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デスクトップ・ファンタジー ~画面の中の彼女たちと挑むゲーム攻略記~  作者: 約谷信太
第四章 ゲーム攻略・合流編【ホラーゲーム】

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031 【恐怖が彷徨う館】その7 ~人数の足りない脱出劇~

 かつてその館には、貴族の夫婦と二人の美しい姉妹が睦まじく暮らしていた。

 

 姉は妹を慈しみ、妹は姉を慕う。


 成長した二人の美貌は国中の噂となり、やがて前途洋々たる婚約者たちにも恵まれた。誰もが、彼女たちの幸福は永遠に続くものと疑わなかった。


 ──だが、暗転は唐突に訪れる。


 別荘で起きた原因不明の火災。姉は焼死し、命を取り留めた妹の顔には、醜く爛れた火傷が刻みつけられた。


 その日を境に、世界は豹変する。


 『そんな化け物のような女と結婚などできるか』、愛を誓った婚約者は掌を返し、実の両親さえも『お前のせいで姉は死んだ』と彼女を罵った。


 愛も、美しさも、居場所も。すべてを失った彼女の精神が崩壊するのに時間はかからなかった。


 軟禁されていた部屋を抜け出した彼女は、たまたま見張りのいない隙をつきフラフラと階段の踊り場へ辿り着く。


 そこで不意に、鏡に映る『自分』と目が合った。


 全てを奪った醜い顔。


 絶望と恐怖の象徴。


 それを見た瞬間令嬢は発狂し、使用人が彼女を見つけたとき、令嬢はすでに息絶えていた。


 この館に、逃れられぬ呪いだけを残して。





 ――――――――――――――――――――――





 俺たちの目の前にあるのは、机の上に飾られた一枚の写真。

 写真立ての中で、生前の姉妹が仲睦まじく笑っている。

 この呪われた館から脱出するための、最後にして最大のキーアイテムだ。


「……はぁ、はぁ、はぁっ……!」


 その傍らで、ソフィーさんが膝に手をつき、荒い呼吸を繰り返している。

 運悪く、この部屋に辿り着くまでに化け物の追跡を受けていた。

 これで通算八度目。

 慎重に動いているはずなのに、なぜか移動のたびに『マリアさんA』に遭遇する。


 ソフィーさんの動きに不備はない。むしろ熟練の斥候のような身のこなしだ。

 それなのに、まるでこちらの動きを読んでいるかのように先回りされる。


(……もしかして、本物の思考パターンまで再現されてるのか?)


 彼女たちの恐怖がマリアさんを具現化したのだとしたら、あり得ない話じゃない。

 それなら、別ルートにいるティオの悲鳴が何度も聞こえてくることにも合点がいく。


 だがそう考えるとマリアさんが少し不憫になってくる。

 行動パターンを覚えるほど、二人が何かしらやらかしてる証拠だし。


「……や、やっと。……これでやっと終わるのですよね?これでもうマリアに追われなくていいのですよね?……この館から出ればあの恐怖から解放されるのですよね?」


 ソフィーさんの声が震えている。

 心が折れかかっている証拠だ。


 無理もない。

 曲がり角の至近距離で出会ったせいで、反射的に躱したソフィーさんのポニーテールをマリアさんAの手が掠めていった。

 正真正銘の危機一髪だった。


 だが、あと一息だ。


 写真を手に取ればイベントが発生し、化け物が部屋に乱入してくる。

 だが、写真に写る『自分を愛してくれた姉』の姿を見せつければ、一時的に化け物の動きは止まり、館の呪いが暴走して崩壊が始まる。

 その隙をついて玄関から脱出する。それがゲームクリアの条件だ。


 猶予は三分。

 作品が混ざり合った影響でルートが塞がり、かなりの大回りを強いられるタイムアタックになる。


 そして最後に重要なことが一つ。


 脱出する際この写真を手放してはいけない。

 この写真を持っていないと玄関が開いていても、何故か外に出ることが出来ないからだ。


 そしてそれはティオの向かった二作目の設定も同様。

 地下の隠し部屋で見つかる日記帳が玄関からの脱出の際必要になる。


 俺はソフィーさんに声をかけ準備が出来るのを待つ。


 写真を手にし、館が崩れ始めるのが合図となり、ティオと同時に脱出する手はずになっている。

 さっき隠し扉が開いた音がしたということは、ティオは日記帳を手に俺達の合図を待っているはずだ。


「ソフィーさん、これで最後だ。写真を手に取ればマリアさんの化け物がやって来る。さっき説明した通りに頼む」


「……はい。写真を見せて動きを止め、館が崩れ始めたら、章介さんの案内で脱出する。……ですね?」


 ソフィーさんは目を閉じ、深く息を吐いた。

 そして両手で自らの頬を──パシンッ!──と叩く。


「……よし。大丈夫です、行きましょう!」


 彼女が写真立てを掴んだ瞬間、扉が勢いよく弾け飛び、能面のような無表情の化け物──マリアさんAが、青い瞳を輝かせて襲いかかってきた。


「ひぃいっ……!!」


 悲鳴を上げながらも、ソフィーさんは咄嗟に写真を突き出すと、化け物がピタリと動きを止め、苦しみだす。

 内側から湧き上がる呪いに悶えながら、化け物は掠れた声で呟いた。

 ほとんど聞こえないような声量だったがこう言ったはずだ。


『お姉ちゃん』、と。


 地響きが鳴り館が震え始め、壁や棚などから装飾品が落ちて破片を巻き散らす。


「ソフィーさん、走れ!」


「は、はいっ!」


 化け物の脇をすり抜けると、俺の案内に従ってソフィーさんは駆けだした。


「扉を出て右! 角を曲がって最初の部屋へ! 暖炉から隣室へ抜けて廊下を直進、瓦礫を飛び越えて!」


「はいっ!」


 曲って、入って、潜って、走って、飛び越え。


 これが障害物競走だったなら、ぶっちぎりで優勝している程の身のこなしだった。


 ソフィーさんと共にこのゲームの攻略を始めてから嬉しい誤算だったのは、彼女の運動能力が俺の想像以上だったことだ。

 王女の知り合いなど彼女の他には勿論いないが、少なくとも一般的な王女の動きではない。

 純粋な筋力は運動部の女子程度だと思うが、障害物を前にした時の立体的な身の軽さが尋常でない。

 瓦礫を乗り越える際も、壁を蹴って一足で飛び越えてしまった。

 思い返せばこの子、俺達と合流した時木の上に登っていたしな。


 ただそのおかげで時間的な余裕が大分生まれた。

 このままいけばそこそこの時間的余裕が出来そうだ。


 このまま何も起きませんように。


 そう祈った。




 ―――――――――――――――――――――




「次を左に!そのまま行けば中央階段が見えてくる!そのまま降りれば出口はすぐそこだ!」


「分かりましたっ!」


 速度を落すことなく駆けるソフィーさんの目の先には一階へと続く中央階段が見えてくる。


 モニター上部に表示されている残り時間は65秒。

 このまま階段を駆け下りるだけなら十分すぎる時間だ。

 ソフィーさんの想像以上の身軽さのおかげでかなりの余裕がある。


 ソフィーさんは中央階段へ飛び込み、手すりを掴んで強引にターン。

 三段飛ばしで階段を駆け下り、踊り場の鏡を横切る。

 呪いが薄れたせいか、あの不気味な鏡も今はただのガラス板に見えた。


 だが、一階へと足を踏み出そうとした瞬間、右の通路から人影が飛び出してきた。


「ひぃっ!!?」

「うぎゃぁっ!!?」


 悲鳴が重なる。

 しかし現れたのは化け物ではなく、見慣れた少女。


「……って、ティオ!驚かさないでください!私の心臓もそろそろ限界なんですよ!?」


「それ私のセリフなんだけど!?あなたは、まだいいでしょ!こっちは一人でどんだけメンタルが削られたと思ってんの!?」


 数時間ぶりの再会に、二人は安堵の表情を見せる。

 揃って悲鳴を上げていたが、この二人が人影程度で怯えるとはよほどこの館の化け物が怖かったようで、人影と足音の恐怖症を軽く発症してそうだ。

 多分クリア後に一晩寝ればケロッと治っているだろうが。


 文句を言いながらソフィーさんが階段を駆け下りティオへと近寄る。

 あとはこのまま二人揃って目の前の扉から外へ出るだけ。

 今まで張りつめていた緊張が僅かに緩む。


 きっとほんの少し前までの、周りに意識を張り巡らせていた状態だったなら気付けたのだろう。


 親友との無事の再会。

 目の前にある出口。


 それらが重なった結果、ほんの僅かに気持ちが緩んでしまった。

 その結果、見落としてしまう。


 ――頭上で、不気味な軋みを上げるシャンデリアに。


「っ!?ソフィー、危ないッ!!」


 いち早く気づいたティオが、ソフィーさんを突き飛ばすように抱きかかえ、床を転がった。




 ──ゴッシャアアアアアンッ!!




 轟音と共に、巨大なシャンデリアがロビー中央に激突し、無数のガラス片を撒き散らした。

 一歩、いやコンマ数秒遅れていれば、二人は赤いシミに変わっていただろう。


「二人とも、大丈夫か!?」


「…痛ぅ。あっぶな、ギリギリだった。私は平気。ソフィーは?」


「…私も何とか。助かりましたティオ。ごめんなさい油断しました」


 二人がゆっくりと起き上がり振り返る。

 どうやら天井の一部ごと落下したようで、ついさっきまでソフィーさんがいたロビー中央には瓦礫がいくつも重なり合っていた。


「…こんなイベント存在しないぞ?……いや、二作目の開始時点では崩れていたっけか?…もしかして一作目と二作目の間に起きた崩落?」


「あと一歩のところまできてゲームオーバーなんて洒落にならないよ」


「……本当ですね。最後まで気を抜くなといういい教訓になりました。早くここから出ましょう」


 ソフィーさんが促し、駆け出そうとした──ティオの足が、止まる。


「……あ」


 青ざめるティオ。

 何かに気付いたように、慌てて辺りを見回している。

「ティオどうしました?時間はあまりありませんよ?」


 扉は今まで固く閉ざされていたのが嘘のように口を開き、すでに数歩の距離。

 しかしその数歩でアクシデントが発生した。


 ソフィーさんに抱えられながらティオを見た俺はあることに気付く。


 さっきまでその手に持っていたはずの、()()()()()()()()()()()()ものが見当たらない。


「…ティオ、お前…日記帳はどうした?」


「…まさか…」


「…そのまさかだよ…。しくじった、最後の最後で」


 それは【恐怖が彷徨う館】二作目最後のキーアイテム。

 館からの脱出に必須である日記帳がティオの手の中から消えていた。

 さっきソフィーさんをかばった拍子に手から離れてしまったようだ。


 俺は血の引いた感覚に襲われながら瓦礫の山を見た。

 この瓦礫に埋もれていたら、どう考えても残り時間内に掘り返すことは不可能だからだ。


 しかもタイムリミットはもう僅か。

 それがゼロになった場合、間違いなくティオは無事では済まない。


 それがゲーム上の演出だけで済むのか実際に命を落とすのかも分からず、かといって試すのにはリスクが大きすぎる。


 更にゲームが二本混じったこの状況。

 仮にソフィーさんだけ脱出した場合ソフィーさんだけ助かるのか、もしくは二人揃って脱出できなければ二人ともアウトなのか全く想像がつかない。



 どうする。


 時間がない。


 残り時間はすでに15秒を切っている。



 有効な策は全く思いつかず、とうとう絶望のカウントダウンに入る。


(こうなったら、最悪ソフィーさんだけでも脱出させるしか…)


 しかしそれはティオを見捨てるのと同じこと。

 このまま俺もティオと一緒に残るとしても、それは所詮モニター越しという安全圏からの提案になる。

 そんな状況では俺の言葉に覚悟という重さは全くない。

 とても口には出せなかった。


 そんな中、ティオが覚悟を決めたように小さく息を吐いた。


「……私は残って、別の道を探す。だからソフィーは、水晶を持って(章介さんと)先に──」

「はいティオ、パス!」



「「は?」」



 しかしその覚悟は最後まで口にすることができなかった。

 ソフィーさんの掛け声とともに、ティオの眼前には水晶が迫っていたからだ。


 俺とティオは二人揃って間抜けな声を出す。

 ティオはいきなり顔へ向かって水晶を放り投げられたため。

 そして俺は急に視界が目まぐるしく、天井からティオの顔のドアップへと変わったからだ。


「あっぶな!」


 弧を描きながら顔にぶつかる直前、反射的にティオが水晶をキャッチした。

 あと数センチで水晶越しにティオのキス顔を拝むところだった。

 その場合は流血混じりになったかもしれないが。


「ちょっと、何を──」


 続く言葉は、衝撃にかき消された。

 ソフィーさんが全体重を乗せて、ティオを出口へと突き飛ばしたのだ。


 その胸元には、いつの間にかソフィーさんが持っていた『写真立て』が押し込まれている。

 無抵抗のまま二メートル近く吹き飛んだティオは、そのまま開いた扉の外へと転がり出た。


「ぐはっ……!」


 ドスンという音と共に、背中から玄関先の地面へと叩きつけられたティオから苦悶の声が漏れる。


 無理もない。

 かなりの力で押されたようで2m近く飛ばされている。

 下手をすれば怪我をしかねない状況だったが咄嗟に受け身をとったようで、痛みで背中を抑えつつもすぐに上半身を起こす。


 同時に、役目を終えた写真立てが光の粒子となって消えていく。

 それは『脱出判定』が成立し、機能を終えたということだ。


「ソフィー、何してんの!?」


 ティオの、聞いたこともないような悲鳴じみた叫びが響く。

 対照的に、扉の向こうに立つソフィーさんは、困ったように微笑んでいた。


「どちらが残るか問答していても平行線ですから。実力行使させていただきました。……もともとは、私の油断が原因ですし」


「違う!私が手放したのが原因だ!ソフィーのせいじゃない!だから私が残るって―――」


「いいえ、私が残るべきなんです。……一つだけ、脱出ルートに心当たりがありますから」


 ティオの目が見開かれる。予想外の答えだったのだろう。

 しかしそれは俺も同じだ。

 この館は現実とは違いゲームとして成り立っている。

 つまりバグでもないかぎり、通常の攻略手順以外での脱出はありえないからだ。

 少なくとも俺が攻略情報を徹底的に洗ったときも、そんな情報は一切出てこなかった。

 それにソフィーさんは水晶とずっと一緒に行動していた。

 なのにどこからそんな情報を得たのか?



 (……まさかティオを安心させるための嘘じゃないのか?)



 そんなイヤな考えが浮かんでしまう。

 ティオも同じような考えが浮かんでいるのかもしれない。

 表情にはさっきよりも強い焦りが見える。


「だったら私が残っても!」


「いいえ。これは私にしか不可能なルートなんです」


 非情にも、タイムリミットが訪れる。

 開いていた扉が、ゆっくりと、だが確実に閉じ始めた。


 立ち上がったティオが駆け寄り館の中へと手を伸ばすが、見えない壁に拒絶され中には入れない。

 すぐにドアノブを両手で掴み力を込めるが、扉が閉まる速度は全く落ちない。


「ソフィー、あなた嘘言ってんじゃないでしょうね!?もし嘘だったら絶対に許さないよ!?」


 震えるティオの叫びに、ソフィーさんはいつも通りの、穏やかな笑みを返した。


「勿論です、嘘じゃありません。大丈夫、貴方の親友を信じていてください」


 重厚な扉が完全に閉じ、彼女の姿を飲み込んだ。

読んでいただきありがとうございます。

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次回投稿は明日、2月8日(日)20時50分になります。

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