043 実習
「では二人一組になってください」
教官が私たちに告げる。
応用魔術実習Ⅰは、ある程度魔術の基本を身につけた生徒のための授業だ。
私は魔法は使えないが、魔術理論等の授業は受けている。
それ以外の魔術の授業というと、応用魔術実習とか上級魔術実習等しかない。
「じゃあセシル、あたしと」
「ああ、ありがとね、エマ」
結局エマもこの授業をとることになった。
演習場に集まった生徒たちの幾人かは、遠巻きに私を見て何やらこそこそ話している。
授業は一年生と二年生、いくつかの寮の合同で、マルスやリーリアの姿もあった。
わいわい話しながら、みんなそれぞれグループを作る。
ふと、一人の少女が目にとまった。
きょろきょろと周囲を見回し、何やらもごもごと口にしている。
「あ、あの。私と、どうっすか?」
おどおどしながらやっと絞り出した声を無視され、下を向いている。
それは図書館で出会った少女、アリスだった。
「さぁ、みなさん準備はいいですか?」
「あの、すいません。三人一組でもいいですか?」
私はアリスを指し示しながら言う。
「二人一組が無理なら、別にかまいませんが」
というわけで、私、エマ、アリスの組になる。
「あ、ありがとうございます。アリスでっす。よろしくおねがいしますっす」
アリスは頭をぴょこりと下げる。
「この前あったよね。セシルよ。よろしく」
「エマだよ。よろしくね、アリスちゃん」
応用魔術には、一年生もちらほらといるようだ。
だがある程度の技量や経験が必要だったはずだ。
とするとアリスは、意外と魔法が得意なのだろうか。
合成魔術、召喚魔術もカリキュラムにあるらしい。
「では今日は飛行術を行います」
この世界では、飛行魔術というのは難しいという。
魔女の物語のように、箒に乗って空を飛ぶというわけにはいかないようだ。
伝説の大魔導師といわれるクラスの人間であれば、空を高速で自由に駆け巡る者もいたらしいが。
もちろん魔力を持つ生物、すなわち魔物の中には、飛竜や鷲獅子のような、空を飛ぶ生き物もいる。
それは魔力はもちろんながら、飛行できる身体の構造を持っているのが大きいだろう。
「飛行魔術は難しいですからね。詠唱を行ってもかまいません」
そして教官が手本を見せる。
二メーターほどふわりと浮き上がり、再び地面へ戻る。
そして一人の生徒を呼び、かかえると、再び二人で宙に浮く。
「このように、誰かを持ち上げることもできます。ではやってみましょう」
それぞれが、意識を集中したり、呪文をとなえたりしながら、魔術で体を浮かせる。
教官が生徒たちの間をまわる。
そして私のところに来て立ち止まった。
「どうしました?」
「え、いや……あの……私は……」
「ああ、あなたは、セシル・シャンタルさん?あなたはいいです」
「は、はぁ」
「授業が終わったら、レポートを提出してください」
どうやら私の事は聞いているらしい。
魔術ができなくてもかまわないというが、私にとっては気まずい時間が始まる。
エマやアリス、それに周囲の生徒たちを眺めるしかない。
詠唱をして飛行魔術…というより少し体を浮かせる魔術を使っている者も多かった。
呪文の構造というのは、比較的単純である。
神々の名前、結果や効果、最後がその呪文の名前だ。
もちろん高位の召喚呪文や復活呪文となると、さらに複雑であり、時には高度な魔術言語が用いられる。
「じゃあ、セシルはあたしが」
「え、私はその……」
一人での浮遊を終えたエマが、私に近づき、私の体に触れて一緒に飛翔しようとする。
ところが私はびくともしない。
「うーん……なんでかな?」
「わ、私はそういう体質だし。別にエマが悪いわけじゃないよ!」
治癒魔法すら弾いてしまう神力無効のためか、私の体を魔術で浮かせることはできないようだ。
エマは続いてアリスと試す。
ほんの少しだけアリスの足が地面から離れる。
「じゃあ今度はアリスちゃん」
「は、はいっす」
だがアリスは自分で浮き上がる事も、エマを浮かせる事もできなかった。
何度も呪文をとなえているが、うまくいかない。
生徒の一団が、こちらを指さしてこそこそ話したり、笑ったりしている。
「大丈夫だよ、落ち着いてやれば」
「わかりましたっす」
私の言葉にアリスは、聞きなれない言語で呪文を唱え始める。
「なんだよ。共通語もまともに喋れないのか」
「いや、あれは古代語じゃね?」
「そんな古臭い呪文じゃあな」
何やら一部の生徒たちが騒がしい。
技術は進歩するものであり、昔の魔法は今の魔法より劣っているという感覚は、一般的に根強いようだった。
だがアリスはエマと共に、誰よりも高く舞い上がる。
そしてゆっくりと優雅に着地した。
「まぁまぁじゃね?」
「大したことないよ」
なおも囃し立てるのをやめないその集団に、私はつかつかと歩み寄る。
そしてリーダー格らしき男の子の前で立ち止まった。
「一緒に空を飛ぼう」
「はっ?」
私は戸惑っているその生徒の身体をつかむと、垂直に勢いよく飛び上がる。
アリスのような穏やかで上品な浮遊魔術ではない。
10メーター程上昇して頂点まで達すると、猛スピードで頭から急降下する。
その男子生徒は何がおこったかわからず、身体を硬直させていた。
ぽかんと口を開いた間抜け面は、皆にみせてやりたいほどだ。
私は地面間近で一回転すると、全身のバネをつかって、柔らかに着地した。
「精進しろよ」
「あ……あ……あ……」
毒気を抜かれ、呆然としている男子生徒の肩を、私はぽんと叩く。
周囲の人間たちもしばらくあっけにとられているようだった。
魔術が使えない私が、こんなことができるなど思わなかったのだろう。
「これ。セシルさん。危険なことはしないように」
「はい、すいません」
少し間の抜けたタイミングで叱責した教官に対し、私は表情を消して頭を下げた。
そしてアリスに声をかける。
「すごいじゃない、アリス。あれは古代語?」
「はいっす。わたし、あの……共通語がうまく喋れなくて。古代語だったらと」
古代語と一口にいっても、時代や用途によって様々だ。
日常の言語から文書に使われる言語、そして魔術言語。
その魔術言語の最上級である神聖言語は、神々を呼び出せたとも伝わる。
必ずしも古代魔術だからといって、現代魔術よりも劣っているわけではない。
私の乏しい知識をもってしても、アリスがつかったのは初級の魔術言語ではないように思えた。
そんなこんなで、授業の第一回目は終了した。
私は課題をクリアしてないので、当然レポート提出である。
特に何も得るものはなかった気がするが、レポートだけで単位がもらえるなら仕方ないと、気持ちを切り替える。
そしてその日の夕方、寮に戻ると一人の上級生に声をかけられた。
「やぁ、セシル。少し話がある。宮殿に来て欲しいんだ」
それは第一皇子クローヴィスだった。
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