前編
もう既に混乱しすぎ、思考停止に陥りそうなのを耐えながら考える。
「どうすれば……」
新品特有の光沢を持った腕時計は4:44で止まったまま、時を刻んではいない。
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今日は朝から少しだけついていた。卵を割れば黄身が二つ現れ、余裕を持って会社に着くように家を出れば、普段は遠目から見てくるだけの猫が擦り寄ってきた。
(猫好きの僕からすれば、とても嬉しいことだ!)
仕事でも、以前から上司に命じられていた企画書を提出すれば、滅多に笑わない上司の口角が緩く上がって珍しく労いの言葉を掛けられた。たった一言だったけれども、その言葉は僕を舞い上がらせるには十分だった。緩む頬を抑えられないままに上司の机を離れると、少しして何かにぶつかった気がした。
「……?」
不思議に思い、辺りを見回すがぶつかるようなものは何もない。いつも通りの職場があるだけだ。首を傾げていると、少し離れたところにいた先輩が僕を呼んだ。
「悪いがここまで行って荷物を引き取ってきてくれ」
そう言って住所が書かれたメモを手渡すと、先輩は気をつけて行けよ、と肩を軽く叩いて自分の机に戻っていった。
メモに書かれた住所はここからそう遠くない。車を使わなくてもいいかと思ったが、荷物が何か聞きそびれていたのを思い出し、念のため車で行くことにした。先輩の方を見ると、書類の整理で忙しそうだ。
車を出して書かれた住所の所へ行くと、そこにあったのは昔ながらの古い建物だった。周りはビルや様々な店などの建物が並んでおり、まるでそこだけ時間が止まったままなんじゃないかと思えてくる。
「本当にここで合ってる…よな?」
念のためメモを見るが、やはり住所はここで間違いない。一体何を引き取ればいいのだろうかと思いながら恐る恐る扉を開ける。
中に入ってみると外観ほど古くはなく、和風一色でもなかった。至る所に洋風のものが置かれ、なかには和に似つかわしくないものも置かれていた。だがこれらは一切調和を乱すことなく、建物と一体化していた。
「…あ、すみませーん」
思わず数秒固まってしまったが、先輩からの用事を思い出し声を掛ける。すると奥の方からはぁい、と返事が聞こえてきた。そのまま待っていると、廊下の奥から1人現れる。
「私、クロバ社の者でして、倉橋と申します。こちらに荷物を引き取りに来たのてすが」
「あぁ、クロバ社の方ですか、私は鷺見 瀕です。少々お待ち下さい、持ってきますので」
(さぎみ…ひん?どんな漢字で書くんだろう)
取り留めのない事を考えながら数分待っていると、さっきの人が少し大きめの箱を持って戻ってきた。内心
(車で来て正解だったな)
と思いながら荷物を受け取ると礼を言い、建物から出た。
「お気をつけて」
という声を聞きながら。
「今日はやけに気をつけて、て言われるなぁ…」
先輩にも気をつけて行けと言われたのを思い出し、なぜこんなに気をつけろと言われるのだろうと不思議に思いながら荷物を車に詰め込む。運転席に乗り込むと、会社に戻るためエンジンを入れ、そこを離れた。




