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『易占奇術』は、“通常通り”営業中  作者: ミズノ・トトリ
幕間 ある一家の馴れ初め
12/18

1(Carmilla)

仮想18世紀の中頃 とある夜

オーストリア シュタイヤーマルク某所

カールステン城 大広間


 後の世にオーストリア継承戦争として残る戦乱が起こる少し前。

 辺境に建つカールステン城は、そのような世界情勢とは無縁な、平穏な空気に包まれていた。

 周辺の名主たちを集めた舞踏会が行なわれ、ウイーンから呼び寄せた楽団の演奏と貴族の談笑する声が、城を満たしていた。


 しかし、場の雰囲気に馴染めていない淑女が、ダンスホールの片隅に1人。

 銀細工のような灰色の瞳を、そこに表れている倦怠感とともに、金の混じったこげ茶色の前髪に隠す彼女こそ、カールステン伯爵夫人、カミラ。この宴の主催者の1人である。


「はぁ、見飽きた顔、それも殿方ばかり。たまには若い娘御とお話ししたいわねぇ」


 同じオーストリアと言えど、楽士の聖地ウィーンとは、南端から北端に国土を横断する、といえるほどの位置関係にあり、都の流行りも、2つ3つ遅れて届くのが当たり前。

 そんな土地に骨を埋めたいと思う若者がいるはずもなく、知り合いは皆、カミラの夫であるカールステン伯爵の手腕で、他よりはまともに得られた富を貯めると、その礼をカミラに告げながら北の理想郷へと去っていった。


 この場にいるのは、華やかさよりも明日の小麦の実りを求める物好きな田舎者ばかり。女友達と着飾り、紅茶を傾けながら、その銘柄についてうんちくを語り合いたいカミラとは正反対。


「・・・・刺激が欲しいわ」

「おいおい、君の旦那が聞いたら大事になるぞ」


 そういいながら、カミラへそっとワイン入りのグラスを差し出したのは、自身もかなり前から楽しんでいるのか、頬に赤みがさした若い青年だった。

 彼のグラスの中身は、カミラに渡したものの半分も入っていない。しかし、その物腰や服装に乱れはなく、その風格はこの城の主人と名乗っても通じるだろう。

 

 そして、伯爵婦人である自分に気安く話しかけてきたその青年に対して、カミラは一瞬苦笑い見せるが、直ぐに受け取ったグラスを軽く煽り、今度は純粋な笑みを返して話しかけた。


「あら、ボルデンブルグ男爵、私が刺激を求めると、どうして大事に成るのかしら?」

「まず、伯爵はひどく落ち込むだろう。自分は奥方を満足させられない半人前か、とね。すると・・・」

「すると?」


 ボルデンブルグ男爵は、吟遊詩人のように身ぶり手振りを加えながら、大袈裟に語り出す。


「伯爵が落ち込めば、彼は仕事が手につかなくなる。仕事が手につかねば采配が遅れる。采配が遅れれば、農民たちの作業が遅れる。作業が遅れれば・・・」

「小麦の出来が遅くなる、かしら?そのご講釈、『葬儀人が儲かる』ってオチまで続けるおつもり?」


 クスクスと笑うカミラの姿に、ボルデンブルグ男爵は満足げに頷いた。


「うん、君はやはり、笑顔でいる方が良い。伯爵婦人でなければ、求婚してモラヴィア辺りに新居を構えたいぐらいだ」

「あらあら、あなたの言葉の方が大事の火種になるのではなくて?」


 言葉とは裏腹に、カミラは男爵の言葉が嬉しかった。

 酔った勢いもあるだろうが、出会って半年余りという、目の前の青年が自分に好意を抱いてくれている事を、彼女は知っていた。

 そして互いに、それが叶わぬ夢物語であることも理解しており、こうした酒の席での冗談の種にするだけで、満足だった。

 

「おおっと、これは口が滑った。これは俺の独り言、どうか忘れてくださいませ」


 そして青年は、空になったグラスをカミラの手から取り上げる。

 そしてカミラもこれまでの会話がなかったかのように振る舞う。


「ええ。・・・それで、どのようなご用件だったかしら?ボルデンブルグ男爵?空のグラスなら、メイドの誰かにお渡しくださいな」

「おっと、ご親切にどうも。本日はお招きくださり、ありがとうございます、カールステン伯爵婦人。では、今後とも息災で」


 男爵は最敬礼を伯爵婦人に送ると、くるりと背を向け、去っていった。

 その後ろ姿に、カミラはポツリと、呟く。


「・・・また、お会いしましょう、へルマン」


 しかし、2人が生きて再びまみえる機会は、訪れなかった。


*****

玄関ホール


 思いのほか酔いの回っていたボルデンブルグ男爵は、風に当たろうと外を目指していた。

 ところが、大扉を潜り、蓮の花が咲く池へと降りる階段で、目の前から来た人物を避け損ない、肩同士をぶつけてしまった。


「おっと」

「おおぅ、これは失礼。酔いを冷まそうと出てきたところでして」


 互いにその場に踏ん張り、よろける程度ですんだ。

 そしてボルデンブルグ男爵は、更に詫びの言葉をかけるべく、姿勢を正して相手を見やる。

 

 たった今到着した客のようで、夜露をしのぐフードを被っており、人相は解らなかった。

 だが、その奥から壮年の男性の声が発せられた。


「こちらこそ、申し訳ない。道中で道を間違え、かなり遅れてしまったもので。大急ぎで参じた為に、未だ少し天地が定まっておらず。・・・ときに、貴人殿」


 こちらに過失があるにも関わらず、それを責めない低姿勢な物言いで男は男爵に問いかけた。


「なんですかな?」

「カールステン伯爵婦人は、まだ舞踏会にご出席でしょうか?ウィーンの我が主人から夫人への伝言を預かっているのです。我が主人は、元はこの辺りの出身でして・・・」

「それは何とも喜ばしい事だ、彼女は友からの便りを、いつも心待ちにしているからね。今なら大広間に居るはずだ。どうぞ中へ」


 そう伝えると、男は男爵に礼を告げて足早に中へと入って行った。

 

 この時の事を、男爵は晩年まで悔いていたと、子孫は語る。


 カールステン伯爵夫人カミラが、吸血鬼の毒牙により命を落としたのは、この日の深夜であった。


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