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デスクトップ・ファンタジー ~画面の中の彼女たちと挑むゲーム攻略記~  作者: 約谷信太
第四章 【ホラーゲーム】~システム越える底力~

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029 【恐怖が彷徨う館】その6 ~お転婆少女、恐怖の二重奏~

「ほんぎゃあぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!??!!!!!!!!!!?」


 デジャヴだ。

 水晶()は今、通路を爆走するソフィーさんに抱えられている。

 背後にはこれまた焼き直しのごとく、瞳孔の開いた能面のマリアさんが追いかけてきていた。

 三日月に笑うマリアさんと区別するため、仮に【マリアさんA】と呼ぶことにしよう。


 現在地は館の二階、つまり一作目の舞台だ。

 したがって【A】が一作目の化け物。この場にいない【B】が二作目の化け物。

 つまり、今俺たちを追いかけている【A】こそが、一作目の主人公――ソフィーさん自身から生み出された恐怖の具現というわけだ。


 証明終了(Q. E. D.)


 あまりの恐怖に思わず思考を飛ばすが、すぐに現実に引き戻される。


「し、章介さぁああん!! ど、どちらに逃げ込めばいいんですかぁああ!!!?」


 というより、俺よりパニックを起こしているソフィーさんのおかげで、逆に冷静でいられているのかもしれない。


「突き当たりを左! 二つ目の部屋だ! 右奥にあるベッドの下に潜り込んで!」


「わ、わ分かりました!!」


 全速力で駆け抜けるソフィーさんは、速度を落とすことなく壁を蹴って強引に角を曲がると、扉を破壊せんばかりの勢いで部屋へ飛び込んだ。

 そのままアメフトのタッチダウンさながら、俺を抱えたまま『ズザザザッ』とベッドの下へ滑り込む。


 直後、俺たち以外の足音が部屋に侵入した。


 ――コツ、コツ、コツ……。


 響き渡る足音を、息を殺してやり過ごす。

 やがて、マリアさんAは部屋を一巡すると、再び外へと消えていった。


「……はあ……はあ……はあ……」


 足音が完全に遠のいたのを確認して這い出るが、本日三度目の逃走を終えたソフィーさんの呼吸はかなり荒い。


 いやしかし、今のは怖かった。

 クローゼットと違い、ベッドの下はマリアさんAの足元が見えてしまう。

 聴覚と視覚の両面から削られる恐怖は、心臓に悪いことこの上ない。


「ソフィーさん大丈夫? 気休めかもしれないけど、一時的にここは安全だから、少し落ち着いてから進もう?」


 四つん這いで肩を上下させる彼女に声をかけると、ソフィーさんはそっと水晶()を抱きしめた。


「……うう、ありがとうございます。章介さんがいてくれて本当に良かった……。一人だったら泣いていたかもしれません」


「声しかかけられないけど、それでも落ち着けるなら良かったよ。正直ソフィーさんが泣く様子があまり想像できないけど」


 重い空気を払うための冗談。

 彼女はそれを汲み取り、フフッ、と弱々しく笑った。


「あら、私だって女性ですよ? 現にマリアに怒られるときは結構泣いてますし、それ以外だって――」


 そこで言葉が止まった。


 何かを思い返そうと視線を彷徨わせ、しばらくしてニッコリと微笑む。


「――それ以外は、物心ついてからは記憶にありませんが。きっと赤ちゃんの時は泣いていましたよ?」


「それは全人類共通だね」


 俺だって子供の頃はもう少し泣いてたぞ。




"ほんぎゃあぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!??!!!!!!!!!!?"




 下らないやり取りを切り裂くように、下の階から聞き覚えのある悲鳴が響いた。

 俺たちの視線が床に向く。

 声だけで、何が起きているか手に取るように分かってしまった。


「心配しなくても大丈夫ですよ。ティオは強い子ですから」


 顔を上げると、優しく微笑むソフィーさんと目が合った。

 俺の不安を察して、彼女を信じろと言ってくれているのだ。

 彼女も俺の言葉で落ち着けたと言ったが、俺もまた、彼女に救われている。


 そうだ。今はティオを信じるしかない。

 あいつはなんだかんだ、やるときはやる奴だ。


 ソフィーさんは完全に持ち直したようで、再び水晶()を抱えて攻略へと歩み出した。



 ――が、部屋を出てわずか数秒。角から現れたマリアさんAと鉢合わせ、本日四度目の逃走劇が開幕する。



「なんでぇええええええええええええ!!!!!!!!!!??!!!!!!!!!!?」



 ふと、嫌な予感がよぎった。


 その『強い子たち』の心がポキリと折られるのが、まさに今この状況なんじゃないか、と。

 遠くと近く、二重奏で響き渡る悲鳴を聞きながら、俺は猛烈に不安になってきた。




 * * * * *




 ――コツ、コツ、コツ……。


 足音が遠ざかる。


 全開に開いた内開きの扉の裏、ちょうど壁と扉の隙間。

 ソフィーさんはそこで、音も立てずに潜んでいた。

 そして気配が完全に消えた途端、彼女は力尽きたように床へ倒れ込む。


 現在、三階南西側の物置。

 埃の積もった床を気にする余裕すらなく、彼女は満身創痍だった。


 全身、なんだか分からない汁まみれだ。

 全力疾走の汗か、死の恐怖による冷や汗か、あるいは脂汗か。

 床に転がるその姿は、失礼ながらナメクジのようでもある。


 だが、責められない。

 あれから運悪く五回もマリアさんAに見つかり、館中を駆けずり回ってきたのだ。

 机の下、カーテンの裏、棚の中。絶叫しながら館の端から端まで全力疾走を繰り返せば、誰だってこうなる。

 入念な下調べがなければ、とっくにゲームオーバーだったのは間違いない。


 階下からも時折悲鳴が聞こえる。

 精神的には兎も角、肉体的にはティオも無事でいるようだ。

 向こうもおそらく悲鳴を聞いて、こちらの無事(?)を確認しているに違いない。


 次は、ティオが地下のギミックを作動させた振動を合図に、三階北東の部屋まで移動して脱出アイテムを回収。

 一階正面玄関から脱出してクリアだ。


 ここまでくればもう一息。

 ここまで来てゲームオーバーなんてさせるわけにいかない。


「……ごほっ、ごほっ!」


 床から咽せるような音がした。

 どうやら、倒れ込んだ拍子に床の埃を吸い込んでしまったらしい。


「大丈夫? この部屋、埃っぽいからね」


「……げほっ。気にしている余裕もありませんでしたけど、確かにすごいですね……。換気をしたいところですけど……」


 ゆっくりと立ち上がったソフィーさんが、手で顔を扇ぎながら奥の小窓を見つめる。

 この館の窓は全て開かないようになっているため、外の明かりを取り入れる以外の役目を果たさない。


 しかしそこで俺は攻略情報に直接関係なかったため、説明を飛ばした情報を思い出した。


「あ、そうだ。そういえば、そこの窓だけは開くんだ。ソフィーさん、換気できるよ」


「え、そうなんですか?」


「うん。ただ、開けるとき下に落ちないように気をつけて」


 ソフィーさんは不思議そうにしながらも、窓へと手を伸ばした。

 胸の高さにある、70センチ四方の観音開き。

 鍵を外すと、『ギイィ……』と重い音を立てて外側へ開いた。


 淀んだ空気が、柔らかな外気によって洗い流されていく。


「……はあぁ。風が気持ちいい……。ずっと閉め切りでしたから、空気が美味しく感じます。……でも、どうしてここだけ開くんですか?」


「そこ、ゲームオーバーイベントの発生箇所なんだよ」


「ゲームオーバー……? あまり近づかない方がよろしいでしょうか?」


 ソフィーさんがソロリと窓から身を引く。


「いや、窓自体に罠はないから大丈夫。理由は下を覗けばわかるよ。……落ちないようにね」


 念を押し、彼女が慎重に身を乗り出して下を見る。

 そこには、鋭い針状の装飾がいくつも天を突く、禍々しい石像が鎮座していた。


「……あー、あの石像。昨日、周りを探索したときに見ましたね。題名が刻んであって、確か……」


「【早贄(はやにえ)の像】。イベントではこの窓を調べると【外壁を確認する】っていう選択肢が出てきて、それを選ぶと落下してあの石像に串刺しエンドになるんだ。ほら、壁に取っ掛かりがほとんどないから下まで一直線にね。何かあると思って調べると、そのままゲームオーバーになる初見殺しのイベントだね」


 この三階の窓から石像まではほぼ垂直の壁になっていて、真下に見える二階の窓枠や、一階と二階の境目ですら1センチ程の段差しかない。

 これを伝って下へと降りるのは不可能だろう。

 モズの早贄のようになる未来しか見えない。


 わざわざ結果を知っている俺達が罠に引っかかる必要もない。

 残りも普通に攻略すればいいだけだ。


「……成程、ここから脱出するのは、確かに()()()()()無理そうですね」


 身を乗り出し、外壁の状態を注意深く観察していたソフィーさんがポツリとこぼした。


「そりゃ、殺すためだけのトラップだから。脱出できるようにはできてないよ」


「――――――」




 ――ゴゴゴゴゴ……。




 重い石が動くような振動が、床を通して伝わってくる。

 ティオがギミックを作動させた合図だ。

 その時、ソフィーさんが何かを呟いたが振動音にかき消され、俺は気付くことが出来なかった。


「よし、ソフィーさん、心の準備はいい?」


「……はい、問題ありません」


 ソフィーさんは水晶()をしっかりと抱え直すと、通路の様子を慎重にうかがい、再び駆け出した。


 かつてその館には、貴族の夫婦と二人の美しい姉妹が睦まじく暮らしていた。

 

 姉は妹を慈しみ、妹は姉を慕う。


 成長した二人の美貌は国中の噂となり、やがて前途洋々たる婚約者たちにも恵まれた。誰もが、彼女たちの幸福は永遠に続くものと疑わなかった。


 ──だが、暗転は唐突に訪れる。


 別荘で起きた原因不明の火災。姉は焼死し、命を取り留めた妹の顔には、醜く爛れた火傷が刻みつけられた。


 その日を境に、世界は豹変する。


 『そんな化け物のような女と結婚などできるか』、愛を誓った婚約者は掌を返し、実の両親さえも『お前のせいで姉は死んだ』と彼女を罵った。


 愛も、美しさも、居場所も。すべてを失った彼女の精神が崩壊するのに時間はかからなかった。


 軟禁されていた部屋を抜け出した彼女は、たまたま見張りのいない隙をつきフラフラと階段の踊り場へ辿り着く。


 そこで不意に、鏡に映る『自分』と目が合った。


 全てを奪った醜い顔。


 絶望と恐怖の象徴。


 それを見た瞬間令嬢は発狂し、使用人が彼女を見つけたとき、令嬢はすでに息絶えていた。


 この館に、逃れられぬ呪いだけを残して。




  * * * * *




 俺たちの目の前にあるのは、机の上に飾られた一枚の写真。

 写真立ての中で、生前の姉妹が仲睦まじく笑っている。

 この呪われた館から脱出するための、最後にして最大のキーアイテムだ。


「……はぁ、はぁ、はぁっ……!」


 その傍らで、ソフィーさんが膝に手をつき、荒い呼吸を繰り返している。

 運悪く、この部屋に辿り着くまでに化け物の追跡を受けていた。

 これで通算八度目。

 慎重に動いているはずなのに、なぜか移動のたびに『マリアさんA』に遭遇する。


 ソフィーさんの動きに不備はない。むしろ熟練の斥候のような身のこなしだ。

 それなのに、まるでこちらの動きを読んでいるかのように先回りされる。


(……もしかして、本物の思考パターンまで再現されてるのか?)


 彼女たちの恐怖がマリアさんを具現化したのだとしたら、あり得ない話じゃない。

 それなら、別ルートにいるティオの悲鳴が何度も聞こえてくることにも合点がいく。


 だがそう考えるとマリアさんが少し不憫になってくる。

 行動パターンを覚えるほど、二人が何かしらやらかしてる証拠だし。


「……や、やっと。……これでやっと終わるのですよね? これでもうマリアに追われなくていいのですよね? ……この館から出ればあの恐怖から解放されるのですよね?」


 ソフィーさんの声が震えている。

 心が折れかかっている証拠だ。


 無理もない。

 曲がり角の至近距離で出会ったせいで、反射的に躱したソフィーさんのポニーテールをマリアさんAの手が掠めていった。

 正真正銘の危機一髪だった。


 だが、あと一息だ。


 写真を手に取ればイベントが発生し、化け物が部屋に乱入してくる。

 だが、写真に写る『自分を愛してくれた姉』の姿を見せつければ、一時的に化け物の動きは止まり、館の呪いが暴走して崩壊が始まる。

 その隙をついて玄関から脱出する。それがゲームクリアの条件だ。


 猶予は三分。

 作品が混ざり合った影響でルートが塞がり、かなりの大回りを強いられるタイムアタックになる。


 そして最後に重要なことが一つ。


 脱出する際この写真を手放してはいけない。

 この写真を持っていないと玄関が開いていても、何故か外に出ることが出来ないからだ。


 そしてそれはティオの向かった二作目の設定も同様。

 地下の隠し部屋で見つかる日記帳が玄関からの脱出の際必要になる。


 俺はソフィーさんに声をかけ準備が出来るのを待つ。


 写真を手にし、館が崩れ始めるのが合図となり、ティオと同時に脱出する手はずになっている。

 さっき隠し扉が開いた音がしたということは、ティオは日記帳を手に俺達の合図を待っているはずだ。


「ソフィーさん、これで最後だ。写真を手に取ればマリアさんの化け物がやって来る。さっき説明した通りに頼む」


「……はい。写真を見せて動きを止め、館が崩れ始めたら、章介さんの案内で脱出する。……ですね?」


 ソフィーさんは目を閉じ、深く息を吐いた。

 そして両手で自らの頬を──パシンッ! ──と叩く。


「……よし。大丈夫です、行きましょう!」


 彼女が写真立てを掴んだ瞬間、扉が勢いよく弾け飛び、能面のような無表情の化け物──マリアさんAが、青い瞳を輝かせて襲いかかってきた。


「ひぃいっ……!!」


 悲鳴を上げながらも、ソフィーさんは咄嗟に写真を突き出すと、化け物がピタリと動きを止め、苦しみだす。

 内側から湧き上がる呪いに悶えながら、化け物は掠れた声で呟いた。

 ほとんど聞こえないような声量だったがこう言ったはずだ。


『お姉ちゃん』、と。


 地響きが鳴り館が震え始め、壁や棚などから装飾品が落ちて破片を巻き散らす。


「ソフィーさん、走れ!」


「は、はいっ!」


 化け物の脇をすり抜けると、俺の案内に従ってソフィーさんは駆けだした。


「扉を出て右! 角を曲がって最初の部屋へ! 暖炉から隣室へ抜けて廊下を直進、瓦礫を飛び越えて!」


「はいっ!」


 曲って、入って、潜って、走って、飛び越え。


 これが障害物競走だったなら、ぶっちぎりで優勝している程の身のこなしだった。


 ソフィーさんと共にこのゲームの攻略を始めてから嬉しい誤算だったのは、彼女の運動能力が俺の想像以上だったことだ。

 王女の知り合いなど彼女の他には勿論いないが、少なくとも一般的な王女の動きではない。

 純粋な筋力は運動部の女子程度だと思うが、障害物を前にした時の立体的な身の軽さが尋常でない。

 瓦礫を乗り越える際も、壁を蹴って一足で飛び越えてしまった。

 思い返せばこの子、俺達と合流した時木の上に登っていたしな。


 ただそのおかげで時間的な余裕が大分生まれた。

 このままいけばそこそこの時間的余裕が出来そうだ。


 このまま何も起きませんように。


 そう祈った。

読んでいただきありがとうございます。

よろしければ、ブックマーク・評価をしていただけるとモチベーションの維持になります。


次回投稿は明日、2月15日(日)20時50分になります。

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