!」
「うぅ~そんなに怒らないでよー。カルシウムが足りない証拠だよ?」
例えカルシウムをたくさん摂っていたとしても、こんなにも怒ってばかりいたら、カルシウムの意味もないわ!
「ったく……もういい、さっさと朝ごはん食べるか」
俺はリビングに戻り、食べかけのアンパンを食べようと扉を開けた。すると、霊が俺のさっきまでいた場所に座り、五個のアンパンを口に頬張って、ホットミルクを猫の様に飲んでいる姿があった。
「ぐはぁあああ!!!」
一気に俺の怒りのメーターが頂点に達した。
「タマァ!!! てめぇ、何してんだ! 人の朝ごはんをぉぉぉぉ!! しかも、一個は食べかけなんだぞ!?」
「むぐっ!?」
霊はアンパンが喉に詰まったのか、慌てて胸の辺りを激しく叩いた。
「……げほっ、なっ、食べかけぇぇえええ!!? そんなの早く言ってよ~! てっきり私のために用意してくれてたのかと思ってたのに……」
「ていうか、それ間接キ――」
「い――いやぁあああ!!!」
俺は思いっきり霊の猫の爪で顔を引っかかれた。
「うぎゃぁああああ!!!!!」
朝から騒がしい家だなと思う人もいるかもしれないが、これは殆ど俺に対する嫌がらせとしか思えない。すると今度は、霊の叫び声に飛び起きた霰が、階段を駆け下りてきて荒々しくリビングのドアを開け放った。
「お姉様! 今の悲鳴は一体!?」
霰が声を荒げて言った。全く、昨日の自己紹介の時とは大違いだ。
「きょ、響史が……」
「なっ、あなた、一体お姉様に何をしたんですの?」
「い、いや……その、か、間接キスを……」
「な、ななな……!? あなたって人は、このケダモノぉぉぉおおお!!!」
「ぶべらっ!!?」
ドシャッ……!
俺は霰に殴られ、思いっきり床に頭を打ち付けた。
「この変態! 人間の風上にもおけませんわ!! 大丈夫ですかお姉様? 私が来たからもう大丈夫ですわよ?」
お前が来た方が余計にややこしくなりそうなんだが……。
「全く、しばらくお姉様に近づかないでほしいですわ! お姉様に軽々しくキスするなんて、考えられませんわよ?」
「おいおいおい、誤解だぞ! それに、キスじゃなくて間接キスだっつうの!!」
「どちらでも一緒ですわ!」
「いやいや、同じにすんなよ!」
「まぁ!? 今のあなたが、この私に口答えすることが出来る立場だと思いまして?」
と、俺と霰が口論していると、ようやく霄が目を覚ましてリビングにやってきた。
「ほう、何だか知らんが、随分と面白そうな事をやってるじゃないか……」
「これのどこが面白そうに見えんだよ!」
「霄お姉様……お姉様も何とか言ってください! このケダモノ、霊お姉様に気安くキスしたんですのよ?」
「間接キスな!?」
「ふむ……別にいいのではないか? 減るものではないし……」
霄のその意外な言葉に、霰だけではなく俺も驚いた。
「で、ですが……お姉様の初めてですのよ?」
「あ、……まぁそれはよくないかもな」
「でしょう? ですから、私はここに宣言しますわ! このケダモノに、神聖な“罰”を与えますわ!」
「ば、罰!?」
俺は少しその言葉に反応してしまった。彼女達は悪魔……一体どんな恐ろしい罰を与えられるのだろうと、少しビビッてしまったのだ。
「では、この男――いえ、ケダモノには……荷物持ちを強制させますわ!」
「に、荷物持ち?」
何だ、そんなことか……。悪魔だから、もっと強烈な、生爪を剥ぐなどのムゴいことをするのかと思った。
油断して思わず胸を撫で下ろしてしまった。そう、俺はこれだけが罰だと思ってしまったのだ。
「言っておきますが、罰は荷物持ちだけではありませんわよ? 聞くところによりますと、私達は人間界での服を持ってないんだとか。ですから、洋服を買いに、今日はこれから商店街に向かおうと思いますの!」
「しょ、商店街!?」
「何か問題でもありますの?」
「い、いや……」
まずい……っ! 商店街なんて人気の多いところに行ったりして、もしも知り合いなんかに会ったりしたら、俺が、いや俺の精神が死ぬ。何とかしねぇと……。
まぁ、そんなこんなで、俺は罰ゲームという名の買い物に付き合わされ、さらに、荷物持ちをさせられることになってしまった。
しかもこの時間帯。絶対に知り合いが一人二人ぐらいいるはずだ。何か作戦を考えないと……。
時刻は午前十一時。
はぁ、本当は今日は、ゆっくりして平和な一日を過ごそうと思っていたのに……。こいつらのせいで、俺は荷物持ちなどという面倒な仕事を引き受けることになってしまった。
「さてと、まずはあの店から行きますわよ!」
「へいへい……」
「響史、男ならもっとちゃんと背筋を伸ばして立たんか!」
「だって……なんか、ダルくてさ。それにさっきから、四十代のおばちゃん達が俺の方を見てくるんだよ!」
「人気者だな……」
「そういう問題じゃない!」
俺は声を出すのにも、だんだん疲れてきたため、近くにあった木で出来たベンチに座った。丁度いい感じの座り心地だったため、瑠璃達が買い物から戻ってくるまで、ここで待つことにした。
上を見上げると、天気がいいせいか、天井の透明のガラスから、明るい日差しが差し込んでくる。よ~く見ると、ガラス窓越しから真っ青な青空が見て取れる。
「洗濯物でも干してくればよかったな……」
などという独り言を呟き、しばらくその場で日向ぼっこをしながら待っていると、ようやく瑠璃達が大量の荷物を抱えて戻ってきた。
「なっ! お前等、限度って物を知っとけよな! ていうか、その服どうやって買ったんだよ?」
「無論……お前の金だぞ?」
「ええ~っ!?」
俺は慌ててポケットに手を突っ込み、財布を捜した。
……見つからない。
「そんなに探しても無駄だぞ? 何せ、お前の財布は私が持っているのだからな!」
「なっ!?」
彼女の手の上に置かれている財布に気付いた俺は、さっと彼女の手から財布を取り返し、中身を確認した。
「ぐはぁあ!! 俺の一ヶ月の金が……!?」
「……同情するよ」
「お前らのせいだろうがああああ!!」
俺は財布の中に入れいておいたぐっちー(野口英世…1000円札のこと)他、ゆっきー(福沢諭吉…10000円札のこと)がなくなっていることに、深くショックを受けた。
「さっ、てことでこの荷物頼みましたわよ?」
「なっ……俺の金を勝手に使っただけでは飽き足らず、さらに俺に荷物を持たせるっていうのか?」
「当たり前ですわ! 元々これは罰ゲームですのよ? それに、荷物持ちはここに来る前に既に伝えておいたはずですわよね? これは、あなたが苦労することに意味があるんですの……。お姉様が味わった苦しみに比べれば、安いものですわ!」
俺は霰の言葉を聞きながら、霊を横目で見た。すると霊は、近くにあるたい焼き屋の前にぼ~っと佇んでいた。
「お姉様、何をやってるんですの?」
「いや~……このたい焼きおいしそうだなって」
その霊の一言を聞いた霰は、いきなり俺の胸ぐらを掴むと言った。
「こら~! ケダモノ、急いでたい焼きを買うんですの!」
「はあ~!?」
「お姉様がたい焼きが食べたいと言っているんですのよ? それなのに、あなたは、たい焼きを買うためのお金も持ってないと言うんですの?」
俺はあまりにもアホらしくて、つい溜息が出てしまった。
「はぁ……あのな、お前等ただでさえ、こんなにもたくさんの服買ったんだぞ? それに、ぐっちーも、もう殆ど残ってないし……ゆっきーに至っては、一人もいないんだぞ!? それで、たい焼きを買えなんて、あまりにも無茶じゃないか?」
「ぐ……う、うるさ~い!!!」
物凄い剣幕で俺が文句を言うものだから、霰も一瞬怯んだものの、ここで後ろには引けないと思ったか、耳元で叫び声をあげた。耳が痛くなり、たまらず俺は両耳を押さえて後ろへ下がる。
「私に口答えするんじゃないんですの!! 大人しく、ケダモノは言う事を聞いてればいいんですの!さっ、さっさとお金をお出しなさいな!」
「……」
俺はこれ以上文句を言う言葉も気力もなくなり、仕方なく小銭入れから五百円を取り出し、霰に手渡した。すると彼女は、俺の手から受け取った五百円に向かって、アルコール消毒液を吹きかけた。
「えっ? 何してんの……?」
「何って、ケダモノから受け取った五百円はまだ穢れていますの! ですから、こうしてキレイにするんですのよ?」
「うっ……」
何だろうか、この胸にトゲが深く突き刺さる様な感覚は……。
俺は胸を強く押さえ、霰が霊に五百円玉を渡すのを見ていた。
「おじちゃ~ん、たい焼き一個頂戴!!」
「はいよ!」
おじちゃんと呼ばれる少し肌が黒い男性は、サングラスをかけ、屋台の中で汗水流しながらたい焼きをせっせと作った。
「お譲ちゃんお待ちどおさま! ほれ、こいつはおまけだ!」
「えっ、本当? ありがとう!!」
霊は、おじちゃんにおまけと言われてもらったたい焼きと、五百円で買ったたい焼きを袋に入れて、両手に抱えて戻ってきた。
「はい、これあげる!」
そう言って霊がたい焼きを差し出した相手は、こともあろうか俺だった。
「えっ、でも……」
「そうですわ、お姉様! どうしてこんなケダモノに!」
「もういいよ……。それに、別に気にしちゃいないし……直接じゃないから大丈夫だよ♪」
その時、俺は霊が悪魔ではなく天使に見えた。
「お姉様がそこまで言うのなら、仕方ありませんわ」
霰も俺から半分ほど荷物を受け取り、それを抱えて立ち上がった。
「さぁ、家に帰りますわよ?」
「ああ……」
俺は残りの半分の荷物を抱え、立ち上がった。
それから家に向かって歩き出して数分が経ち、俺はあることに気づいた。
ていうか、さっきから思ってたけど、この洋服の入った袋のせいで、俺前見えないんだけど……。
その時、俺は目の前に電灯の柱があることに気付かずそのままぶつかってしまい、その反動で後ろに下がってしまった。しかも、倒れる拍子に後ろにいた通行人を巻き込んでしまった。
「いったたたた……あっ、すいません! ちょっと前が見えなかったもので……」
「いえ……気にしないで? ちゃんと前方を見てなかった私もいけないんだから」
「そう言ってもらえると、こっちも気が楽になります」
俺がゆっくりと体を起こして相手を見ると、そのぶつかった相手は俺とあまり歳の変わらない少女だった。霊や霰達と見間違うほど髪の毛の色が酷似しており、一瞬護衛役かと思ってしまったが、どうやら彼女は違うようだ。理由はよく分からないが、とにかくそんな気配がしたのだ。
「立てますか?」
「あぁ……っつ!? ……ごめんなさい、どうやら足をくじいてしまったみたいで……」
「そいつは大変だ!? お~い霰!」
大声で霰の名前を呼ぶと、霰が面倒臭いというような表情で俺の下へ戻ってきた。
「何なんですの? 私は今、この紙袋を持つので忙しいんですの! 用件なら手短に済ませてくださいまし、“ケダモノ”……」
「ぐっ!! いちいちそういう言い方しか出来ないのかお前は!」
俺は歯がゆい気持ちを抑えながら言った。
「ふんっ! そんなの、私の勝手ですの! ……ところで、さっきから誰ですのその方は?」
「ああ。俺が誤って怪我させちまって……」
「んまぁ、なんてことを! か弱き乙女に怪我を負わせるとは、まさしくケダモノ! 全く、あなたって人はとんでもない輩ですわね!」
ぐぅ、言い返せない。何せ、彼女の言っている事は何一つ間違っちゃいないからだ。
「なぁ頼む……」
「嫌ですわ! 元々これはあなたへの罰ゲームだということをお忘れになりまして?」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて……?」
足首を捻った少女が俺達二人を宥めていると、その大声に気付いたのか、他の皆も戻ってきてくれた。
「ちょっと、何やってるの霰?」
「お、お姉様……。私は、この男に罰ゲームを受けさせるために……」
「霊、頼む! 罰ゲームは後でやるから……この人を助けたいんだ! 俺のせいで、彼女を怪我させちまったわけだし」
「はぁ、響史はお人好しにもほどがあるよ……」
「サンキュー、霊!」
「お姉様、そんなのダメですわ! 第一荷物はどうするんですの?」
「霰が運んで?」
「えっ!?」
「お願~い♪」
「うっ! ……りょ、了解ですの!」
猫好きにも程があるな……。
俺はそう思いながら、怪我を負った少女をおぶった。
「え、ええ~!? 私は別にいいのに……」
「そういうわけにはいかないですよ。これくらい気にしないでください」
「そう? ありがとう、神童君……」
「えっ? どうして俺の名前を?」
「あっ、それはね――」
「ちょっと! 話す暇があるなら手伝って欲しいですわ!」
何故か俺の名前を知っていた少女に理由を尋ね、それに答えようとしたところで、霰が声を荒げて文句を言ってきた。
「いや、俺今手ふさがってるし……」
「ふんっ! 調子のいいこと言って、どうせ瑠璃姫様にいい所を見せたいだけに決まってますわ!」
「なっ! んなことねぇよ!」
「ほらほら、焦ってる焦ってる!」
「てめぇ、おちょくんな!」
俺は、つい照れて顔を赤くしてしまった。
全く、俺の意識とは対照的に、本心は顔にはっきり出てしまう、厄介なものだ……。
――☆★☆――
そして、俺達はようやく俺の家にたどりついた。
俺はポケットから鍵を取り出すと、二重ロック式の鍵を開け(といっても、既に壊れているのだが……)中に入った。
もう既に時刻は午後一時をまわっていたため、少しばかり腹が減って力が出ないものの、女の人一人くらいはおぶることは出来た。
「……すぐに手当てしますから、そこで待っていてください!」
俺は、壁を背もたれ代わりに寄りかかるように座らせると、すぐに救急箱を取りにリビングへと向かった。
「なぁ瑠璃! 救急箱、この間使って何処にしまった?」
「え~? 確か、収納棚の中にあると思うけど?」
俺は瑠璃の言う通り収納棚を探しまわり、ようやく白い救急箱を見つけ出した。
「……あった! お待たせしました、すぐに手当てしますから」
そう言って俺は、お姫様抱っこのような状態で少女を抱え上げ、リビングへと運んだ。
「えっ、あの……」
水色の髪の毛の少女は、恥ずかしそうにして俺に何か言いたそうだったが、寸前で口を閉じて言うのを止めた。
「少しヒヤッとするかもしれませんが、シップ貼りますね?」
「あっ、はい……」
俺はハサミでシップを丁度いいサイズに切り、少女の細くて白い足に貼った。
その瞬間、彼女から「ひゃっ!」という小さな悲鳴が聞こえてくる。
「あっ、すみません。痛かったですか?」
「あっ、いえ。その、少し冷たくて……」
救急箱を閉めた俺は、それを元の場所に戻す。すると、それを見届けてからというようなタイミングで、相手が意味深な言葉を紡ぎ出した。
「ありがとう、これではっきりしたわ……。あなたならば、世界の崩壊を止めてくれそうね」
「えっ?」
「あっ、そういえばまだ言っていなかったわね。実は私、太陽系の一人で水星の守護者なの……」
「太陽系の一人?」
「ええ……。もしも商店街で私を助けてくれなかったら、あなたを殺していたわ……。本当に良かった!」
「確かに、それはよかったです……」
本当、助けてよかった! 危うく死ぬところだったぜ。
知らず知らずの内に俺は窮地を脱していたらしい。まさかあんなところに死亡フラグが仕掛けられているとは夢にも思わなかった。
「そして、あなたには第二関門を突破してもらわなければならないわ!」
「第二関門?」
俺は少女に訊いた。
「そう。これからあなたには、私と一緒に戦ってもらうわ……。さぁ、これを使って?」
いきなり話があらぬ方向に展開し、半ば強引に彼女から剣を渡された。
俺はそれを困惑しながら渋々受け取るが、いまいち状況が呑み込めていない。
「な、何を……」
「今からあなたには、私がつけているこのカチューシャを取ってもらうわ! どう取るかはあなたの自由……。例えあなたに助けられた恩があったからって、手加減はしないから気をつけてね?」
そんな笑顔で言われても……。
とりあえずやっとの事で話が見えてきた。どうやら俺は、これから彼女と戦わなければならないようだ。
「そういえば、まだ自己紹介してなかったわね。でも、本当なら私の名前くらい、顔を見ればすぐに分かってほしいものだけれど……次からはちゃんと覚えてよね? 私の名前は『水滝 麗』……。太陽系の水星の守護者よ!」
「水滝……麗さん。でも、ここで戦うわけにはいきません。家が壊れるし、中央公園に行きましょう」
名前を聞き、どこかで聞き覚えがある感覚を覚えつつ、俺は最悪の事態を想定して別の場所の候補を挙げた。
「平和主義者なのね……」
「ええ、まぁ……」
単純に家を壊されたくないというだけの理由から出た言葉だったのだが、水滝さんに褒められたようで少し嬉しかった俺は、照れ隠しに頭をかいた。
と、水滝さんが時計の時刻を確認しながら続ける。
「でもこの時間帯じゃ、まだ子供達が遊んでるはずよ? それに――」
グゥウ…。
聞こえてきたのは腹の音だった。
「お互いにお腹も減ってることだしね……。だから、決戦は時刻午後九時でどうかしら?」
お腹を押さえ、恥ずかしそうに顔を赤らめる水滝さん。
「いいですよ? 午後九時ですね」
「ええ、じゃあまた後で……。湿布、ありがとう」
家を後にする振り向き様に、水滝さんからお礼を言われた。
「あ~っ! 響史、顔赤くなってる~!」
「なっ、ち……違うって!」
「あら、本当ですわ!」
「なっ、霰まで!」
瑠璃だけでなく霰にも茶化され、相変わらずの雰囲気の彼女達に、俺は怒りながらも笑っていた。
そして、約束の午後九時の一時間前。
日もすっかり落ちて、辺りは真っ暗になっていた。住宅街のあちこちを、点々と白い電灯の灯りが照らし出す。
俺は晩御飯を早めに済ませ、準備を整えていた。夜は少し冷え込むという天気予報を信じて、簡単に上着を着脱出来るような服を着て九時になるのを待つ。
九時まで後十分ほど……。
そろそろ家を出れば丁度中央公園に着くくらいだろう。
そう思って俺は靴を履きに玄関へ向かった。
少し大きめのサイズの靴を履き、踵を綺麗に合わせる。
「じゃあ、行ってくる……」
「なるべく早く戻ってきてね?」
「ああ分かってる……」
俺は瑠璃にそう言い残して壊れた玄関ドアを開けると、中央公園に向かった。
時刻は午後九時。場所は中央公園のど真ん中。
俺は腕につけておいた銀色の腕時計と何度もにらめっこをしながら、水滝さんが来るのを待った。そして、ようやく彼女らしき人影が姿を現した。
恰好は特に変わっていなかったが、髪型が少し変化しているようだった。先刻会った時はサイドテールにしていたが、今はポニーテールにしている。しかし、まだ他にも違和感を感じる。何か、何かが足りないような……。
「どうやら、あなたの方が早かったみたいね……」
「いえ、ちょっと俺が早めに家を出たんです。だから大丈夫ですよ?」
「そう?」
「ところで、勝負の件ですが……」
「それなら安心して? ちゃんとあなたの武器も持ってきてあるから……」
そう言って水滝さんは、俺の一歩手前の位置に、鞘から抜いた剣が刺さるように放り投げた。
「えっ、これは?」
「私が昔練習用に使っていた剣なの。安心して? ちゃんと刃を研いできたから、切れ味は抜群よ? 試しにこの大根を斬ってみて?」
俺は目の前の剣を抜き取り、水滝さんに言われるがまま、大根を切った。すると、まるで新品の刀の様に――。
スパン!
大根が二つに分かれた。切れ口を見てみると、殆ど斬る途中でつっかえた後などない。見事だ……。
「そして、これが私の愛刀――『村雨』。型は五つほどしかないけれど、必殺技があるの。元々、この必殺技――というよりも奥義は、五つの型が破られた時に使うために編み出したものなのだけれど、今までこの五つの型を破ったものはいないの。だから、もしもあなたが私が繰り出す五つの型を破り、必殺技を出させることが出来れば、この指輪以外に有力な情報を教えてあげる」
「有力な情報?」
俺はその情報が何なのか、本当に俺にとって必要な情報なのかは分からなかったが、何だか知りたい衝動に駆られ、つい頷いてしまった。
「ルールは、神童君の家で話した時と同様、私のつけているこのカチューシャを――あっ、ごめんなさい! ついうっかりして……」
水滝さんは、慌てて何処からか取り出したカチューシャを嵌めた。
水色の髪の毛の所々から、黄色のカチューシャが見えている。そうか、謎の違和感の正体はこれだったんだ。
と、俺が違和感のモヤモヤがスッキリした事に内心喜んでいると、水滝さんが剣を前に構え鞘から抜き取った。
気のせいだろうか。所作が少し霄に似ている。
「じゃあ始めようか?」
「あっ、はい……」
俺は少し相手に気を取られてタイミングがずれてしまった。
「じゃあ、私からいくよ?」
水滝さんの合図と同時、彼女は足で地面を踏み込み、一気に前に進み出てそこから勢いよく俺に向かって剣を振るった。
「おわっ!?」
俺は間一髪の所で剣戟をギリギリ躱し、傾く体を受け身で躱し調整した。
「これはまだまだ序の口……」
それからもず~っと水滝さんのターンで、俺は相手に攻撃されてばかりで、全く反撃出来ていなかった。
「どうしたの? どうして反撃してこないの? まさか、私を傷つけるのが怖い? でも、そんな甘いこと言ってたら――」
「ぐっ!?」
痛みを感じ、俺はふっと腰の辺りを見た。すると、黄色の服から真っ赤な血が滲み出ていた。
「なっ! ……いつの間に?」
「ふふふ。これが村雨の一の型『水刃』…」
俺は声のする方にさっと体ごと顔を向けると、そこには血が滴り落ちる剣を握った水滝さんがいた。しかも、その時の彼女の表情は、暗闇の中で電灯に色白の肌が照らされているせいか、不気味さを引き立たせていた。
嘘だろ? 今の攻撃全然見えなかった。そんなのってアリかよ?
焦りを隠せなかった。どうすればいいのか分からなかった。だが、護衛役の零と戦った時よりかはまだマシだと思った。しかし、その考えは甘いんだということに後で気付いた。
その後もどんどん攻撃を与えられ続け、何とか相手の攻撃にもパターン性が見られ、それらの攻撃は躱せるようになったが、どうしてもあの水刃という型が躱せない。
せめて相手に近づくことが出来れば。
そう思う俺だったが、そんなにも上手く行く方法など見つかるわけもなく、俺は途方に暮れていた。
時間だけが刻々と過ぎていき、俺は必死に相手の技を懸命に躱していた。
その時、ある異変に気付いた。なんと、水滝さんが疲れてきていたのだ。どうやら、あの水刃という型は相当な体力を要するらしく、敵に持久戦に持ち込まれてしまったらおしまいのようだ。
そう考えた俺は、相手の体力を削ることに専念する事にした。まず、簡単な攻撃は完全に防ぎ、水刃はギリギリの所で躱すようにした。すると、最初は曲がって攻撃できていた彼女が、まるで猪が真っ直ぐにしか進めないように、曲がれなくなっていた。そして、俺は確信した。
間違いない、彼女は疲れてきている。そうと分かれば、水刃攻略まで後もう一歩だ。
俺はそう自分に言い聞かせ、相手の攻撃をひたすらさっきと同じパターンで躱すのを繰り返していった。
それから約十分後。水滝さんはついに動きを止めた。
「はぁはぁ、どうして攻撃が当たらないの?」
「もうあなたの水刃は攻略しましたよ……」
「へぇ~、どうやらこの技の弱点を見破ったみたいね。まずは、一つといったところかしら? でも、まだ見せてない型も三つあるし……」
そう言って彼女はまたしても姿を消した。
すると彼女は、放物線を描くように剣を振るった。すると、剣から水が吹き出し、俺の立っている場所から約十メートル程が水浸しになった。それと同時に、彼女はさっと後ろにジャンプして俺との距離を取った。そして地面に剣を突き刺し、言い放つ。
「二の型『水固』!! 三の型『水影』!!」
「何!?」
グサッ!
一瞬のことだった。俺は、背後に殺気を感じて攻撃を防ごうと体を動かそうとしたが、動かなかった。
「ガハッ……!」
ビチャビチャ!
口から血が滴り落ちる。しかも、下を見れば、腹から真っ赤な血をつけた剣が突き出ていた。
「ごめんね、神童君。でも、これは勝負だから手加減するわけにはいかないの……、許してね?」
どうにか後ろを振り返りその悲しそうな顔を見て、俺の脳裏に焼きついたままでいる“ある人物”が思い浮かんだ。
「ぐっ、言っておきますが、俺はこんなもんじゃ死にませんよ……?」
「えぇっ!? ど、どうしてまだ喋れるの!? 普通の人なら……もう喋るどころか、立ってることもままならないはずなのに。神童君……あなた一体何者なの?」
「へへ……、ただの悪魔に囲まれた人間ですよ。でも、さすがにこの状態のままだったら、出血多量で死ぬかもしれないですね……」
俺は腹から突き出た剣をガッシリ掴んだ。
「や、やめて! そんなことやったら手が……!」
彼女が止める頃にはもう遅かった。俺の手の平からはボタボタと赤い血が滴り落ち、地面を赤く染めていた。その光景にさすがの彼女も耐えられなくなったのか、急に技を止めた。
俺の腹から剣が消え、体の自由も戻った。しかし、俺の腹に開いた穴からは、未だに血がたくさん溢れ出してくる。
「うっ!」
俺は片方の手で傷口を押さえた。しかし、隙間からどうしても血が滲み出て、完全に塞ぐことが出来ない。俺は震える手で携帯を持ち、霊を呼んだ。
「もしもし……た、霊か?」
〈霊なら今、お風呂だよ?〉
「……はぁ、はぁ、その声は瑠璃か?」
荒れる呼吸をどうにか整え、電話の主を確かめる。
〈そうだけど、どうしたのその声? 凄く苦しそうだけど……〉
電話越しにも瑠璃の心配そうな声が聞こえてくる。
「霊に、すぐ中央公園に来るように伝えてくれ……!」
「戦いの最中に電話は禁止でしょ!」
「うわっ!」
完全に油断しているところを水滝さんに攻撃され、俺は携帯を落としてしまった。
バキッ!
「ああ!!! 俺の携帯がぁぁぁぁあああああ!」
水滝さんは俺の携帯に天誅を下した。その瞬間、俺の携帯は壊れ、使い物にならない状態になった。そればかりか、データも全て破損……原型も留めていなかった。
「そ、そんな……これ高かったんですよ?」
「そんなの関係ないもん! 戦いの最中に電話なんかする方が悪いんだもんね!」
急に駄々っ子のような子供染みた口調で頬を膨らませ、ぷいとそっぽを向く水滝さんに、俺は悲しみと怒りを抑えながらその場に立ち上がった。まだ傷口がズキズキ痛む。
「いい加減に本気を出してくれない?」
もう十分に本気を出しているつもりなんだが……。にしても、あの二と三の型の合わせ技は少しばかり厄介だな。このままだと、確実に俺が死んじまう。どうすれば……何とかあの技を防ぐ方法は?
俺が相手の攻撃していない今の間を有効に使い考えていると、水滝さんが口を開いた。
「何を考えているのかは知らないけれど、私の型の攻略方法を考えているんだったら、今の内に諦めなさい! 今まで戦った中でも、私の二と三の型のあわせ技の攻撃を躱す、もしくは防いだ相手はほんの数人しかいないのよ? とても――ってわけじゃないけど、素人剣士のあなたにはムリに決まってるわ!」
その相手の言葉に俺は少しカチンときた。
「なっ、んなことねぇよ! 俺にだって出来る――と、思う」
「既に、今のその間が答えを示しているわ! 悪い事は言わない、今すぐこの戦いで負けを認めなさい! 私だって、弱い人間を殺すのはあまり趣味じゃないの! 寝覚めも悪いし……」
俺は相手からの散々な言われように黙っていられず、なりふり構わず相手に切りかかった。しかし、やはり相手に隙はなく、どうしても防がれてしまう。
「人が話しているんだから、ちゃんと人の話を聞きなさいよ!」
水滝さんは腰に手を当て、ため息混じりに言う。そこには呆れている様子も表れていた。
「はあ、すみません……」
「全く……とにかく、諦めなさい」
「それは出来ません!」
「はあぁ~、どうして?」
彼女はさっきより大きくため息を吐き、俺の発言に呆れ返りながら一応理由を訊いてくれた。
「俺があなたと戦う目的は、もちろん天界に行くためです。でも、本当はそれだけじゃないんです……。瑠璃のお母さんに、魔界の大魔王が企んでいる計画を阻止してもらうためでもあるんです! それに俺は、この人間界を守らないといけない。じゃないと、あなたもこの世界から消えることになるんですよ?」
「言っておくけど、私達太陽系の守護者は既に世界の理から外れた存在だから、消えはしないわよ?」
その言葉に、俺は思わず「えっ?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
「う、嘘……」
「なんで私が嘘をつかないといけないのよ!」
「ご、ごもっとも……。でも、とにかく俺はあなたに勝たなくてはならないんです! どんな手を使ってでも!」
俺は拳を握り、相手に覚悟を伝えた。
「仕方ないわね……本当に聞き分けのない子なんだから。でも、その勇気は認めてあげるわ!」
水滝さんはそう言って剣を天空に向かって高々と上げると、魔力を込めてその剣を勢いよく振り下ろした。
「四の型『水溶』!!」
その瞬間、俺の足元が急にぬかるみ、脚を掬われた。
「うわぁっ! な、なな何なんだ!?」
「ふふ……これは水溶と言って、水に触れたものを液状化させることが出来る技なの。これを使えば、例えコンクリートだろうと水の様にドロドロの液体になるわ……」
くっ! まさかそんな技があるとは! まずい……足がまるで底無し沼にはまったように身動きが取れない。
「さぞかし辛いでしょうね。さぁ、もう一度言うわよ? 今すぐ降参なさい!」
「嫌だ!」
「くっ、往生際の悪い子ね……。だったら追い討ちをかけてあげるっ!! 五の型『水爆』!!」
「なっ!?」
彼女の言葉と同時に、俺の頭上に得体の知れない水の球体が出現する。
「あ、あれは!?」
「あれは、水爆……。特殊合金の入れ物の中には、相当な量の水が入っているの。でも、ただの水じゃないわ。死の水――爆薬が込められているから、水爆死するの。しかも、あなたはその場から動くことが出来ない……。もしも私がこの腕を振るい指示を出せば、あなたは爆死するってこと。どう? 怖いでしょ? だからさっさと降参して!」
「くっ……うっ、……こ、断る!!」
「もう、頑固者なんだから! どうなっても知らないわよ!?」
「望むところだ!!」
俺は覚悟を決めて歯を食いしばり、目を瞑った。
とその時、奇跡とも思える出来事が起きた。
「ひやっ!?」
「な、何だ?」
「やっ、誰なの……!?」
暗闇でよく見えないが、よく見ると、何と水滝さんの胸を何者かが後ろから触って――いや、掴んでいる姿があった。
まさか痴漢か? 最近物騒になっているとは聞いていたが……。
しかし相手は男ではなく、少女だった。近所では見かけたことのないどこかの学生服に、身丈にあってない白衣を纏っていて、その髪の毛もエメラルドグリーンという、あまりに珍しい髪色をしていた。
「へぇ~。なかなかいい胸してるわねアナタ……。でも、それでも私の方が勝ってるかな~?」
「な、何なのあなた!? いきなり人の胸触ってきて……」
胸を庇うようにして両手で覆い、顔を赤くして少女を睨みつける水滝さん。
「私のこと知らないの? はぁ、これだから人間は……」
何やら意味深な発言を口にし、少女は俺の近くにやってくると、俺の頭を鷲掴みにし、然程力も入れずいとも容易く、俺を底無し沼状態の足場から救ってくれた。そして、俺を安全な足場の場所に運んでくれた。
「あ、あの……」
「礼ならいらないわよ? 人間から礼なんか言われても、ちっとも嬉しくなんかないから……」
「は、はぁ」
俺は彼女の言う通り、礼を言うのは止めておくことにした。しかし、気が変わったのか、しばらく間を置いてから俺に背を向けていた少女が振り返り様に不服そうに文句を言ってきた。
「……やっぱり何だかムカつくから、礼を言いなさい!」
どっちなんだよ!?
俺は内心で激しくツッコミをかました。
「あ、ありがとう……」
「はあ? それが人間のお礼の仕方なわけ? もっとちゃんとした礼をしなさいよ!」
「どうやって?」
「全く……役立たずの人間ね。だから、こうやって“ありがとうございました!!”ってやるのよ!」
俺がやり方を問うと、少女は急にその場に跪き、土下座しながらお礼を述べてきた。
「いや、別にお礼を言われるほどの事は何も――」
「あんたに言ってるんじゃないわよ!!」
「えっ? 違うのか?」
「もうヤダ! 何で私がこんな能無しの人間に付き合わなきゃいけないの? もう……ストレス溜まり過ぎて死んじゃったら、どうしてくれんの!?」
それくらいでは死なないと思うが。ていうか、さっきから能無しの人間とか役立たずの人間って言ってるが、こいつは人間じゃないのか? ……ま、まさか悪魔!? ――なわけないか。第一、こいつそんな気配ちっとも見せてねぇし。
「さっきから何人のことジロジロ見てんの? ははぁ~ん、さては、私の体を見て興奮してたんでしょ? この変態っ!」
「なっ、んなわけねぇだろ! この俺がお前みたいな奴に何で興奮しねぇといけねぇんだよ!!」
「なっ!!? 誰に向かってそんな口聞いてるわけ?」
「お前ですが!?」
「きぃいいい!!! ムカつく、この男マジムカつく!! 今すぐ殺してやりたい!!! ――ところだけど、今日は残念なことに人間を殺すようには指示されてないのよね~」
地団駄を踏み、俺に飛びかかってくるのかと思って身構えたが、すぐに冷静さを取り戻した彼女は、腕を組んで上から目線で続けた。
「実に残念だわ……私の今日の目的は、そこにいるアナタ」
「わ、私?」
そう言って少女が指差したのは、俺ではなく水滝さんだった。当人も突然の少女の登場に困惑している様子だった。
「そっ! 私はアナタに用があるのよ……。悪いんだけど、あの変態に証渡してくれない?」
「えっ!?」
「なっ、何言って!? ……それに、俺は変態じゃないっつうの!!」
「変――じゃなかった、神童君にどうして証を渡さないといけないのよ!」
「すみません水滝さん。今、一瞬、変態って言おうとしてましたよね?」
「あはは……ご、ごめんね? つい」
俺は心の中で思った。
なんだろう、この胸の奥に深く突き刺さるような悲しい思いは……。
「俺は真剣に水滝さんと戦ってるんだ! 君は黙っててくれ!」
その場に再び立ち上がった俺は、目の前に立つ少女に自身の意思を伝えた。
が、それが彼女の怒りに触れたのだろう、鋭い眼光をこちらに向けてきた。
「はあ? 今あんた、なんつった?」
「だから、君は少し黙っててくれ! って――うわっ!」
同じことを聞いてくる少女に対してムキになった俺は、少し強めの口調で少女に言った。すると彼女は、機嫌を損ねたのか、俺の近くまでズカズカと歩いてくると、俺を突き飛ばして言った。
「言っとくけど……今はある人の命令で殺さないようにしてるけど、その気になればあんたみたいな変態は、一瞬にしてこの世界から消し去ることだって出来るんだからね? 分かった!?」
「……は、はい」
突き飛ばされた影響と、重傷を負っている事による体のふら付きでその場に尻もちをついた俺は、完全に少女の威圧感に気圧され答えた。
「あんたは大人しく証を受け取ればそれでいいの! それに、今日は分が悪い。そんなに戦いたければ本当の勝負はまた次の機会にでもしなさい!」
さっきから、どうしてこんなにもこの子は偉そうなんだ? 俺とたいして年齢も変わらない――いや、むしろ年下のくせに……。
俺は何が何だか訳が分からない。
でも、何故だろうか。何か、懐かしいというか、いつも会っているような……気がする。
頭の中にある記憶の糸を手繰りよせるようにして想い出を振り返るが、なかなかそれが思い出せない。後もう一歩のところまで来ているのだが、なかなかそれが出てきそうで出てこない。全く歯がゆい気分だ。頭の中がモヤモヤして気持ちが悪い。
「さぁ、私にアナタの持ってる証を渡して!」
「いやよ! 年下の子供にどうして私が指図を受けなければならないの?」
「っく、この私を年下扱い……。アナタ……名前は?」
「水滝……麗だけど?」
「水滝麗……、その名前ちゃんと覚えたわよ? アナタ、証を渡した後で用があるから、私と一緒に来てね」
「えっ? あの――」
「質問は一切受け付けないわ!」
水滝さんは何かを言おうとしていたのだろうが、その言葉を途中で少女にかき消された。
しばらくして、結局水滝麗さんとの決着がつかないまま、俺は何故か証を受け取り、その場に呆然と立ち尽くしていた。
「何をやってるの? ホントあんたはバカね……」
「お前に言われたくねぇよ!」
「お前じゃなくて、ルナーよ! ルナー!」
「ルナー? 外国人か?」
聞き馴染みのない名前に、俺が率直な疑問を抱き訊いた。
「えっ? まぁ、そんなとこかしら……。そうだ、名前聞いてなかったわね」
「ああ、俺の名前は神童響史だ!」
「響史……ふぅ~ん。あ、そうだ、これ必要なんじゃない?」
そう言ってルナーと名乗る白衣姿の少女に渡されたのは、先ほど水滝さんに破壊されたはずの携帯だった。だが、少しばかり形が違う。
「少しばかり改良を加えさせてもらったわ! 安心して? ちゃんと便利な機能しか加えてないから。こう見えても私、発明家なんだから! じゃあね、ルリによろしくね?」
その時、俺は新たな疑問が生まれた。
あれ? どうして瑠璃の名前を?
「……おい! 何で瑠璃のことを?」
俺がルナーに聞こうとして後ろを振り返った時には既に誰もおらず、車や通行人の安全のために所々に設置されているミラーがあるだけだった。
なんだろう、ルナーって言う名前、どっかで聞いたような……。
脳内で引っかかった彼女の名前を腕組しながら考え、結局家に到着するまでず~っと考えっぱなしだった。
そして俺はその間、いつの間にか怪我していることも忘れてしまっていた……。
というわけで、今回は少し更新に間が空いてしまいました。起床早々、不幸なことに見舞われる響史。従姉である茜からの連絡にビビり、さらには従姉妹の中で一番年下である奈緒にまで誤解される始末。
そして、商店街でばったり出くわした少女――水滝麗。そんな彼女の正体は、太陽系の水星の守護者なわけで――。
おまけに、勝負に割り込んできた謎の少女――ルナー。どこかで見覚えがあるなどと気になる言葉を口にする響史。
次回は大怪我を負った響史を手当する話です。




