067 次なる目標は開拓レベル5、そして脱走
時刻は午後二時前。
俺たちは第五のゲームを攻略し、再び拠点となる無人島へと戻ってきた。
初めは俺とティオだけだった無人島だが、一人、また一人と合流し、ついに転移で離れ離れになっていた四人全員が再会を果たすことができた。
何よりも優先すべき第一の目標は、これで無事に達成できたことになる。
激闘を終えたばかりの四人はさすがに疲労困憊のようで、拠点の小屋へと戻るなり、ティオとソフィーさんはテーブルに突っ伏し、マリアさんとツバメさんも疲労の色を隠しきれていなかった。
俺はシステムのアイテム画面から食料を取り出すと、手伝おうとするマリアさんを椅子に座らせ、ささっと簡単な料理を作ってテーブルへと運んだ。
メニューは毎度おなじみ【サンドイッチ】と【ミルク】だ。
もう少し凝ったものを作ってやりたいところだが、今の無人島の開拓レベルではこれ以上の食材が手に入らないため、しばらくは我慢してもらうしかない。
カシャと皿を置いた音に反応したのか、あるいは料理の匂いに釣られたのか、ティオとソフィーさんがむくりと顔を上げた。
それと同時に、誰のものとも分からない『グ~』という腹の音が鳴る。
その音に、俺は思わず笑みをこぼした。
「皆お疲れ様。無事に再会できた喜びとか、冒険での疲労とか色々あるとは思うけど、まずは飯にしよう。さすがに皆腹が減っただろ」
「……あー、そうだね。言われてみれば、すごくお腹が空いたかも。ありがとう章介さん、いただくよ」
「同じく、お腹と背中がくっつきそうです。ありがたく、いただかせてもらいますね」
「申し訳ございません、昼食の準備をお任せしてしまってぇ。いただきますねぇ」
「…………………」【ありがとう章介君。ゴチになりまーす( ´∀`)】
四者四様の挨拶をして、彼女たちは目の前のサンドイッチに手を伸ばした。
その消費ペースは凄まじく、いつにも増した速さで皿の上が空になっていく。余程空腹だったらしい。
俺はこっそりとアイテムを取り出し、追加でサンドイッチを作っていく。
どう考えても足りなさそうだった。
それからしばらく、食事の音だけが小屋の中に響いた。
俺もモニターの前から立ち上がり、冷蔵庫を漁って冷凍チャーハンを取り出すと、レンジで温めて遅めの昼食をとった。
そして全員が食事を終え一息ついたところで、これからのことについて話し合うことになった。
「それじゃあ今後のこと、元の世界への帰還方法について話し合いたいんだけど、その前に……」
そう言うと、ティオはガタリと椅子を引いて立ち上がり、深く頭を下げた。
「ごめん……! 私の転移が不完全だったせいで、皆を危険に晒してしまった。……本当にごめんなさい……!」
その姿に、皆が驚いて目を見開く。
「は、ティオ? 貴方、何を言って……? そもそもあの時は他に選択肢なんてありませんでしたし、あれは全員了承の上ではないですか。……あ、ツバメは意識がなかったから全員ではありませんでしたか」
「そうですよぉ。あれは最善の選択をした結果でしたし、むしろティオ様のおかげで皆助かったのですよぉ?」
「…………………」【そうだよ。謝られることなんか何もないし、こっちがお礼を言う立場でしょ? (;´・ω・)】
皆がティオを庇うように声を上げるが、彼女が頭を上げることはなかった。
あの時、まだ俺とティオの二人しか居なかった頃、彼女が思いを吐き出した時があった。
そして俺の言葉で前を向いてここまで来たはずだったが、それでも心の底では、自身への無力感と罪悪感を払拭しきれていなかったようだ。
何か声をかけようと口を開きかけたが、そのまま閉じる。
ここでティオに声をかけるべきは俺じゃない。一緒に死線を越えてきた彼女たちだ。
「……それでもだよ。私がもっと魔術を上手く発動できていれば……もっと魔道具の精度を上げていれば。……もっと私が――」
「――ティオ、こちらを向いてください」
ティオの隣に座っていたソフィーさんが、同じく椅子を引いて立ち上がる。
その声にティオが顔を上げた、次の瞬間――。
「……ソフィー? どうしたの――――痛ったぁあああああ!!!?」
ティオが顔を上げると同時に、ソフィーさんの拳がティオの頭を思いっきりぶっ叩き、鈍い音が辺りに響いた。
そのままティオは崩れ落ち、床に蹲る。
ちなみにソフィーさんも余程力強く殴ったのか、自身の左手を押さえて唸っていた。自爆したようだ。
しばらく床で呻いていたティオだったが、頭を押さえながらゆっくりと起き上がってきた。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「……痛ったあ。頭が割れるかと思ったんだけど……。いきなり何するのよ、ソフィー?」
ティオの睨みに、ソフィーさんは手を押さえながら何でもないように答えた。
「何するも何も、今のは『転移を失敗し、私たちを危機に晒したことに対する罰』です。そうでもしないと貴方、いつまでも引きずりますからね。ですので皆を代表して執行しました。という訳で、この話はこれで終わりです」
その言葉にティオは目を丸くしていたが、マリアさんとツバメさんの笑っている顔を眺め、最後にソフィーさんに視線を戻してその表情を見ると、やがて小さく苦笑いを漏らした。
「……そっか。罰を受けちゃったんなら、しょうがない、か。気持ちを切り替えなきゃね」
「そうですよ。そもそもティオが落ち込んでいる状態というのがおかしいのです。貴方、研究室を半壊させても反省しないほど太々しいのに、何を繊細な振りをしているのですか。鳥肌が立ちますよ?」
「……ちょっと。他の誰に言われても、あなただけには言われたくないんだけど」
「それはお互い様ですね」
そう言って、二人は顔を見合わせて笑った。
ひとしきり笑い終えると、ティオの顔から後悔の色は、もう欠片も見えなかった。
「よし、それじゃあ改めて今後の話をするよ。皆が無事に合流できたから、次は元の世界に帰る手段なんだけど。その前に――」
そこまで言うと、ティオは再び言葉を区切る。そして視線をマリアさんへと向けた。
皆の視線も彼女へと集まる。
正確には、彼女の膝の上に。
「……ねえ、マリア姉。なんで雷狐がここにいるの?」
そう、マリアさんの膝の上には未だ寝たままの雷狐が乗っており、執拗なナデナデに時折無意識に爪を立てては、彼女の手にひっかき傷を増やしていた。
最初から気にはなっていたのだが、彼女は【英雄天国】から抱きかかえたまま、無人島へと連れてきてしまったらしい。
……まあ、一応コイツもアイテム扱いだし、優勝ロッドや薬草なんかの前例もあるからおかしくはないんだけど。
ティオの質問に、マリアさんは心底不思議そうな顔をして答えた。
「何を仰っているのですかぁ? 雷狐ちゃんがここにいるのは当然ではありませんかぁ。ずっと一緒だったのですからぁ?」
「いやいやいや!? ずっと一緒ではなかったでしょ!?」
「何言っているのですか!? 記憶の捏造はやめてください!?」
「…………………」【マリアちゃん、ついに動物欲で記憶に異常が……(ノД`)・゜・。】
「……本当マリアさん、どんだけ動物に飢えてるんだよ」
俺たちの引き気味の視線にも、キョトンと疑問符を浮かべたままのマリアさんとの温度差が酷かった。
しかし、このまま口論をしていても話が進まないと判断した俺たちは、特に害がないならと諦めることにした。
強いて言うならマリアさんのポンコツ化は害かもしれなかったが。
「……えーと、それじゃ気を取り直して。まずは帰還の方法なんだけど、転移の際に紛失した魔道具のパーツはほぼ集まった。これだけでも最低限の転移魔術は発動できるんだけど……」
「今のままでは成功率は1%、ということですよね?」
ソフィーさんの補足にティオは頷く。
元々、不完全な転移の影響で、皆がいくつかのゲームに転送されただけでも奇跡的な確率を引き当てた結果だ。
もう一度同じ条件で転移をしたとして、無事に元の世界に戻れる方が難しい。
はっきり言えば、心中になる可能性がほとんどを占めている。
――つまりだ。
「だから私は、この島で異世界転移の魔術理論を完成させなきゃならない」
しばらくはこの無人島を拠点として、研究を進めていく必要があるということになる。
そのティオの発言に対する、残りの三人の反応は――。
「ということは、しばらくこの島でバカンスということですね!?」
「では、生活環境をもう少し整えなければなりませんねぇ」
「…………………」【この島って海も山もあるんでしょ? 山の幸も海の幸も獲り放題だね(´ω`*)】
――諸手を挙げて喜んでいた。
その光景に、思わずツッコミを入れてしまう。
「いやいや、皆そんな軽く言うけどいいのか!? しばらくは――っていうか、もしかしたら月単位、下手すると年単位でここに居なきゃならないんだぞ!?」
そんな俺の心配もどこ吹く風で、食い気味に返された。
「むしろラッキーではありませんか! あの堅苦しい王城生活に比べれば、自給自足の無人島生活なんて天国ですよ! 私にとっては!」
「私はソフィーリア様が良いのであればぁ、それに付き添うだけですのでぇ」
「…………………」【右に同じく( ´∀`)】
「軽っ!? そんなんでいいわけ!?」
あまりの軽さに再度ツッコミを入れるが、皆からゲーム内に取り残された悲壮感は欠片も見えない。
そしてソフィーさんは俺に顔を向けると、ニコリと笑ってこう答えた。
「それに、残念ながら何年もかかったりしませんよ。――私の親友は天才ですから」
そこには、ティオに対する確かな信頼があった。
彼女たちが積み上げてきた絆が垣間見える。
「……そうか」
俺の口からは、それ以外の言葉は出なかった。
きっと俺も、ティオなら『出来る』と心のどこかで思っていたのかも知れない。
「……って、信頼されてるのはいいんだけどさ。さすがの私も何もない無人島じゃ、研究もまともに進まないよ? だから章介さん。……何かいい方法ない?」
そう言いながら、ティオは俺をジッと見つめる。
今までのティオだったら自分一人で抱え込んで、こんな風にはっきりと俺に頼ろうとはしなかっただろうが、そんな彼女の悪癖も直ってきたようだ。良い傾向だった。
だったら俺も、それに応えてやるしかない。
「ああ、もちろん方法はある。それは【工作室】の増築だ」
「工作室?」
皆の視線を受け、俺は次に目指すべき目標を答える。
「そう、この【わくわく☆無人島ライフ】は自給自足の他にも、色々なものを自由に作れるんだ。そこで必要になってくるのが【工作室】。これを増築することによって、様々なものの製造が可能になってくる。むしろこれを増築してからが、このゲームの本番と言っても過言じゃない。その条件は――この無人島の開拓レベルを『5』にすること。これで建築材料さえあれば増築が可能になるんだ」
「……つまりレベル5になれば」
「ああ、お前が研究に必要になるだろう道具も、ある程度は揃えることができるはずだ」
俺はティオに向かって力強く頷いた。
それを見たティオが口角を上げる。
元の世界への帰還までのロードマップ、その道筋がはっきりと見えた瞬間だった。
そして俺の答えを皮切りに、皆から次々に質問が飛んでくる。
「ちなみに現在の開拓レベルはいくつなのですか?」
「今はレベル3だな。あと2つレベルを上げる必要がある」
「それでぇ、レベルを上げる方法というのはぁ?」
「果物や野菜を収穫したり、魚を獲ったり……普段の生活の積み重ねでポイントが溜まっていって、一定まで溜まればレベルが上がる感じかな」
「…………………」【それじゃ、やることは……(´・ω・`)】
「――ああ、無人島を楽しむことだ」
その言葉を合図に、彼女たちの表情が今までで最高に輝いた。
真っ先にソフィーさんが立ち上がる。
「それでは釣りに行ってもよろしいですか!? 以前教えていただきましたけれど、この島でも様々な魚が釣れるのですよね!?」
「ああ、もちろん。色々と釣ってポイントを稼いでくれれば、レベルも上がるしな」
俺の言葉に満面の笑みを浮かべ、早速とばかりに部屋の入口に立てかけてあった爆釣杯優勝のロッドを片手に、玄関のドアに手をかけた。
「目の前の道をぐるっと回ると桟橋があるから、そこで釣るといいぞ」
「分かりました! 待っていて下さい、夕飯の魚を釣り上げてきますので!」
そしてソフィーさんを見送ろうとしたタイミングで、雷狐が目を覚ました。
雷狐は寝ぼけ眼で辺りを見回し、ソフィーさん、ティオ、ツバメさん、水晶の順番に顔を向けると、最後に自分を抱えているマリアさんへと向き直り、そのまま固まった。
マリアさんは、ずっと気絶していた雷狐が目覚めたことに驚いていたが、やがて喜びの感情が追い付いてきたようで、口元に笑みを浮かべて名前を呼んだ。
「――っ! 雷狐ちゃ――痛ったぁあああ!?」
「フシャァアアアアア!!」
しかし、その名前を最後まで呼ぶことはできず、雷狐は恒例のようにマリアさんを引っ掻いた。そして緩んだ腕の中から飛び降りると、ソフィーさんが開けていたドアの隙間から、一直線に無人島の果てへと駆け抜けていった。
俺たちはその一連の出来事を呆然と眺めていた。
そして徐々に、現在の状況に理解が追い付いてくる。
マリアさんが雷狐に引っかかれるのは毎度のことだ。
ただ一つだけ異なるところがあるとすれば、いつもは威嚇しながらマリアさんの足元にいる雷狐が――。
「……そう言えば、【英雄天国】から無人島に移動したから、もう雷狐は装備品扱いじゃないのか」
「……さらに言うなら、マリア姉の『威圧の魔眼』も復活してるんだよね?」
「……そして今の状況。タイミング悪く私がドアを開けた瞬間で」
「…………………」【……ということはこの状況(;゜Д゜)】
皆が無言で、雷狐が走り去っていった方向を見つめる。
そして数秒後。
「「「雷狐が脱走したぁあああああ!!!?」」」【!?(゜Д゜;)】
「雷狐ちゃ―――――――んっ!!!?」
状況を完全に理解した俺たちは叫び、その声は島中に響き渡った。
【緊急クエスト:脱走した雷狐を捕まえろ!】
読んでいただきありがとうございます。
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次回投稿は来週、8月15日(土)夕方以降になります。




