035 真相
「暗黒魔樹だって?」
私は本で見たことがあった。
暗黒魔樹というのは、古代から存在する一種の魔物であった。
魔力を吸って育ち魔物を生み出す、ザイターンの眷属だとも言われる
「なんでこんなものが……って今更だけど……そうだ」
私は急いで倉庫へと向かう。
訓練用の剣や槍をかかえ、金庫にあった水晶玉を袋につめる。
それらをかかえて戻ってくる。
「ほら、これで何とか」
「なるわけないでしょ、セシルさん」
「でもお守りで持っときなよ」
私はマルスとリーリアに剣を渡す。
その時、巨大な暗黒魔樹が揺らめいた。
そしてその幹から、細長い枝が伸び、周囲に広がっていく。
それは倒れている人達に覆いかぶさっていた。
私は駆け寄って、枝を引きちぎる。
周囲を見回すと、遠くの方に座り込んでいる人たちや、まだ蛇鳥と格闘している人達がいる。
「みんな!南門だよ!そこから逃げられるから!助けられる人は助けてあげて!」
私の声が届いたのか、幾人かが南門を目掛けて動き出した。
幸いにも暗黒魔樹の動きは鈍い。
「しかしこいつはやっかいですね。枝をいくら切り払っても、後から生えてくる」
マルスは風の刃や電撃で、暗黒魔樹を攻撃しながら言う。
私も細長くうねる枝をつかんで引きちぎる。
複数や広範囲の敵となると、私にとってなかなかやっかいな相手であった。
自分一人ならともかく、他の人を守りながらというのは難しい。
「でもどうしたら」
「炎の神アッシャの力です。残念ながら、僕の炎魔法では」
マルスはリーリアをちらりと見た。
リーリアは呆然としたまま立ちすくんでいる。
「リーリア!リーリア!炎の魔法だよ!使えるんでしょ?」
「無理よ。もう炎の魔法は使えない。何故だかわからない。魔術の先生にも、あやしげな占い師にまで頼ったけどダメだったの!」
私の叫びに答えたリーリアの声はほとんど絶叫に近かった。
私はマルスを見る。
「例のグレゴリって奴のせいでしょう」
「何とかならないの?」
「魔力の低いものが魔力の高いものを完璧に封印するのは困難です。長時間何度も接触し、デギルの力を借りたとしても。リーリアの力は眠っているだけでしょう」
いつのまにか再び暗黒魔樹や蛇鳥たちの攻撃は止んでいた。
不気味なまでに静まり返っている。
「暗黒魔樹を無視して、皇子やエマと合流する……というわけにもいかないかな」
「このままだと根や枝が伸びて、周囲の魔力を吸ってどんどん強力になります。今のうちに何とかした方がいいですね」
「ねぇ、リーリア聞いて。あなたの力が必要なの」
私はリーリアをじっと見つめる。
「何をしなければいけないかはわかってるわ。でも今の私は抜け殻よ。お母さまが亡くなってからずっと」
「あなたは今混乱しているだけだよ」
「みんな私が炎の力を失ったと知って逃げていった。お父様も失望させた。今のお前は無価値だって」
リーリアからいつもの自信に満ちた、傲慢な表情は消えていた。
年相応の、頼りなげな少女の姿だった。
「そんな事無い!それに価値なんて誰かに決められるものじゃない」
「魔法も使えないあなたには、わからないわ。炎魔法がクレルモン公爵家にとってどういう意味を持つか」
さすがに今、リーリアと言い争っている暇はない。
「あなたが無理だというなら、私とマルスで何とかする。でも本当はあなたもわかってるはず。今のままじゃ駄目だって」
私は少しリーリアを落ち着かせるように言う。
「どうしろっていうの?」
「リーリアならできる。ここで逃げても後悔するよ、絶対」
「あなたが何を知ってるの?ずっと期待を背負い、努力したのに、報われず失望させてしまった辛さがわかるの?平民のあなたに、多くの人に責任がある立場がどういうものかわかるっていうの?」
「それはわからないよ。でもわかる事はある。下を向いて立ち止まっても、何も起こらない事は。何もせずに不運を嘆いていても、苦い後悔の思いしか無い事は」
前世の私はちゃんと向き合うべきだったのだ。
そんな事すらわからない程、押さえつけられ、自分を押し殺して生きてきた。
でも例えわかってくれなくても、反対されようとも、ちゃんと自分の意志を示して話し合うべきだったのだ、私は。
「なんなのあなたは一体……」
リーリアは戸惑ったような声を出した。
「ほら、これ。」
私はいつも持っている母に貰った魔術書をリーリアに差し出した。
「なんなの、この本?ただの初心者用の魔術書じゃない」
「ちゃんと詠唱して初歩からやれば大丈夫だよ。もう一度魔力の通路を作るんだ」
だがその時マルスが言葉を発する。
「お取込み中悪いですけど、もう時間ないですよ」
私はマルスが指さす方を見る。
暗黒魔樹は、赤い光を放っていた。
「ちょっと危ない感じだね、マルス」
「あれは人間や魔物の魔力を吸って大きくなる。そして根を伸ばし枝を張り、この学校中を覆いつくすでしょうよ」
暗黒魔樹はゆらめいた。
そして数頭の鷲獅子が出現する。
「僕とセシルさんがいれば、魔物や暗黒魔樹の攻撃は防げるでしょう。でもきりがないですよ」
「無理そうならとりあえずは、エマや皇子たちと合流して脱出するしかないね」
私は再びリーリアを見る。
「こんな呪文なんて詠唱している時間なんてないわ、魔物の目の前で」
「詠唱の時間は私とマルスで稼ぐ。心配しないで。あなたならできる。例え初歩の呪文だろうと、あなたの炎の力があれば」
私はできる限りの笑顔を見せて言った。
リーリアは覚悟を決めたのか、魔術書を開き、呪文を唱え始めた。
その間も、蛇鳥や鷲獅子たちは、襲ってくる。
マルスはリーリアの周囲に障壁を張りつつ、敵を射ち落す。
私は暗黒魔樹の枝の一つを、力に任せて引きちぎる。
上空を旋回している鷲獅子を見つけると、袋の中の水晶玉を取り出して投げつける。
見事頭部に命中すると、一発で鷲獅子は墜落していった。
「うん、さすがは魔力測定用の水晶だね。そこらのガラス玉とは違う」
私とマルスの戦いの間、リーリアはひたすら詠唱を行っていた。
「氷と暗闇の世界に、光と熱をもたらせし者。天にあっては太陽に、地にあっては祭火にありて、人の心を燃やし希望と情熱の火を与えし者。炎の神アッシャとの古の契約によりて、我は命ず……」
リーリアの体は今や炎の輝きをまとっていた。
「初歩の魔法で効果あるのかな?」
「基本的な魔法でも、魔力が強大なものが使えば大丈夫ですよ。それにどうやら魔力の通路ができて、思い出してきたようです」
私の言葉に、マルスはリーリアを指さした。
「……聖なる炎にて魔を焼き払え。炎地獄!」
それは一瞬の出来事だった。
リーリアの言葉とともに手先から発した炎は暗黒魔樹を包み込み、炎の大火で焼き払う。
そして炎の渦は、地中へと吸い込まれ、暗黒魔樹の根ごと焼き尽くした。
「やった!」
「セシルさん、危ないですよ」
マルスは暗黒魔樹に近づいていこうとした私をあわてて止める。
魔術によって生まれた炎なら多分大丈夫だと思ったが、私は立ち止まる。
マルスはリーリアと一緒に、冷却魔法をかける。
「これで大丈夫なの?」
「暗黒魔樹の枝も根も、魔力の炎で焼き尽くしたから問題ないはずよ」
リーリアは言った。
「あれは!」
マルスが指さした先には魔法陣があった。
どうやら暗黒魔樹が根を張った先には、地下室だか地下通路だがあったらしい。
マルスとリーリアは二人で魔法陣を破壊する。
「これで学校を囲む障壁も弱まったはず」
リーリアの言葉に私が校門を調べようとした時だった。
再び空にもやがただよい、やがて一つの映像を結んだ。
それは監督生のグレゴリの姿だった。
先ほどの巨大な老人の顔と違って、全身が映っている。
「やれやれ。何て事してくれたんだ。まぁいい、ほら」
グレゴリに押し出されて、一人の小柄な少女が進み出る。
「セシルぅ……はやく、はやく来て……」
それは私の大切な友達、エマ・ヘルトリングだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
「主人公を応援したい」「続きが気になる」
そう思った方は
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いします。
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。




