006 異世界のメイドの出会いは恐怖と共に
今、俺の前にあるモニターには、少々重苦しい空気が漂っている。
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ソフィーさんと出会ってから二ヵ月ほどが過ぎ、彼女も俺たちの通信にそれなりの頻度で参加するようになった。
王城から自由に出られないため娯楽に飢えているようで、俺との会話は新鮮で楽しいらしい。
普通なら徐々に仲を深めるものだが、初対面時の醜態やティオを含めた『目玉焼き論争』などのやらかしを経て、三段飛ばしの勢いで距離が縮まった。
ティオと俺の仲が良いことが、親友であるソフィーさんの警戒心を解いている最大の要因だろう。
最近はティオを含めた三人でアニメなどを観ることも増えた。
どうやら、ちょっとお色気シーンのある作品がお気に入りのようだ。
本人はあくまで興味がないと言い張っているが、子供すら騙せないだろう。目の輝きと鼻息の荒さが明らかに違う。
そして今日もソフィーさんはティオの研究室へとやってきたが、どうやら世話係のメイドたちの目を盗み、王族としての教育時間を抜け出してきたらしい。
それが、現在のこの状況に繋がっている。
今、画面の向こうでは、ティオとソフィーさんが床で正座をしている。
そして二人の前に立ち、細く開いた目で見下ろしながら微笑んでいるのは、銀色の三つ編みが美しく輝く、俺と同い年ほどに見えるメイドさんだ。
たれ目気味の糸目で、右に泣き黒子がある。非常におっとりとした雰囲気の女性だが、その微笑みから噴出している威圧感は、何かの間違いだと思うほどに恐ろしい。
その威圧を正面から受けている二人は、顔を青くしながら震え、俯いている。
画面を隔てたうえに、矛先がこちらではない俺ですら、言葉を発することを躊躇ってしまうほどだ。
正直、モニターの電源を切って逃げ出したいが、少しでも動いたら命を取られそうな緊張感がある。
『ソフィーリア様。羽目を外しすぎなければ、自由時間に何をなさっても構いません。ですが最低限、各種教育はきっちりとお受けくださいと、何度も申し上げていますよね?』
メイドが微笑を浮かべたまま問いかける。
薄く開いた糸目から覗く青い瞳は、高温で燃える青い炎のような恐怖を放ち、言葉そのものが重力を発生させているかのような錯覚を引き起こしていた。
ソフィーさんは、局所地震でも起こったかのように震え始めた。
『そしてティオ様。研究室はもう少し片付けてくださるようお願いしたはずです。この間私が整理したばかりの貴重な資料や危険な薬品が、なぜ、もうこんなに散らかっているのですか?』
名前を呼ばれた瞬間、ティオの体がビクンと大きく跳ねる。
メイドが言葉を発するたびに冷や汗をだらだらと流しており、まるでサウナに放り込まれたかのような有様だ。
『私は最低限の約束事さえ守っていただければ、特にうるさく言うことはいたしません。ただ、その最低限が守れないというのであれば、お二人が理解なさるまで『お話』をしなければなりません。……お分かりになりますよね?』
『『はい、本当に申し訳ありませんでした』』
声をシンクロさせて頭を下げる二人。そのまま土下座しそうな勢いだ。
メイドはそれをしばらく無言で見つめていたが、やがて軽いため息を吐くと重圧を解いた。
見つめていたのはほんの数秒だったはずだが、彼女たちにとっては、その何十倍もの時間に感じられたことだろう。
『反省していただけるのなら、私からはこれ以上は申しません。ソフィーリア様は後日、追加の教育を受けていただきます。ティオ様はこの後、研究室の片付けを。私もお手伝いいたしますので』
『『……わかりました』』
またもやシンクロする二人。本当に仲がいいな。
そんなことを考えながら背景に徹していたが、例のメイドがこちらを向いた。ついに俺の番が来たらしい。
叱られる心当たりはないが、二人の惨状を見ていたせいで、自然と姿勢が正される。
緊張のあまり、自分が唾を飲み込む音さえ大きく聞こえた。
『お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。初めましてぇ、ソフィーリア様付き侍従頭のマリアメア=シルヴァランスと申しますぅ。どうぞよろしくお願いいたしますねぇ』
「……は、はいぃ?」
やばい、思わず声が裏返ってしまった。
さっきまで重圧を放っていた人物と同一とは思えないほど、おっとり、ほんわかした雰囲気だ。語尾も所々わずかに伸びている。
今の姿だけを見れば穏やかで優しそうなお姉さんだが、あの魔王のごとき威圧を体感した後では、とてもフレンドリーには話せそうにない。正直、怖い。
あまりの豹変ぶりに言葉を詰まらせていると、見かねたソフィーさんが助け舟を出してくれた。
『章介さん。マリアはこちらが普段の姿ですので、そこまで構えなくても大丈夫ですよ。基本的におっとりしてますので…………怒らせない限りは』
最後に不吉な補足をボソッと付け加えた。
だが、その呟きが聞こえているはずのマリアメアさんは、穏やかに微笑んだままだ。どうやら普段は温厚というのは本当らしい。さっきの衝撃が強烈すぎて、温厚というイメージがわかないだけで。
少し落ち着きを取り戻し、まずは初対面の挨拶を返す。
「す、すみません、返事が遅れまして。武田章介といいます。そちらの二人とは通信を通して懇意にさせてもらっています」
『はい、章介様のことはソフィーリア様から伺っておりますぅ。お二人とも、章介様とのお話はとても学びになり、楽しいとぉ』
「それなら良かったです。ただ、自分との通信のせいで習い事をサボらせてしまったようで……申し訳ありませんでした」
『いいえぇ、それに関しては章介様に非はありませんのでぇ。ソフィーリア様は以前から脱走癖がありますからぁ。普段は責任感もあり王女として申し分ないのですが、時々暴走して奔放になられると申しますかぁ……』
サボりとは知らなかったとはいえ、原因の一端として謝罪したが、どうやら彼女は常習犯だったようだ。その『時々暴走』とやらの想像も容易につく。
だが、サボりはよろしくない。一言釘を刺しておくことにした。
「ソフィーさん、サボりはダメだよ?あまりマリアメアさんに迷惑をかけないように。通信はほとんど毎日繋いでるし、俺も空いている時間なら可能な限り付き合うから」
『何をおっしゃるんですか!【お色気☆ハプニング】のアニメ最新話が今日配信なんですよ!? 私は王女として見聞を広めるために、至急視聴しなければならないのです。決して、やましい気持ちはありません!』
全く重要ではない理由で食い気味に反論された。
ちなみにそのアニメは、ラッキースケベ体質な主人公が学園生活の中で女の子たちとムフフなハプニングに巻き込まれるエロコメだ。
王族の教育より優先する理由は微塵もない。どこに見聞を広めるつもりだ。
呆れていると、不意に背筋へ冷たいものが走った。
『ソフィーリア様ぁ? もしや、反省をしていらっしゃらないのでぇ?』
『ひゅぃっ!?」
(何やってんだよ王女様! 変な鳴き声を上げてる場合じゃないだろ!)
再び膨れ上がる重圧に、心の中でソフィーさんへクレームを入れる。すると、いつの間にか気配を消して寄ってきたティオが、画面いっぱいに顔を映して小声で話しかけてきた。
『章介さん……見ての通り、マリア姉は怒ると魔王より怖いんだよね』
「怖いにも程があるだろ。画面越しで、しかも直接怒気を向けられていない俺ですら冷や汗が止まらない。逆鱗がどこにあるかわからなくて、怖くて会話ができないんだが?」
『さっきソフィーも言ってたけど、普段はおっとりしてるから大丈夫。私たち以外を怒っている姿なんて、まず見たことないし』
「……ちなみに、二人は何でそこまで怒られたんだ?」
『えーと、今回で言えば……ソフィーは教育をバックレるために王城の三階の窓から脱走したでしょ? 私は、以前研究室を半壊させた薬品なんかを散らかしたままだったから。それを何度も、具体的には週一くらいでやらかしてる感じかな』
「そりゃ怒られるだろ! アホかお前ら!」
器用に小声でツッコむ。
改めて聞くと、この二人、問題児すぎる。そりゃあ温厚なマリアメアさんだってキレるはずだ。
というか、毎回あの恐怖を味わいながら何度も繰り返すこいつらのメンタルはどうなっているんだ。きっと心臓がチタン合金でできているに違いない。
『いや、確かに毎回、死を覚悟するくらいの恐怖は感じるんだよ?でも、普段はすっごく優しくて姉みたいっていうか……母性が溢れているから、つい甘えちゃうんだよね。ほら、マリア姉って胸も母性が凄いでしょ?』
そう言って、手で胸の前に山を作るジェスチャーをする。完全なセクハラだ。
「それに対して俺はどう答えればいいんだよ……。そんな話をして、あの人に怒られるのなんて絶対嫌だぞ」
『別にマリア姉はそのくらいじゃ怒らないから。それに、怒ってるかどうか判断したいときは、『糸目が開いて青い瞳が見えているか』、それと『緩く伸びている語尾がキッチリ締まっているか』で見分けられるからさ』
「…………」
『まず滅多にないことだけどね。ただ、そうなったら本当にヤバイんだよ』
「…………」
『その時はなるべく視線を合わせないようにして、すぐに謝罪できる態勢をとっておかないと……』
「…………」
ティオが懸命にマリアメアさんの扱いを解説してくれている。
だが、俺は先ほどから相槌を打てていない。恐怖で喉が引き攣っているからだ。
おいティオ。お前のすぐ後ろに立っているマリアメアさんの目が、薄く開いて、青い瞳がバッチリ見えているんだが。
俺の異変に気づかず喋り続けるティオの背後に、魔王の声が響いた。
『ティオ様。どうやら片付けの手が止まっていらっしゃるようですが、いかがいたしました?』
『ひゅぃっ!?』
さすが親友同士、驚いた時の鳴き声まで同じだ。
見る見るうちにティオの顔が青ざめていく。さながら、魔王の爪を首筋に添えられている気分だろう。
片付けの手が止まっていたのは事実だが、一応、俺のために状況を説明してくれていた側面もある。
正直声を出すのも恐ろしいが、弁護くらいはしてやりたい。
「あの……マリアメアさん。片付けの邪魔をしてすみません。ティオは、状況についていけていない俺に説明をしてくれていただけなんです。できれば今回は、穏便に済ませてもらえませんか……?」
『お気遣いありがとうございます。ですが、これはティオ様の普段の行いの延長ですので、章介様はお気になさらずに。……それと、私のことはマリアとお呼びください』
「は……はいっ、マ、マリアさんっ?」
薄く開いた目で微笑みかけられ、またもや声が裏返った。めちゃくちゃ怖い。
俺の弁護で少し顔色が戻りかけたティオだったが、希望を即座に断たれ、再び絶望の表情でマリアさんに連行されていく。部屋の前にティオ本人が片付けられそうだ。
出荷される子牛のようなティオを見送っていると、今度はソフィーさんがおぼつかない足取りでやってきた。
説教から解放されたようだが、見るからに満身創痍だ。
「……ソフィーさん、大丈夫? 正直、全く大丈夫そうには見えないけど、一応確認だけ」
『……ふ、ふふふ。ええ、心配ご無用です、慣れていますから。……少し、平衡感覚がおかしくて、呼吸が苦しい程度ですので』
青白い顔で引きつった笑みを返される。どう聞いてもダメな状態だ。
というか、これに慣れてしまうのはいかがなものか。いい加減学習してほしい。
「ソフィーさん、今日はもう部屋に戻って休んだ方がいいよ。さすがに顔色が酷すぎる」
『いえ、通常であればそうしたいのですけれど……どうしても外せない、大事な用がありまして』
だが、ソフィーさんにはこの状態でも譲れない予定があるらしい。
自業自得とはいえ、この体調でこなせる用事なのだろうか?
『まだ私は、【お色気☆ハプニング】の最新話を観ておりません』
「正気かお前」
思わず突っ込んだ俺を、誰が責められるだろうか。鋼どころか、もはや未知の超合金レベルのメンタルだ。
確かにこれなら、マリアさんの説教を何度受けても懲りないわけだ。その不屈の精神(?)だけは、無条件で尊敬に値する。
だが、俺は心に誓った。絶対に、マリアさんだけは怒らせまいと。
俺のメンタルと心臓は、どこまでも一般人並みなのだから。
異世界での三人目の友人、マリアメアとの出会いは、二人の友人の図太さと、メイドが見せた底知れぬ恐怖の記憶だった。
読んでいただきありがとうございます。
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