030 【恐怖が彷徨う館】その6 ~ソフィーリアと共に~
「ほんぎゃあぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!??!!!!!!!!!!?」
デジャヴだ。
水晶は今、通路を爆走するソフィーさんに抱えられている。
背後にはこれまた焼き直しのごとく、瞳孔の開いた能面のマリアさんが追いかけてきていた。
三日月に笑うマリアさんと区別するため、仮に【マリアさんA】と呼ぶことにしよう。
現在地は館の二階、つまり一作目の舞台だ。
したがって【A】が一作目の化け物。この場にいない【B】が二作目の化け物。
つまり、今俺たちを追いかけている【A】こそが、一作目の主人公――ソフィーさん自身から生み出された恐怖の具現というわけだ。
証明終了。
あまりの恐怖に思わず思考を飛ばすが、すぐに現実に引き戻される。
「し、章介さぁああん!!ど、どちらに逃げ込めばいいんですかぁああ!!!?」
というより、俺よりパニックを起こしているソフィーさんのおかげで、逆に冷静でいられているのかもしれない。
「突き当たりを左!二つ目の部屋だ!右奥にあるベッドの下に潜り込んで!」
「わ、わ分かりました!!」
全速力で駆け抜けるソフィーさんは、速度を落とすことなく壁を蹴って強引に角を曲がると、扉を破壊せんばかりの勢いで部屋へ飛び込んだ。
そのままアメフトのタッチダウンさながら、俺を抱えたまま『ズザザザッ』とベッドの下へ滑り込む。
直後、俺たち以外の足音が部屋に侵入した。
――コツ、コツ、コツ……。
響き渡る足音を、息を殺してやり過ごす。
やがて、マリアさんAは部屋を一巡すると、再び外へと消えていった。
「……はあ……はあ……はあ……」
足音が完全に遠のいたのを確認して這い出るが、本日三度目の逃走を終えたソフィーさんの呼吸はかなり荒い。
いやしかし、今のは怖かった。
クローゼットと違い、ベッドの下はマリアさんAの足元が見えてしまう。
聴覚と視覚の両面から削られる恐怖は、心臓に悪いことこの上ない。
「ソフィーさん大丈夫?気休めかもしれないけど、一時的にここは安全だから、少し落ち着いてから進もう?」
四つん這いで肩を上下させる彼女に声をかけると、ソフィーさんはそっと水晶を抱きしめた。
「……うう、ありがとうございます。章介さんがいてくれて本当に良かった……。一人だったら泣いていたかもしれません」
「声しかかけられないけど、それでも落ち着けるなら良かったよ。正直ソフィーさんが泣く様子があまり想像できないけど」
重い空気を払うための冗談。
彼女はそれを汲み取り、フフッ、と弱々しく笑った。
「あら、私だって女性ですよ? 現にマリアに怒られるときは結構泣いてますし、それ以外だって――」
そこで言葉が止まった。
何かを思い返そうと視線を彷徨わせ、しばらくしてニッコリと微笑む。
「――それ以外は、物心ついてからは記憶にありませんが。きっと赤ちゃんの時は泣いていましたよ?」
「それは全人類共通だね」
俺だって子供の頃はもう少し泣いてたぞ。
"ほんぎゃあぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!??!!!!!!!!!!?"
下らないやり取りを切り裂くように、下の階から聞き覚えのある悲鳴が響いた。
俺たちの視線が床に向く。
声だけで、何が起きているか手に取るように分かってしまった。
「心配しなくても大丈夫ですよ。ティオは強い子ですから」
顔を上げると、優しく微笑むソフィーさんと目が合った。
俺の不安を察して、彼女を信じろと言ってくれているのだ。
彼女も俺の言葉で落ち着けたと言ったが、俺もまた、彼女に救われている。
そうだ。今はティオを信じるしかない。
あいつはなんだかんだ、やるときはやる奴だ。
ソフィーさんは完全に持ち直したようで、再び水晶を抱えて攻略へと歩み出した。
――が、部屋を出てわずか数秒。角から現れたマリアさんAと鉢合わせ、本日四度目の逃走劇が開幕する。
「なんでぇええええええええええええ!!!!!!!!!!??!!!!!!!!!!?」
ふと、嫌な予感がよぎった。
その『強い子たち』の心がポキリと折られるのが、まさに今この状況なんじゃないか、と。
遠くと近く、二重奏で響き渡る悲鳴を聞きながら、俺は猛烈に不安になってきた。
――――――――――――――――――――――
――コツ、コツ、コツ……。
足音が遠ざかる。
全開に開いた内開きの扉の裏、ちょうど壁と扉の隙間。
ソフィーさんはそこで、音も立てずに潜んでいた。
そして気配が完全に消えた途端、彼女は力尽きたように床へ倒れ込む。
現在、三階南西側の物置。
埃の積もった床を気にする余裕すらなく、彼女は満身創痍だった。
全身、なんだか分からない汁まみれだ。
全力疾走の汗か、死の恐怖による冷や汗か、あるいは脂汗か。
床に転がるその姿は、失礼ながらナメクジのようでもある。
だが、責められない。
あれから運悪く五回もマリアさんAに見つかり、館中を駆けずり回ってきたのだ。
机の下、カーテンの裏、棚の中。絶叫しながら館の端から端まで全力疾走を繰り返せば、誰だってこうなる。
入念な下調べがなければ、とっくにゲームオーバーだったのは間違いない。
階下からも時折悲鳴が聞こえる。
精神的には兎も角、肉体的にはティオも無事でいるようだ。
向こうもおそらく悲鳴を聞いて、こちらの無事(?)を確認しているに違いない。
次は、ティオが地下のギミックを作動させた振動を合図に、三階北東の部屋まで移動して脱出アイテムを回収。
一階正面玄関から脱出してクリアだ。
ここまでくればもう一息。
ここまで来てゲームオーバーなんてさせるわけにいかない。
「……ごほっ、ごほっ!」
床から咽せるような音がした。
どうやら、倒れ込んだ拍子に床の埃を吸い込んでしまったらしい。
「大丈夫?ここ、埃っぽいからね」
「……げほっ。気にしている余裕もありませんでしたけど、確かにすごいですね……。換気をしたいところですけど……」
ゆっくりと立ち上がったソフィーさんが、手で顔を扇ぎながら奥の小窓を見つめる。
この館の窓は全て開かないようになっているため、外の明かりを取り入れる以外の役目を果たさない。
しかしそこで俺は攻略情報に直接関係なかったため、説明を飛ばした情報を思い出した。
「あ、そうだ。そういえば、そこの窓だけは開くんだ。ソフィーさん、換気できるよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。ただ、開けるとき下に落ちないように気をつけて」
ソフィーさんは不思議そうにしながらも、窓へと手を伸ばした。
胸の高さにある、70cm四方の観音開き。
鍵を外すと、『ギイィ……』と重い音を立てて外側へ開いた。
淀んだ空気が、柔らかな外気によって洗い流されていく。
「……はあぁ。風が気持ちいい……。ずっと閉め切りでしたから、空気が美味しく感じます。……でも、どうしてここだけ開くんですか?」
「そこ、ゲームオーバーイベントの発生箇所なんだよ」
「ゲームオーバー……?あまり近づかない方がいいでしょうか?」
ソフィーさんがソロリと窓から身を引く。
「いや、窓自体に罠はないから大丈夫。理由は下を覗けばわかるよ。……落ちないようにね」
念を押し、彼女が恐る恐る身を乗り出して下を見る。
そこには、鋭い針状の装飾がいくつも天を突く、禍々しい石像が鎮座していた。
「……あー、あの石像。昨日、周りを探索したときに見ましたね。題名が刻んであって、確か……」
「【早贄の像】。イベントではこの窓を調べると【外壁を確認する】っていう選択肢が出てきて、それを選ぶと落下してあの石像に串刺しエンドになるんだ。ほら、壁に取っ掛かりがほとんどないから下まで一直線にね。何かあると思って調べると、そのままゲームオーバーになる初見殺しのイベントだね」
この三階の窓から石像まではほぼ垂直の壁になっていて、真下に見える二階の窓枠や、一階と二階の境目ですら1cm程の段差しかない。
これを伝って下へと降りるのは不可能だろう。
モズの早贄のようになる未来しか見えない。
わざわざ結果を知っている俺達が罠に引っかかる必要もない。
残りも普通に攻略すればいいだけだ。
――ゴゴゴゴゴ……。
重い石が動くような振動が、床を通して伝わってくる。
ティオがギミックを作動させた合図だ。
「ソフィーさん、心の準備はいい?」
「……はい、問題ありません」
ソフィーさんは水晶をしっかりと抱え直すと、通路の様子を慎重にうかがい、再び駆け出した。
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