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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
ささやかな友情編(王子復活)
98/213

98日目 壊れた銃と決断




銃が欲しい。ああ銃が欲しい、銃が欲しい。

銃刀法違反に触れない程度に願いを込めながら、僕は公園に来ていた。

そっと制服のポケットの中の便箋を握り締める。

端的に説明すると、それには柔らかな字体でこう書かれていた。


『公園で会いたい。来てくれるまでずっと待ちます』


一見するとラブレターのように読めるそれは、実はデスレターである。

かつて僕と大阪さんを襲った謎のお面女軍団。

何の因果か、僕はそいつらのリーダー格に呼び出されているのだ。

その理由は――。


風がざわめいた。

公園に植えられた木々。

ライトグリーンの葉っぱが生い茂った枝が揺れる。


明るい色のタイルが、綺麗な整列を見せる公園の舗道。

その上を滑るように揺れる木陰を眺めながら。

僕はそっと後ろを振り返った。


傾く太陽を背に、彼女は立っていた。

素顔をお面で隠し、髪を三つ編みおさげにした少女。

その手にはしっかりと木刀が握られていた。

悠然と佇む少女を見つめながら、僕の頬を一筋の汗が流れた。



――四方天の一人、()(てん)が動きやす。ダンナを狙って、ね



()(ぐら)の言葉が正しければ、目の前の少女がそれだろう。

外天という二つ名を持つ少女。

何の因果か、僕はその少女と公園の中心で対峙していた。




「やあ」


気さくに声をかける僕に、外天は(いぶか)むように声を上げた。


「あらあら? 驚かない? という事は、こちらが乗せられたという事でしょうか?」


木刀をだらりと垂れ下げた姿勢で、外天は僕を見つめた。

西の空が、傾く。

徐々に赤みを増しつつある太陽の光に半身を照らされる外天。

その顔を覆うお面の縁が、赤く輝いていた。


公園に現れた異常者。

そんな様相を呈する外天に向かい、僕は明るく話しかける。


「そうだね。君が僕を呼んだという事は分かってたよ」


「そうなのですか……。せっかく驚かせようと思っていましたのに」


残念そうに呟く外天。

その口調は、まるで恋に恥らう少女のようだった。

顔を隠すお面と、手にした木刀が無ければそう見えただろう。

しかし厳然として外天は木刀を握り締めたまま、僕と相対していた。


外天。果たしてどんな人だろうか?

(いな)。たとえどんな人であろうと、言語でコミュニケーションは可能なはずだ。

僕は非暴力を唱えたインド独立の父、ガンジーの姿を思い浮かべつつ言った。


「君は僕と争うつもりかもしれないけど、僕にその気は無い」


「あら?」


きっぱりと言い切る僕に、外天は意外そうな声を上げる。


「君はガセネタを掴まされたんだ。僕は賢者くんをどうこうするつもりは無いよ」


「ん~? そうかもしれませんわね」


僕の言葉を肯定しながら、外天は手にした木刀を構える。

その切っ先は真っ直ぐ僕に向けられていた。

一筋の汗を流しながら。

僕は震える声で外天に尋ねた。


「ぼ、僕達が戦う理由は無いよね?」


「戦う理由なんて、忘れてしまいましたわ。てへっ」


「ガンジー!?」


僕はガンジーの名前を叫ぶと共に、彼の言葉を信じた自分を恥じた。

やはりガンジーではダメなのだ。

インド独立の真の立役者はチャンドラ・ボース。

徹底的な闘争と反逆こそがイギリスを動かしたに違いない。


動揺する僕の間合いに外天が颯爽と踏み込んでくる。

無手に僕に対し、木刀を持つ外天のリーチは長い。

為す術も無いまま、僕は彼女の攻撃を避け続ける。


「一撃、二撃、三撃……あらあら、意外と当たらないものですわね?」


「当たってたまるか!」


とにかく必死に後ろに飛びながら僕は叫んだ。

相手は問答無用で挑みかかってくる。

対話を築くためには戦力の(こう)(ちゃく)が必須……!

闘争の掟に従い、僕は隠していた武器を取り出す事にした。


「これは使いたく無かったんだけどね……!」


「――それは!?」


宣言と共に。

僕は後ろのポケットに入れていた『ある物』を右手で握り締める。

(じゅう)()の感触を右手の手のひらで確かめながら。

トリガーに人差し指をかけ、外天に向けて真っ直ぐに銃口を向けた。


銃。それは対人戦闘の常識を変えた武器である。

筋力を、経験を、積み上げて来たあらゆる物を一瞬にして凌駕する存在。

そんな銃に――限りなく似た存在である水鉄砲を、僕は外天に向けて掲げた。


「……そんな物で、一体何をされるのかしらん?」


「撃つ! 君は濡れる! さあ!」


「さあ?」


「……さあ? え、嫌でしょ? 濡れるの」


「ええまあ……その恨みを、この木刀に込めたいと思いますわ」


「ぎゃ、逆効果だと!? そないな話があるかいな!」


予想外の外天の反応に対し、謎の関西弁を使ってしまう僕。

大阪さんの悪影響にじわじわと蝕まれているようだ。

そんな僕を呆れるように眺めながら、外天は言った。


「確かにこの外天、偽の情報を掴まされたようですわね。でも、そんな事は関係無いのですよ?」


「な、なんでやねん!?」


大阪菌に汚染されながら僕は訴える。

なんでやねん! そないな話しがあるかいな!

大阪病に苦しみながらの悲痛な訴え。まさに感動秘話である。

しかし外天は、無慈悲さを崩すこと無く僕へと告げた。


「何でって……そもそも貴方は我らが(きみ)と対立されているのでしょう?」


「何の事かな……!?」


とりあえずすっとぼけて見る僕に対し、外天は冷酷な声で言った。


「あら? とぼけられても、こちらは事態を把握しておりますわよ? あの金髪の雌豚を取り合っているみたいですわね」


婉曲に笑みの形を作りながら。

お面の裏側に酷薄な笑みを浮かべながら、外天は楽しげに続けた。


「まあ当然? あの方を雌豚に渡すわけにはいきませんから、相応の事はさせていただきますわ。それはそれとして、貴方もあの方の敵である事は変わらないですわよ?」



――彼女達は、賢者少年の意向を無視して行動することが常態化していやす



そんな()(ぐら)の言葉を思い出す。

妙に冷えていく頭を奇妙に感じながら。

吐き出す息さえも凍りつきそうな声音で、僕は言った。


「それが賢者くんの意思だと?」


「うふふ。あの方の意思など関係無いのですよ」


外天は歌うように続ける。

それはまるで恋に恥らう少女のような口調だった。

顔を隠すお面と、手にした木刀があっても――そんな風に思えた。


しかし恋とは到底呼べない感情を抱えながら。

外天は楽しげに語る。


「あの方はさしずめ、籠の中の小鳥。大好きなんですの。可愛いでしょう? 飛べない鳥って。思わず壊しちゃいたいくらいに」


オーノー。隊長、聞こえるか?

敵は狂ってやがる、撤退を推奨する。


そんな提言を、脳内で僕の中の二等兵がしてくる。

二等兵、君の気持ちは良く分かる。

しかしこの戦いは不退転だ。

脳内の二等兵を宥めすかしながら、外天に対し睨みつけるようにして視線を返す。


この女は何と言った? 雌豚? 相応の事?

僕と賢者くんが取り合っている相手と言えば――冷蔵子さんの事だろう。

彼女の金色の髪を脳裏に思い浮かべながら。

僕は確認するように外天に問いただした。


「君の感想を聞いてるわけじゃ無い。金髪の雌豚だと? 彼女に何をする気だ?」


「あら? 決まってるじゃないですか」


外天は、まるでこれから散歩に行くとでも言うような気軽さで言った。


「ボコボコにしますの。あの雌豚の顔が腫れ上がれば、我らが君も愛想を尽かすでしょうから」


次の瞬間。

僕は外天に向かって迷い無く踏み込んでいた。


僕の行動を予見していたかの如く。

外天は真っ直ぐに木刀による突きを放って来た。


容赦なく顔面に迫る木刀の切っ先を。

無感動に眺めながら、僕は右手に握る水鉄砲で切っ先を弾いた。

衝撃に耐え切れずチャチなプラスチックの部品が空に舞う。


止まらない。

止まらないままに、僕はさらに外天に向かって一歩内側に踏み込む。

衝撃に痺れる右手を無視して、左手の拳を硬く握り締めた。


フック気味に放たれる僕の左手。

しかし外天は、その一撃を器用な体捌きで(かわ)す。

立ち位置を入れ替えるようにして交差した僕と外天は、素早くお互いを振り返った。


二頭の虎がそうするように。

相手の体に、牙を突き立てるために。

再び(まみ)えようとした僕らを止めたのは、第三者の声だった。



「双方そこまで!!」



公園に響いたその声に、僕と外天は飛び退くように距離を空けた。

声の持ち主は――飛天。

外天の仲間の登場に、僕は軽く舌打ちする。


これで不利になった。

僕は状況を確認するために、素早く飛天と外天を見比べる。

そこで異変に気付いた。

仲間であるはずの外天もまた、苛立たしい様子で飛天を見つめていたのだ。


「あらあら? 四方天を外されたあなたが、何の用かしらん?」


「外天。お前は(たが)が外れ過ぎだ。だから我がお前の監視に選ばれた」


「うふふ? それは誰の命令?」


「お前の家も了承している事だ」


「あらあら、それは残念。……うふふふふ」


外天は感情を押し殺すような笑い声を上げた。

お面の裏に感情を隠しながら、外天は公園から走り去って行く。

思わず追いかけようとした僕。

そんな僕の前に飛天が立ち塞がった。


「貴様も引け」


飛天が竹刀を僕に向けて、命令するように言う。

いつもなら軽く引く僕だが、今はガチだった。

そんな僕の様子に気付いたのか、飛天はやおら竹刀を下げた。

お面の裏から真剣な瞳を向けながら、僕に約束を交わすかの如く宣言した。


「……彼女には手は出させん。貴様にもな。だから、貴様も手を出すな」


――貴様は我の獲物だからな。


そう言い残すと、飛天も去って行った。

去り行く飛天を見つめながら、僕は()(ぐら)の言った事を思い出していた。



――外天を潰してくだせぇ



果たして()(ぐら)の言葉を取るべきか。

それとも、飛天の言葉を信じるべきか。


右手には、いつの間にか切り傷が出来ていた。

恐らくは外天の木刀を避ける時に壊れた水鉄砲がつけた傷だろう。

そこから流れる赤い血を眺めながら。

僕は決断を迫られていた。





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