毒巫女23
太陽が沈み、視界が確保しにくい夜に、人を背負っているのにも関わらず、軽快に移動する影が一人。
「あー! 咄嗟に助けたけど、どうしよう。この人もう死んでるよ」
ミラ=ジョーカーを背負っている、少女然とした少年、ハルポルは、冷たいミラの体から既に手遅れであることを悟っていた。
「教会で生き返らせるお金なんてないし、僕は存在感の薄いただの冒険者なのに、なんで助けちゃったんだろう?」
ハルポルは、先程まで男湯に入るはずだったのだが、見た目のせいで女湯に案内され、間違って入りかけたところだった。
しかし、脱衣所まで入ってしまったハルポルは、女の子が倒れていて、その上でひどい処遇の口論をしていたミャグラとニャラがいたせいで、咄嗟に持ち前の影の薄さで、ミャグラとニャラの不意をつき、ミラを奪い去ったのだ。
そんな芸当が出来る冒険者が、ただの冒険者なはずはない。
しかし、自身の気弱な性格のせいで、未だに討伐依頼を一切受けていないため、ギルドのランクが上がっていないだけである。
「あれ? 僕、このまま死体を背負ってたら、殺人犯と勘違いされるんじゃ?」
夜中に死体を背負い歩いている人物は怪しく、時々すれ違う人が怪訝な表情で振り向いていたことに気づいたハルポルは冷や汗を垂らす。
だが、それは見当違いである。
そもそも睡眠中か永眠中かどうかは一般人にはすれ違いざまに気づくものでは無い上、怪訝な表情をしていたのは道行く人はハルポルの存在感が薄すぎて、一瞬、ミラが浮いているように見えたからだ。
「うむむ。1回、ギルマスに頼ってみよ」
何十回もの面接を落ち続けた末、存在感の薄さをかわれ、ようやく所属できた個人ギルドのマスターに相談することに決めたハルポルはそのまま個人ギルド<ラバーズ>に赴いた。
裏路地に入り、地下水路や空き家の隠し通路、家と家の隙間で出来た複雑な迷路を軽い足で通り過ぎ、<ラバーズ>の本拠地の扉を開ける。
「ただいまー。マスターいる?」
「……ああ」
光沢が鈍いテーブルに、ピンク色の飲み物を置き、報告書に目を通していた、黒いフードを被った男は、ハルポルとミラを一瞥し、人差し指でマスターが居る二階の方向を示す。
「ありがとー、ハロルドさん!」
「……ようやく殺れたのだな」
ギルドの人達に、自身がミラを殺したと誤解されたくないので、急ぎ足で階段を上るハルポルに、ハロルドの言葉は届かなかった。
そして、マスターの部屋にたどり着いた途端、気弱な性格はどこへやら、ドアをバンっと開け放ったハルポルは、一般人でも泣いて逃げたすような凶悪な面をしたマスターに親しげに話しかける。
「マスター、マスター! この女の子をどうにかしてください」
「なるほどな。お前もとうとう(殺人)童貞を卒業したか。取り敢えず、そいつをバラして証拠隠滅しよう」
「そんなエッチなことしません! ひ、卑猥な写真を撮って脅して、挙句に写真をバラ撒くなんて最低です! マスター、冗談でも言っていいことと悪いことがあるんですよ!?」
「……一言もそんなこと言ってねえよ」
マスターは頭を揉みながら、ため息を吐く。
「で、何の用だ?」
「この人を生き返らせてほしいんです!」
机に身を乗り出したハルポルは可愛い顔を凶悪な顔にぐっと近づけ訴える。
マスターは、それにたじろぎながらも苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
「お前、よりによって<ラバーズ>に頼むのか」
「だって皆さん、優しいですから。僕が路頭に迷ってた時も手を差し伸べてくれましたし、薬草採取しかしていないのに全く文句を言わないところとか。他にもまだまだありますよ!」
「いや、もういい。ギルドとして私情だけでギルドの金を使うわけには行かない。そいつに生き返らせるだけの価値があるのか。さらに、そのままこのギルドに所属してもらう必要がある。これは蘇生において最低限の条件だ。これを満たせなかったらまた殺すはめになるがいいのか?」
「わざわざ、殺さなくてもいいじゃないですか!? しかもこんな箸も持てなさそうな、か弱い女の子なんですよ。ギルドに入るのを了承してくれないですって」
「だろうな。だから諦めろ」
「そんなぁー」
項垂れるハルポルに、無言の退出を促すマスター。
しかし、今までの経験を元にした勘が、マスターに行動を移させた。
「マスター、何してるんですか? そんなモノクル付けたって全然賢そうに見ないですよ?」
「これは鑑定眼のレプリカだ。値段がする上に使い捨てたが、調べた方がいいと思ってな」
そう言って机の引き出しから出したモノクルを通し、ミラを視たマスターは、口角を上げる。
「ひいいぃ。マスターが笑ったら大量殺人鬼っぽいです。一発逮捕ですよ」
「失礼なやつだな。その女を蘇生させてやらねえぞ?」
「蘇生してくれるんですか!?」
「面白いスキルを発見したからな。そいつを教会に連れていけ。これはその金だ」
ぎっしりと金貨が入った袋を手渡されるハルポル。
しかし、小心者の彼は中々お金を受け取れない。
「マスターが行ってくださいよ。こんな大金、僕が持ったらビクビクし過ぎて前に進めませんって」
「悪いが、俺は大量殺人鬼っぽいらしいからな。人前には出られん」
「取り消します、取り消しますからぁー!」
「ったく、何故そこまでして見知らずの女を助けるんだ?」
「犯罪者と勘違いさせられたくないからですよー! 死体背負いながら街中歩きましたからね!」
「……そうか」
闇ギルドに所属している時点で、お前は立派な犯罪者だ、と告げたいのを我慢したマスターこと、ヘルガウスは、部下をよびつけ、ミラを教会に連れていかせたのだった。
※※※
一方その頃、ミラがいなくなったことをようやく気づいた浅川千愛とミカンふわしゃー、鼠男は宿中を探し回っていた。
「おーい! ミラっちいるっすか!?」
「……み、ミラちゃーん」
「ここもいないか」
ミカンふわしゃーは、夜にも関わらず、睡眠中の人々の迷惑を度外視した声を張り上げ、千愛は吃りながらも、本人にとっては大きい声で名前を呼び、鼠男はひたすら空いている部屋に入ってミラを探していた。
そして宿全体を探し終わると、三人は部屋に集まる。
「ここの宿にはいないみたいっすね。誘拐されたのかも」
ミカンふわしゃーの懸念に顔を青くする千愛。
「ど、どうしよう。ミラちゃんが殺されちゃう」
「大丈夫っすよ。でも、探す対象がこの街全体となると流石に見つけられる気はしないっすね」
「一度、<生存第一>に行くとしよう。そこに行けば、ミラの居場所を特定できるやつが多くいるだろうしな」
「今すぐっすか?」
「朝一だな。夜は流石に治安が悪すぎる」
そうして、千愛達は一晩寝た後、朝に<生存第一>に向かって旅立つのであった。
※※※
ミラが攫われたのと同時刻。
スライムであるベトは静かな夜の街を一人で彷徨っていた。
事の始まりは、夕方。
ミラの頭の上に乗って共にギルドの裏食堂について行くつもりだったのだが、途中で転がり落ち、ミラの姿が見えなくなったため、ベトは暇つぶしに一旦ギルドの外に出たのだ。
そしてそこからがベトにとっては苦難の連続。
冒険者に見つかれば剣を振り下ろされ、子供に見つかれば棒でつつかれ、大通りを通れば通行人に踏まれる。
やっとの事でそんな苦難から逃れることが出来たものの、その場所が森だった。
しかしベトは索敵魔法があるため、ミラの反応を頼りにズリズリと戻っていたのだが、途中でミラの反応が消失。
消失したということは認識阻害が働いたか、対象者が死亡したかのどちらかである。
だからベトは最悪な状況を想定し、森だからこそできる普段なら見せない素早い動きで街を目指す。
ベトはプルプルボディを勢いよく跳ねさせ、木にぶつかり弾力で跳ね返るとまた別に木にぶつかり跳ねる。
それを連続で行うと、まるで小さな箱に閉じ込められたスーパーボールのように縦横無尽に移動する。
本来なら、あまりの速度に自身を制御出来ないのだが、ベトなら問題ない。
人間に様々な物を教わったせいか、一度厨二病にかかってしまい、その時に会得したのがこの移動法。
当時、本人は、相手を翻弄する様ってかっこよくね? といった粋がった様子で語っていた。
「ハードボイルドだぜぇー!」
ハードボイルド要素は欠けらも無いが、ベトは着実に街へと向かっていった。
※※※
神界。
イルサーンはテーブルに突っ伏していた。
「切り札が死んだー。もう何もやる気出ないー」
モニター画面にミラが刃で突き刺されたシーンが何度も再生されている映像が、ぼんやりとしたイルサーンの瞳に映り込んでいる。
その様子にショチケツァルは呆れた。
「ったく、何言ってんだ? 第一、切り札はその駒じゃねえだろ? お前は切り札を最後まで隠すタイプだからな」
「ショチケツァル。確かにそうだけどさあ、この子もそれなりにはできると思ってたんだよね。でも期待外れかも」
「だが、蘇生してくれほうな雰囲気じゃねえか?」
「死ぬ感覚がトラウマになって、引き篭らなければいいけどね」
先程とは異なり、無感動にモニターを眺めているイルサーンは興味なさげに言う。
「まあ、人間って色々脆いしな。見る分には様々な感情が楽しめて、面白いが」
「だからこの遊戯を企画したんでしょ! 全く貴方達はもうちょっと物事を覚えておこうとは思いませんの!?」
ヘスティアーがスマホを片手に会話に割り込んでくる。
「そういうヘスティアーもソシャゲーのガチャを回しながら話しかけてくるなよ」
「何回回したの? さっきから乙女にあるまじき声を連発していたような気がするけど」
「……千回ですわ」
「底なし沼に浸かりきってるね。しかもその様子だと当たってなさそうだし」
「もうすぐ超激レアが当たるはずだから!」
スマホをタップし、画面を食い入るように見つめるヘスティアーに、二柱は肩をすくめる。
「ダメだね」
「ダメだな」
そう疲れた声を漏らした二柱は再びモニターを注視するのであった。
※※※
城下町ヘケロンで、ミラが殺された場所付近の廃墟に、ナナウトツィン陣営の暫定トップであるアランは壊れかけの椅子に腰掛けながら、『視覚共有』と『空目』を用いて仲間の同行を観察していた。
「ちっ。転生者との交戦は避けろと言っただろうが。早速殺されてるじゃねえか」
脚が一本折れ、一本とれかけているテーブルの上に、強奪した金をばら撒き、金額を数えるアランの表情は暗い。
「全然足りん。屋敷にでも潜り込むか? だが、現地人に殺されたら元も子もない」
転生者に殺害されたのならば、蘇生は可能だが、現地人に殺害された場合は二度と生き返らないという制約が転生者には課されている。
ただし、初回の遊戯開始前に制約はなかった。
「ねえねえ、怖気付いてるのー? 屋敷に火を放てば一発じゃないのー?」
「……ポワタンか。金が焼けるだろうが」
「んんー? 意外と焼けないよー? ほらー」
フードを被った小学生並みの身長のポワタンは、適当にテーブルの上にあった硬貨を摘み、そこに火を灯す。
火が消えた後、ポワタンは少し煤けた金貨を摘んでいた。
「ねー?」
「……王城から二キロ圏外の屋敷を全て燃やしてこい。俺はあいつらを呼び集めてそこに向かう」
「分かったー。燃やしてくるー」
ポワタンは炎を身に纏い、姿を消す。
「ったく。何故俺の指示に従ってくれてんだか。あれほど狂ってりゃあ、好き勝手にやりそうなものを」
アランは、ポワタンの置き土産を眺めて呟いた。
そこには顔を焼き付くして頭蓋骨だけにしたものを更に焼いて、焦げ目でアートを描いている骨が、大量に積み上がっていた。
「化け物め」
アランはそう吐き捨てると、仲間に屋敷を襲撃するようにと『念話』を使用するのだった。