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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
ささやかな友情編(王子復活)
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99/213

99日目 乙女の純真




「ど、どないすればええんや……?」


僕は公園のベンチに座っていた。

この巨大な公園の中央広場にぽつんと置かれたペンチは、かつて大阪さんと共に空気イスを続けた場所でもある。

そんな懐かしさからだろうか?

僕は謎の関西弁に憑り付かれていた。


大阪病が進行する現状にあって。

僕はそんな事も気にならないくらい悩んでいた。

外(げ)天(てん)。

お面を被り、木刀を握り締める三つ編みオサゲの少女。


それは心を病んだシンデレラ・ガール。

出来ればお近づきになりたく無い感じのその少女。

彼女の放った一言に対し、僕は懊悩しているのだ。



――ボコボコにしますの。あの雌豚の顔が腫れ上がれば、我らが君も愛想を尽かすでしょうから



外天から雌豚呼ばわりされているのは、僕の親愛なる友人である冷蔵子さんだった。

サイコが入った性格の外天。

そんな外天から、冷蔵子さんの顔を変形してやると言われた僕。

若さ故だろうか? その場のノリと勢いで外天に対し鉄拳制裁を試みた。


結果は、失敗。

横槍が入り、その場はウヤムヤとなってしまう。

僕と外天の戦いを止めたのは飛天と名乗る少女だった。


飛天は僕に約束した。

我が外天を監視し、冷蔵子さんにも僕にも手を出させないようにする、と。

だが果たしてその言葉が信用できるだろうか?

不吉に笑う外天の姿を思い出しながら、僕は溜息をついた。


どうしてこうなった?

考えれば考えるほど分からなくなる。


外天は確かに、賢者くん対して異常な愛情を寄せているようだった。

外天にとって冷蔵子さんは恋敵に当たるかもしれない。

だがしかし、冷蔵子さんは賢者くんと会話らしい会話もしていないのだ。

そんな相手の顔を、変形するほど殴ろうと思うものなのだろうか?


僕はもう一度考えてみた。

単に外天は、嫉妬心から大袈裟な発言をしてしまっただけじゃなかろうか?


賢者くんはこれまで、どんな女子とも付き合わなかった。

そんな賢者くんが興味を向けた相手だから、外天は冷蔵子さんに対して過剰に反応しているだけかもしれない。

そう結論しようとする僕の頭に、外天を潰せと語った土(も)竜(ぐら)の言葉が浮かんだ。



――外天に会えば分かるでしょう。あの女は……



答えを知っている者だけが持つ達観。

そんなニュアンスを含んだ土(も)竜(ぐら)のセリフに、僕は一筋の汗を流す。

あの女は……ヤバイ。それは何となく分かる。

僕の脳内の二等兵もしきりに警鐘を鳴らしているからだ。


警察か? やはりこういう時は市民の英雄を頼るべきか?

いやダメだ! 僕はすぐに頭を横に振った。

かつて僕が警察を頼った時、彼はあっさりと僕の期待を裏切った。

警察官と言えど所詮は人間。己の身が可愛いのである。


しかも今回は、単に「あの女の顔を木刀で整形してやんよ!」宣言がされただけである。

実被害が無い以上、国家権力が動く可能性は低いとみるべきだろう。

かつて僕が飛天から「必ず殺す」と言われた時も、痴話喧嘩だの民事不介入だの言われて相手にされなかった過去もある。

警察の頼り無さに落胆を覚えつつ、僕はベンチに座りながら夕焼け空を眺めていた。


「何してんの? 悩み事かな、少年」


「先輩」


突然背後から先輩に声をかけられ、僕は振り返る。

そこには制服を夕日に赤く照らされながら、こちらを見下ろす先輩の姿があった。







「水鉄砲で遊んでたら怪我した? 何だよそれ~」


「ちょっと斬新な動きをしまして……」


僕は外天との戦いで右手を負傷していた。

先輩は僕の手を取ると、その傷をまじまじと見つめる。

ポケットからハンカチを取り出すと、それを包帯のように使い僕の右手を包んだ。

僕はそんな先輩の様子を、ただ無心に眺めていた。


「他にも何かあるんでしょ? 分かるよ、隠してても」


「いえ……それが」


僕の隣に座った先輩。

まっすぐな視線を向けて来る彼女に、僕はたじろいだ。

実際誰かに相談でもしたい気分だった。

はっきり言って自分では答えが出せそうも無い。


しかし言い出せなかった。

こんなロクデモ無い事に先輩を巻き込むのは忍びない。

適当にお茶を濁す為に、口を開く。


「先輩、宇宙っていつ収縮を始めるんでしょうか? 気になって夜も眠れません」


「……宇宙だけにディープな悩みだね、うむむ……?」


座りながら腕を組んで考え込む先輩。

そんな先輩に、僕はせせらぐ小川のような笑顔を向けた。


「いや、何でも無いんです。変な事を訊いてすみません」


そのまま話を水に流してしまおうとした。

しかしこんな時に限って、なぜか先輩は鋭い。

組んでいた腕を伸ばし、僕の制服の襟を掴みながら叫ぶ。


「むむ!? なにその気の無い返事! 実は宇宙の収縮なんてどうでもいいんだろ!?」


「いえそんな、凄く心配だなぁ。睡眠不足になりそうですよ」


ガクガクと先輩に揺さぶられながら、僕は達観したような微笑を浮かべていた。


「年上なのに! 年上なのに小バカにされた! 心の無い少年が憎い!」


それが悪かったのだろうか?

余計に先輩を怒らせたようだった。

僕の襟から手を離すと、拗ねたように言う。


「少年も、昔はもっと素直だったのにねー」


唇を尖らせながら呟く先輩。

そんな先輩に、僕はふとした疑問を尋ねるようにして訊いた。


「そんな昔から僕の事知ってましたっけ?」


「も~。そう言えば少年は覚えて無いんだっけ? 二人でプラネタリウムに行った時の事」


プラネタリウムか。

そう言えばあったな、そんな黒歴史も。

かつて先輩と共に駆け抜けたプラネタリウム。

封印したはずの己の過去を思いながら、僕はポツリと言った。


「あれは二人じゃなくて、学校のクラスの皆と一緒だったじゃないですか。途中で二人で抜け出しはしましたけど」


「え?」


「……あ」


「なんだよ! 覚えてるじゃねーか! んん? 思い出すのが恥ずかしかったのかな? お姉さんに素直に話してみなさい?」


「黙秘権! 黙秘権を主張します!」


忘れたフリをしていた過去の出来事。

それを覚えている事をうっかり暴露してしまった僕は黙秘権を主張した。

しかしまあ、今さらそんな事を訴えても後の祭りである。

観念して、僕は洗いざらい白状する事にした。


「この際本当の事を言いますけど、十年くらい前だけあって、細かい所は全然覚えて無いんですよ」


「この記憶力勝負、私の勝ちみたいだね……?」


「何の勝負ですか!?」


謎の勝利を飾る先輩。

僕の疑問を無視しながら、勝ち誇るようにして言った。


「うぷぷ。宇宙で思い出してきたよ! 君は超絶美少女の私にベタ惚れだったんだから!」


その発言と共に、先輩はベンチに座りながら上半身だけをくねらせる。

一見すると野犬駆除用の毒エサを食べたタヌキの動きだが、さにあらん。

恐らくこれは、先輩が得意とするスーパーモデルの動きなのだ。


世界のトップモデルの美しさを表現しようとする先輩。

そんな先輩の無駄な努力を見つめながら。

僕が先輩に惚れてたとか、訳の分からない事を言う先輩に心無い拍手を送った。


「はいはい可愛い可愛い。惚れちゃいそうですねー」


いつもならこの流れでキレる先輩だが、今日は普段とは違うようだ。

今までよりもさらに調子に乗っているのか、先輩のテンションは鰻(うなぎ)上りだった。


「んん~? 恥ずかしいのかなぁ? かつて私に捧げた純真が、そんなに恥ずかしいのかなぁ~?」


「一体何の話ですか……」


「あれ? 本当に忘れちゃったの? ぐぬぬ……!」


先輩のテンションに着いて行けず、疲れる僕。

どうやら当時の僕と先輩の間に何かあったようだが、全く思い出せない。

僕の記憶力の無さに、拳を握り締めて怒りを表現しながら。

叱りつけるような口調で、先輩は言った。


「幼き日の少年はね、私に花束をくれたの!」


「花束? 本当ですか?」


「その時の少年は可愛かったよ~? 一生懸命、そこらに生えてる花を集めててね~」


ニコニコと笑いながら語る先輩。

しかしそれは果たして花束と呼べる物だったのだろうか?

そこらの花の寄せ集め。下手すりゃ雑草の塊である。

にべも無い事を考える僕に、先輩は話の続きを始めた。


「せっかく少年がくれた物だったからさ、昔の私も色々調べたんだぁ。花言葉とか」


先輩の意外にマメな行動に僕は驚きを覚えた。

腕を組み直しながら、先輩はどこか嬉しそうな声で言う。


「確か花言葉は、乙女の純真。いやあ照れるね」


「乙女の純真ですか? 男の僕から先輩に贈る時、花言葉がそれじゃおかしく無いですか?」


「……あれ?」


冷静に指摘する僕。

花言葉を根拠にして先輩は論理を展開していたようだが、その論拠は崩れかかっていた。

僕は先輩の崩れかけた論拠に蹴りを入れるようにして言葉を続けた。


「多分、意味なんか分からずに贈ったんだと思いますよ」


「むむ、言い逃れようったってそうは行かないよ! 少年は私にベタ惚れだったんだから!」


「いや、言い逃れるつもりは……」


適当に返事を返す僕。

先輩は何やら唸っていたが、やおら面(おもて)を上げながら言った。


「確かもう一つくらい意味があったはず! ええと、ええっと……そうだ、まごころ!」


ポンっ、と左手を右手で打った先輩は、そのまま鬼の首を取ったかのように言い放つ。


「幼き日の少年は、私にまごころを捧げたのさ!」


「ははっ、記憶にございません!」


「なにその悪徳政治家みたいな返事!?」


悪徳と言われようが、記憶に無い物は無い。

誠に遺憾の意を表明しつつ、そう言えば花言葉しか聞いていない事に気付いた。

具体的に何の花を贈ったのか聞けば思い出すかもしれない。

そんな事をふと考えた僕は、そのまま先輩に訊いた。


「花言葉は分かりましたけど、一体僕は何を贈ったんですかね?」


「ふふ? 知りたい?」


何故か得意気な表情を返す先輩。

トレミー星団のように輝く瞳に僕を映しながら言った。


「コスモスの花だよ。コスモスっていう名前は宇宙と世界を意味する言葉みたい。つまり少年にとって、私こそが世界の全てだったのだよ! いやん、可愛いって罪ね?」



――コスモスの、花束。



それを聞いた瞬間、夢の中で見た光景がフラッシュバックするように思い浮かんだ。

汚れた僕の手。その手には白いコスモスの花束がある。


手にした花束を渡せないままに。

清らかな花弁が、巨大な空に飲み込まれて行く。

切ない音を上げながら、冷たい大気の中を舞う花びら。

それは雪と混じり、やがて視界を白く塗り潰して行く。


思わず頭を振った。

夢は夢に過ぎない。

しかしどうしてだろうか?

そんな夢で見ただけの光景に、僕は酷く固執していた。


夢の中で、僕の手は汚れていた。

一体何で僕の手は汚れていたんだろうか?

現実の中で答えを探すように、ふと右手を見下ろす。


僕の手を包んだ先輩のハンカチ。

その純白の生地が赤黒く染められている。

真っ白なそれを汚しているのは、僕の血だった。

滴(したた)り落ちる僕の血が、黒い黒い染みを作り上げている。


「どしたの? 少年」


「い、いえ。何でも無いです」


洗っても落ちそうに無い、ハンカチに出来た赤黒い染みを眺めながら。

僕は酷く何かを恐れていた。

それがどういった種類の恐怖なのか。

理解できないまま、体だけは熱病にかかった様に震え出していた。


「傷が痛いの? オトコの子なんだから我慢しなよー」


右手を凝視しながら震える僕。

そんな僕が痛みに打ち震えているように見えたのか、先輩は優しげな声で言う。


「傷が痛くなくなるように、おまじないしてあげようか?」


「おまじないですか?」


痛いの痛いの飛んで行けー、って奴だろうか?

飛んでるのは頭の中身だろ、という例のあれを思い浮かべる僕。

そんな僕の右手を取ると、先輩はそこにキスをした。

まるで深窓の令嬢に、若き騎士がそうするように。


これじゃ立場があべこべだな、何て事を呆然と考える僕に。

先輩はすっと顔を上げると、少し照れたような表情で言った。


「乙女のキスは、大抵の呪いを解けるんだよ?」


「先輩……」


怪我は呪いじゃありません。

そう言い返そうかと思ったけど、止める。


まあいいか。

そう思いながら、僕は先輩に微笑み返した。

震えはもう、止まっていた。





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