036 窮地
「あ、でも来たら危ないし、やっぱりいい。でもでもやっぱり怖いし……やっぱり来てぇええ」
「うるさいぞ、この矮人族女!」
「きゃぁああああ」
グレゴリはエマの髪の毛をひっぱると、画面の外に押しやる。
「おい、女の子を乱暴に扱うなよ」
私の口から、自分でも思わぬほどの強い声が出た。
「それは失礼。君たちは本当に余計な事しかしないね。あの孤児院の時といい」
「やっぱりあんたが後ろで糸を引いてたんだね」
「そんなに大げさなものではないさ。数ある手札の一つだよ」
その時もう一つの声がした。
「おいグレゴリ。約束が違うだろう。俺を人質にして身代金をとればいいと言ったはずだ」
それは副監督生のクローヴィス皇子だった。
「もちろんそうするさ。だがその前に、アニエスの杖のありかを吐いてもらおうか。この学校にあるはずだ」
「だからさっきから知らんと言っているだろう」
「おい、どうでもいいが、さっさと人質を解放しろ。そして早く学校から出ていけ」
私の言葉に、グレゴリはこちらを振り向く。
「威勢のいいお嬢さんだね。君たちの力を見誤ったのは僕の失態だ。君たちに好き勝手されたらこちらも困る」
「それで、あんたは何が望みなの?」
「とりあえず、西の廃校舎まで来てもらおうか。話はそれからだ」
「ここにいるみんなはどうなる?鷲獅子や蛇鳥に食われちゃたまらない」
私は周囲を指し示す。
「もう手は出さないと約束するよ。その心配は無いと思うけどね。君たちが暗黒魔樹と魔法陣を破壊したせいで」
グレゴリの言葉に、私たちはあたりを見回した。
確かにいつのまにか、鷲獅子や蛇鳥たちの姿は見えなくなっていた。
『どうする、マルス?』
『とりあえずは言うとおりにするしかないでしょう。ここは少しでも時間を稼ぐべきかと。リーリアは?』
『あなたたちと同じ意見よ。残念ながら』
私たちは小声で話し合う。
ファイーナやロンたちが出立してから、まだ三十分もたっていないだろう。
うまく連絡がとれたとして、魔術師や騎士の部隊が到着するのに、あと三十分後なら早いほうだろう。
仮に手間取ったとすると、あとどのくらいか。
私個人の事をいえば、魔法相手なら何とかなるという自信はある。
だがマルスやリーリアやエマ達を守らなければならないとなるとどうなるか。
「さっさと決めてもらえないかね。平凡な言いぐさで恐縮だが、さもないと……」
「わかった、行く。西の廃校舎だな?」
迷っている暇もなく、私は答えた。
その時、エマのかすかな声が響いた。
「セシルぅ……逃げてぇええええ」
「黙れと言っているだろう」
グレゴリが苛立った声で言った。
「人質は丁重に扱えよ。お前も貴族とやらの一員なんだから」
「わかってる。そこからならあと十分後だ。それ以上は待てん」
その言葉を残して映像は消える。
「それにしても、人の姿や声を送れる魔術があるんだね」
「あれは古代遺物だと思います」
私が言うとマルスが答える。
古代遺物とは、まれに古代遺跡から発見される、魔導具のようなものだったはずだ。
様々な機能を持った道具が存在すると言われるが、その動作原理は不明らしい。
確かに魔法というより、科学技術による立体映像のようにも思える。
ひょっとすると、古代の民というのは、前世の世界よりも進んだ科学文明をもっていたのかもしれない。
「早く行きましょう。ぐずぐずしている暇はないわ」
リーリアの言葉で、私たちは目的地へと向かう。
廃校舎は敷地の西の外れにある。
今は全く使われていない。
なぜまだ残っているのだろうと聞くとマルスが教えてくれた。
取り壊して新しい建物を建てるべきという派閥と、文化遺産として残すべきという派閥の争いの結果、放置されているのだという。
学校内のことなので、盗賊が根城にする事もない。
たまには校舎内の清掃も行われているというが。
「よし、その先の赤い扉から中に入れ」
グレゴリらしき声がどこからともなく響いた。
私たちは大人しく従う。
建物の中は明かりもないが、ところどころ午後の日差しが差し込んでいる。
そして指示された部屋の中に入った。
「おい、言う通りにしたぞグレゴリ。いるんでしょ?」
すると透明なパネルのようなものが現れる。
「やれやれ。そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるよ」
「そりゃ悪かったね。エマたちは?」
グレゴリは無言で横の一角を指し示す。
透明なパネルは拡大し、そこにいた人達を映し出した。
「エマ!」
そこは小ホールのような場所だった。
エマとクローヴィス皇子、他に数人が光を放つ魔力の檻らしき物にとらわれている。
「何が望みだ、グレゴリ。何をしようとしている?」
マルスの言葉にグレゴリは、うっすらと笑みを浮かべる。
「答える必要もない。と言いたいところだが特別に答えてやろう。この国を、真の正しき道へ導くためさ」
お前は何を言っているんだと言ってやりたいところだが、ここは少しでも時間を稼ぐ必要がある。
それに、こいつからなるべく多くの情報を引き出すべきだろう。
「あなたは、名誉あるロシュフォールの一族。なぜそんなあなたが、デギル教と手を組んで、帝国に害をなそうというの?」
リーリアの言葉がグレゴリに与えた反応は、おそらく彼女の予想を超えるものだったろう。
「ロシュフォールが何だって?なぜたまたま分家に生まれたというだけで、あんな無能どもの下風に立たねばならん?頭脳といい、魔力といいあんなやつらに劣る俺ではない!」
私はそっとマルスと視線をかわす。
どうやらリーリアの発言は、彼女がそれと知らず、グレゴリの心の奥にあったものに触れてしまったらしい。
「せっかくだから教えてくれない?東区ラルズレー通りの聖クラリッサ孤児院。あそこの教区長は、あんたの一族よね?」
「よく知ってるね、セシル」
「単なるカンだよ。もう一度聞くよ。あの教区一帯……だけじゃないだろうけど、予算を横領して、荒くれどもを雇って、暗黒魔術師と手を組んで何をしようと言うの?」
「それには答えたはずだよ、セシル」
グレゴリは不敵な笑みを浮かべた。
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