079 大祭司長との対話
「セシル!」
私の名を呼びながら皆が駆け寄ってくる。
リュウジはゆっくりと着地し、私たちを地面へ降ろす。
やがて巨大な黄金の竜から、元の小さな姿に戻った。
「よくやってくれた、セシル」
「そちらの被害は?」
「あれ以降何もなかったよ。だが思ったより街に被害が出ている」
クローヴィスの眉が曇る。
そして彼の視線は、地面に横たえられたガストンとディアーヌの遺体にうつる。
「クローヴィス。彼らを丁重に葬ってやってくれ」
「……わかった、カール。歴代の重臣たちの眠る墓所へと埋葬しよう」
「ありがとう」
私はそっとカールの肩に手を置く。
「カール様……その……生きていればいいことありますよ」
「お前は慰めるのが下手だな」
「いや……まぁその」
「でもありがとう、セシル先生」
カールはようやく、うっすらと笑顔をみせた。
「セシル、大丈夫だった?」
「やっぱりセシル先輩はすごいっす」
「セシルさん、あんまり無茶しないでくださいね」
「みんな無事でよかったよ。エマ、アリス、マルス」
そして私はリーリアの方を向いて言う。
「リーリアもありがとね、色々と」
彼女は軽くうなずいただけだった。
その近くでは、黒竜と白竜が話している。
「おお。この神々しいお姿はまことに神竜様。神竜様。白竜と申します。以後お見知りおきを」
「うーむ。このちっこい竜がなぁ。不思議なこともあるものだ」
「失礼ですよあなた。それにどんなお姿であろうと、私の「眼」はごまかせませんよ」
「クー、クー、クー」
リュウジは巨大な二頭の竜をしげしげと見て、何やらうなずいていた。
「ありがとうね、黒竜さん、白竜さん」
「神竜様こそ我ら竜族の祖。神竜様を従えるセシル様に、私たちはあらためて忠誠を誓いますわ」
「またいつでも呼んでくだされ」
最後にそういって、白竜と黒竜は飛び立っていった。
「リュウジ、ありがとうな。私は重かったろ?」
「クー、クー、クー」
リュウジは勢いよく首を左右に振る。
そうかそうか。
可愛い奴だ。
とりあえずは決着はついた。
いささかほろ苦い決着だったが。
「これで終わり……じゃないですよね、クローヴィス」
「そうだな、セシル」
私はあの仮面の男の言葉を思い出していた。
私たちに手をだすことはない、しばらくは……とのことだった。
暗黒教団の目的がザイターン復活である限り、これからも同じことは起こるだろう。
だとしたら、嫌でも戦い、立ち向かわなければならない。
私の――いや、私たちの平穏な暮らしそのものが、脅かされるのだとすれば。
★★★★★★★★★★★★
ルディア帝国、リヤウス教団領。
大聖堂が存在し、国内のみならず、世界中から巡礼が訪れる聖地であった。
聖堂の一室には二人の人間がいる。
最高位の第六階梯の聖女でもある大祭司長ユリアナと、ルディア帝国の第一皇子であるクローヴィスだった。
「このたびは大変な災難でしたね。私どもも住民たちの治療や炊き出しにご協力致しますわ」
クローヴィスはテーブルの向こうの女性を見る。
ユリアナは燃えるような赤毛に淡青色の瞳を持つ、年齢不詳の女性だった。
部屋にはリヤウス神と聖女の像はあるが、テーブルに書棚と書き物机、内装も控えめな質素なつくりだった。
「いつもながら大祭司長様のご配慮、痛み入ります」
クローヴィスは頭を下げる。
「しかしさすがはルディアの戦士たちですね。唐突に出現したデギル教徒どもの城を、丸ごと破壊するとは」
「いえ、私どもは何もしておりません。セシルのおかげです。例によって」
「セシル……セシル……おお、会った事がありますよ。第四階梯の聖女マリア・シャンタルの養女でしたね、確か」
クローヴィスは鋭い視線を送る。
だが大祭司長ユリアナは穏やかな笑みをたたえているだけだった。
「黒竜ばかりか、あの伝説の神竜までも使い魔にするとは。しかも魔法が使えないはずなのに不思議な力を持っている。彼女の力は一体何なのです?」
「それに関しては、私たちの間でも意見が分かれています。ですが、彼女の力はデギルの物とは違いますし、リヤウス神のご加護である事は間違いないと思いますわ」
ユリアナの答えにはよどみがなかった。
クローヴィスは一旦、話題を変える。
「あの要塞が崩壊してしまったのは残念です。残っていれば我らの知らぬ技術が手に入ったかもしれない。それに光の宝珠も破壊されてしまいました」
「それは残念です。ですが宝珠の力は年々弱まっていました。我らの力を結集すれば、必ずやザイターンにも対抗できるものと思っていますわ」
「それについて父とも話したのですが、もはや古代遺物や古代文明についても秘密にしておく時ではない。必要とあらば公開し、普及させ、全体としての戦力を底上げしていくべきだと。いかがです?」
「私達とてこの世の全ての秘密を知っているわけではありませんよ。ですがその件に関しては、今度の会議で議題にあげましょう」
クローヴィスはしばしの沈黙の後、核心へと踏み込む。
「ところでご存じでしょう?聖女アニエス様は、実は人ではない。魔族だったという言い伝えがあることを」
「そのような無責任な噂を流すものがいることは存じております」
「魔法を使えず、竜を従え、鬼族の特徴を持つ、セシル・シャンタル。アニエス様の伝説と似ていると思いませんか?」
「さぁ。不確かな伝承をもって判断するわけには参りません。私達にとって重要なのは、経典と教義ですので」
相変わらずユリアナは腹の底を見せない。
いくら生来聡明なクローヴィスといえど、今は未熟な少年にしかすぎない。
ユリアナの老獪さに対抗するにはまだまだ経験不足だった。
クローヴィスはさらに言葉を続ける。
「あの光の遺跡の本当の宝であり古代遺物、いや本物の光の宝珠そのものかもしれないもの。それはあの竜です」
「おお。それは私もこの目で確かめたかったところです。その竜が本当に伝承にある神の竜であるかは」
「あの竜の力とセシルの力は似ている。あの竜はずっと待っていたのです、あの場所でセシルを。とするなら、何千年も前から、セシルという存在がいつか現れることを、古代の民は知っていたことになる。そして何故かセシルの育ての親はリヤウス教団の聖女です。これは偶然ですか?」
「それもまたリヤウス神のおぼしめしでしょう」
大祭司長は何かを知っていて隠しているのか。
それとも本当に何も知らないのか。
クローヴィスは推し量るような目線を投げかける。
だがしばらくして呼吸を整えると、自分に言い聞かせるように言葉を発した。
「まぁいい。互いの胸の内を全て打ち明けずとも、信頼関係を築き協力することはできる。そうでしょう?」
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