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『易占奇術』は、“通常通り”営業中  作者: ミズノ・トトリ
幕間 ある一家の馴れ初め
13/18

2(Laura)

仮想西暦1812年 初夏

オーストリア シュタイヤーマルク地方 某所

旧カールステン城


 庭の池で蓮の花が見ごろを迎えている古城の前に、1台の馬車が到着した。

 事前に時間を知らされていたのか、門前では使用人たちが出迎えの準備を済ませていた。

 2人の女性を筆頭に並ぶ使用人たちは、皆そわそわと待ちきれない様子で、中には涙ぐんでいる者もいるほど。

 それほどまでに、彼女たちは心待ちにしていたのである。

 自分たちの仕える少女が、数年前の恐ろしい事件の傷を癒し、この古城へ帰ってくることを・・・。


 そしてその焦燥は、馬車の戸が開けられ、中から親子が降りてきた時点で爆発した。


「「la jeune fille(お嬢様)!」」


 筆頭にいた2人は、フランス語で叫ぶと、人目もはばからず駆けだした。

 その声が馬車まで届くと、御者から荷物を受け取っていた娘は、駆け寄ってくる2人の姿をみとめ、とたんに満面の笑みを浮かべて、こちらからも駆け寄る。


「マダム・ペロドンっ!マドモアゼル・ド・ラフォンティンっ!」


 蒼い瞳から涙をこぼし金色の髪を振り乱しながら、娘は、途中で立ち止まった恰幅の良い使用人の胸へ飛び込んだ。


「ただいまぁ!会いたかったわ。ねぇ、今夜はスープをつくってよ。私の好きなカボチャのスープ!もうパスタも海の幸もこりごり」

「まぁ、ローラお嬢様ったら。では残念ながら、お夕食はワインとパンだけになってしまいますよ。せっかくカルプフェン(魚のフライ)をご用意しましたのに」


 マドモアゼル・ド・ラフォンティンは、そう悪戯っぽく告げた。

 するとローラは、まぁ、と驚くしぐさで2人から離れると、前言を撤回する。

 

「久々のスティリア料理ですもの。今すぐにでもいただきたいわ」

「あらあら、4年間のイタリア旅行ですっかり、おてんば娘に逆戻りしてしまったのですね。これは再教育せねば」

「なら、紅茶の作法からですわね。直ぐに用意させますので、お嬢様は先に食堂へいらしてください」


 マダム・ペロドンは、ローラを城の中へと促した。

 ローラは頷くと、会話の間に他の使用人が運んできていた荷物を持つ。

 そして反射的に、背後へと声をかけた。


「さぁ、いきましょうカー・・・あっ」


 しかし、ローラの視線の先には、誰もいない。

 

「(あれから、5年も経ったのに・・・)」


 もうこの世に居ない人影を探してしまった自分に気づくと、ローラの心中に、言葉に出来ない感情が、染みのように湧いた。


「・・・・お嬢様?」


 ずっと立ち止まったままのローラへ、マダム・ペロドンが心配そうに声をかける。


「・・・ううん、何でもないわ」


 誤魔化すように、持った荷物をより重そうに引き摺りながら、ローラ・は階段を上がった。

 

******

数ヵ月後


 古城と言えど、カールステンは未だにその設備の多くが健在であった。

 普段の質素な生活には必要のない区画も人手を使って整えれば、他の貴族を歓待するのに十分格好がつくようになる。

 故に、療養旅行によって延期されていた、ローラの伴侶探し(要は婚活)も、候補者を招いての舞踏会という形で行われる運びとなった。


 しかし・・・


*****

舞踏会当日 夜


「・・・ですので、我が領地は今後百年は安泰なのです。クライン嬢にも不自由のない暮らしを・・・・」

「まぁ、それは素敵ですわね(お父上の経営に興味すら抱かず、毎日遊び呆けているくせに)」


 袖の下からカンニングペーパーが見えている青年貴族の言葉など、ローラの心には届いていない。

 やがて、ローラの父クライン卿との歓談を終えた青年の父親が、息子をつれて離れていった。おそらく、与えられた客間で手応えを確認するのだろう。


「(・・・はぁ、どうして私、こうも殿方に()()()()()()のでしょう?)」

「・・・どうした?ローラ。具合が悪いのか?」


 憂鬱な表情の娘を気遣い、クライン卿が声をかけた。

 ローラは差し出された真水を一口含むと、躊躇いがちに頷く。


「ええ。先程から6人もの殿方と立て続けにお話ししましたので、疲れました。少し、部屋で休んで来ますね」


 そしてローラは1人で、自室へと戻った。


*****

しばらくして ローラの自室


 部屋には独り、というなかで、ローラはそっと窓の外を眺めていた。

 ガラスの向こうには、昔遊び場にしていた広い野原が見えた。

 そして脳裏には、5年前のある時期に、そこである少女と語らった思い出が浮かんだ。


 本当は忘れ去らなければいけない、忌まわしいはずの記憶。


 しかしなぜかローラには、先程の青年貴族たちとの会話よりも、その記憶の方が愛おしく思えた。

 そしてついに、その名を口にする。


「・・・カーミラ」


 父の知己の娘を殺し、自分の事も狙った悪魔の化身、吸血鬼。

 その言葉の全てが、獲物を安心させるための嘘、蚊が血を吸うときに出す痛み止めと同じだと、彼女を葬った男爵はローラを諭した。

 けれど・・・


「この世界の、いかなる殿方との交わりも、貴女との思い出には劣ってしまう。いえ、そもそも、あの時から私は、男に()()()()()()()()()()。そして・・・」


 そのときだった。突然部屋の扉が、外からノックされた。


「・・・どなた?」

「あの・・・エミリーです。ハロルドの妹の。て、手紙を拾って、それで・・・」


 問い掛けに応じたのは、ローラよりいくらか若い、少女の声だった。


「どうぞ、鍵は開いているわ」


 部屋の主の許しを伝えると、扉は遠慮がちに開かれ、長い髪を後ろで括った、そばかす顔の少女が入ってきた。

 先程、カンニングペーパーを仕込んで見合いに臨んだ青年の妹だ。城に到着した際、兄妹そろって、父親である伯爵から紹介された。

 そしてそのあと、ローラは彼女に与えられた客室に、扉の下の隙間から、小さなメッセージカードを仕込んでいた。


「あの、ご用件は?」


 こちらを警戒しながら尋ねてくるエミリー。まるで狼を前にした子羊のようなその姿に、ローラの内で、妖しい感情が起こる。


「ふふ、そう怖がらないで。ひとつ確認したいことがあったの」


 部屋に一つだけのテーブルと、その上のチョコレートを勧めながら、ローラは語りかけた。


「確認、ですか?」

「私、半年前までイタリアに旅行で滞在していましたの。そこである時、貴女を見かけたのよ」

「っ!?」


 イタリア、その言葉に、少女はブルリと震えた。が、それを誤魔化そうとした。


「な、なんの、事でしょう?わたしは、ウィーンから外へは、一度も・・・」


「『オリーブの枝』の看板。『パラス・アテナの宿』、だったわね」

「なっ、どぅして・・・わたしを、脅迫するおつもり!?」


 逃げ出そうか迷い始めるエミリーに、ローラは優しい笑みを向け、首を横に振った。


「安心して、そんなつもりはないわ。だって、私もその時、隣の部屋を使()()()いたのですもの」

「え?・・・それでは、あなたも・・・『百合の花を愛でていた』?」


 一転して緊張を解き、更にはベッドへと意味深な視線を向けるエミリー。

 ローラは彼女の問いに頷くと、部屋の戸に鍵をかけ、エミリーをベッドへと(いざな)った。


 そして2人は、『禁断の愛』を交わした。


*****


「ああ、やっぱり・・・そういうことなのね」


 隣で呼吸を荒くし失神寸前の状態でいるエミリーをよそに、ベッドから抜け出たローラは、その身体を、窓の外の満月に見せつけるように仁王立ちになると、独り言を呟いた。

 そして、歪んだ笑みを浮かべながら、心の内を吐露する。


「男よりは()()だったけど、やっぱり物足りないわね」


 そして、部屋の片隅に置かれた化粧台へ近寄ると、その三面鏡の中央の一枚に手をかける。

 すると、鏡は隠し扉になっており、中には一冊の本が納められていた。

 イタリア旅行中に、父に隠れて購入した古い書物。革製の装丁は不気味に赤黒く、仄かに鉄さびと脂の臭いがする。故に、香水の多く置かれた化粧台を隠し場所とした。


「・・・カーミラ。あなたにもう一度会える方法、ようやく見つけたわ。ルーマニア語で書かれていたから、翻訳に苦労したけれど」


 その書物の表題は『吸血鬼の起源』、吸血鬼がなぜ存在するのか、どのような特性を身に付けているのかを記した研究書だった。


「嗚呼、あなたと今一度まみえるためならば、私は全てを捧げよう。必ずあなたを、この世に・・・・」


 ローラの瞳が狂気に染まる。と同時に、墨汁のように濃い雨雲が、月を覆い隠した。



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