074 野菜の種と、帰還への5本のゲーム
「ほら、買ってきたぞ」
俺は数種類の野菜の種を、PCのカメラに向けて掲げてみせた。
近所のホームセンターへ足を運び、取り急ぎ買ってきたものだ。
トマト、玉ねぎ、にんじん、かぼちゃ。
彼女たち四人から要望を聞いて、一人一つずつ選んだ野菜たちである。
もっと多くの種類を買ってきてもよかったのだが、次元間転移の実験段階である今は、成功するとも限らない。まずはこの四種類で試すことになったのだ。
本当なら種よりも苗の方がよかったが、以前の万全な状態でも、転移できる限界は直径30センチまでだった。
おそらく、現状ではそれ以下のサイズになるはずだ。
なので苗ではコスパが悪いため、実験には種を使うことになったわけだ。
俺はモニター越しに、工作室の机の上でティオが見覚えのあるパーツを弄っている様子を眺めていた。他の三人も同様だ。
【恐怖の彷徨う館】で手に入れた『銀色の円盤』を土台とし、
【爆釣王~伝説を釣り上げろ~】で手に入れた、一回り径の小さい『銀色のリング』がその上にはめ込まれる。
そして、【英雄天国】で手に入れた『魔導ケーブル』がそれらのパーツから伸びていた。
あとは俺が手元で操作している、【ブロート3】で手に入れた『魔導水晶』をリングの上に乗せれば、かつてティオの研究室にあった魔導通信機が復活することになる。
最後にティオは、鉄鉱石からクラフトした30センチ四方の鉄板を棚から取り出すと、それを通信機の前に置いてケーブルと繋げた。
「――よし、これで最終チェックは完了、っと」
準備を終えたティオが満足そうに笑っていると、その背後からソフィーさんが顔をのぞかせた。
「ねえ、ティオ。通信機のパーツがゲームのクリア報酬で揃っていたのはわかりますが、『魔石』はどう用意したのですか? あれがないと魔法陣を描けないはずですが。それに、なんだか魔法陣の色が、今までと微妙に違う気がしますし」
「確かにそうですねぇ。『爆釣杯』での海竜戦で魔法陣を描いた釣り竿よりも、赤みが弱いといいますかぁ。若干オレンジっぽい……ですかねぇ?」
「…………………」【そうなの? 私にはよくわからないけど……(;゜Д゜)】
「……俺も全然わからない」
「お、このわずかな色の違いに気付くなんて、さすがだね」
魔法陣を囲んでのぞき込む三人+水晶に対し、ティオは笑みを深める。
その発言にソフィーさんはジト目になり、マリアさんは少し困ったように苦笑いをした。
「当たり前です。私がどれだけ、貴方の魔道具の爆発に巻き込まれたと思っているのですか。その程度見抜けなければ、もっとひどい目にあってます」
「いや、あなたが勝手をしなけりゃ、今までの爆発事故は半分で済んでるからね?」
「そもそもぉ、それでも半分は爆発事故が起こるのがおかしいのではぁ?」
「…………………」【それはそう(´ω`;)】
改めて聞いても、やっぱりこの二人は問題児だった。
しょっちゅう尻拭いをしているマリアさんは、巻き込まれ続けた結果、ティオの魔道具の些細な違いに詳しくなったのだろう。
魔法に詳しくないツバメさんは、まだそのレベルには達していないらしかった。
ジト目でにらみ合うティオとソフィーさんを、マリアさんとツバメさんが引き離す。
「落ち着け二人とも。で、結局その魔法陣の色がなんだっていうんだ?」
俺の質問に、ティオの視線がこちらを向く。
その顔には『よくぞ聞いてくれた』と書いてあった。よっぽど聞いてほしかったらしく、コホンと一つ咳払いをすると意気揚々と語り始めた。
「お察しの通り、この魔法陣を描くのに使ったのは魔石じゃないよ。残念ながら魔石のストックはゼロ。私の工具箱に入っていた予備は、『爆釣杯』のロッド改造で使い切っちゃったしね。だから、この島で手に入る素材で代用したんだ。ソフィー、魔石の性質は知ってるよね?」
「それはもちろん。いくら私でも、そのぐらいは分かりますよ。魔力の伝導率が極めて高い鉱石です」
ティオが満足そうに頷く。
「その通り。砕いたあと溶剤と混ぜて魔法陣描写の塗料にしたり、魔法の杖に取り付けて魔力を一定に安定させる効果がある。――で、だ。魔力の伝導に優れた鉱石に覚えはない?」
「伝導に優れた鉱石……ですか?」
ソフィーさんが首を傾げる。
ティオはその後、視線をツバメさん、そして水晶へとチラリと向けた。
(……なんだ? 俺たち三人を見た? ってことは、俺たち三人には心当たりがあるっていうのか? マリアさん以外の三人ってことは、タイミング的に……あの時)
その瞬間、俺の頭に一つの鉱石が浮かび、勢いよくティオへと視線を向けた。
ほぼ同時に、ソフィーさんとツバメさんも信じられないものを見るような目で、彼女へと顔を向ける。
俺を含めた三人の額に、冷や汗がにじんだ。
「……ティオ。貴方、まさかとは思いますが、あの洞窟で採掘した『魔力で温度が変わる鉱石』ではありませんよね?」
ソフィーさんがほぼ確信を持ったうえで、どうか自分の考えが外れてほしいと願いながら確認をとった。
しかし、その願いは虚しく、ティオは満面の笑みを浮かべた。
さっきまでは頼もしく感じていた笑顔が、今は不吉なものに思えて仕方がない。
「ご明察! そう、今回使用したのは正にその鉱石だよ! なんと驚きの、魔力伝導率が当社比で120%アップだ!」
「貴方、馬っっっ鹿じゃありませんか!? その鉱石、魔力を込めたら爆発してましたよね!? 洞窟が崩落してましたけど!?」
ソフィーさんが、信じられないようなものを見るような目でティオを問い詰める。
ちなみにマリアさんとツバメさんは、じりじりと少しずつ魔法陣から距離を取り始めていた。
俺も水晶越しでなく同じ場にいたら、間違いなく同じ行動をしていただろう。
しかし問題児Aは、皆の行動を一切意に介さず、チッチッと人差し指を振った。
「大丈夫だって、爆発しないように砕いた他の鉱石と調合したから。その比率を割り出すのに時間がかかったんだよ。それによく考えてみて。ここにいるのは、爆発に巻き込まれ慣れた私とソフィー。その後始末のプロフェッショナルのマリア姉。それに、人間離れした頑丈さのツバメさんだよ? 章介さんは画面の向こうだし。――ほら、安全でしょ?」
「……それはもしかして、『爆発しないから安全』ではなく、『爆発に巻き込まれても平気なメンバーだから安全』という意味ですか?」
「それ以外の意味ある?」
「殴りますよ」
ティオの頭のネジが数本抜け落ちたマッドな発言に、ソフィーさんが拳を握り込んだ。
「そうは言うけど、よく考えてソフィー。どのみち魔石が手に入らないこの状況じゃ、代替品は必須なんだから。ならさっさと実験をして、問題点を洗い出した方がいいでしょ」
「……そう言われると、確かにそうかもしれません。爆発するのが早いか遅いかの違いなら、早い方がマシですか」
「でしょ?」
二人の間で結論が出たらしく、ティオが魔法陣をセットし始める。
そのやり取りを水晶越しに見つめながら、俺はさっきから黙っている二人に声をかけた。
「……なあ、あの二人って昔からあんな感じなのか?」
「そうですねぇ。普通なら爆発する前提ではなく、そもそも爆発させないように努力するものなのですけどねぇ」
「…………………」【ホントにあの二人は似た者同士だよね。常識から2~3歩外れた場所を歩いているところがそっくりだ(´ω`;)】
部屋の壁ギリギリまで後退した二人が、苦笑いを浮かべながら答えた。
「……ただ、常識を外れたその行動が、ときに数歩飛ばしで目標へと近付くのですよねぇ」
「…………………」【天才と何とかは紙一重っていうけど、まさにそれを体現しているよね。いい意味で( ̄▽ ̄)】
「今の言葉に、いい意味ってあった?」
二人はそろって微笑むだけで、何も言わなかった。
そうこうしているうちに、実験の準備が完了した。
「――よし、これでセッティングは完了! あとは魔力を通すだけだね。皆、準備はいい?」
「大丈夫ですよぉ」
「…………………」【私もオッケー('ω')ノ】
「いいですよ。やってくださいティオ」
ティオが壁際に向かって声をかけると、そこには工作室の頑丈な机の裏に回り込み、盾代わりにしながら顔をのぞかせる三人の姿があった。
完全に爆発する前提の対応である。
ティオはその様子を一瞥すると、最後に水晶へと目を向けた。
「じゃあ、章介さん。その水晶を机のリングの上に乗っけてもらえる? それで魔導通信機は、完全に作動するはずだから。……あ、あと野菜の種をモニターの前にセットしてくれるかな? モニターの中央、手前20センチの位置。±2センチ以内で」
「注文が細かいな。ちょっと待て。……えーっと……この位置か。よし、いいぞ」
俺はティオの言う通りに寸法を測って種の袋をセットすると、水晶を操作して、組みあがった通信機の土台の上へとはめ込んだ。
これで本来の魔導通信機の機能が復活したことになる。
「それじゃいくよ。実験開始!」
水晶が完全にリングと接続し、淡い光を放ち始めたところで、ティオは両手で魔法陣へ魔力を流し込み、以前聞いた異世界の呪文を唱え始めた。
「■■■□□■■■〇■■■■■■■■■■□■■■■■〇●〇■■■■□■□■■■■■■」
呪文が進むにつれ、魔法陣が赤く発光し始める。
それは徐々に、徐々に、赤みを深め、光を強めていった。
俺はその光景を息をのんで眺めていた。
「■■■□□■■■〇■■■■■■■■■■□■■■■■〇●〇■■■■□■□■■■■■■」
さらに呪文が進む。
魔法陣の輝きは強くなるにつれて明滅を繰り返し、以前の洞窟内で見たように、今にも爆発しそうな雰囲気を放ち始めた。それと同時に、魔法陣の中央に黒い球体が生まれ始める。
その球体が少しずつ大きさを増していくのに連動して、俺の部屋の中にも変化が訪れた。
以前、金貨を転送した時に見たように、モニターの前にも黒い球体が出現したのだ。
「■■■□■□■■……■■■■!!」
そして、最後にひときわ大きな声で呪文を唱え終えると、一気に膨れ上がった球体が種の袋を飲み込んだ。
直後、球体が萎むように消え去り、そこにあったはずの種の袋は跡形もなく消え失せていた。
俺は慌ててモニターを覗き込んだ。
そこには――。
部屋を赤く染め上げていた魔法陣の光がゆっくりと治まると、彼女の目の前、魔法陣の上に野菜の種が四つ。間違いなく転移しているのが見えた。
転移実験は成功したのだ。
「……お、おお?」
ティオが手元の種をまじまじと見つめる。
背後の机の陰から恐る恐る顔を出したソフィーさんも、その光景に目を大きく見開いた。
「……もしかして、転移実験は成功したのですか?」
驚愕の入り混じった震える声で、ソフィーさんがティオに尋ねる。
その声に、ティオは微笑んで振り返った。
「そうだよ、ほら。野菜の種。一つだけ疑問点はあるけど、概ね成功したと言って間違いないよ」
「……本当に?」
「だから本当だって。驚きすぎでしょ、ソフィー。元々このサイズ程度の転移は成功してたんだし――」
「いえ、貴方の実験が爆発しなかったことに驚いているのですが」
「驚くの、そっち!?」
ソフィーさんの発言に、今度はティオが驚きの声をあげた。
俺は今のやり取りで、思わず椅子の肘掛けから腕をずり落としそうになった。
驚くところそこかよ。普段、どれだけ爆発させているんだ。
再び口喧嘩を始めた二人を呆れた目で眺めていると、ツバメさんがススッと魔法陣の前までやってきた。
そして、野菜の種を震える手でつかむと、宝物のように頭上へ掲げた。
「…………………」【お、おお、種……野菜の種だ! これで野菜の種類が増える! 章介君ありがとう! (´▽`)】
「え? ああ。といっても、俺はそれを買ってきただけだしな。礼ならティオに言ってあげてくれ」
「…………………」【そりゃもちろん! (´▽`)】
「よかったですねぇ、ツバメ様。それに、これで食卓のレパートリーが増えますしぃ、行商人イベントもこなせるようになりますねぇ」
ツバメさんの後に続くようにやってきたマリアさんも、嬉しそうに笑っていた。
野菜の種類もそうだが、行商人イベントが発生するようになれば、香辛料や調味料が手に入る可能性も出てくる。
彼女の料理の幅も一気に広がるだろう。
「――ったく。私が常日頃から、爆発ばかりさせているような言い方しないでくれる?」
「実際しているのだから、仕方ないでしょう」
三人で野菜がどうだ、料理がどうだと話していると、しばらくして口喧嘩が一段落したティオたちがこちらへとやってきた。
「お疲れティオ、さすがだな。一回で成功させるなんて」
「うん、ありがとう。と言っても、このサイズの転移はすでに成功させていたから、あくまで代替品の確認って意味合いが強いんだけどね」
俺が労いの声をかけると、ティオは言い合いをやめて水晶の方を向いた。
しかし、その表情には実験成功の喜びだけでなく、どこか納得がいかないような、考え込むような色が見えた。
「どうした? 何か問題でもあったのか?」
「……うーん、ちょっとね。……章介さん、今そっちに出た球体の大きさってどのぐらいだった?」
「球体の大きさ?」
予想外の質問に、俺はついさっきの光景を思い返す。
「……モニターの手前20センチにセットして、最大の大きさの時にモニターとの隙間が確かこれぐらい……だいたい10センチぐらいか? ってことは直径約20センチってとこかな」
それを聞き、納得したようにティオは頷いた。
おそらく最初からティオの中で見当はついていて、自身の考えが合っているかの確認だったのだろう。
「私の目算もだいたい一緒だね。直径20センチ。ただそうなると、少し問題が発生する」
「問題?」
俺たちのやり取りを聞き、他の三人もこちらへ視線を向けているのがわかる。
「そう。さっき言ったように、元々このサイズの転移理論は完成してるんだよ。直径30センチまでなら問題なくね。――で、これもさっき言ったけど、代用した鉱石の魔力伝導率は、魔石のおよそ120%。本当なら、30センチ以上に球体が膨らむはずだったんだ」
「しかし結果として、直径20センチで止まったのですよね? つまり、どういうことなのですか?」
ソフィーさんの質問に、ティオは腕を組んで目を瞑った。今彼女の中で、仮説を組み上げているのだろう。
俺たちはそれを邪魔しないよう同じく口を噤み、彼女が言葉を発するのを待つ。
そして約30秒後。ゆっくりと目を開いたティオが話し始めた。
「……仮説、なんだけど。さっきの次元間転移のとき、わずかに空間干渉を阻害されているような感覚があった。で、私にはこの感覚に近いものに覚えがある」
「覚え、っていうのは?」
「ほら、章介さんにも覚えがあるでしょ? 空間転移が阻害されたこと。――正確に言うと、ゲーム間の移動ができない状態だったやつ。アレに近いと思う」
ティオの言葉に、俺は目を見開いた。
確かにその状況には覚えがある。
まだ全員が合流しておらず、他のメンバーを探してゲームを渡り歩いていた時のことだ。
あの時は、入り込んだゲームが転移失敗の影響でバグっており、そのゲームを攻略するまで他のゲームへの移動が制限されていた。
「一番最初の時、章介さん言っていたよね? 転移の影響で、PC内のゲームがいくつか挙動がおかしくなった、って。合計で『10本』。そして私たちが今までクリアした本数は『5本』。――おそらく、その残りの『5本』のゲームが、このPC内に影響を及ぼしてる可能性がある」
そこまでの仮説を聞き、彼女が何を言おうとしているのかはっきりと理解できた。
今までバグったゲーム間を移動するためには、一度それをクリアし、正常な状態へ戻す必要があった。
――ということは、つまり。
皆の視線がティオへと集まる。
そして、その視線を受けたティオは一度大きく頷き、口を開いた。
「私たちが元の世界に帰るためには、次元間転移の研究と並行して――残り『5本』のバグったゲームを攻略する必要がある」
こうして俺たちは、再び残りのゲームの攻略へと向かうこととなった。
読んでいただきありがとうございます。
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次回投稿は来週、10月17日(土)夕方以降になります。




