080 特別聴講生(完結)
青く澄み渡った空と、たなびく白い雲。
前世のやたら暑い九月と違い、ここルディア帝国では過ごしやすい秋の季節だった。
帝都の北にあるグルナの丘。
頂き近くには、歴代の帝王たちが埋葬されている。
それより一段下がったところに、重臣たちの墓地がある。
「……汝、常しえの楽園にて水の女神の恵みにて渇きを癒し、リヤウスの光に照らされ、永遠の時を生きん……」
聖女が経典の一説を朗読する。
リヤウス教では葬儀の後の二か月後に、故人を偲ぶ儀式が行われるのが通例だった。
カールの執事であったガストンと侍女のディアーヌの墓には、生没年と名前、そして「この世で最も忠実にして勇敢なるものここに眠る」と刻まれていた。
参加者はカール、私、クローヴィス、それにお付きの数人だけだった。
私たちはしばし黙祷する。
儀式が終わると、聖女の清めの祈りを受けた後、馬車が待っている場所へと向かった。
「セシル……先生」
「何ですか?」
「僕は高等学院を目指そうと思う」
「できますよ。カール様なら」
「うん……」
それから宮殿へと向かうカールと別れ、私はクローヴィスとともに馬車で高等学院へと向かう。
ふと私は考える。
前世で私が死んだあとはどうなったのだろう。
悲しむ人や泣く人はいたのだろうか。
父や母や妹は……
だが不思議なほど懐かしさも、慕わしさも、心の痛みも感じない。
もはや私とは無関係な人たちであり、遠い異世界の出来事だった。
帝都には、所々まだ被害の爪痕が残っている。
私もこの夏は旅行の予定をとりやめ、炊き出しや瓦礫の片付けのボランティアに明け暮れた。
だが帝都は復興するだろう。
資材を運ぶ馬車が通り、魔石や人力を利用した重機が動き、工事に携わる人たちの顔は明るい。
今日はお昼に大事な発表があるのだ。
私は高等学院につくと、すぐに中庭に向かう。
「聖女科……セシル・シャンタル……あった!」
掲示板には自分の名前が書かれていた。
あれだけ頑張ったのだから当然だ。
私はそう思って、クールに振る舞おうとした。
だが笑みがこぼれるのはとどめようがなかった。
「セシル、おめでとう!」
「ありがとう、エマ。……その、エマは?」
「もちろん魔導具科に進級だよ」
「おめでとう」
その時、こちらへ近づいて来る小柄な人影があった。
「おめでとうございますっす、セシル先輩、エマ先輩」
「ありがとうアリス」
「ありがとねアリスちゃん」
どうやら物陰から様子をうかがっていたらしい。
そうこうしているうちに、マルスの姿も見える。
マルスは掲示板をちらりとみると、私に向かって言った。
「おめでとうございます、セシルさん」
「ありがとう。あなたも聖騎士科へ?」
「ええ」
聖騎士科とは、リヤウス教団の聖騎士になるための学科であった。
悲喜こもごもの生徒たちは意外と少ない。
基本的には発表前には既にわかっているものだ、聖女科以外は。
そしてもう一つ、今日判明することがあった。
リュウジの処遇について、高等学院の理事会で話し合われ、発表されるのだ。
もしリュウジと一緒にいられないとしたら、私が寮を出ていく他はない。
私はリュウジの住居へとむかった。
「リュウジ、私、聖女科に合格したんだ。聖女になれるんだよ!」
「クー?クー、クー、キュキュキュキュキュ」
リュウジに伝わったかどうかはわからない。
だが私の様子を見て、リュウジも喜んでくれた。
その時ふと気配を感じて振り返る。
「セシル・シャンタル君」
それは学院長のユゼフだった。
「はい、何でしょうか」
実のところ用件はわかっている。
わざわざ学院長が報告に来るとは意外だった。
私は先ほどの発表の時より緊張していた。
「理事会で決まったのだが、色々考えた結果、リュウジ君にはこの学校にいてもらうのがよいだろうという事になったのだ」
「学院長、それって……もしかして?」
「これじゃ」
学院長は私に学生証を差し出す。
リュウジ・シャンタルと記載されている。
「これは?」
「リュウジ君には、特別聴講生として学院に通ってもらおうと思ってな。住居はこの場所でも良いし、希望があれば他の所にも用意できる」
「ありがとうございます」
私は頭を下げる。
そして私と学院長の顔を不安そうに交互に見ているリュウジに声をかけた。
「よかったな、リュウジ。ここにいていいって。これからも一緒だぞ」
「キュイィー」
私の言葉を理解したのか、リュウジは嬉しそうに鳴き、しばらくあたりを飛び回る。
リュウジに関しては、伝説の神竜であるらしいという事で、学院の生徒の見る目も変わった。
聖女アニエスは神竜を従えていたという伝説がある。
リュウジになつかれている私の株もついでに上がったかどうかは知らない。
もはやどうでもいい事だった。
いよいよ聖女科へと進学する。
ようやく私の目標へと一歩進んだ。
だが私の心の奥には、ぼんやりとした不安があった。
あの要塞で見たザイターンの肖像。
あれは私に似ていた。
あれは一体なんなのだろう?
私は一体なんなのだろう?
私は21世紀の日本に生まれ、この世界に転生した。
それだけのはずだ。
だがそれ以外にも、いつどこかもわからない、不確かな光景が頭の中に残っていた。
もはや薄れかけているが、黒竜に会うために転移した時、二十一世紀の日本でも、この世界の事でもない記憶。
あれは私の意識の底にあるものなのだろうか。
それとも私が未来で経験する出来事なのか。
いつかは私自身の真の秘密にたどり着く日が来るのだろうか。
ただ今の私には守るものがある。
守りたいものがある。
リュウジ、エマ、アリス、マルス、リーリア、孤児院の子供たちやキーラ、カンブレーの村の人たち、そして母マリア。
そんな思いを自分が抱くようになるとは、思ってもみなかった。
それは前世では、全く抱いたことのない感情だった。
友達もおらず、私を理解してくれる人もおらず、家族とはそりがあわない。
情熱や興味を持てる事も大してなく、ここは私のいるべき場所ではないと、どこかで感じていた。
もしかするとこの世界ではじめて、私は自分の居場所を得たのかもしれない。
魔神だろうと、魔族だろうと、恐れない。
この世界で生きるために、私はこれからも歩き続ける。
(完)
読んでいただき、ありがとうございます。
ご期待にそえるものが書けず、
ここでこの作品は完結とさせていただきます。
今まで応援してくださった方、ありがとうございました。
心よりお礼を申し上げます。




