毒巫女25
現在、俺はハルポルの部屋にお邪魔している。
ランプが灯されていて、一人用のベットが二つと、本棚、テーブル、椅子があるだけのシンプルな部屋だった。
本棚には学術書や論文集など厳つい本ばかりだ。
「あ、寝といてもらっても大丈夫だよ。ベットは好きな方を選んでいいから」
僕は用事があるから、と言って部屋を出ていったハルポル。
俺は、この世界の学術は何をしているのか興味を持ったため、本棚に置いてある魔法学という題名の学術書を手に取る。
そして、パラパラと捲り、内容を確認した。
「……『女を手に入れる方法』?」
本のタイトルとは程遠いワードである。
そこには女の子の口説き方がぎっしりと書いてあった。
俺はたまたま取る本を違えたのだと思い、今度は魔法工学と書かれた本を取ってみて、同じように内容を確認した。
「……『女の堕とし方』」
結論から言うと、ハルポルの部屋にいたら、やばい。
この本は俺がちーちゃんの心を掴むために必要なバイブル書になりそうだが、それよりも俺の身が危険なのだ。
だが、危機感よりも本の内容の興味が勝ってしまったため、じっくりと読み進める俺。
しばらく経つと、ドタドタドタという足音が近づいてきたので、急いで本を本棚に戻す。
「ごめん。依頼の報酬受け取りにいってた」
「お疲れ様です」
「ミラさんもね。だから、早く寝よう」
「はい」
俺はすぐに逃げられるようにドアの手前のベットを陣取り、寝転がった。
そして、やっぱり着替えてから寝ようかと思ってショルダーポーチから漁ろうとするも、肝心のショルダーポーチが見つからない。
「風呂場に置きっぱなしかもしれませんね」
風呂場で刺された記憶はある。
だったら、ショルダーポーチは脱衣所の籠にあっても不思議ではない。
「どうかした?」
同じように寝転がって、ランプを消そうとしているハルポルがこっちを振り向いた。
「助けてもらった過程を詳しく知りたいのですが」
「いいよ。明かりは消すね」
ランプの明かりが消え、暗闇に支配された部屋で、ハルポルは自分が見た一部始終を語った。
※※※
一方その頃、ベトは千愛達が泊まっている宿屋にたどり着いた。
そのまま階段をぴょんぴょんと上がっていく。
その音に気づいた鼠男は閉じていたドアを開き、ベトと認識してから、向かい入れる。
「どうした?」
「ミラはどこにいる!?」
「明日、<生存第一>に向かって、そこで居場所を探索してもらおうと考えているが」
ベトは鼠男の顔面にプルプルボディをぶつけた。
「馬鹿野郎! 遅いんだよ! 一回死んだかもしれないんだぞ!」
「……何故わかる?」
「探索魔法が使えるからだ」
「分かった。準備しよう」
鼠男は部屋の隅に置いていた防具を着実につけていく。
「千愛やミカンふわしゃーは連れていかないのか?」
「ミラが誘拐されたと仮定すると、連れていかれるのは大抵人目のつかない場所。ただでさえ夜の街は治安が悪いんだ。それがスラムあたりだとどうなるか、言わんでも分かるだろう」
「そうだな」
武器と防具を身につけ、ミラのショルダーポーチを持った鼠男は、木製の両開き窓を開けて、飛び降りた。
ベトも続いて落下する。
トンっと二回から飛び降りたとは思えないほど小さな着地音をした両者。
スライムであるベトはともかく、鼠男の高い技術が窺える。
路地裏に降りた二人はベトの案内の元、ミラとの距離を確実に詰めていくのだった。
※※※
「――というわけだよ」
「助けていただき本当にありがとうございました」
俺が美少女だったことも関係あるかもしれないが、敵二人が残っているにも関わらず、助け出してくれたのは感謝の念に絶えない。
それしても、一人は俺を刺したやつだとして、もう一人はどっから出てきたんだ?
状況的に仲間なんだろうが。
俺は毛布の下に身体を潜らせながら、ハルポルに問う。
「それにしてもよく見ず知らずの人を助けてくれましたね」
「たまたま勝手に身体が動いたんだよ」
「身体が勝手に……ですか。私には到底できない芸当です」
「僕もびっくりだよ。あそこまでできるとは思ってなかったし。火事場の馬鹿力だったのかな」
現地人でも転生者を出し抜けるのか。
俺達、転生者が転生者を倒すよりも、現地人に倒してもらった方が効率がいいかもしれない。
現地人に殺された転生者は全ての蘇生が効かないからな。
そう碌でもないことを考えている間に、ハルポルが欠伸をひとつ。
「眠くなってきた。ミラさん、おやすみ」
「おやすみなさい」
俺は思っていたよりも蘇生に体力を消耗していたらしく、目を瞑ったらすぐに意識が溶けていった。
※※※
ふと、身体が動かない上に、お腹に何か重いものが乗っかっている感覚がした。
手と足を拘束され、猿轡と目隠しまでされているようだ。
何故、ここまでされたのに全く気づかなかったんだよ、俺は。
とりあえず、すぐに引きちぎれる程度に、手足から分泌する毒で拘束具を溶かし、猿轡と目隠しは放置しておく。
「はへへふか(誰ですか)?」
「聞き取りにくいけど、多分、ハルポルだよって返すのが正解かな」
どうやら、上でのしかかっているのはハルポルらしい。
さてさて、何故このような強硬手段に出たのだろう。
別に俺を捕まえて得するようなことはなかったはずだ。
「不思議そうな顔をしてるね、ミラさん。理由は簡単だよ。僕は男で君は女。暗い部屋に男と女二人っきり。後はもうすることは分かるよね?」
「はいはんでふね(怪談ですね)」
と巫山戯てみたものの、ハルポルには伝わってないだろう。
ぶっちゃけこの状況は簡単に打破できる。
毒をばらまけば一発で、ハルポルは死に至らしめることが可能だ。
ただ、命の恩人を殺すのは良心が阻む。
だから、軽めの毒で気絶しておいてもらおうお、毒をハルポルいる場所に飛ばしたのだが、肝心の手応えがまるで感じられない。
普通、気絶でもしたら、何らかの音か、俺の方に全体重がかかってくるはずなのだが、その様子は一切感じられず、むしろハルポルは一挙動も動いていない。
「なるほどなるほど。マスターはこれをみてこのギルドに入れようと思ったのか。残念ながら、『状態異常無効』を所持している僕には効かないけどね」
簡単に気絶しないと分かった俺は、毒の濃度を一気に引き上げて拡散させる。
「うぐっ」
呻き声とともに、息を荒らげている音も聞こえてきた。
「まさか、『状態異常無効』を突破されるなんて。でも多少痺れるだけで支障はないけどね。今度はお返ししてあげるよ。雷魔法『麻痺』」
「あぐっ」
一瞬、体が跳ねた。
そして、身体が空間に固定されたように動かなくなる。
「……最初からこうしておけば良かったかも」
ハルポルは痺れて動けない俺の猿轡をゆっくり外し、顔を引き攣らせる。
「うわっ、危なっ。結構溶かされてるし。早めに止めといて良かった。でも会話出来ないのは残念だなあ」
好き勝手に言いやがって。
俺は脳から直接、拳二個ほどの毒分泌器官に命令を与える。
その瞬間、ゆっくりと脈打っていた毒分泌器官が加速し始めた。
それに伴い、身体から猛毒が流れ出る。
それは瞬く間にベッドを煙をあげさせながら、溶かしていく。
副次的に、手足枷と目隠しも溶け、視界に光が戻った。
「ああー! そのベッド高かったのに」
ハルポルは俺から飛びのき、頭を抱え、俺をキッと睨んだ。
俺の腕を掴み、ベッドから離そうとしたハルポルだが、『状態異常無効』でも無効しきれなかった毒だったようで、手が爛れたハルポルは悲鳴を上げた。
「『ヒール』」
回復魔法で手を癒したハルポルは、俺をじーっと見つめた後、ため息をついた。
「まあ、いいや。今回は諦めるよ。侵入者も来たようだし」
半壊したベッドから降りたハルポルは、ドアの方を向く。
途端、そのドアが勢いよく開け放たれた。
「ミラ、大丈夫か!?」
「ミラ! くたばってねえだろうな」
姿を現したのはネズ先輩とベト。
二人はハルポルを無視し、俺の取れかけの拘束具を外しにかかる。
その隙にハルポルが、攻撃を仕掛けると思ったのだが、その場から一切動く様子を見せない。
むしろ、ニコニコと笑みを浮かべながら、ベト達の動きを眺めていた。
そして、麻痺で身動きが取れない俺を抱えたネズ先輩とベトは長居は無用と、この部屋から出る。
その際に、ハルポルはこっそりと俺に耳打ちをしてきた。
「男と同じ部屋で寝るということはこういう事だよ。次は絶対に逃がさないから。またね」
ベトとネズ先輩が俺に気を取られているタイミングでこっそり呟き、すっと離れるハルポル。
その上、存在感の薄さも相まって、ベトと鼠男に一切気取られなかった。
そこは純粋に感心するが、最初に出会った時の純真さは演技だったのだろう。
どう考えても毒草を薬草と勘違いして、社会貢献しているつもりになっていた少年ではない。
どちらかと言えば、男に使う言葉ではないが毒婦に近い。
それはそうと、現在、俺はネズ先輩にお姫様抱っこと呼ばれる抱き方で抱えられている。
巨大迷路直後では、荷物のような抱え方だったが、そこから学んだらしい。
俺以外の女ならときめいたかもしれないが、残念ながら、俺は男に興味はない。
今も頭の中は、ちーちゃんのことで埋め尽くされている。
「この家主にバレないように逃げるぞ」
「分かっている」
ハルポルに気づかなかったネズ先輩とベトは、まだマスターに見つかっていないと考えているのだろう。
ハルポルにマスターを呼び出されたら、逃げる難易度が跳ね上がるが、俺はハルポルがマスターにこのことを報告するとは欠片も思わなかった。
そうして、ネズ先輩は音を立てずに走り、ベトは壁を利用し跳ね返りながら、無事に脱出出来た俺達だったが、突如、俺の暗殺目標の屋敷の方面で大きな爆発が起こった。
だが、仲間の反応は薄い。
ベトもネズ先輩もその程度では驚かないってことか。
しかも宿の方向とは反対側らしいので、無関係だと思ってそうだ。
まあ、俺がいなければ無関係だったんだろうけど、俺が標的を殺す絶好の機会を逃すつもりはさらさらない。
痺れの効果がきれてきたので、口を動かす。
「ここで、下ろしてください。私にはやらなければならないことがあるので」
「却下だ。また目を離した隙に誘拐でもされたら困る」
ネズ先輩なら理由も聞かずに俺を解放してくれると思っていたのだが、どうやら俺が誘拐されたことで危機感が芽生えたのだろうか。
だが、それでは困る。
だから、思ってもない言葉を紡ぐ。
「あの爆発で被害が及んでいる人たちを助けたいのです」
「ミラ、お前はそんなやつじゃないだろう」
大抵は、面倒事には関わらないでおこうという今までの俺の行動が、ベトには分かっているからこそ、嘘だと一瞬で見抜かれた。
ただ、俺の性格を把握してくれているのは嬉しいが、少し空気を読んでほしい。
俺が素直に暗殺しに行くから降ろしてほしいとネズ先輩に言えるわけない。
こう口を閉じている間にも炎上している屋敷がどんどん離れていく。
「とにかく早く降ろして下さい!」
俺はお姫様抱っこの体勢から、ネズ先輩の頬をムニムニ手のひらで押しながら、暴れる。
すると、鬱陶しくなったのか、流石に地面に立たせてくれた。
「はぁ。好きにしろ。宿はこの道を真っ直ぐ行けば近いところにつく。後は通行人に聞けばいい。先に帰っておく」
「ありがとうございます。念の為、ベトはついてきてください」
「ああ」
俺は生返事のベトを鷲掴み、短い緋袴を翻しながら、速攻で走る。
女子にしてはそこそこ速い気はするが、この速度では機会を逃しかねない。
「ベト、あそこに早く着く方法はないですか!?」
「風魔法でお前を吹っ飛ばせば何とかなるかもな」
「着地できないです。……ベトも一緒に吹き飛びませんか? 着地は魔法でどうにかしてください」
「お前、俺を便利道具と勘違いしてないか? まあいいけどよっ!」
ふわりと身体が宙に浮くといった生易しいものだと思い込んでいたのだが、実際はそんなものではなかった。
無様に宙で縦横斜めと回転しながら飛ばされていく。
三半規管が狂い、酔いが回って気分が悪くなる。
だからせめてベトの苦しげな様子を人目見ようと視線を向けるとは全く問題なさそうなベトがいた。
「スライムに三半規管はなかったですね!」
確実に下の人から見れば、下着が丸見えだろうなと思いつつ、ベトに着地を頼む。
すると、空気のクッションが作成され、怪我することなく柔らかに地面に立つことができた。
屋敷に集まる野次馬の中に着地したのだが、いきなり美少女が上から落ちてきたのでは注目を集めるのは当然。
暗殺者として失格レベルで注目を浴びてしまった俺は、とりあえず暗殺対象を見つけることに専念するのだった。