1 異世界への移動
本格的な冒険は次の話からです。
「此処は何処だ?」
気が付くと辺り一面真っ白な世界に僕は居た。何処までも続く白い硬質の地面。そして遠近感がおかしくなりそうな真っ白な空。
夢でもみているのだろうか?と僕は思った。
「お早うございます」
急に声が響いたので、彼は驚いてあたりを見回すが周囲には誰も居ない。
「こっちですよ」
もう一度声がして、やっとそれが正面上空の虚空から聞こえて来るのが解った。声の主の姿は見えない。澄んだ中性的なその声は、性別が判断できない不思議な声だった。
「姿が見えないんですけど?」
そう訊ねると
「そうでしょうね。私には形という物がありませんから」
これは一体どういう事だろうか。意識はハッキリしていて状況に違和感を感じる。すぐにこれは 明晰夢だと思った。
明晰夢というのは、本人が夢として自覚できる夢のことだ。
「夢なんかじゃ在りませんよ?」
「え?」
ドキッとした。自分の考えている事が読まれたようだった。少しだけ背筋が寒くなる。悪夢の類だろうか?だが悪夢ならそれが夢とわかった時点で僕はいつも自力で目覚める事が出来る。
その方法は、気合で目を開ける!!
「ですから、夢じゃありませんって。自分の手や感覚、そして着ている服を見れば解るでしょう?」
確かに、いくら明晰夢でもこんなにハッキリはしていない。
指先の指紋から、長いといわれる自慢の生命線までハッキリ見えるし、今着ているのは学ランだ。ボケットの中の中学校の学生証とハンカチとポケットティッシュが入っている。
「じゃあ一体これは何だっていうんですか?こんなの現実の世界じゃあ、ありえない」
見渡す限り真っ白で、何も無い虚空から声が聞こえてくる。こんな状況、僕は現実の世界で体験したことなんて無いぞ。
「そうでしょうね。此処は通常とは異なる私が用意した一時的な空間です。あなたに状況を説明してあげようと思いましてね」
「説明ですか?」
「そうです。あなたは幸か不幸か選ばれてしまったんですよ」
「選ばれた?」
「そうです」
何を言ってるのかさっぱり訳が解らないぞ。
「少しお話をしましょう。この世界は複数の直行する軸を持った空間によって形成されている世界です」
「?」
「あなたには高さ、幅、奥行きの三軸が認識出切るはずです」
そう言って声の主は空中にx、y、zの軸を引いた。まるで数学の授業みたいだ。
「ですが厳密にはこの世界は三軸ではなく、少なくとも私の認識では十本の軸を引く事が出来ます」
「直行した軸を十本も引けるわけ無いと思うんですが?」
空間上に直行させて引くことの出切る軸は三本しかないはずだ。
「それは貴方が三次元の人間で、二次元的な知覚能力しか無いからです。まあこれは説明できる事ではありません。それを認識するための器官が無ければそれを認識することも、想像することも出来ないでしょう。あなたが私の姿を認識できないのは私が十次元の存在だからです」
十次元?S化学会か何かですか?宗教の話ですか?
「違います」
また、頭の中を読まれた。
「はぁ……良いですか?この世界、つまり宇宙は十次元の空間とそれが内包するそれより下の次元の無限に連続する空間によって形成されています。その中の一つが貴方が住んでいた世界です」
「?」
随分とSF的な話だ。やっぱり夢じゃないの?一瞬ホラーかと思ったけどSFだったのか。
「だから夢じゃないと言ってるでしょう!!いい加減にしないと怒りますよ!!せっかく貴方を助けてあげようとこうして説明の場を設けてあげているのに!!」
「ごっ……御免なさい」
その声はかなり真剣な口調だったので、僕はびっくりして謝った。
「……これは貴方にとって重要な事です。真剣に聞く事をお勧めしますよ」
「解りました」
「無限に在る世界のうちの一つであるあなた世界ですがほんの少し前に壊れてしまいました。そして私の知人がそれでは、あまりにも不憫だということで無作為に知的生命体を拾い上げて別の世界に投下することにしたんです。そしてそれが貴方だった」
「…………!?」
え、何て?今、なんて?
「ですがそのままでは世界を移動した場合、あなたは状況を理解できず、精神的に苦しみそして移動した先の世界では生き抜けないと思って、その知人を一喝してからこうして貴方に説明の場を設けたわけです。一応、以前の世界のあなたのアイデンティティーに関わる一部の記憶は消去させてもらいました。具体的には知人や家族、そして精神的に固執していた事柄などをです」
「記憶を消した?」
そう言えば確かに苗字を思い出せない。住んでいた家の事も家族のことも……
「つらいかもしれませんが、あなたの世界を失う事を認識するよりも精神的なダメージは少ないはずです」
「そんな……馬鹿な……」
「もう時間がありません。貴方が移動した先の世界はあなたにとって厳しいものとなるでしょう。これは私からの贈り物です。頑張ってください。私は応援していますので……」
次の瞬間、僕の意識は闇に落ちた。




