038 【爆釣王】その2 ~初手から詰みの爆釣杯~
太陽の光が降り注ぐ、カラッと晴れ渡った青空。
柔らかい潮風に髪を揺らされながら、俺たちは桟橋に腰を下ろし、ゆらゆらと波打つ海を眺めていた。
この世界に俺たちしかいないのではないか。
そんな錯覚を覚えるほど、穏やかで平和な時間が過ぎていく。
「……平和だな。こうしてボーっと海を眺めてると、細かいことはどうでもよくなってくるな」
「……『世はおしなべて事もなし』、だっけ? まさにそんな感じだよね」
「……少し前まで騒がしい出来事が立て続いていましたから。何事もない時間のありがたみが身に染みます」
「…………誠に申し訳ございませぇん」
そう、何事も起きていない。 即ち、アタリは「ゼロ」。獲物が来る気配すら皆無。
俺たちは揃って遠い目をしていた。
……現実逃避とも言う。
二人に挟まれて座るマリアさんは、肩をすくめて小さくなっていた。
その手に握られた大会用の釣り竿は、波に煽られてプカプカと浮いているだけ。
完全に形骸化している。
俺たちが桟橋に近づくにつれ、魚どころか周囲のカモメやトンビまでが一斉に飛び去っていった。
海辺につきものの羽虫すら一匹も見当たらない。
もはや大規模災害の前触れとしか思えない惨状に、俺は改めてマリアさんの『魔眼』の恐ろしさを体感していた。
支給された餌が練り餌とルアーだったのが、せめてもの救いだ。
これがイソメやゴカイだったら、餌自ら針を外して逃げ出していたかもしれない。
……まあ、肝心の獲物がいない現状、なんの慰めにもならないが。
「……それにしても章介さん、これどうしようか? 壁がどれだけ高かろうと、登るなり壊すなりできるけど、地面そのものが存在しないんじゃ手詰まりじゃない?」
「出来る限りのことは試しましたが、効果はありませんでしたからね。流石の私でも、この状態での釣りは不可能です」
「…………誠に申し訳ございませぇん」
「いやマリアさん、大丈夫ですから! きっとまだ方法はありますって!」
さっきから謝罪を繰り返すマシーンと化したマリアさんを励ます。
彼女の背中はどんどん小さくなり、今にも『貝になりたい』とか言い出しそうな雰囲気だ。
ティオとソフィーさんも流石にまずいと思ったのか、背中をさすって慰め始めた。
あの問題児コンビがマリアさんを気遣うなんて、今後二度と見られなさそうな光景だ。
……しかし、本格的に手詰まりになってきた感がある。
俺たちもこれまで、数々の試行錯誤を繰り返してきた。
まず試したのは『遠距離作戦』。
釣り糸を100m以上伸ばすという単純な策だ。
種類にもよるが、一般的な遠投で30~50m程度、80mを超えれば上級者だという。
試しにと投げたティオが15m、ソフィーさんがさすがの85mという記録を出すなか、マリアさんの剛腕から放たれた一投はまさかの200mオーバー。
だが、アタリは一向に来ない。
どうやら釣り糸を通じて魔眼の威圧が伝播しているらしく、100m離れても魚は食いつかなかった。
次に行ったのは『食いつき代行作戦』。
まずマリアさんから、100m以上離れた場所でソフィーさんが釣りをし、魚が食いついたらマリアさんがダッシュ。釣り竿をバトンタッチし釣り上げる作戦だ。
しかし、他人がヒットさせた獲物はポイント加算されないという仕様に阻まれ、無駄に終わった。
次は『釣り堀作戦』。
ソフィーさんが予め釣っておいた魚をバケツの中にいれ、そこに釣り糸を垂らすというもの。
しかし魚はマリアさんの気配に狂乱し、暴れ回った末に力尽きてご臨終。
ならばと手掴みで捕まえてもポイントは無効。
さらに釣り竿をモリのように使って『獲ったどー!』をしてもダメだった。
システム側から『ちゃんと釣れ』と突き放された格好だ。
最後は『妨害作戦』。
他の大会参加者のすぐ近くにマリアさんを移動させ、魚を近寄らせないという最終手段。
全員ボウズなら一律みな平等。
勝てはしないが負けもしない、死なば諸共作戦。
だが他の参加者は影も形も見当たらない。
どうやらプレイヤーごとに個別エリアが生成されているらしく、物理的な妨害は不可能だった。
そもそもよく考えれば、相手が一人の場合ならまだしも複数人いた場合、全員を妨害するのは無理な話だ。
最初から穴だらけの作戦だった。
つまり、完全なる詰み。
全員で知恵熱を出しながら考え込んでいるのが現状だ。
……しかし、どうしたものかな。一度考え方を変えるべきか。
どうやって『魚を釣るか』ではなく、どうやってマリアさんの魔眼の効果を『すり抜けるか』、に。
それにマリアさんから聞いた魔眼の説明に、何か引っかかるものがある……。
頭をうんうんと唸らせていると、マリアさんを慰めているティオ達の会話が聞こえてきた。
「マリア姉、元気出しなよ。別にやろうとしてやってるわけじゃないんだから、気にしなくて大丈夫だって」
「そうですよ。普段の私達を思い出してください。私達なんて最初からやるつもりでやらかしているのですよ?それでも全く気にしてないのですから」
「…………それは気にしてくださぁい」
(自覚はあるのかよ……。マリアさんが不憫だ……)
マリアさんはツッコミにも元気がなく、体を丸めたままドヨーンとした空気を背負っている。
その様子にティオとソフィーさんは目を合わせると首を振った。
「……こりゃダメだ。ここまで凹んでるマリア姉を見るのは久しぶりだね」
「これはあれですかね?ドラゴン戦での脱出時の足手まといと、マリアのトラウマの魔眼の件が短期間に重なった結果ということですか?」
「プラスその件に、私達が巻き込まれてるからだね。これは下手すると長引くよ」
「魔眼だけはマリアのウィークポイントですよね。さすがの私達でもからかえないレベルの」
マリアさんを挟んで、しみじみと呟く二人の会話を聞き、『あっ』と疑問が解消された。
俺の声に、二人の視線がプカプカ空中に浮く水晶へと向く。
「章介さんどうしたの?マリア姉を慰める方法でも思いついた?」
「それともおやつの時間ですか? 確かに少々小腹が空きましたね」
「いや、残念だけど二人とも違う。ていうかソフィーさん、サンドイッチ摘まんでたでしょ?燃費悪すぎじゃない?……じゃなくて、気になったことがあるんけど」
『気になること?』と二人が首を傾げる。
「マリアさんの魔眼って、生き物を追い払う効果があるんだよな? ――じゃあ、なんでドラゴンは襲ってきたんだ?」
そう、引っかかっていたのはそこだ。
生き物全般に強制的な忌避感を与えるなら、王城での決戦時、ドラゴンは撤退していたはずだ。
つまりマリアさんの魔眼には、効果が及ぶ『条件』もしくは『上限』がある。
「あー、それか。簡単な話だよ。マリア姉を大きく超える力の持ち主には効かないだけ。子猫が威嚇したところで、章介さんは逃げないでしょ?」
「ただ厄介なのは、マリアの『威圧の魔眼』が規格外ということですね。普通であれば『ちょっとした違和感』で済むところが、マリアのそれは『猛獣の檻に入れられた』レベルの恐怖になりますから」
「ドラゴンやそれに準ずる怪物クラスじゃないと、逃げ出さずに留まるのは無理だね。しかも、マリア姉の優秀な基礎スペックに魔眼がかけ合わさって、たまに『空間が歪んで』見えたりするからね。人間相手ならある程度誤魔化すことはできるらしいんだけど、野生の生き物相手だと無理みたい」
「熊や狼程度では逃げ出して終わりですね。それこそドラゴンや、それに準ずる怪物クラスでないと」
「……なるほど。ドラゴン級なら、効果がない……と?」
脳裏にひらめきが走る。
つまり――『怪物クラス』なら、いけるということだ。
黙り込んだ俺を、二人が怪訝そうに見つめる。
マリアさんも、ノロノロと顔を上げた。
その顔はまだ青白く、普段の彼女とは程遠いものだった。
(いつまでもマリアさんに、こんな顔をさせておくわけにはいかないからな)
チラリと壁の時計を見る。
現在の時刻は15:57分。受付を終えてからそろそろ二時間が経過しようとしている。
現在、トップのポイントは328ポイント。
大会の勝敗は四時間の釣果で決めるため、このペースでいけば優勝スコアは650~700前後になる。
そして今までの大会優勝スコアの平均は620。今回はやや高めのペースで進んでいる。
このまま普通に続けても、今からの逆転は不可能に近い。
ならば、一発にかけるしかない。
フリーモードでなら僅かな可能性があるが、大会モードでは不可能とされる、伝説の獲物。
このゲームのタイトルは――【爆釣王~伝説の主を釣り上げろ~】。
起死回生の一手、『伝説の主』を狙う。
ドラゴンが魔眼の影響を受けないというなら、海のドラゴンならどうだろうか。
「なあ、みんな。『海竜』って知ってるか?」
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次回投稿は3月7日(土)20時50分になります。




